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「イモート・ワーク……?」

 聞き慣れない言葉を呟いて目を細くする。こうすると冬子が完成する。懐疑的で攻撃的な目。

 自殺の要因がその言葉には含まれていると手紙の主はいう。その内容を伝えたいから会いたいと。電話とメールと、SNSの他にもっといい通信手段がある中でわざわざ手紙を(しかも読みやすいとは決していえない字で)書き、怪しい単語を出して会えといってくる。これを怪しいと思わなくてどうするというのだろう。秋人はこの手紙を今すぐにでも丸めてゴミ箱に投げ込んでやろうかと考えたが。

「イモート・ワーク」

 もう一度呟いて、手紙をよく読んだ。そして、その翌日、四月三日の正午十分前には秋人は近所の駅前にある喫茶店「閑古鳥」、ではなく向かいのビルにある別の喫茶店「ジョー・エル」にいた。「閑古鳥」は実際には駅前ではなく駅前の高層ビル街を少し逸れた高層ビルの陰にある古いマンションやアパートが立ち並んでいる中の(周辺で暮らしている秋人もそれまで知らなかったような)小さな古い商店街(古い店々が軒を連ねているだけ)の一角にあって、「閑古鳥」自体は二階建て雑居ビルの一階に、「ジョー・エル」は真向かいの他よりも少し背が高い三階建の雑居ビルの二階にあった。

 秋人は机上の抹茶ラテを啜ると窓下を見下ろす。紺の長袖のシャツの上に薄手のコートを羽織り、古くあしらわれたデニムジーンズで頭にはお気に入りのキャスケット帽を被っている。また閑古鳥の軒先を見下ろす秋人の目の下には隈がなかった。というのも、昨夜は随分と寝れたから。

 昨晩、イモート・ワークという単語を繰り返し繰り返し読んでいると秋人の脳裏はその言葉の真理になんとなく察しがついたのだ。そして、妹の普段の素行を勘案するとその察しに血肉が付くような気がした。妹は——そう葬儀に三人の友達が来ていた通り、ギャルだった。秋人はスマホを取り出して検索すると、この怪しい手紙の主に一先ず会ってみようと考えたのだった。目的が見つかると、何故か身内に生気が蘇ってきて、食欲もある程度戻り、寝てもあの妹が出てくる夢を見なかった(夢自体を見ることもなく熟睡した)。

「もうそろそろだ」

 スマホで時間を確認する。五分前だ。秋人には腕時計をする習慣がない。だってスマホや携帯で確認できるのに何でわざわざ腕時計をする必要があるのかわからないから。それくらいこの平べったい板は便利だ。「閑古鳥」の位置を特定したのもこの機械(Google Earth)だった。

 秋人は「閑古鳥」の軒先を注視する。張り出した古臭い緑の屋根の上に「喫茶」、下に「閑古鳥」と一枚板に掘られた字が黒く塗られた看板がある。今の所、その店に入る人物はおらず、その前から店内にいた人物はおろか店員の一人もいない(指定された席は窓際で容易に確認できた)。まさしく「閑古鳥」。昨日読んだ手紙から秋人は手紙を書いた人物の予想がつかないので取り敢えずどんな人物かを確認してから会うことに決めた。運が良かった。丁度こうして見下ろせる位置に座って待てる別の喫茶店があったのだから。この喫茶店「ジョー・エル」を見つけたのは現地に赴いてから。本来は外で張ろうと考えており、こういった好条件の店があるなんて思っていなかったから秋人はすぐさま入店を考えた。しかし、ビルの一階は手作りの商品を売る奥行きのない手狭な雑貨店で、しかも幅も決して広いとはいえず、もしかしたらテイクアウト専門で席なんてないのかもしれないと考えていた。そんなことはなかったが。

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