4.『碧眼飛龍』


 作中では、ドラゴンと戦う機会は少ない。


 具体的に言うなら、ストーリー中に必ず戦うものが一体。

 といってもそいつは地竜の幼体で、『ドラゴン』と言うには少しばかり可愛らしすぎる容姿をしていた。


 それから、地竜の成体は終盤に訪れる地でも雑魚敵として無限湧きする。


 しかし、彼らは地竜なのだ。

 羽を持ちながら、長時間の飛行はできない種。

 言うならば、竜種の中で最も弱い種。


 そして、今俺たちの目の前にいるのは――、


「碧眼飛龍ですか。珍しいものです」


 飛龍。

 最古の竜種――そして、最強の竜種。

 ストーリー中に戦う機会はなく、クリア後のやり込み要素として、老いた飛龍に挑むことができる。

 そしてそれは当然のように負けイベントで、どうあがいても勝てるように作られてはいない。


 つまり、ラスボスより強いのだ。

 設定上はどうかわからないが、少なくともゲーム中のパラメータでは。


「次はどこに転生させてくれるのかなあ」

「陛下。案ずるには及びません。飛龍とて所詮は魔獣。我々魔族の家畜でしかないのです」

「いやあ、アレが家畜は……無理あるよね?」


 マスティマはなんか呑気なことを言っているが、俺は冷静だった。

 冷静に、無理だアレには勝てないおしまいだと思った。

 その、例の『冥気』を纏ったソフィアならともかく。

 俺には無理だ。次回作にご期待ください。


「――【四宙反転】」


 俺が胸の前で十字を切っていた時、マスティマが何かを呟いた。

 振り向いて信仰の邪魔をするなと怒鳴ろうとした瞬間、とてつもなく大きな音と土煙が俺を包む。


 それが飛龍が地面に勢いよく叩きつけられた衝撃によるものだと気づいたのは、それから少し頭が真っ白になってからのことだった。


「ちょ、え? そんな羽虫を叩き落とすみたいなノリで飛龍を……」

「陛下にとっては飛龍なぞ、羽虫同然でしょうに」

「本気で言ってる? あぁでも俺、羽虫に対してマジの悲鳴あげられる人間だったわ……」

「……?」


 こっちの話さ。

 それはともかく、ひょっとして今の一撃で飛龍は死んだのではないだろうか。

 俺だったら間違いなくぺちゃんこになる勢いで地面に叩きつけられていたけど。


 ちゃんと確認するまでは不安ということで、俺は土煙が晴れるまで飛龍が落ちた場所を見つめていた。

 晴れた。飛龍と目が合った。


「うおおおお生きてるじゃねぇか! やるならしっかりこなしなさいよ、仕事を! このバカ!」

「案ずるには及びません。飛龍は知能の高い魔獣。逆らっていい者と、そうでない者の分別はついております」


 ほんとかよ。

 たしかに襲ってはこないけど。

 内蔵とか潰れて動けなくなってるだけじゃなくて?


 暗闇の中ではっきりは見えないけど、さっきからずっと目が合ってる気がするし。

 逆襲の時を虎視眈々と狙ってたらどうするんだ。


 それにしても、目線が外れないな。

 なぜだか俺も、その瞳に吸い込まれたように目が離せない。

 たぶん、綺麗な瞳だ。

 そんでデカい。瞳だけで俺の顔くらいあるんじゃない?


 そんな瞳が、なんだか、揺れている。

 小刻みに、不安そうに、びくびくと。


 これって、まるで――、


「……怯えているのか?」

「――――」


 飛龍は、グルルと喉の奥を鳴らした。

 何か答えようとしているのだろうか。


 俺は一歩ずつゆっくりと、その飛龍に近づいていく。


「……怖いよな」

「――――」

「死ぬのは、怖いよな。死にたくないよな」


 最強の竜種が、こんなにも巨大な体躯が、なぜだか小さく見えた。

 俺の妄想かもしれない。

 本当は、俺が手を伸ばした瞬間、待ってましたとこの腕を噛みちぎるのかもしれない。


 それでも俺は手を伸ばした。


「……一緒にくるか? っていっても、お前にとっては空の方が自由かもしれないけどさ」

「――――」


 触れた鱗は、ひんやりと冷たかった。

 飛龍はゆっくりと首を持ち上げ、俺の前に頭を垂れると、またひとつ喉を鳴らした。


 俺はそれを、肯定と捉えた。


「――よし! じゃあ行こう!」


 そうだ、せっかくだから名前をつけてやろう。

 きっとこれから長い時を共にするんだ。

 

 名前、名前……。

 爬虫類を飼ってる人って、ペットのトカゲに名前を付けたりしてるのかな。

 トカゲに合う名前ってなんだ。


 まぁこいつはその辺のトカゲと比べたら五百倍くらいデカい上に立派な翼まで生えてるんだけど、そこを考慮し始めたらややこしいし……。

 

「流石は陛下。あっという間に碧眼飛龍を従えてしまいましたね」

「ああ、うん。ところで、碧瞳飛龍って普通の飛龍と違うの?」

「飛龍が最古の竜種なら、碧眼飛龍は飛龍の始祖。世界に四体しか存在しない、『始祖の龍』の一体でございます」

「えっ」


 なんか仲間にしちゃいけないヤツ仲間にしちゃったくさいな。

 そういうのって世界の均衡保ってたりとかするんじゃないの?

 一体でも欠けると厄災が訪れるとかさ。ありがちだしさ。


 まぁいいか。本人……本龍の意思だし。

 そもそも遠慮なくボコったのマスティマだし。

 マスティマがやりました。なんかヤバいことになったらマスティマが悪いです。


 で、名前だ。

 名前、名前……ポチとかでいいか。ダメか。

 ダメだな。なんとなくバチが当たりそうだ。


 俺ってそもそもネーミングセンスが壊滅的なんだよな……。

 ゲームの主人公に名前をつけるのに二日悩むしさ。

 あーあ、こうなったらいっそ『たかし』とかに――。


「――フェイレス」

「――――」

「お前の名前は、フェイレスだ」


 フェイレス。

 こいつはフェイレスだ。

 なぜだか、それしかないと思った。


 あわよくば始祖の龍に『たかし』と名付けかけた俺とは思えないセンス。

 急に名付けの神が降りてきたわけでもなければ、もしかしたらこれは『ソフィア』の意思なのかもしれない。

 

 なんてちょっとオカルトちっくだが、ここは剣と魔法の世界で、そもそも俺は転生者だ。

 それくらいの不思議、あってもおかしくないよね?


 なんて、それよりも。

 俺たちに心強い仲間ができた。


「フェイレス。最初の仕事だ」

「――――」

「俺たちをテウラル地方のロンドー魔法学校まで運んでくれ!」

「……」


 それにしても、非常に心強い。

 もちろん、タクシー的な意味じゃないよ?

 



――――――――――――――――――

【後書き】

プロローグはここまで!

主人公が本気でラスボスムーブをし始めるのはもう少しだけ先になりますが、次回から本格的に物語が動き始めます。


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