8.『スクールカースト』
学校生活。
久しく忘れていたものだ。
二日目にしてセシリアと友達になって、いい感じのスタートを切れたんじゃないか? なんて甘い考えを持っていた俺だったが、ひと月も経てばその考えも改められた。
第一に。
魔法が使えない。
ロンドー魔法学校は、その名に冠する通り『魔法』の講義に重きを置いている学び舎だ。
講義において『魔法』が占める割合も非常に高く、一日十時間ある講義のうち八時間は魔法の実技が組み込まれている。
もちろん、俺はその間青い空を眺めながらボーッとしているわけじゃない。
一応頑張っている。
セシリアに優しく手ほどきしてもらったり、先生に渋い顔をされたり、学徒たちに可哀想なものを見る目で眺められたりしながら、俺だって頑張っているのだ。
成果? ないよ。
やっぱり俺に魔法は使えないのだろうか……。
さて、もうひとつの懸念。
それは、
「あうっ」
「おや、これはソフィア殿ではないか。常より目端の利かぬ御方だとは思っていたが、よもや正面にすら目がついていないとはな。これ以上浅ましい姿を晒す前に、故郷にでもお帰りになられてはいかがか?」
これだ。
どうやら俺は悪目立ちしているらしい。
遠い地の下級貴族という設定も相まって、クラスメイトからの当たりはキツい。
「お前からぶつかっ――もごもご」
「クリストフ様。ソフィアは日々の鍛錬からくる疲れに、周りが見えづらくなっているのです。彼女の無礼をお許しいただけませんか」
「何も、狭まっているのは視野だけではあるまいに。……しかし、他ならぬセシリア殿の頼み。貴女の顔を立てさせていただくとするか」
「ご配慮に感謝いたします」
「だが……そのような者と懇意にしていては、いずれ貴女の名も落ちよう。努々、忘れぬ事だ」
クリストフ。
クリストフ・バルテン・ネスラーというフルネームは、この前セシリアに教えてもらった。
王都を囲むようにして成るバルテン領を治める領主の長男で、クラスの中でも筆頭の貴族だ。
このロンドー魔法学校にも多額の出資をしていて、早い話がスポンサーだな。
教師陣も彼には頭が上がらないらしく、粗暴な振る舞いを咎められることもない……らしい。ずるい。
もちろん教師だけではなく、学徒たちにもその権力は遺憾なく発揮されるわけで。
入学直後、クラスの半分は早々に彼の派閥についた。
ちなみにこの場合の派閥というのは貴族の後ろ盾的な意味じゃなくて、単にスクールカーストの話だ。
そんな彼の標的となった俺は、瞬く間に嫌がらせの対象となった。
クリストフの腰巾着をしている下級貴族のヤツらも積極的に俺の事を狙ってきて、中々に肩身が狭い思いをしている。
しかし。
そんなクリストフと対等に並べる人物が、このクラスにはもうひとりいた。
セシリアだ。
クリストフ側につかなかったもう半分のクラスメイトは、セシリアについたのだ。
聞くに、彼女も有力な貴族の娘らしい。
こうしてクラスは二分された。
とはいっても、さすがに表面上でバチバチやっているわけではない。
せいぜい悪口を言われたり、たまにさっきみたいな嫌がらせが飛んでくるくらいだ。
実に学校、って感じだな。
「セシリア、ごめん。毎回迷惑かけて」
「迷惑? 迷惑かけられてるのはソフィアの方だよ! はーあ、私がもっと強く言える立場ならなぁ」
そう言って机に突っ伏すセシリア。
さっきの毅然とした振る舞いが嘘みたいに、俺につむじを見せつけている。
「私たちは魔法を学びにきてるのに、どうでもいいことでいがみ合って馬鹿みたい。ほんと、めんどくさいよね」
「でも、セシリアってすごいよね。みんなクリストフにビビってるのにさ、全く臆せず守ってくれて」
「ほんと!? 私すごい!?」
セシリアは、シュッと音が聞こえそうな勢いで顔を上げた。
頬杖をついて苦笑を浮かべる俺と目が合う。
ピンと張る耳と、ぶんぶん振り回される尻尾が見えたような気がした。幻覚だ。
「すごいよ、いつもありがとう」
「ふふ……どういたしまして!」
そう言うと、彼女はニマニマと笑った。
こう見ると普通の女の子だけど、貴族として振舞っている時の彼女は綺麗だ。
品があって、芯があって、かっこいい。
その上成績も優秀で、入学する前の時点で初級魔法はほぼコンプリート。中級魔法も四種使えるらしい。
まさに才色兼備ってやつだ。
「あの……セシリア様、少しお時間、よろしいでしょうか……?」
そんな彼女のもとに、ひとりの少女がやってきた。
俺の背後、セシリアからすると正面側に遠慮がちに立って、おどおどと様子を窺っている。
この子はたしか、このクラスの……。
「あ、シーラ。どうしたの?」
「あっ、あのっ! 実は……」
そうそう、シーラ。
セシリア派のひとりで、魔法の実技ではいつも端っこの方で大人しめに頑張っている子だ。
同じように控えめなカミラって子と仲良しで、彼女たちは常にふたりでいる印象。
だったんだけど、今はカミラの姿が見えない。
どこ行ったんだろう。トイレかな。
「実は、カミラが、カミラが……」
「うん、落ちついて。ゆっくりでいいから、教えて?」
と思ったら、きな臭くなってきた。
シーラの顔はみるみるうちに青ざめ、その様子を見たセシリアも表情を変えた。
セシリアが優しく促すと、シーラはぽつりと呟くように言った。
「……講義が終わったあと、クリストフ様を慕う子たちにカミラが連れていかれて、それで……休息時間ももう終わるのに帰ってこなくて……カミラに何かあったんじゃないかって、心配で……」
頭をよぎるのは、クリストフの悪辣な笑み。
そりゃ俺だって、わざとぶつかられたくらいで本気になって騒いだりはしない。
だけど、超えちゃいけない一線というのはある。
シーラの言ったことが本当で、俺たちの予想通りのことが起きているとしたら、それは完全に一線を超えた凶行だ。
セシリアの目の色が再び変わった。
「わかった。私がなんとかするから、待ってて」
そしてこの頼もしさが、彼女の慕われる理由なのだと改めて思った。
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