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「エモーショナルワーク?」

「そう。エモーショナル。君みたいな若い子の間で流行ってるらしいから我が社で始めたんです。エモーショナル、いわゆる“エモい”お仕事」いうと斎藤は机の下からチラシを一枚取り出して渡してくる。ピンク地の紙のチラシで、その題名はこうだ。エモーショナルワークを始めてみませんか?

「まあ、平たくいってしまえば訪問介護でね。寝たきりだったり車椅子生活の人の支援をしていただくんです。一日、人のお世話をして、感謝されて、充実感とお給料を得る。ただ、この仕事はあなたみたいな人には向いてませんよ。この仕事はどちらかというと就活前の高校生とか大学生に向けてでしてね。就活アピールに使えるってんでそういう方に人気なんです」

 聞けば大学生協においてあるチラシらしく、就活アピールに使える仕事ですとチラシにも書いてある。そういえばこんな感じのチラシを大学で見たかもしれない。と、読んでいるチラシがスッと取り上げられる。斎藤にではなく、いつの間にやら来ていた海堂に。彼女はチラシを読むや否や、斎藤の目の前にハラリと落としてこういった。

「社会を知らない若者にやりがいをアピールして人手不足のところに低い賃金で雇用し、実際の受領金銭の中抜きをして儲けたいといってるようにしか聞こえませんね?」

 チラシの下の方には出来高制で一件、約一万円と記載されている。丸一日を使って一万円は確かに、いや、まあまあ高く感じる。秋人は去年の夏休み前にアルバイトの求人を調べていた時期があって、時給は九百〜千百円ほど。それで大体一日四時間か五時間働くため日給に直すと四千か五千円。ただ、介護は想像以上に重労働だと秋人も聞いたことがあるので、そう思えば安いともいえるか。秋人は考え直す。いわれた斎藤は笑顔を失くして海堂を見つめたがまた笑顔を貼り付ける。

「あ、お姉さんですか?」

 斎藤は立ち上がりかけたが、その挙動を海堂は手で制す。

「挨拶は結構。搾取企業の挨拶なんてまっぴらごめんです」

 こりゃ、ひどい挨拶だ。海堂はノートパソコンの向きを斎藤に戻していう。

「この案件。恐らく支給満額は四十万何でしょうが、宿舎代にガス代、電気代は会社で持つとは一言も書いてませんから、両者を引けば額は小さくなるでしょう。そうすると二十万を下回るかもしれませんし、住所は都会を離れた山の中。給料詐欺をする会社が山の中。どんな素敵な会社なんでしょうね。この週休二日制で初任給二十万、昇給ありのところも昇給の具体例が雇用年数ではなく出来高によってとありますから、まあ、昇給は望めないでしょう。きっと十年勤め上げても給料は変わらず基本給も書いてありませんから初任給以降減給される可能性もありますね」

 こんなところで仕事を選ぶなんて馬鹿みたい(個人の感想です)。そう言い切るや、秋人に目を向ける。

「冬人さんの仕事はもう見つかりましたよ。帰りましょう。行きますよ、冬人さん」

 海堂はいってくるりと向きを変えると出口に行ってしまう。秋人は追いかけがてら斎藤を見た。笑顔のない能面のような顔に赤みがさし、その視線は海堂に向かって伸びていた。

「どうしてイモート・ワークのことを聞いたんですか?」建物を出るや海堂が咎めるように聞いてくる。

「聞いちゃダメだったかな」

「いけないことをやってるであろうところにいけないことやってますかといってはいと答えるところがありますか?」

「でも、おかげでイモート・ワークの正式名称がわかったじゃないか」

 冬子ももしかしたらこっちをしていたのかもしれない。性的なサービスじゃなく、誰かの世話をする訪問介護をやっていて、真っ当に金を稼いでいた。二人は建物沿いの駐車場脇を通っていたが、この発言に海堂は止まって後ろにいた秋人に真顔を向けた。

「あなたは馬鹿ですか?」湧いた一途の望みを握りつぶしてくる。

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