6.『運命を定める邂逅』
この辺りは山岳地帯の近くという土地柄のせいで傾斜が激しく、体力のない人間は常に息を切らして歩いているらしい。
そんな中で二時間も歩いた俺はえらい。
やっと辿り着いた。ロンドーの街だ。
街の一番高いところにロンドー魔法学校はある。
歴史のある学校にしては珍しく、古臭い格式に囚われない校風と近代的な講義や環境が特徴。
というのが建前。
実際のところは高い学費をポンと払えるヤツなんて貴族か成り上がり商人くらいのものなので、結局は格式が付き物らしい。世知辛いね。
「入学を認めます。設備や講義に関する説明を行いますので、明日またこちらにお越しください」
さて、俺はあっさり入学の手続きを終えた。
どこの世も金の力は偉大だ。
とはいえ、いかに(建前上は)格式に囚われない学校といっても、さすがに魔族の入学は認められていない。
幸いにも俺の容姿は人族にそっくりなので、身分を偽って入学した形になる。
今日から俺は下級貴族の一人娘だ。
貴族の振る舞い方とかわからないけど大丈夫かな……。
まぁなるようになるか。
■
ほんのりと不安を抱えつつスタートした学校生活は、思いのほか普通だった。
いや、講義の内容は全然普通じゃないけど。
入学して真っ先に習ったのは、この世界の歴史だ。
「聖歴四八六年。冥界から出でし魔族の群れが、人界を侵略せんと猛り狂いました。すぐに大戦が勃発し、一度は劣勢に追い込まれた人族でしたが、『命の核』をふたつ宿した勇者が現れ、魔族を率いる『冥帝』を打ち破ったのです」
魔法学校と銘打った当校ではあるが、その生徒の年齢は幅広い。
まだ年端もいかない子どもたちも多く在籍しているから、こうして一般常識から丁寧に教えているそうだ。
手厚いね。
「しかしその身を完全に消滅させることは叶わず、勇者は自らの命を燃やして『冥帝』をクロイ地方で一番高い山に封印したのです。大戦に勝利した人族は、立役者となった勇者を英雄と称え、彼の者の名を取りその山を『エリオット山』と名付けました。人族は今も、エリオット山の封印を守り続けているのですよ」
歴史学を担当するおじいちゃんの先生は、喋り方に熱が入り始めていた。
周りの生徒も、大人しく木の椅子に座って話に聞き入っている様子だ。
まぁ、そうだろうな。
この話は神話であり、伝説であり、英雄譚だ。
ワクワクする気持ちもわかる。
ちなみに俺はあくびを漏らしながら聞き流していた。
なぜって?
そりゃ、ゲームのプロローグで散々聞いた話だからさ。
しかも物語中盤で本当の歴史が明かされ、この話にウソが混じっていたことまで判明する。
まず、『冥帝』は封印などされていない。
『勇者』エリオットに手も足も出ず、あっという間に殺害されたのだ。
そして、人族は封印など守っていない。
そもそも周辺の魔力が濃すぎて、人族の器では近寄れないのだ。
『勇者』の圧倒的な力に敗北を悟った『冥帝』は、最後の力を振り絞り、齢百に満たない娘をエリオット山に封印した。
『冥帝』が命を賭してまで繋ぎたかった命。
娘とは一体誰なのか。
そう、ソフィアだ。
俺だ。
いつか遠い未来、自分の娘が雪辱を果たしてくれることを夢見て、数千年の長い眠りにつかせた――というのが本当の設定である。
雪辱もクソも、四千年前の人間なんて生きてるわけないじゃん。
なんて思ったプレイヤーもいたけど、その疑問はすぐに解消されることとなる。
要するに、この物語の主人公が『勇者』エリオットの意志と力を受け継ぐ青年なのだ。
その設定が明らかになってから、主人公はソフィアを因縁の相手として一念発起するわけだが……。
「まぁ、まだ先の話だなぁ……」
物語の主人公である今代『勇者』がいつ現れるのかはわからないが、きっとしばらく先の話だろう。
どちらかといえば、今の俺の関心は学校生活の方に向いている。
ソフィアにとって大きな出会いがここであったはずなのだ。
三十人が詰め込まれるには少し手狭な教室。
周りを見渡してみれば、目に入るのは俺の知ってる人間の姿をした人たちだ。
違うのは服装くらいか。
この世界の学校には制服という概念はなく、身に纏う衣装がそのままその人の身分や家柄を示している。
一見すると誰もが豪華絢爛な衣装を身に纏っているようでありながら、しっかり観察するとその質に差異があることが見受けられた。
重ね着の数とか、布の質とか、装飾の派手さとか。
やっぱり貴族の間にも格差が見られるようだ。
え? 俺?
布切れ一枚だよ。
パッと見はボロの布切れに見えるけど、こいつはなんと四千年モノだ。
そういう意味では誰よりも価値のある服装と言えるだろう。
歴史があるんだよ。歴史が。
結局、初日は世界観や設定の復習をするような形で講義が終わった。
■
二日目。
ついに魔法の授業が始まる。
俺たちは学舎の外に駆り出されていた。
魔法学に座学はない。
いきなり実技だ。
この世界の魔法は、体内の魔力をコントロールし、無詠唱で発動するのが基本。
感覚なのだ。
言葉で十教えるよりも、一度実践してみた方が早いというわけ。
そんなわけで、まずは初歩中の初歩魔法。
辺りをほんのりと明るくする、火魔法の【灯火】から挑戦する。
「――【灯火】。おっ、できた!」
簡単なイメージを説明され、早速実践してみると、あっという間に成功させた。隣のヤツが。
俺? 全然できないよ。
「ぐぬぬ……」
指先に魔力を集めろとか言われてもさ。
魔力ってなんなのさ。
そんなもん俺の地元にはなかったよ。
ウィンドウから魔法を選ぶだけで発動できていたあの頃が恋しい……。
「できた! 意外と簡単なんだな、魔法って!」
「わ、あったかい!」
周りが次々と成功させていく中、俺はくすぶっていた。
自分の年齢の半分もいかないくらいの子どもたちが難なくこなしているのを見ると、すごく情けなくなる。
あぁでもこの場合、俺の半分の年齢って二千歳とかになるのか。
ならいいか。よくないよ。
指先に魔力を込める。
指先、指先。
「うぉぉおおおおお!」
とりあえず目いっぱい力を込めてみる。
でも違う気がする。腕が痛い。
っていうかソフィアの腕って真っ白で華奢なんだな。
魔法? 出ないよ。
「うぉぉおお! うぉぉおおお!」
「ねぇ、あのボロ布の人……」
「可哀想に……財も才もないんだな……」
なんか憐れまれてる気がする。
むしろ侮蔑の意も含まれてるような冷たい声色だ。
ムカつくけど、でも今はそれどころじゃない。
ムカつくけど!
「う、ぉおおおおおぁぁああ!」
「力任せにやってもダメだよ。ほら、一回目を閉じて」
「――――」
俺がゴリ押しによる解決を図っていると、突然鈴のような声が転がり込んできた。
驚いたわけじゃない。呆気に取られたわけでもない。
だけど、自然と俺の思考は止まっている。
とにかく、その声を聞かなくちゃ。
不思議にもそう思わせる魔性の声が、まっすぐ俺を射止めていた。
窺うようにその声の主を探す。
振り向くと、深紅の髪を束ねた女の子が微笑みながらこっちを見ていた。
柔らかな風に包まれたような感覚。
安心感と、泣きたくなるような切なさ。
その正体はわからないまま、俺はただ彼女の瞳に吸い込まれていった。
――思えばこれが、ソフィアの運命を定める出逢いだったのかもしれない。
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