10.『運命は灼けるように残酷で』
「カミラ!」
俺が教室に入ると、既にその場面は始まっていた。
「心配したんだよ!? どこにいってたの!?」
涙目でカミラに駆け寄るシーラ。
感動の再会かと思いきや、カミラの表情は晴れなかった。
「でも、無事でよかった。シーラも憔悴してたから……ね、カミラ――」
「――ち、近づかないで!」
ほっと胸を撫で下ろしながら、セシリアが彼女のもとに歩み寄ろうとした時、カミラが大声をあげた。
呆気に取られたのは俺だけじゃなかったようだ。
シーラや、拒絶されたセシリア自身も、目を丸くして固まってしまった。
「え……カミラ……? だ、だれに言ってるの? セシリア様だよ……? 昨日も一緒にカミラのこと、探してくれた……」
「で、でも……でも! セ、セシリア様は……」
カミラの肩が震えている。
俺には怯えているように見えたが、セシリアに怯える意味はわからない。
「セシリア様、セシリア様は――」
「それでは講義を始めます。各自、準備をして外に出るように」
タイミングよくというべきか、悪くというべきか、教師の介入によってカミラの言葉は打ち切られた。
俺たちはモヤモヤしたものを抱えたまま、無言で学び舎の外に出る。
身の入らない講義が始まった。
■
ちなみに、先生にスクロール使用の許可を求めてみたところ、すんごい嫌そうな顔をされたのち渋々許可された。
なにもあんなに露骨に嫌がらなくてもいいじゃん。
と思っていたら、
「あのね、ソフィア。実はスクロールって、魔術師の努力を否定するとかで、よく思わなかったり下に見る人も多いの。ごめんね、伝えておけばよかったんだけど……」
とのことらしい。
やだね、頭の固い人間は。
俺はそんなの気にせずスクロールでブイブイ言わせちゃうもんね〜。
なんて息巻いていたわけだが、ここでもまたひとつ問題が発生した。
「どれがどの魔法のスクロールかわかんない……」
「あああ、ごめんね! 私がわかりやすく印を付けておけば……」
もはやセシリアがお母さんみたいになっている。
それもアレだ、小学校も低学年とかの……。
まぁいい。
これから覚えていけばいいのだ。
人生は長い。
多分俺の人生はその辺の人の五十倍は長い……。
怠らなければ、いくらでも賢くなれる。そのはずだ。
さて。
「結局なんだったんだろうね、カミラのアレ……」
「……」
「セシリア?」
「……え? あ、うん、なにかあったのかな?」
最近では、セシリアの感情の機微もある程度察することができるようになった。
今のセシリアは、きっとなにか不安を抱えている。
その理由はわからないし、むやみに詮索するつもりもない。
だけど、これだけは伝えておかなくちゃと思った。
「セシリア。俺はセシリアにすごい感謝してるよ」
「――。ありがとう」
その日の講義には、やっぱり上手く身が入らなかった。
■
事が動いたのは、最後の講義が終わって、やれ解散だという空気が漂った矢先だった。
「ふむ。それは確かなのか?」
「は、はい。そう聞きました」
「なるほど。これは真偽を問う必要がありそうだ。セシリア殿」
一目見て、異様な光景だと思った。
カミラが、クリストフと話しているのだ。
そして彼は若干芝居がかった声色でセシリアを呼び止めた。
それに釣られて帰り支度を進めていたクラスメイトたちの手が止まる。
嫌な予感がした。
「はい、なんでしょうか、クリストフ様」
クリストフに止められたセシリアの声は、ほんの少しだけ震えているように聞こえた。
恐れているのか、怯えているのか。
あのセシリアが? クリストフに?
そうは思えないのに、そう思えるほど、今のセシリアは小さく見えた。
「さて、カミラ嬢。貴女の口から尋ねるといい。その話が真かどうか、その真偽を」
「は、はい……」
クリストフはいやらしい笑みで、カミラに促した。
なんだ、何を聞くというんだ。
知られて困ることなんて、セシリアにあるだろうか。
少なくとも、彼女は悪事を働くような人間ではない。
そんな火種は存在しないはずだ。
なのに。
セシリアの表情は、みるみるうちに険しいものに変わっていった。
俺でなくとも気づくほどに。
だけどセシリアは口を開かない。
状況が把握できないのなら、俺も口を挟めない。
そうこうしているうちに、カミラが口を開いた。
「その……セシリア様は、『呪子』であると。人の形をしただけの、不完全な器である、と……そう聞き及びました」
呪子。その存在は知っている。
魔力が不完全な状態で生まれた人間のことだ。
呪子として生まれた人間は、圧倒的な魔力を持っていたり、逆に魔力を全く持たなかったり、通常とは異なる特性を持つ。
そして作中で呪子と設定されているキャラクターは得てして壮絶な運命を抱えていたりするのだが……。
だからなんだというのだ。
セシリアが『呪子』だからといって、何が変わるのだ。
セシリアはセシリアで、それがわかったからと言って彼女の人間性まで変わるわけじゃない。
そう思っているのは、俺だけのようだった。
「そんな……セシリア様が、呪子……?」
「嘘ですよね、セシリア様……?」
「……」
セシリアは答えなかった。
いつだって恐れることも迷うこともなく、真っ直ぐに立ち向かっていくあのセシリアとは思えないくらい、彼女は弱々しかった。
彼女のその態度が、かえって周りを不安にさせていく。
「さぁ、セシリア殿――セシリア・エーベル・リヒトライトよ。今の話は事実なのか?」
クリストフが強い口調でセシリアを問い詰める。
「答えぬつもりか? まさか貴女とあろうものが、この場を有耶無耶にできるとでも考えているわけはあるまい。事実であれば、貴女の積み上げた信頼は、彼らの善意を巧みに利用し、騙し取ったものということになるな。さぁ、答えよ」
「……事実です」
「ほう。認めるか。リヒトライト家の威を笠に、有力な貴族の子息、子女までも誑かし、今の地位を築き上げたわけだ。到底、貴族としてあってはならぬ事。弁明の言はあるか?」
ここぞとばかりに語気を強めるクリストフ。
こんなのは茶番だ。
クリストフがセシリアを陥れるための茶番だ。
しかし、残念ながら俺以外の人間には十分すぎるほどに効果があったらしい。
セシリアを慕っていた子たちの瞳が、みるみるうちに失望の色に染まっていったのだから。
だが。
それよりも。
俺にとっては、そんな些細なことよりも、聞き逃せない単語があった。
「リヒト、ライト……?」
「そうだ。セシリア・エーベル・リヒトライト。それがその女の名だ。……貴様、知らなかったのか?」
「リヒト、ライト……」
リヒトライト家。
よく知っている。
王家に仕える一族。
物語上において、最も重要な意味を持つ一族。
……ソフィアに根絶やしにされた一族。
あぁ、俺はどうして気づかなかったのだろう。
確かにセシリアは、作中には登場しなかった。
存在だけは示唆されていたが、物語開始時点で既に故人だったため、その姿も、名前すらただの一度も出てこなかった。
「……ソフィア?」
「――。セシリア……」
だけど、気づくべきだった。
できるなら、仲良くなる前に。
戻れないところまで来る前に。
ラスボスと同じくらい珍しいとわかっていたはずのその姿。
あの瞳で。真紅の髪で。
物語の中で数え切れないほどに見たものと瓜二つの姿で。
気づくべきだったんだ。
セシリアは――主人公の、母親だ。
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