三人の友達

1

 翌朝、秋人は目覚ましにセットした時刻通りに起きると、ちゃんと朝食を摂って三十分後には家を出ていた。昨日とは違って動きやすい服装に、昨日と同じくお気に入りのキャスケット帽を被り、喫茶「閑古鳥」の向かいの雑居ビルの二階にある喫茶「ジョー・エル」へ。

 昨夜もやはり、よく寝れた。自宅に戻って風呂に入ると早々と布団に入った。しかし誰しも眠る前に色々なことを考える。秋人の場合はそこから小一時間ほど布団の中で、その日にあったことを思い返していた。二日前までは寝よう寝ようと必死になるあまりこのルーティンを欠いていたといえる。秋人はいつも就寝前に何か自身の議題に沿って考える時間があって、それは例えばその日の大学の講義内容が気になったのならそれを、ゲームで難しいところに詰まっているのならその攻略法を、好みの女性のことを考えることも———無くはない。今回は目下、冬子の自殺に関してだが、考え始めた矢先、自分がどうして不眠になったのかを思い出してみると、それは冬子の自殺のことを考え始めてしまったからかもしれないことに気がついた。また考えたら冬子の死に様を思い返してしまうかもしれない。一瞬の恐れを抱いたが、また、もうそうはならないこと願って考えた。イモート・ワーク。三人の友達との喧嘩。そして海堂という友達。まだ単一の出来事としてしか捉えられておらず、イモート・ワークに至ってはそれがなんなのかすら判然としないが、少なくともその言葉、その出来事があるということを知った。冬子のことを何も知らなかった二日前とは明らかな前進で。今日もまた一歩一歩進むのだろう。

 秋人はその中で、海堂が最初は調査の動向に拒否を示したことに関してこういう思いに至る。海堂本人がいっていた通り、海堂は秋人を危険から当ざけたかったのだろう。妹を失ったばかりの自分に、気を遣って、そのあまり、不器用にも失礼な態度を取ってしまった——そうに違いない。現に彼女は冬子を心配して、冬子への恩返しのために自殺の原因を調べようとしている優しい女の子なのだから。

 一階脇の手狭で急な階段を登って「ジョー・エル」の扉を見ると、開店の札が掛かっている。

「……こんにちは」

 薄く扉を開けて首から突っ込む。といって正面はすぐ白い壁になっていて曲がるように白い廊下を進み、突き当りもう一度曲がらないとカウンターには出ない。カウンターは客の通り道の方が狭い一本道で、カウンター席の手前にレジが、そこに店主が座って、薄暗い照明の中で本を読んでいる。彼は本から顔を上げて、またジロリと凄んだような目で秋人を確認すると軽く会釈して目で先へと促す。

 カウンター奥の棚には瓶に入った酒、同じく瓶入りのコーヒー豆に複数ティーポット。一通りの喫茶用品を揃え、それから茶色く塗装された冷蔵庫が設置されている。またここからは壁も床も天井も黒いニスを塗った板張りで、ただでさえ暗い照明の中、もっぱら上と下に板を張った洞穴のようにも思えてくるが、その洞穴には出口と入口に光が差している。

 カウンターを抜けた先の——昨日もそこに座っていた——三つのテーブル席には朝日が右から差し込んでいるのだが、真ん中の席には姿勢良く本を読んでいる女性が一人。今日は店員の格好ではなく、白のスキニーパンツに茶色のカーディガンを羽織った海堂がいた。こうしていると、彼女は美術館にある現代的な女性像の絵画にも見えてくる。つまり、背が高くて細く、いうなればモデル体型で、そして同時に彼女が四つ下だという事実が嘘に思えてくる。

 秋人はその光景に見惚れ……はせず(印象的だとは思った)彼女に歩み寄ると向かいの席に腰を下ろした。

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