9.『生まれて初めての』
「本日のセシリア殿はお戯れが過ぎるようだ」
俺たちに糾弾――というほどではないけど、やんわりと問い詰められたクリストフは、そうあっけらかんと答えた。
「この私がカミラ嬢を拉致したと、そう仰りたいのだろうか。心外だな」
「しかし、現にカミラ様のお姿がお見えになりません」
「だとして、だ。それをして私にどのような利がある。単にこの生活に嫌気が差して逃げ出しただけではないのか」
言葉の節々から、本気で不服そうな声色が感じ取れる。
まさか本当に心当たりがないのか。
いやいや、これも巧妙な芝居かもしれない。
問い詰めて間違いはないだろう。
「権力のあるあんたなら、下級貴族の娘ひとりやふたりくらいどうとでもできるんじゃないのか? 遊び半分で危害を加えたりしてもおかしくないだろ」
「……貴様は下級貴族だったな。なるほど、貴族の矜恃というものを甚だ理解していないと見える。私の感情を抜きしても、他の領地の貴族令嬢に危害を加えれば『はい、そうですか』では済むまいよ」
「じゃあ……」
「カミラ嬢の不在は、私の知るところではないということだ」
それ以上言うべきことはないとばかりに、クリストフは背を向けた。
完全に当ての外れた俺たち。
クリストフが知らないというのなら、カミラはどこに行ってしまったのだろうか。
「度重なるご無礼をお許しください、クリストフ様。私たちは他を当たってみようと思います」
「なに、私の無実を理解していただけたのなら構わないさ。カミラ嬢が見つかることを祈っているよ」
「感謝いたします。では」
どこまで本心か、きっと上辺だけの言葉を並べて、クリストフは去っていった。
ふりだしに戻った俺たちは、改めて情報を整理する。
カミラが消えた。
クリストフの取り巻きに連れ去られたのを見たとシーラが言っていたが、クリストフ自身は関与していないという。
「なら、取り巻きが勝手にやったこと……って選択肢しかないよな」
「うん。でもクリストフも言ってたけど、なんのために攫ったんだろうね」
「そんなの、ただいじめるため……とか?」
「可能性は低いと思う。彼らの嫌がらせはあくまで嫌がらせだったから……」
直接的かつ大胆に危害を加えるような嫌がらせは、俺にすらしてきた試しがない。
その上、本当にクリストフが関与していないというのなら、取り巻きである彼らにそんな度胸があるとも思えない。
しかも、標的にカミラが選ばれる理由も不明だ。
彼女は目立つタイプではないし、真っ先に矛先が向くとしたら間違いなく俺だろう。
考えれば考えるほど、カミラに悪意が向けられた理由と、彼女の居場所が分からない。
「心苦しいけど……手がかりがないと何もできない。今はカミラが帰ってくることを祈ろ。案外、休息時間が終わったらひょっこり帰ってくるかもしれないし!」
「うん、そうだね。待ってみよう」
最後に教師に掛け合ってから、俺たちは自分のクラスに戻った。
その日、カミラは帰ってこなかった。
■
「ふぅ……疲れた」
寝巻きに着替えることもせず、俺は固いベッドに飛び込んだ。
ギシギシと悲鳴をあげて俺の小さな身体を支えるベッドは、近頃の唯一の安らぎと言っていい。
正直疲れているのだ。
いくら頑張っても魔法は使えないし。
トラブルは多いし。
みんな冷たいし……。
せっかくラスボスに転生したのに俺は何をやってるんだろうか……。
セシリア。
セシリアだけだ。
こんな俺に優しくしてくれて、面倒も見てくれて。
今でさえ地を這いつつある俺のスクールカーストだが、もし彼女がいなかったらと思うとゾッとする。
それでいて、彼女は見返りを要求しないのだ。
守ってやったかわりに、とか。
派閥に入れてやるかわりに、とか。
要求されてもおかしくないはずだし、もしされても彼女にだったら俺は喜んで対価を払うだろう。
なのにセシリアは、友達そのものの距離感で俺と接してくれる。
そればかりか最近は俺のために手作りのお弁当まで持ってきてくれる始末だ。
どう見ても怪しさ満点で入学してきたこの俺に、である。
彼女は、どうして俺にここまで優しくしてくれるのだろうか。
「セシリア……」
枕を握りしめて彼女に思いを馳せていると、部屋のドアが二回鳴った。
来客か。珍しい。
今忙しいんだけどな。
「はい、どちらさま――」
「じゃーん! 私でした!」
「セシリア!」
心臓が跳ねた。
たった今空想していた顔が、ドアの向こう側にあったのだから。
そして、彼女は寝巻きだった。
寮に戻って早々に着替えたのだろう。気の早いことだ。
いつもカッチリ決め込んだ貴族衣装の彼女だが、ラフな寝巻き姿はまた少し印象が違って、俺はそのギャップにドキドキしていた。
「ど、どうしたの? 珍しいね、俺の部屋にくるなんて」
「うん、ちょっとお土産があってさ」
見ると、彼女は鞄を持参していた。
お土産。なんだろう。
ドラゴンのキーホルダーとかかな。
「あ、上がってもいい?」
「もちろん。何もない部屋ですが」
「あはは、お邪魔しま〜す」
そう言ってセシリアが通ると、ふわりと柔らかい香りが広がった。
セシリアの匂いだ。
さっきまで彼女のことを考えていたのも相まって、妙にドキドキする。
彼女は部屋の真ん中に腰掛けると、こちらを振り向いて言った。
「ね、ソフィアも座ってよ! 私にだけ座らせてないでさ!」
「え、あ、失礼します」
「なにそれ、私の方がお客さんなのに。変なの〜」
そそくさとセシリアの向かいに座る。
なんだこれは、恥ずかしいぞ。
「あ、そうだ。はい、これ」
そう言って、セシリアは鞄からノートくらいの大きさの紙切れを取り出した。
紙切れ――いや、紙切れに似ているが、見たことのない素材で作られているのがわかる。
「これは?」
「スクロールだよ。これの上に手を置くと、ほら」
ぽん、と紙切れの上にセシリアの手が置かれると、部屋がぼんやりと暖かい灯りに包まれた。
これは……。
「――【灯火】?」
「そう。これは【灯火】のスクロール。スクロールっていうのはね、うーんと、説明が難しいんだけど……」
つまり。
通常、魔法を行使する際は『身体の中の魔力を練る』『それを指先に集める』『魔力を吐き出し、魔法として具現化する』というプロセスを踏むらしい。
魔力の練り方や、指先に集める魔力の量・質で発動される魔法が変わる。
スクロールは、そのうち『魔力を練る』『指先に集める』という部分を肩代わりしてくれるそうだ。
「そのかわり普通に魔法を使うよりいっぱい魔力が必要だから、あんまり実用性はないんだけど……」
セシリアが困ったように笑った。
一応、試してみてはどうかという話らしい。
あぁ、俺のためにセシリアはこんなものまで用意してくれて。
なんて優しい子なのだろう。
なにより、これでハッキリする気がする。
俺が魔法を使えない理由。
作中ではソフィアも魔法っぽい技を使ってきたが、その全てが彼女固有の技だったため扱いがわからない。
単に、俺が魔力を練るのが壊滅的に下手なのか。
それとも、そもそもソフィアに魔力自体が存在しないのか。
ハッキリする。
「――――」
ごくりと唾を飲み込んだ。
なんとなく緊張する。
セシリアと目を合わせると、俺たちは無言で頷いた。
そして、俺は意を決して紙切れに手を乗せる。
「――ぁ」
「――あったかい」
部屋は照らされていた。
ぼんやりと、だけど確かに。
俺の中に魔力はあった。
俺も、魔法を使えるのだ。
道具に頼りきった情けない形でだけど、生まれて初めて発動させた魔法。
そう考えると、なんだか無性に込み上げてくるものがあった。
なにより、セシリアに感謝しかない。
こんな手段があるなんて、俺には到底思いつかなかった。知りもしなかった。
「やったね、ソフィア!」
「ありがとう、セシリア……!」
「まだまだ色んな魔法のスクロール持ってきたから、ぜんぶあげる!」
「え……いいの?」
キラキラと笑顔を弾けさせて、なぜだか俺よりも嬉しそうで。
そんな彼女を見て、俺はさらに込み上げてくるものが抑えられなくなった。
「ほんとにありがとう、セシリア」
「ううん、いいんだよ。ね、もっと試してみようよ! これとか面白いよ!」
そう言って彼女は鞄からもう一枚スクロールを取り出した。
俺は手を乗せようとして、一旦思い留まる。
いや、部屋が全焼する魔法とかだったら事だし。
セシリアがそんな魔法を勧めてくるとは思ってないけども。
俺の魔力制御が甘すぎて大暴走、とか可能性もないわけじゃないし。
一応聞いてみよう。
「これは?」
「これは直接魔法を発動させるやつじゃなくて、魔力の質がわかるスクロールだよ。魔力の色、って言ってもいいかな」
「魔力の色?」
「人には得意な魔法とそうじゃない魔法があって、それは生まれ持った魔力の色で決まるの。例えば私は赤。ソフィアは……」
「白とか?」
「あはは、それはないよ。白は魔族の色だもん。ソフィアが魔族だったら、そうなるかもね!」
「な……るほど」
あっぶねぇな!
これ、もし俺がうっかり手を乗せてたら、
『あなた、魔族だったのね。殺します』
〜END〜
ってオチだったじゃん!
でも……そうか。
そうだよな。
俺はセシリアに身分を偽って仲良くなったんだ。
彼女は俺が魔族だと知っても仲良くしてくれるだろうか。
俺が魔族だとバレたら少なくとも魔法学校にはいられなくなるだろうけど……。
こんなにもよくしてくれる彼女に嘘をついているのは心苦しいな。
だけど、仕方がないことだ。
本来、人族と魔族は相容れないもの。
仲良くしようなんて思うヤツは存在しないのだ。
俺とセシリアの仲も、俺が偽りの人族であるうちだけ。
そう考えると寂しく思えた。
なんとなく、聞いてみたくなった。
「ねぇ、セシリア」
「なぁに、ソフィア」
「セシリアは、なんで俺に優しくしてくれるの?」
「えっ? うーん、あんまり理由なんて考えたことなかったけど、そうだなぁ……」
顎に手を当て、考える素振りをするセシリア。
しばらくその姿を眺めていると、やがて彼女はぽつりと口を開いた。
「――ソフィアなら、私から離れないでいてくれると思ったから、かな?」
真意のわからないその言葉が、やけに強く印象に残った。
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