17.『王都へ』


「目標の数はおよそ二十。正確な数は不明です。捉えた情報はそれと、ハルリオという街で奴隷として囚われている、というものだけです」

「情報は確かか?」

「冥王様に誓って」

「十分だ」


 空の旅は長くない。

 その道程も半分を過ぎると、もうすぐ目的地に辿り着くという意識が強まった。


 ゆえに、私たちは情報の整理をする。

 とはいえ昨夜ニノンから聞いた以上の情報はない。

 私はそれらを改めて咀嚼し、行動の方向を導き出す。


「冥王様が直々にお力を下すのですから、いっそ街ごと消滅させてしまってもかまわないのでは!」

「馬鹿かお前は。奴隷となった同胞の位置すら掴めていないのだろうが」

「あ……そうでした、申し訳ございません……」


 馬鹿正直に正面突破しても、望んだ結果を得られる可能性は低い。

 だからこそ私とニノンという少数で繰り出した――というのは若干の建前も混在しているが。


 ともかく、今回は隠密に行動するつもりだ。

 私とニノン。問題はない――いや。

 

 私とニノンだからこそ、我々にしか成せないやり方もあるだろう。

 隠密に同胞を救出するなど、私でなくとも出来る。


「……正面から、というのも悪くはないか」

「破壊ですかっ!?」

「場合によってはな」


 確かハルリオというのは、清虎エルカヴィリン王国の保有する街だった。


「ニノン。目的地変更だ」

「えっ、急に!? も、もちろんお供いたしますっ! それで、どこに?」

「――王都、カヴィラ」



 ハルリオから王都までは、そう離れていない。

 人族の足ですらそうなのだから、フェイレスの翼を持つ我らにとってはなおさらだ。


 というのも、清虎エルカヴィリン王国は小国だ。

 数個の街と王都。彼らの持つ領土はそれだけである。

 資源も豊かではないし、人族にとっても裕福とは言えない暮らしをしているだろう。


 軍事に長けているのかといえば、それもなし。

 ただ、人族としては深い歴史を持つ。それだけの国だ。


 そんな弱小国がなぜ侵略もされず、貿易も絶たれず、今もなお歴史を紡ぎ続けているのか。

 その理由はふたつある。


 ひとつ。

 他国の侵略を許さぬ濁流が国を囲い、その河川がそのまま国境になっていること。

 その幅はとても人族が越えられるものではなく、攻め手がない。

 もちろん貿易のこともあるから、王国と他国を繋ぐ橋はいくつも架かっているが、その幅員は極めて短い。

 貿易の際は、行列をなした商人が数刻かけて橋を通るそうだ。


 ふたつ。

 国を守る幻獣、『清虎』の存在だ。

 幻獣とは人智を超えた存在である。

 怒れる幻獣に触れし者、瞬きすらも許されぬ刹那にその身滅ぼすだろう。

 人族の教えだ。


 世界に四体現存する幻獣のうち一体を所有する国。

 それが清虎エルカヴィリン王国、ということになる。

 


「――わぁ」

「どうした。もっと騒ぐかと思ったぞ」

「いえ、王都ってすごいんだな、って……」


 見栄と示威のために造られた都市、王都。

 いかに小国といえど、建物は高く、煌びやかな街。

 

 あっという間に辿り着いたその場所で、ニノンは建ち並ぶ建築と絶え間ない人族の往来に当てられ、ただ頬を緩ませ立ち尽くしていた。


「お前、都市は初めてか?」

「はい……こんな景色、見たことない――あっ」

「どうした?」

「でも、正面突破ってことは……この街、消すんですよね?」


 一転して神妙な表情を作ったニノンが一言。

 急に声を潜めて内緒話をするように耳元で話すものだから何かと思えば、こいつは勘違いをしている。


 この街にもいるのだろう。奴隷として扱われる魔族が。

 それならば、王都を消すのもハルリオを消すのも同じ事。わざわざここまで足を運んだ意味がない。


「消さん。交渉次第では消えてもらうことになるかもしれないが」

「え! じゃあしばらく遊んでいてもいいということですか?」

「やはりお前はなにか勘違いをしているな」

「お願いです、冥王様! 私、こんな場所にくるの初めてなんです! それにほら、人族の街を見て回れば、今後の諜報や隠密、擬装に役立つと思いますから」

「……。お前」

「冥王様! 私の冥王様!」

「お前だけのものじゃないぞ」


 考える。

 考えれば考えるほど、ここでニノンを遊ばせる合理的な理由が見つからない。

 今からでもすぐに目的を果たし、迅速に帰還するのが最も効率的だ。


 そもそも事前に言ってある。

 私たちは遊びに来たわけじゃない。


「冥王さまぁ……」

「…………」


 餌をお預けされた地龍のような目をしやがって。

 そんな子供地味た感情とわざとらしい表情でこの私を……この『冥王』を操ろうというのか。

 浅ましい。なんと浅ましく意地汚い魔族だ。

 まったく。

 ……はぁ。


「……三日後にここに戻れ。それまでは自由とする」

「――っ! 冥王様、だいすきっ!」

「黙れ、下衆が」

「えっ……?」


 手で追い払うと、ニノンは物悲しそうな表情で去っていった。

 いつまでもこっちを見つめながら。

 前を見ろ。この街は人族が多い、ぶつかるだろう。

 私たちの風貌がいくら人族と似通ってるとはいえ、少しでも怪しまれたら終わりなのだぞ。


「まったく、あいつは無礼な魔族だ……」


 私は不平を鳴らしながら腕を組んで、ニノンを見送った。

 それにしても――手が空いてしまったようだ。

 三日後までどう時間を潰したものか。



 夜も更け始めると、人族の往来は少なくなる。

 このような裏路地に至っては顕著で、人目などはほとんどないだろう。


「私が人族で、人族を攫うならこのような場所を好むだろうが……」


 あくまで人族対人族であった場合の話だ。

 奴らの中に存在する共通認識として、『魔族は敵』というものがある。


 戦争中の両国が、前線に一体の魔族が出現したことをきっかけに手を取り合ったという話もある。

 それほどまでに敵視されている存在ならば、わざわざ人目をはばかる必要などないか。

 見つかり次第、白昼堂々と攫われ、奴隷にしているはずだ。


「そこまで忌み嫌う者を殺さず、生かして奴隷にする理由もよくわからないがな……おっと」


 灯りもまばらな通りの中で、一際にぎやかな建物を見つけた。

 人族の笑い声や、手を叩く音が目立つその場所は、どうやら盛り上がっているようだ。


「酒場か」


 特に理由があるわけでもない。

 なんとなく目に止まって、気になったから、その気分のままに扉を開ける。


「あ〜い! まだまだ飲めますぅ!」

「おっ、姉ちゃん、やるねぇ!」

「ほれ、もっと飲め」

「へへへ、わたしは幸せだねぇ〜」


 中は狭い。

 人族の一般的な酒場といえば、きっとその通りなのだろう。

 しかし、私にはどうにも狭く感じられたのは、この中に詰められた人族の多さによるものだと気づく。


 カウンターにはずらりと椅子が並べられ、隣席との境も曖昧なくらいに犇めき合っている。


 テーブルも同じだ。

 人族一人が居座るには狭すぎるくらいの空間。

 いや。

 本来なら、もう少し余裕を持って座れる余地はありそうだ。


 ただ、今夜は大盛り上がりらしい。

 中心の女を囲んで、男たちは肩を組む。

 歌を歌い、ぶつかった樽から酒が溢れる。


 そんな宴は、私が扉を開けた音で一時中断され、主役と思しき女と目が合った。

 女は虚ろな……完全に出来上がった目でこちらを窺い、よだれを拭く。

 

「あれぇ〜? あーっ! めーおーさまだぁ! めーおーさまどうしたの、こんなところでぇ! まったく、めーおーさまはちいさくてかわいいなぁ〜!」

「店主。申し訳ない。店を間違えた」

「にげないでよぉ〜、めーおーめーおーめーおさまぁ〜!」

「寄るな! お前、浮かれすぎだろう! 酒に溺れる同胞など初めて見たわ!」


 そこで私は、この店を見つけてから初めて静寂が場を包んでいることに気づいた。

 望ましくない状況だ。目立ちすぎたか?


「おー、なんか仲良さそうだなぁ!」

「あんた、その女の知り合いか?」


 もはや無関係を装うには遅いだろう。

 いや、しかしまだ大丈夫だ。

 私とニノンの関係は、ある程度なら知れても問題はない。

 私たちが魔族であるということさえ割れなければ。


 私は観念した。

 

「……主だ」

「そうかそうか! じゃああんたも飲むよな?」

「おう、当たり前だろ! ほら飲め飲め!」

「いや、私は……」

「遠慮すんなって。ほら!」


 有無を言わさず渡される樽、注がれる酒。

 人族、そして冒険者の文化を鑑みると、もはや断ることが不自然だ。

 あいつ、本当に余計なことをしてくれた。


「いたっ! えぇ!? なんでぶったの、めーおーさまぁ〜!」

「黙れ。私の鬱憤晴らしだ、受け入れろ」

「おーおー、厳しいねぇ〜!」


 そうして私を巻き込み、宴は続いていく。

 夜はまだまだ長いらしい。

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せっかくラスボスに転生したのでゴリゴリにラスボスムーブしようと思います あきの @junshin

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