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 黒い髪はショートヘアに(一年前はロングだった)、唇と筋の通った鼻は一年前と変わらない。頰は——死後だからむくんでいるのか太ったのかはわからないが少し膨れている気がする。そして、二重の丸い瞳——秋人と会うと不機嫌なのか細めて眉間に皺を作っていた——母が悲鳴をあげて後ずさる。秋人は思わず——驚いて凝視した。両目が飛び出んばかりの勢いで開かれている。そればかりでなく、文字通り眼球が顔から半分以上飛び出ているのだ。どう見たって普通の——人じゃない。秋人は両親の後ろから少し離れて見ていた。だから眼球のそれに囚われず、冬子の後ろ頭が妙に真っ平らになっていることにも気が付いた。秋人は何も言わない父を見る。と、彼は驚いた表情で口を開いたままに、衝撃を受け、動揺しているのか断続的な息を漏らしていた。

 医師は泣き崩れる母の肩に手を置くと自殺してどうしてこうなったかを極めて機械的に語った。まず冬子は背中を向けて実家マンションの屋上から頭を下に落下した。すると落下中に頭が風の抵抗を受けて少し持ち上がった状態になるのだという。最初に地面と激突したのは背中の上部からでその直後、落下した衝撃のままに後頭部を強打。その所為で眼球が(彼曰く)少し、、飛び出てしまった。また後頭部が三分の一程度潰れている通り冬子は即死だった。聞きたくもない説明だが、聞いて納得はする非常に合理的な説明だった。

 秋人はこのとき確かにえもいわれぬ衝撃を覚えてはいたがまだ吐き気は覚えてはなかった。妹との対面はすぐに終わって、秋人は妹の葬儀が完了するまで実家に帰ることになった。

 実家のマンションには停止線がまだ張られていた。しかし、もう警察の姿はなく、また痕跡もすでに清掃されているのか血の跡はなかった。また警察は実家を家捜ししたようで、冬子の部屋の机の引き出しや箪笥が開いたままになっていた。が、警察は何も見つけられなかった。後の知らせによると遺書等も無く、また学校で自殺を仄めかすような話も聞かなかったことから虐めなどが原因であるとも考えられないと電話口で説明され、理由は不明のまま、突発的な自殺として処理された。また自殺であることはマンション内の監視カメラに一人で屋上に向かう彼女の姿があったことの他、その後にも前にも他に屋上に向かった人物がいないことから他殺の線はないと早々に結論づけられていたらしい。これらは警察ではなく全て父から聞いたことだ。

 冬子の突然の自殺に沈みきった実家の空気は重く、両親の間にも会話は殆ど聞かなくなっていた。そういう状況、そして冬子の葬儀が粛々と進んでいく中で漸く、秋人は妹の死という現実が水の染み込んでいくタオルみたいにジワジワと浸透していった。

 すると次第に頭は生前の妹を思い出そうとし始める。妹と最後に会話したのはいつだったのか。妹と遊んだ記憶。妹にはどんな感情を抱いていたのか。そもそも田崎家の沿革から順繰りに。

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