2.『正義と大義、そして美学』
「そういえば、ここはどこなの?」
という疑問は、自然と口をついて出たものだった。
例のゲームをやり込み、コレクションアイテムまでコンプリートを果たした俺だったが、今目の前に広がる寂寞とした埃っぽい部屋にはどうにも見覚えがない。
第一、俺はちょうど今目覚めた雰囲気だったが、作中では物語開始時点で既にソフィア率いる魔族は暗躍しており、彼女が四千年も封印されていた事実は中盤でようやく知ることになる。
つまり時系列がおかしいのだ。
これではまるで、ゲームの前日譚をやらされているような……。
「ここはクロイ地方に位置する、山岳の一角でございます。人族の間では『エリオット山』と呼ばれているようですが、忌々しいものです」
そんな俺の疑問は、マスティマが迅速に解消してくれた。
エリオット山。作中に名前だけは登場したものの、一度も訪れる機会のなかった場所だ。
まさにソフィアが封印されていた地とされており、当時の俺はもっとこう、窮屈な岩の中に磔にでもされているイメージだったのだが、その実は意外と快適な封印ライフだったらしい。
それはともかく。
今ここに俺がいるということは、つまり。
その事実に気づいた時、心の底まで震えた。
「やっぱり、本当に、俺はこの世界に転生したんだな……」
「陛下?」
「ああ、ううん、なんでもない」
あの頃は、ゲーム的な制約で訪れることのできない場所がいくつもあった。
いつまでも通行止めの細道とか、遠くに見えるだけでいくら歩いてもたどり着けない山とか。
この『エリオット山』もそのひとつだ。
……まぁリアルな話をすると、納期とか予算的な問題でそこまで作り込むことができなかったんだろうけどさ。
今の俺なら、どこにでもいけるらしい。
この剣と魔法の世界で、生きていくことができるらしい。
せっかくの転生先が破滅の確定している悪役なのが切ないものだが……。
でも、むしろこれでよかったのだろう。
主人公に転生しても、きっとソフィアの結末は変えられない。
小さい頃、よくごっこ遊びをした覚えがある。
気の弱かった俺は、皆の羨むヒーロー役にはいつもなれず、半ば押し付けられる形で悪役になりきっていたっけ。
思えばそれがきっかけだったのかもしれない。
俺は悪役が好きだ。
ヒーローには大義と正義しかないが、魅力的な悪役には美学がある。
そういう意味ではソフィアも自分の美学のもとに行動していたのだろうが……そんなことよりも、だ。
絶対的な悪役が、俺は好きだ。
陳腐な言い回しをすると、ラスボスっぽいラスボスが好きなのだ。
少なくともソフィアは、ラスボスではあったが、ラスボスっぽくはなかった。
俺の主観でしかないが、悪役らしい悪役でもなかった。
俺はそれが不満だった。
ソフィアには、絶対悪であってほしかった。
だから――、
「――俺は、ラスボスムーブをするぞ!」
「らすぼす、むーぶ……?」
「ああ! ソフィアを――この物語の『ゴリゴリのラスボス』にする! それが俺の追い求める結末だ!」
「恥ずかしながら私には仰っている言葉に理解が及びませんが……お供いたします」
どちらにせよ、このまま史実をなぞっていたらあの結末がやってくるのだ。
もし転生した意味があるとするなら、ソフィアの結末を変えてあげるためだろう。そう決めた。今。俺が。
よし、そうと決まればこんなくしゃみの止まらない場所で滞ってる場合じゃないな!
外に出て、それから、えっと、まずやるべきことは……。
「――うん、学校にでも通ってみるか」
「がっ、こう……?」
マスティマが「え、聞き間違いかなあ?」みたいな表情を浮かべながら目を見開いている気がするが、それは見なかったことにしておいた。
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