第9話 腹違いの弟
ランダム壁移動で開けたボルネモダンジョン4階から、1階を目指すことにした。
金もできたし高価な胡椒を手に入れたい。
◆◆
今、ダンジョンに入って10分。
意外なスキルの欠点に気付いた。3階への階段の位置がわからない。
普通、ダンジョンに入る前に有料ダンジョンガイドを買って内部を把握する。買う人が限られてるから、ガイドはそのダンジョン近隣のギルドや雑貨屋にしか置いていない。
地上から入っていない私は何も手がかりを持っていない。
横から開けたダンジョンの中を探索するのは、今回が初めて。今になって、自分が4階の、どの位置にいるかさえ知らないことに気付いた。
「う~ん。まあ、時間はあるか」
ダンジョンの壁伝いに進むこと1時間、階段は見つけたが5階への降りだった。
ゴブ経由の「壁転移」2回でスタート地点へ。
今度は昇り階段を見付けたが、サハギンとのエンカウントが多くて1時間半。
4階から入り、1階に到達したのは休憩も入れて12時間後。
3匹以上のサハギンが出るとビジュアル的に耐えきれず、一回MP30の「壁ギロチン」を6回、「壁ゴーレム腕」を8回使った。
中級ダンジョン上層でこれである。世の中は甘くない。
「さて、やっと1階。地上に出て胡椒と砂糖の購入か」
ダンジョンとお店の往復で12キロ、かなり走らねばならない。
魔法スキルが進化した感じなのに、マラソンの時間が冒険時間の8割を占めている。
レベルアップの筋繊維凝縮で体重も120キロになり、脱ぐと腹筋が割れて細身の戦闘職のような体に変化している。
南の方に良くある顔も引き締まった。ダークブラウンのショートヘアを持つ160センチだ。
買い物を終えた。胡椒5キロ6万ゴールド、黒砂糖が3キロで9万ゴールド。個人では制限があり、これしか買えなかった。
胡椒は相場より断然安い。これが海路で北50キロのシルビアの港へ。そこから北1500キロの王都へ運ばれて行くと、どんどん値段が上がる。
追放されたプラナリア商会では胡椒やスパイスを扱っていて、うちのクソ家族は儲けていた。
私はシルビアの港で、継母から胡椒袋運びを強いられた。報酬は毎回パン1個だった。
あいつら・・
だけどそんなことを思い出すと厄災がやってくる。
気を取り直して他のものを見ているとき、ガマガエルみたいな「あの声」を聞いて固まった。
「おいフラン、なんでお前がこんなとこにいるんだよ。無能が!」
「・・クリオネ?」
「クリオネ様だ。親父が浮気してできたダメ女が、俺にため口を聞くな」
170センチ、ぶよぶよ。私よりひとつ年下の18歳。プラナリア商会の三男である。護衛を2人連れている。
「・・・」
「お前、シルビアの街で儲けはじめたらしいな。ここに胡椒を買いに来たってことは、お袋が予想した通りにヘンテコなスキルが変化したな。金、あるんだな?」
「あ、あんたには関係ない」
「何を!」
往来の真ん中なのに、護衛に目配せした。私を捕まえようとしている。
「お前が家を追い出されて4年、気軽に殴れる奴がいねえんだよな」
「クリオネさん、ひでえな」
「フランお前、シルビアを出るんだな。金ができたか」
「え?そんなこと」
「お前を嫌いなお袋が、意外と調べてるんだよ。ミジコ兄貴と俺に、お前の「保護」を命じた。まさか、ここで会えるとはな」
「じゃあ、坊っちゃん殴り倒しときますよ」
「秘密の金づるにしましょうや」
180センチの護衛2人の拳はグーだ。最初から殴ろうとしている。
だけど、何となく思った。「サハギンより少し速い程度」
わざと2人から、芯をずらさせたパンチを1発ずつもらった。正当防衛が成立した。
次に護衛達が殴りかかったとき、腕を滑らせながらパンチを外にずらした。そして彼らの胸に潜り込み肘・・。
ギルド訓練場で見た誰かの技を真似した。
どんっ。どごっ。
「は、うが、はっはっ」
「おげえええ」
「できた」
遠巻きにしたギャラリーの真ん中で、先に殴ったのに血反吐を吐く男2人。
そして奴らを迎え撃ったあと、再び萎縮する私。
「フランてめえ、俺の護衛に」
「せいとう、正当防衛・・。それに護衛2人も、弱い。安く雇ったのね」
運動して喋ったら、肺の「ダンジョンエアー」が空だ。弱虫になってきた。
「そいつら、レベル50だぞ。お前、なにした!」
髪をつかまれた。
レベル133。抵抗できる力が付いてるのに、過去の恐怖がよみがえる。
ばちっ。頬をはたかれた。こいつは冒険者を使ったレベリングで、昔もレベル35くらいあった。4年前までは、何度も鼻血を出して倒された。
5回叩かれるままだったが、クリオネはやめない。
「こいつ、なんて硬い頬なんだよ。髪の毛1本も抜けねえ。フラン、お前のスキルは何なんだ!」
ばきっ。奴はパンチを私の鼻に叩き込んだ。少し痛い。
腐った目だ。ダンジョンのゴブリンも怖い目をしているが、向こうだって私を仕留めるために必死だ。
ダンジョンに帰りたい。
帰るには、クリオネが邪魔だ。
手を離させるためには、どうすればいい。そうだ。
「殺してやる・・」
2発目のクリオネパンチが飛んできた。軌道が良く見える。本当に殺しちゃダメだ。
噛みつく↓事件。殴り返す↓事件。キンタ○を蹴る↓事件。みんな却下。
選んだのは「頭突き」。推定レベル35~40が突き出す拳に、押し返すようにレベル133の額を合わせた。
体重を移動させ、角度を調整した。クリオネの指、手首、肘、肩が外れないように。
私の力を上乗せしたエネルギーが、太い上腕骨からダイレクトに内部に伝わった。クリオネの肩鎖骨関節、肋骨の一部を粉砕した。
ぶちぶちぶち!「あぎゅ!」
痛みの限界を超え、目の玉がひっくり返って倒れた。
「きゃあああ!」
痛くないけど、私も頭を押さえて転がってみた。
街の警備兵が来た。当然、無抵抗の私は無罪となった。
だけどクリオネもお咎めなし。胡椒で周囲の島々と取り引きをする、プラナリア商会会長の三男。警備兵も捕まえられない状況なのだ。
警備兵は悪人でなく、私に同情的。警備詰所には連れていかれたが、それは保護。クリオネとトラブった私を商会の人間が探しに来たが、いなくなるまで匿ってくれた。
逃げる前に警備の人からプラナリア商会の話を聞いた。
今、北に1500キロの王都周辺が不作。食料不足に多くの人が苦しんでいるそうだ。
だけど、商人の一部は平民の現状よりも、自分達の儲けばかり考えている。
生物学的な父も、民の支援は考えていない。贅沢品不足を嘆く、ふざけた有力者に高値で胡椒などを売り付ける気のようだ。継母は関わっていないようだが・・
機会があれば邪魔してやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます