第16話 オカアサマ、フランです

言語が通じる北か北西地域で新しい世界を見に行く。その前に、追い出された実家に挨拶に行く。


いきなり強力な力を得たし、黙って出ていく気だった。

元継母シクラメンが私をラフレシにあるプラナリア商会に連れてこいと言っても、避ける力もある。


だけど捕縛に来た奴らは、完全に私の人生を狂わせる気だった。数少ない私の大切な人間に災いを起こす可能性もある。


だから、継母シクラメンに釘を刺しておく。


壁転移でゴブダンジョンに飛び、一度シルビアの冒険者ギルドに入った。そこで盗賊に襲われた話をして、手に入れた精神支配をするための首輪のうちの1個を提出した。


「こ、これは! フランさんお待ち下さい、ギルマスを呼んできます」

かなりの騒ぎになった。


200年前のダンジョン発生から色々なスキルが生まれたが、「魅了魔法」「隷属魔法」の精神操作系はない。

だから、道具として作った馬鹿どもがいる。


だけど、それは「武」を持って自由を謳歌していた人間達を怒らせた。権力復活を狙うある貴族がスポンサーになり開発したのだが、関与した者の家族までもが悲惨な末路を迎えた。


今なら分かる。ダンジョンで強くなった人間は、ダンジョンに入るのを邪魔する人間の家が「ゴブリンの巣」にしか見えなくなる。


それほどリスクが高いものだ。頭がいい継母が用意したとは思えない。恐らく継母が持つネットワークを使える息子達の誰かが、材料を集めて作ったのだろう。


あの3人の男は父親似で頭の中身は凡庸だ。


「フラン、すまんな。それで本当に盗賊に心当たりはないのか」

「ゴブダンジョンで襲われて、返り討ちにして首輪を奪いました。他にも賊がいたから逃げたので、相手が誰かも分かりません」


ギルマス室で大嘘を吐いている。前にも言ったが、プラナリア商会を潰す気はない。


だから商会に雇われているエデコの遺体、エデコが「起動した跡が残る」首輪は出さない。

ギルドに未使用の首輪だけ届けて、冒険者ギルドのネットワークの裏に潜むバケモノ「枠外の8人」に伝わるようにした。


昔みたく皆殺しはないだろうが、元兄弟の誰かが死ぬ可能性はある。


◆◆

シルビアから「壁転移」した。ラフレシの街の1キロ前に出て、歩いて街に入った。すでにその初級ダンジョンに座標はある。


11歳から、15歳で家を追い出されるまで、壁削りを使った場所だ。義兄弟に殴られ顔を腫らし、泣きながら通った場所だ。



街に入って大きな建物が見えてくると、脚が重くなった。レベルは上がっていても、成人前の4年間で植え付けられたトラウマが蘇る。プラナリア商会だ。


石造りの宮殿のような建物に、大きな出入り口。警備の人間も服装がきれいで一流の匂いがする。


中に入るのをためらっていると、継母シクラメンが出てきた。身長165センチ。黒っぽいスーツで細長い地味顔。商会の顔であるため、髪にウエーブをかけて無理に華やかにしている。


従業員ではなく、護衛に戦闘員と転移魔法使いを連れている。


青い目が光っている。スキル「細密鑑定」。射程距離が3メートルと短い代わりに、価値あるものを見抜く目だ。まだ射程外の10メートルで向かい会っている。


「私の来訪を知ったということは、シルビア冒険者ギルドで私が何をしたか、偵察を使って知っているみたいね。オカアサマ」

「4年間で態度が大きくなったのね。ギルドで奴隷を作る首輪を出したそうね。ミスリルを1個100ゴールドで買ってあげようとしてるのに、我が商会に冤罪でもかける気なの」


「冤罪でもないんだな。ミジコが飼っているエデコはきちんと商会の人間として登録されているよね」


「えっ」。私のセリフ、そして一瞬で目の前に移動した私に継母が驚いた。


そして目の前で「本命」の首輪を出してあげた。

「オカアサマ、ギルドで出さなかった、エデコが私に使おうとした首輪よ。あなたの細密鑑定なら、これが爆弾なのは分かるでしょ」


「う、嘘よ。私はこんな物に手は出さない・・」

「息子3人か、私の生物学的な父か知らないけど、間違いなく手を出している。恐らく長男ドリアかな。入手困難な道具と薬の材料を集められる商会。込められた従業員の魔力紋。私がこちらをギルドに出していたら、街が焼け野原になっていたかもね」


「な、何がしたいの」

「ただ、放っておいて欲しい。あなたの予想通りに、スキルが開花した。性能も破格。早くもオカアサマと、そこの護衛5人を殺せるくらいに育っているわ」


「何を馬鹿な。えっ、このレベルは・・。ミスリルを出せるだけじゃなかったのね」

「そのミスリルをぶつけて、こんな物をやっつけたかも」


クリスタルドラゴンを「壁ギロチン」で倒したとき、飛び散った10センチの鱗のかけらを渡した。


切れかけたダンジョンの空気も補充して、私は「強気」を追加した。

「こ、これは、あなたは一体・・・」


そのとき、継母の背後に立つ男の姿がぶれた。護衛の転移魔法使いだ。そして私の後ろに気配が生じた。魔力反応だ。

私に攻撃魔法はないけど、MP1330は上位魔法使いを越えている。普段は抑えている魔力放出で、今は感知できる。


バチッ。後ろを振り向いてビンタしたら、5メートル転がった。


転移魔法使いの弱点は、あまり強くなれないことだ。優れた魔法だけど、座標の観念が地上と違うダンジョンの中では、スキルが働かない。基礎ステータスで戦うしかなく、レベル上げがしにくいから、力も総MPも頭打ちする。


なので、戦闘や商売で大成しにくい。有効なのは要人警護で、瞬時に主人を危険な場から離脱させる事に関しては抜群のスキルだ。


この魔法、転移先に少しだけ魔力反応が出るので、至近距離だと相手に気づかれる。昔の私の弱さを知っているがゆえに、侮ったのだろう。


「本当に何もしなければ、首輪もギルドに提出しないのね・・」

「そうよ。オカアサマの息子3人にも言っておいて。もしかしたら、ギルドに提出した首輪が原因で2人に減るかもだけど」


「・・ええ」

言葉は静かだが、青く光る目が怖い。旦那と浮気した女の娘が、訳の分からないものに変貌したんだもの。腹も立つだろう。


ダンジョンから出て1時間。精神が普通の人間に戻りつつある私は、複雑な気持ちが沸いてきた。


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