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「母さんは冬子のことで心身がすっかり参ってるんだ。もう母さんの前で冬子のことは言わないでくれ」

 扉が開くと父はそういいながら元の席に座ると大きくため息を吐いた。秋人も顔を上げてティッシュをゴミ箱に捨てると元の席に戻る。すると父は両手を組み、帰宅時よりも疲れた様子でいった。

「普段から冬子の素行のことで言われてたんだ。マンションの人達や管理人からもな。マンションの前に素行の悪い連中がいるとか、深夜の遅くに冬子が帰って来てるとか。前からよく注意してたんだが、冬子は聞かなかった。その上で自殺してしまって。その前から、悪い噂が流れてたらしいんだ。冬子は怪しい仕事、いや、もういいか、お前のいった仕事とかパパ活なんかをしているんじゃないかって。自殺した後はその所為で死んだと。それに、ほら、冬子と母さんが喧嘩をする声をよく聞いていただろう? それで母さんの所為なんじゃないかって批判の対象にもなったらしいんだ。その前後も含めてね。冬子を教育できてないとか。母さんはその批判を、まともに受け取ったんだ」

 そうしておかしくなってきたのはお前が帰って一週間もしない頃からだよ。秋人は背もたれに寄りかかった。今日浴びた視線だけでもマンションの住民からよく思われてないのは知っていた。がその視線は思った以上に、いや母はああいうものをずっと浴びてきたのだろう。ああなってもおかしくない理由は十分にある。秋人は迂闊だったと下唇を噛んだ。

「だから、母さんの前では冬子のことは厳禁だ。いいな?」父は念を押すようにいった。秋人は頷く。後で母には謝らなければいけない。

「それで、その、イモート・ワークとやらはなんなんだ?」父は両手を組み直すと聞いた。

 どうやら父は知らないようだ。しかし、秋人はもう質問を答えさせる気もそれを聞く気も失せていた。

「ううん」首を横に振ると「なんでもないんだ。忘れてよ」といった。そして、もうカレーを食べる気にすらならない秋人は食卓を立とうとした。すると

「そうはいかない」

 と父に手で制された。「まあ、座りなさい」といわれ、素直に言う事を聞く。

「確かに母さんのことはショックかもしれないが、母さんは強い。きっと治るよ」父はいうといつになく真剣な表情をすると続けた「それにな。私だって冬子の自殺の原因が何かを知りたい気持ちはある。それに関係することであるのなら、私にも話してくれると嬉しい」

 他ならぬ娘のことだからね。秋人は涙目になって頷いた。すると分厚い手が伸びてそれが一度頭に置かれる。秋人は片手で目を摘むように涙を払うと冬子の同級生からイモート・ワークのことを聞いたと話し始めた。その正体がまだわからないことを先に述べた上で、かつイモート・ワークというものがどういった類のものであるかを伝えた。そして自殺の一週間前に冬子の友達の三人にそこで稼いだ金を盗まれて喧嘩になっていたこと、冬子が麻薬か何かで借金を負った可能性もあること、最後に虐めから他人を助けるような妹だったことも述べる。父は全て黙って聞いていた。話し終えると、父は腕を組み、目を閉じてからややあって、目を開けてから重たい口を開いた。

「冬子は学校で虐めにあってたわけではないのか?」

「きっとないと思う。冬子は、その虐められていた子を助けた後に三人と仲直りをしてたらしいんだ」

 そう返すと父は微妙な表情で頷くと後ろ頭を掻き、何かを思案するように顎を摩って、それから「じゃあ」といった。

「……やっぱり冬子はそういうことをしていたんだね?」

「まだどういうものかはわからないけどね」

 父は秋人がしたように背もたれに寄りかかると、また溜め息を吐いていった。

「自分勝手なことをしても、いずれ自分に返ってくる。他にわかっていることはないのか?」

 秋人は首を横に振る。イモート・ワークに関しては言葉以外実のところ何も確かなことは知らない。しかし、秋人には両親にいっておきたい情報がまだ一つ残っていた。

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