第一章『運命を定める邂逅』

5.『ひとりきり』


 空を飛べばあっという間で、夜が明ける頃にはロンドーという街に辿り着いた。


 とはいっても俺以外の一名と一匹は目立ちすぎる。

 一名の方は角と尻尾のせいで人族には見えないし、一匹の方はもろドラゴンだ。


 フェイレスの方は近くの山岳に身を隠してもらうとして、マスティマはどうしようかと悩んでいたら、


「それならば、私は各地を巡り魔族を纏めようかと思います」


 なんてことをおっしゃった。

 なんでも、魔族がひっそり暮らす集落は世界中にぽつぽつとあるらしい。

 そこを巡り、力を蓄え、いずれ来る決戦の時に備えるのだそうだ。


 というわけで、マスティマはしばらく別行動。

 

 そういえばマスティマ曰く、飛龍はやはり人里では生きられないようだ。

 なぜかと言えば単純な話で、餌がない。ということらしい。

 せっかく仲間になってくれたのに寂しいものだが、フェイレスも近辺の山岳地帯にお留守番。


 とはいえ、これもマスティマ談だが、フェイレスは俺に完全な服従を誓っているらしい。

 呼べば必ず来てくれるでしょう、とのことだ。


 話が纏まったところで俺はロンドーという街の手前にある平原で降ろされ、最後にマスティマから人族の貨幣を預かり、手を振ってバイバイした。


 ここからは一人旅だ。

 まぁ目的地のロンドーまで徒歩二時間くらいだけど……。


 この世界にやってきて初めての一人行動。

 ちょっぴり不安だ。



 空気が澄んでいる。

 風が心地いい。


 草葉の青い匂いを嗅ぎながら歩く早朝がこんなに気持ちいいなんて知らなかった。

 きっと元の世界でもこんな景色があったのだろうと考えると、少しばかりもったいないことをしていたかなと思う。


 けど、いいんだ。

 ここからやり直せばいい。

 俺の人生は始まったばかりで、これからも続いていく。


 凄惨な結末なんてごめんなのだから。


「おはよう、朝から冒険かい? 精が出るね!」

「――っ」


 と、意識の外から声が降りかかる。

 咄嗟に視線を移すと、正面から歩いてくる中年男性の姿が目に映った。


 どうやら、俺に話しかけているようだ。


「ロンドーの街にちょっと用がありまして」

「ロンドー? 確かにこの先だが……ちと遠いぞ」

「構いません。歩きたい気分だったので」

「そうか……気をつけてな。まだ夜は明けたばかりだから、盗賊やらが撤収してきたところに遭遇するかもしれん。もしそうなったら、金目のものは全て差し出して命だけは助けて貰うんだぞ」


 盗賊。そういうのもいるのか。

 いたな。そういえば。


 夜に街の外を出歩くと、高確率で盗賊に遭遇するのだ。

 強制的に戦闘になり、負けると有り金全てを持っていかれる。

 しっかり準備していれば負ける相手ではないが、慢心して準備を怠れば簡単に負けてしまう。

 ある意味ではバランスの取れた強さなのだろうが、あれは面倒臭いイベントだった。


「気をつけます。ありがとうございます」

「ああ……しかしこんな早朝に一人で、ロンドーに何の用なんだ? どこから来た?」

「魔法学校に用があるんです。俺、魔法に興味があって」

「そうか……それにしてもお前さん、女の子なのに俺って言うんだな。誰かの影響かい?」


 え?

 ……あっ。


 マスティマがツッコんでこなかったからうっかりしてた。

 今の俺は、誰がどう見ても美少女じゃん。

 そりゃもう、何十万人ものオタクがハァハァ言うレベルの。

 ってことは『俺』はおかしいじゃん。


 ソフィアって自分のことなんて呼んでたっけ……。

 あのキャラ、口数が少ない上に主語まであんまり喋らないからイメージがないな。

 いいか、標準的なヤツで。


「おほほほほ、わたくしとしたことが、うっかりしておりましたわ。イヤですわね、近頃のアニメは教育に悪影響ですのよ。か弱い若女が『俺』なんて汚い言葉を使い始めてしまいますなんてね。天変地異が起きても自分の子どもには見せられませんわ!」

「あにめ……? 若女って……お前さん、口調がおかしいぞ? 大丈夫か、毒でも食らってないだろうな? 解毒薬の持ち合わせは……ああ、最後のひとつだ。なに、構わん。早く使った方がいい」

「……いえ、大丈夫です」


 違うか。違うな。

 もし口調がこれだったら、いくらソフィアであっても人気投票六十三位が関の山だな。

 無理に女の子っぽく振る舞うのはやめよう。

 一人称を変えるくらいで十分だな。


「あのな。自分では自覚がなくても、うっかり毒詰草の花粉を吸い込んじまうことだってあるんだよ。悪いことは言わねぇ。解毒薬を使え」

「ちょっと錯乱してただけなので、本当に大丈夫です。マジですみません」

「そこまで言うなら、無理強いはしないけどよ……」


 とりあえず俺は謝った。

 平謝りだ。


 最後まで訝しげな表情が晴れなかった通りすがりの中年男性を尻目に、俺は再び歩き出した。

 慣れないことはするもんじゃないな。

 


 その後。

 盗賊に遭遇するようなトラブルもなく、俺は無事に辿り着いた。

 ロンドー。これから八年間、過ごす街に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る