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「あの……頼んでませんよ」

 視線を逸らしてそれ、とお盆に載ったティーカップを指し示す。女性は「でしょうね」というとお盆からティーカップを秋人の机の反対側に置く。と、次にはなんと彼女自身が反対側に座ったのだった。秋人は目を白黒させる。そのまま優雅にティーカップに入った飲み物(匂いから察するにコーヒー)を姿勢良く飲み出す。

「あの……えっと……」

 秋人は掛ける言葉が見つからず、最早「閑古鳥」を張ることを忘れて彼女を見ている。女性は小さい喉仏を三回上下させてティーカップを置いた。そうして、初めて口を開いた。極めて事務的で機械的に思われた。

「随分、ケチな飲み方をされますね。ちゃんと味わえてますか?」

 秋人は開いた口が塞がらなかった。つい眼下の抹茶ラテと彼女のコーヒーを見比べる。二つは同じ大きさのカップで、今彼女が三口飲んだコーヒーより自分がチビチビ飲んでた方がまだ水位が高い。女性は続けた。

「少し予想通りに動きすぎではありませんか? きっとあなたは地図検索なりなんなりをしてここを見つけたから来たのでしょうがそれにしたってお粗末ではありませんか? あの喫茶店を指名した人物が怪しいとして、その怪しい人物が店に入る人間を見渡せるこの建物に目をつけているとは思いませんか?」

 秋人はこれを聞いてギョッとなる。「じゃあ……」皆まで言う前に。

「そうです。昨日手紙を読んだのでしょう? 私がその手紙の書きました。内容と字面が相反する手紙はさぞ不審に思ったことでしょう。あなたはきっと怪しんでこちらの店に来るだろうことは見越していましたし、この席に座るだろうことも予想していました。まあ、折角の抹茶ラテをただ冷めさせてチビチビ飲むのは予想していませんでしたが」

 秋人は驚いて座席から立ち上がりたくなった。しかし背を彼女から離すように後ろにやった段階で、身を乗り出した彼女に手を掴まれていた。冷たい、ヒヤリとした感触。秋人は女性慣れしているわけではなく、状況的にも手錠をかけられたような気分になり、顔を赤青に激しく点滅させた。すると、彼女はそのまま身を乗り出して耳元にそっと囁いた。機械的ではあるが、その囁きには肉が付いている。

「大丈夫です。あなたをとって食べたりしませんよ。どうか落ち着いてください。私はあなたにお話がしたいんです」

 秋人の顔は赤で収まるとストンと座席に落ちる。驚いた。これでかなり落ち着いた、というよりは観念したに近いだろう。女性の囁き声には不思議な力がある。やがて気がついたように頭を横にブンブン振ると姿勢を正す。

「あなたがあの手紙を書いたんですか?」

「はい」女性は元の機械的な口調で答える。

「失礼ですがあの字を、お書きに?」

「はい」

 女性は表情を崩すこともなくいう。秋人は面食らったと瞳を瞬いていた。が、

「あ、じゃあ」と坐り直すと今までを取り繕うように大きな咳払いをしてから、「で、では、早速本題に入りたいのですが、あの手紙にもあった『イモート・ワーク』というのはなんなのですか?」と真面目がって訊く。

 目の前の女性の大人びた雰囲気に釣り合うよう格好をつけた。しかし、口を閉じた秋人の頰には赤みがさす。目の前の女性はそれを見るや鉄面皮を崩して少し柔かな表情になる。秋人は益々赤くなる。女性がいった。

「では、早速、ご説明したいと思うんですが、その前に一つ、聞いてよろしいですか?」

「はい」恥ずかしくて目を合わせられない。

「イモート・ワークについてどこまで調べておいでですか?」

 秋人はハッとなった。調べたことを知っているのだろうか。その瞳同士がちゃんと向き合う。いや、そうじゃない。ただ単に自分である程度調べられたか聞いているだけだ。秋人は正直に「昨日ネットで調べた限りですが」と前置いて、しかし、歯切れが悪く答えた。

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