第14話 初めての穏やかな日々

ダンジョン内の魔物相手に数日の戦闘訓練をして、「壁転移」でサクラに帰って、朝からサラ、アエラ姉妹の家に行った。


昨日は姉妹の家の敷地にあるダンジョン出入口下の、セーフティーゾーンで寝た。そこから上がってきた。


厳密にいえば不法侵入である。


「お母さんのマーサさんは、元気になったかな」



「お姉ちゃん!」

6歳のアエラが胸の中に飛び込んできた。


「お母さんは?」

「ありがとう、元気になったよ!」


「フランさんが来てくれたのね!待ってて」

声だけ聞こえたが、弾んでいる。病気から立ち直ったようだ。


寝室から出てきた女性は、病み上がりで痩せてはいるが、金髪青目の美人がいる。


サラも出てきたら、小綺麗になっていた。近所のカルメンさんもいる。


マーサさんに深々と頭を下げられた。

「私の病気を治していただいただけでなく、子供達のことまでありがとうございます」

「あ、いえいえ、私も目的があってやったことですから」


ここは家の裏口前で、地上にダンジョン出入口が見える位置。新鮮なダンジョンエアーが流れてくるので、言葉もすらすら出る。


長女サラがマーサさんに、私の「ダンジョン特有スキル」について話してくれていた。


「もちろん、ダンジョン出入口は遠慮なく使って下さい。それより、治療ポーション代をお返しするにもお金が・・。お金は必ず作りますので・・」


ズルいが、これは狙っていた展開だ。


「家自体はどうされるのですか?」

「お聞きになっているかも思いますが、ダンジョン出入口が敷地の真ん中にあるため、売りたいけど売れないのです」


「まだお売りになる気があるのなら、私に売ることも考慮して下さい。ダンジョンが生活に必要な私からしたら、全財産を渡しても欲しい物件です」


正直に話して、ダンジョン付きハウスを手に入れることになった。マーサさんの家は街の端にあり古めで、買ったときが500万ゴールド。私はダンジョンが導いてくれたサラとの「縁」が大切に思えるため1000万ゴールドで買うことにした。


マーサさん達は、マーサさんと亡くなった旦那さんが生まれたヤコノの街に帰る。規模は小さい。両親とマーサさんの実家の食堂で働いて、いずれ店を継ぐ。


マーサさんも準備があるから、家を受け取るまでには時間がかかる。役所等への登記手続きはマーサさんに頼んだ。報酬、手数料込みで60万ゴールドを押し付けた。



サラも私との縁が切れないようにしたいと望んでくれている。


街の近くには、必ずダンジョンがあるのが今の常識。ヤコノの街の近くに「壁転移」の座標を作り、会いに行こう。


◆◆


次の日からサラに「助手」をしてもらった。


ミスリル玉の売買と、冒険者ギルドでの国内と北の国にダンジョン資料集めだ。


インデア国に行って気付いたが、東側は言語圏が違う。私が「モルト」を探しにいくのは、世界文化の先端をいく北西のパーロッパ地方か、北のアイスカンド地方。言語は大丈夫だろうか。


サラと一緒にその周辺のダンジョン資料を作ってもらう。


サラは有能な印象だ。少し作ってくれたメモも簡潔で読みやすい。何か目標ができたら支援したいが、まだ12歳。数年後の話になる。


◆◆◆

引っ越しまでの1か月が過ぎた。3週間はまったりと過ごした。


ただ、ここ数日間は、私を成人と同時に法的にも赤の他人にした、継母が何かしようとしている。監視が付いていて、その中にプラナリア商会の用心棒をしていた奴がいた。私は殴られたことがある。だから顔を忘れない。


「壁削り」が進化して金になるスキルと確認して、利用する気だろうか。


どうするかって、簡単だ。


クリオネには、1つだけ感謝している。


あいつのお陰で、元家族を心底嫌っている自分を気付かせてくれた。サクラで何かされたら、どこまでも残酷になれると思う。


マーサ家の最後の食事はカーレーライスにした。いつものように、カルメンさんが家に飛び込んできて、当たり前のようにカーレーを食べている。


「おいし、おいひ」

「ほらアエラ、口拭いて。お代わりあるから、ゆっくり食べてね」


サラは無言で食べることに集中している。いつもの光景だ。


「これを作って食堂で出すとトラブルになりそうです」と、口の周りがカーレーでべっとりのマーサさん。


「そこは、スパイスの調合でも研究して、隠し味にでも利用して下さい。ダンジョンが結んだ「縁」ですし、スパイス、お肉共に1キロ1000ゴールドで卸しますから」


「本当にいいんですか。そんな安いものではないですよ。ねえカルメンさん」

「そうだねマーサ。スパイス自体が、インデア国から輸入した奴の数倍新鮮だよ。高級レストランでお貴族様が5万ゴールド出して食べる料理より上だと感じるよ」


そう言いながら2杯目のカーレーライスを食べるふくよか美人のカルメンさんは、大したものだ。



母親似で可愛くなってきたサラの肩を抱いて、説明した。

「マーサさん。スキル絡みだから説明しにくいけど、サラ、アエラには、スキルを有効に使う大切なヒントをもらったんです。それにサラは、私のダンジョン研究の助手として有能なので、会いに行ったときに色々と相談させてもらいます」


まともに教育を受けられず、独学で読み書きを覚えた私。今はダンジョンがあるから未練はないけど、縁を感じるサラとアエラには支援をしたい気持ちがある。


私が引っ越し荷物を収納指輪に入れて、引っ越しを手伝うことにした。


マーサさん達には気付かれない、不穏な空気が流れている。


◆。

1時間後、出発の時間がきた。


「すみませんフランさん。最後までお世話になって。だけど本当に馬車の荷台だけで、馬を借りないでいいんですか」

「諸事情で馬力だけは一流冒険者並なんです。250キロの距離なら私が引っ張れば、5日間で行けますから」


現代の大街道はきれいな石作りが多い。獣はほぼ出ない。ダンジョンが発生する200年前より前は、街道とは危険なものだったらしい。だけど、今や地上で一番怖いのはダンジョンでレベルを上げた人間。獣は人間のテリトリーには近づかない。


地上の例外はダンジョンが剥き出しになっているとも言われる、世界に3個ある魔境地帯のみ。


5日間の旅の間にダンジョンも初級5個、中級3個、上級2個に座標を作り、マーサさん、サラ、アエラを目的地に送り届けた。

私が会いに行ったら、30食のお弁当を作ってもらう約束をした。


すでにサラは大事な人間だ。緊急事態に備えて、商業ギルド、冒険者ギルド、両方の「フラン」の伝言先を伝えた。そして定期的に安否を知らせるように頼んだ。


アエラには靴や服を買ってあげて、サラには魔法の指南書とワンドをプレゼントした。マーサさんには少し魔力を込めたら冷える食料保管庫を餞別にあげた。



ヤコノの街に到着したとき、マーサさんが平和な5日間の旅路だったと言った。



だけど実は私は、旅の初日に14人の人間を殺している。



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