第17話 悔しいけれど、これで去る

フラレシの街を出た。別れ際に、元継母シクラメンが言った。


「さっき見せられた禁制の首輪には、奴隷の主人としての認証装置の中に長男が魔力を流した痕跡があったわ・・」


「そう。ギルドには、同じタイプの物を提出してるわ」

「・・・・」

「私は「その人」が処罰されれば、もうこの件から手を引く。私を廃人確定にして、ダンジョンに帰れないようにしようとした人間だけは許さない」


「それは本当に守ってくれるのね」


「唯一の友達に誓う」

「友達・・・・」


彼女は苦渋の決断を迫られる。私がギルドに提出した首輪があれば、依頼人が分かるだろう。


必ず、精神支配の魔道具を嫌う、私など比べものにならないくらい戦闘に長けた、ギルドの中核をなすバケモノ達が依頼人と作成者の粛清に動く。


その時、ラフレシア商会で長男を庇えば、恐らく商会は地上から消える。


シクラメンは「母」と「商会主」の狭間で、商会主を選ぶ。


虐げられた私には信じられないが、彼女は従業員からの評判は良かった。結果を出した者には、相応の対価を与えた。


自分を頼ってきた親族、息子にさえ甘い顔をしなかったそうだ。だから凡庸な息子3人には、要職のようでいて、誰にでもできる仕事しか任せていない。


私を虐げてきた女の評価が高いのはむかつく。だけど、彼女本来の公正な判断力なら「破滅を招く1人の息子」より「残る2人の息子、多くの善良な従業員」を取る。


その確信がある。


だって、最後にはシクラメンの目から青い光が消えて、涙こぼれていた。母の顔だろう。


同情はしない。実母の葬儀さえやらせてもらえなかった私。胸はチクりとしたが、シクラメンには「嫌い」という感情の方が、はるかに大きい。


◇◇後日、プラナリア商会の長男と子飼いの従業員、首輪製作に関わった道具師、協力者で計100人ほどが惨殺された。

強烈なオーラを醸し出す「仮面の男女8人」に人前に引きずり出され、手足を折られ、生きたまま腹を裂かれて、絶叫の中に粛清が進んだという◇◇


シルビアの街を出て、11歳から15歳まで潜り続けていたダンジョンに入った。高価なお菓子を持ってきた。


馬鹿と言われる行動かもしれないが、ダンジョンに感謝したくなった。信仰心がある人間がいいことがあったとき、神に感謝する。


それと同じ心境だと想う。


お供えをしてダンジョンを1度は出た。最後に、辛い中でも希望を感じさせてくれた懐かしい景色を見ておきたい。



だけど、ダンジョンを出たら、お客さんがいた。職種バラバラでも高レベルが18人。魔法を使えそうなやつも5人いる。そしてスキルが開化した直後に倒したセバスティアンに似た奴がいる。


慌てはしない。雰囲気的に、こいつらはみんなレベル70前後。地上戦では分が悪い。だけど、誰よりもダンジョンに近い位置にいる。


「君がフラン君ですか」

「そうよ。名乗りもしないお兄さん」


「すまない。私はバリュー貿易のシルビアン。セバスティアンの兄と言えば分かりますか」

「聞いたことがある名前ね。私をふざけた賭けの対象にして、殺そうとしたそうよ」


「弟が失礼した。謝罪する」


あれっと。拍子抜けした。けど、直後に思い直した。


「謝罪・・。私を遊びで殺すと言ってたわね。その兄弟が、その人数を用意してきた。穏便って言葉が思い浮かばない」


「彼らは私の護衛です。ご容赦いただきたい」

「護衛?」


「あなたのスキルは、カテゴリーをあえて分けるなら「特殊型」です」

「だから?」


「スキルが開花して何かに進化していますね。戦闘力もありそうだ。それで私を守る護衛を連れてきました」

「ダンジョンの壁を削ってミスリル玉を出せる程度よ」


「ふむ」

「で、そんなスキルしか持たない私に接触した理由はなに。ミスリル玉はギルドで売るから譲れないわ」


「いえね、そこではなく・・」

嫌らしい笑いだ。


「プラナリア商会に恨みがあるフランさん。一緒に商会を潰しませんか」


「いい案だけど断るわ」

「なぜですか」


「もう関わる気がないから」

「しかしプラナリア商会を取り仕切る元家族には、恨みがあるでしょう」


「あるわ」

「それなら・・」

「恨みはあるけど、やったら歯止めが効かなくなるわよ」


「大丈夫です。我々や幾つかの商会が後ろ楯になります」



「何を勘違いしてるの?」


ざわっ。


「シクラメン婦人のプラナリア商会に物理的に恨みを晴らすなら、先に戦う相手がいるのよ」

「え?」


「ナントカ貿易のセバスティアンのせいで、2度も命を狙われ、1度は死にかけたわ。そっちへの腹立ちの方が大きい」


私はひとつだけ継母シクラメンに感謝すべきことがある。


「もしもやるのなら、もっと力を付けて、セバスティアン達「オーガキラー」の実家を潰してからよ」


継母シクラメンへのわずかな借り。それは、偶然でも安全な状況を作ってくれたこと。


私は4年間も1人で冒険者をしていた。弱くて若い女。色んな意味で身の危険はあっただろうが、偶然の抑止力が働いた。


冒険者になった直後に「プラナリア商会会長の不貞の娘」と触れ回られていた。


マイナスのようだが、大商会の会長の血縁者であるのは事実だ。


定期的に監視もされていた。恐らく継母がスキルの進化を確認するためだろう。それがクズ冒険者の悪意を避ける防波堤になってくれた。


タイミング悪くセバスティアン達には殺されかけたけど、それ以外は平穏というか、人が深く関わって来なかった。


結果的には「壁削り」に集中できた。むかつくけど、シクラメンのお陰だ。


ダンジョン入り口に立った。挑んで来るやつがいればダンジョンに誘い込もうと思った。だけど、誰も動かない。


「セバスティアンのお兄さん、じゃあ行くわ」


彼らの制止を振り切り、目の前のダンジョンを越えて10キロ走った。そして違うダンジョンから壁転移をしてサクラの街にもどった。



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