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「おはよう。君も早かったんだね」

 手始めに挨拶をしてみる。海堂は本から顔を上げ、瞬間口を動かしたと思うと視線を本に戻す。「なんて?」秋人は聞き取れずそう聞き返す。するとまた顔を上げて先ほど音寸分違えず口を動かしてみせるとまた視線を本に戻す。きっと「おはようございます」と返しているのだろうが彼女は今本に集中しており、他は散漫になっているのだろう。彼女の読む本に視線をやると、随分、ページを捲る速度が速いことに気がついた。一ページ、二ページを読みきって次へ向かうのに五秒もない。

「それで読めてるの?」

 一度聞いても答えないので英語で、大学で習ったばかりのドイツ語で、四回目はもう一度日本語とそれぞれ少し言葉を変えて聞いてみる。すると四回目の後に海堂は本をバチンと勢いよく閉じた。表紙を裏にして置くと秋人をジッと、眉尻を上げて不機嫌を訴えかけてくる。秋人は「やっとこっちを見てくれた」と怯まない。

「本当に来たんですね」海堂はいった。心配してくれているんだろうと秋人はどんと胸を張って答える。

「約束した以上はくるよ。君にいわれた通り早く寝たし、朝食だって食べてきた。それに僕だって妹の自殺の真相を知りたいんだ」

 そうですか。海堂はいうと視線を上に上げ、左手の指で唇をなぞると視線を戻す。

「では、これからイモート・ワークのことを調べに行きますが、実はどこを探ればいいかはすでに特定済みなんです。三人の内一人を一週間と三日間尾けました」

 昨日も他人のスマホを覗き見たりしていたが、海堂にはそのことに対しての呵責は特に感じないらしく尾行なんかもしていたらしい。そういえばスマホにはロックは掛かってなかったのだろうか、秋人は今更ながら思った。

 海堂は特定した場所は追い追い説明するというと、立ち上がって喫茶店を出ようとする。何も持たないで行くのだろうかと思っていると立ち上がった海堂の腰には黒いウエストポーチが着いているのがわかって、頷くと秋人はその背についていった。店主は目で海堂を送りがてら「気をつけろよ」とだけいう。海堂からの返答はなく、いってきますの言葉もなかった。秋人が一応礼をしていく。もっとも、店主の視線はずっと読んでいる本にしか向いていないのだが。

「世間でいうパパ活。所謂、援助交際には二種類あります」目的地に向かいながら歩く。昨日のように地下鉄は使わず、しかし大凡一駅をほどの距離の歩く。その途中で海堂はいった。無論、それまでに昨日の復讐として事前にイモート・ワークがそれらに類似する可能性を再度告げられていたのでそのことを指してだろうと秋人は思う。

「一つ目は個人がターゲットを選ぶ、能動的なパパ活です。これには個人であるために足が付きにくく、また個人情報を隠してできる利点がありますが、実入り、収入は安定しませんし、得てして危険が伴います。選ぶ人間が金を持っているかもそうですし、中には性行為の強要をしてくる人間もいますから会うまでそういう人間なのか判らないからです」

「それはテレビか何かでもいってることだね」秋人はいった。実際テレビや新聞、ネットでもこの危険性、またこれに端を発して性行為の強要をした芸能人などのニュースが度々報道されている。海堂は頷くと続けた。

「ですが、そこから進化して二つ目は組織化された、いわば受動的なパパ活です。これにはそれを仕切る元締めがいて、いわば手間賃を取られますが自分で顧客を取らずともパパ活の相手を事前に精査して選別でき、収入も一定して安定するという利点があります」

「でも代わりに個人情報は元締めに取られると」秋人がちょっと考えて口を挟む。いつでもそうだが、稼げるとなれば違法であれ合法であれすぐに効率的な手法が確立され、組織化されるものだ。いつの時代もどこの商売でもそうだと秋人は若輩ながら少し遠大な気持ちになる。古くは井戸水を使った商売から共同体、そして国へ。新しくはインターネット黎明期のユーチューブと今のユーチューブ。今回のはそれらと比べて至極ゴミみたいな話だが、本質は同じだ。

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