3.『結末と行動』


 別に俺は錯乱したわけじゃない。

 一見突拍子もないように聞こえるこの選択にも、ちゃんと道理はあるのだ。


 物語が始まる数十年前。

 長い封印から目覚めたソフィアは、強い復讐心に駆られていた。

 しかし聡明な彼女は、怒りに任せて人族の世界を破壊することはしなかった。

 なぜか。単純に、正攻法では勝ち目がなかったからだ。


 そもそも、魔族は人族に一度敗北している。

 同じ轍を踏む失錯は避けんと、人族に付け入る隙を探そうとした。

 彼女は人族に擬態し、自らその文化に踏み込んでいったのだ。

 

 その過程で、『学校に通う』という行動もあったわけ。

 しかも八年間も。すごいよね。


「順序は変わるかもしれないけど、いつかはこなさなきゃいけないフラグのはず……なら、今やったっていいよね」


 この物語の『結末』を変えるためには、『行動』も変える必要がある。

 だけど行動を変えすぎて妙な方向に物語が進んでも面倒だし、ある程度は史実をなぞらなくてはならない。

 

 変えるのは『結末』だけ。

 そしてそのために必要な最低限の『行動』だけ。

 うん、道理だ。


 その『最低限』がまぁまぁ多い気もするが、少なくとも今は史実通り動けばいい。

 そう、史実通り、史実通り――。


「……無理じゃないか?」


 史実って言われても。

 物語開始前のソフィアに関する情報なんて、断片的に語られた設定くらいしかないし。

 それも伝承とか伝説みたいな形で伝わってるおとぎ話だって少なくないし、どこまでが事実として語られた設定なのか。眉唾だ。


 はぁ、こんな時、俺がソフィアだったらな――あぁ、俺がソフィアなんだっけ。ややこしいな。


 うーん。

 でも考えようによっては、もはや俺の思考がソフィアの思考と言っていいんじゃないか?


 うん。

 それでいい気がする。

 そういうことにしよう。

 だって俺がソフィアだし。


 とりあえず、俺は今外に出たい。

 正直めっちゃワクワクしてる。

 不安もあるけど、胸の高鳴りはごまかせない。

 これから憧れの世界に飛び出せるというのだから!


「よし、とにかくまずは学校にいこう!」

「――はっ」


 最初の選択肢に丸ボタンを押して、俺はようやく陰気臭い椅子から立ち上がった。



 久しぶりの陽の光を拝めると思ったら、外は既に暗闇に包まれていた。

 一体どれくらいの間、あの部屋にいたのかはわからない。

 数時間のような気もするし、数分のような気もする。


 どちらにせよ、夜はとっくに更けていて、日の出まではまだ長そうだ。

 山岳地帯であるこの辺りでは、当然街灯なんてものはない。

 俺たちを照らすのは、心許ない月光だけだった。


 夜の闇の中にふたり、命の保証すらなさそうな状況。

 なのに、なぜだか俺に不安はなかった。


「『冥帝』様がお隠れになり四千年。辺りはすっかり魔獣の住処と成り果てました。しかしそれが人族を立ち入らせない要因となったのは、我々にとっては僥倖でしたね」

「ふぅん……」


『冥帝』。また設定上でしか聞いた事のない名前だ。

 作中にはほとんど関わってこなかったため、俺の興味もそこまで向いていない。

 適当に相槌を打ちつつ、周りの景色を精一杯窺いながら歩く。


「これより先は森林地帯となります。森を抜ければテウラル地方は目と鼻の先でございますね。時に……」


 後ろを歩くマスティマがふと足を止めた。

 向き直ると、律儀にも跪く彼の姿が闇に浮かぶ。

 えっと……どうしたんだろう。


「失礼ながら、陛下は永き眠りの中で、冥気の操り方をお忘れになられているご様子です」

「めいき?」


 聞いた事のない単語……あぁいや、そういえば。

『冥気』だ。作中で唯一、ソフィアだけが扱える特別な力。

 たしか、魔力とは似て非なるものなんだっけ。


 ソフィアが圧倒的な力を秘めている理由――メタい話をすればめちゃくちゃステータスが高かったり技のダメージが高かったりするのは、その『冥気』を纏っているから……という設定だ。


 あくまで設定。

 もともと主人公が扱える力ではないし、『冥気』なんてパラメータは存在しない。

 どっかのセリフで一度だけ出てきた不思議パワーの存在なんて忘れてるよ、そりゃ。


 とりあえず俺はぽりぽりと頭をかいた。

 真っ白な髪から花のような香りがふわりと漂った。

 四千年もシャワー浴びてないのに。


「問題ないでしょう。冥気は確かに陛下の内側に存在しているようです。時が来れば自然と定着するかと」

「あ、そうなの?」


 ならいいか。

 しかしなるほど、『冥気』ね。

 その力を使わないと、俺の力は見た目通りのか弱い女の子――とまでは言わないけど、最大限に引き出すことはできないらしい。


 それでも生前の俺よりは遥かに強大な力が褒められていることは、既に何となくわかる。

 なんか身体軽いし。腰とか痛くないしね。


 とにかく、当面の目的はテウラル地方にあるロンドー魔法学校に辿り着くこと。

 そして、その学び舎で八年もの間、真面目に勉学に勤しむのだ。


「この期に及んで学生に戻ることになるとはね……」


 嬉しさ半分、面倒臭さ半分だ。

 八年て。長いよ。


 いやいや、それでも必要な事だ。

 この八年間に及ぶ人族との共同生活の中で、ソフィアの中で人族への復讐心を確かなものにする出会いがあったらしい。


 もしかしたら俺がこの目で確かめる必要はないイベントかもしれないが、単純に興味がある。

 ソフィアは何を見て、何を感じたのか。

 何がきっかけで、あの結末に辿り着いてしまったのか。


 それを明らかにするため、俺たちは歩みを進めた――その時、


「――――」


 木々の揺れる音が聞こえた。

 数拍置いて、腹の底まで響くような唸り声が空の彼方から降る。

 思わず立ちすくんでいると、やがてその声は大きく、激しくなり、あっという間に辺りを暴風が包んだ。


 石が転がり、葉がちぎれる。

 なぜ立っていられるのかわからないほどの狂飈だ。


 唸り声が近づく。


「……ふむ」


 そして、ついにそれが見えた。

 夜空に大きく翼を広げ、森にビルのような影を落とす巨大な影。

 頭の先から尻尾の先までを合わせると、その体長は十五メートルほどにもなるだろうか。


 爬虫類のようで、鳥類のようで、そのどれとも違う、唯一無二の輪郭。

 創作では得てして絶対的な強者として描かれる、高尚な種。

 口を開けば火でも吹きそうなファンタジー生物。


 ドラゴンだ。

 ドラゴンが、俺たちの頭上を飛んでいた。


 俺たちは見下ろされている。

 食物連鎖の頂点にいる彼らにとっては、ラスボスであるはずの俺ですらちっぽけな存在でしかないと知らしめるように。

 

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