6

 悠人と並びながら歩く。校門を抜け、人海を超え、見慣れた商店街まで辿り着いた。

 その間、わたしは繋がれた手と隣にいる悠人の横顔ばかりが気になって、何度も躓きそうになってしまった。自分でもバカだなぁと思っちゃったけど、その度に支えてくれる存在が居てくれることに、どうしようもなく胸を満たしてくれた。途中から呆れた顔で見られたけど、最後には仕方なさそうにしながらも優しく手を伸ばしてくれていた。

「ん?おーい、そこの小っちゃい二人組ー!!」

「あ、おっちゃんだ」

 悠人の声を聞いて、わたしは意識を広げた。辺りを見回すとわたし達に向かって、何度か見たことある人達が手を振っていた。

 僅かに顔が赤くなってる龍次郎さんとその横に困り顔を浮かべながら佇む鈴さんだった。

 わたし達を呼んでいることは明白で、反応した後に無視するわけにもいかない。

 悠人に手を引かれながら、呼ばれた二人の元に向かって歩いて行った。

「こんにちは」

「こんにちは、悠人くん。美幸ちゃんも、こんにちは」

「……こんにちは」

「よお、元気にしてるか?」

 鈴さんが柔らかな態度で接してくれたのに対して、龍次郎さんは豪快な態度で挨拶をした。

「わざわざ聞かなくても結構な頻度でここに来てるんだから知ってるだろうに」

 悠人は大人相手にも臆することなく、目の前の男性をあしらっていた。

「違うわよ。この人は明莉のことを聞いてるのよ、悠人くん」

「おお、さすが鈴!オレの言いたいことを分かってるなァ」

 隣に居た鈴さんが龍次郎さんの発言に補足してくれた。

「珍しいですね、二人が一緒に店番してるなんて」

「ワタシがここにいる理由、この人を見て分からない?」

 鈴さんは首を龍次郎さんに向けた。

「なんだァ?そんなジロジロ人の顔を見詰めちゃって。まさかそんな子供が好きそうな顔つきだったのか、オレ」

 訳が分からないことを話す龍次郎さん。悠人はその姿に呆れた視線を向けていた。

「……また酒ですか」

「そうなのよ。まだ店番も終わってないのに、この人ったら……。二人共、お酒が飲めるようになったからって分量とタイミングを間違っちゃダメだからね」

「ご忠告、ありがとうございます」

「たまには羽目を外すのも大事なんだけど。まぁそれはいいわ」

 龍次郎さんに何とも言えない表情を浮かべていた鈴さんは、再びわたし達に顔を向き直した。

「それよりどう?明莉の体調は」

「元気にしてますよ。今朝だって起きてからずっと父さんにべったりでしたから」

「そう。ならよかったわ。最近は風邪も流行ってるらしいから、体調には気を配った方がいいわよって言いたいところだけど……」

 悠人とわたしを見た鈴さんは微かな笑みを浮かべた。

「そんなこと、あなた達にわざわざ言う必要もなかったわね。明莉のことはワタシ達より二人の方が気にしてるものね」

 その言葉を聞いたわたしは少し視線を逸らした。鈴さんの言葉を聞いてもわたしは心から頷ける姿がうまく思い浮かべれなかった。それよりもお母さんが体調を崩して悠人が悲しむ姿の方が、わたしの胸を強く締め付けた。

「それよりお前らァ、学校はどうした?いつもより随分早いじゃねぇか。まさかサボりじゃねぇえだろうな?」

 龍次郎さんがじりじりとわたし達の顔を覗き込んできた。

 わたしは慣れない龍次郎さんのその姿を見て、無意識の内に悠人手を強く握っていた。

「おっちゃん、近い。酒臭いぞ」

「うるせぇなあ。それより、どうなんだァ?」

 一向に引こうとしない両者。

 そんな中、龍次郎さんの背中を優しく鈴さんが手を置いた。

「はいはい、そんな怖そうに怒鳴らないでちょうだい。ほら、美幸ちゃんを見てみなさい。あんたのせいで怯えちゃってるじゃない。少しはお酒のこと、反省したら?」

「鈴!違うんだ!ただオレは……」

「分かってるから。とりあえず、戻って水でも飲んで落ち着いてきなさいよ。このままここに居ても美幸ちゃんを怖がらせるだけよ」

「……わぁったよ」

 龍次郎さんはそれだけ言って、店の裏に戻っていった。その後ろ姿は今日会ったばかりの頃よりも随分小さく見えた。

「悪かったわね、二人共」

「いえ、いいんですけど……」

 悠人は困惑した表情を見せながら鈴さんを見ていた。

「大丈夫なんですか、おっちゃん」

「心配しなくてもいいわよ。ちょっとお酒に当てられて感情的になっただけだから」

 そういう鈴さんは笑顔を浮かべて悠人に補足を入れてくれた。

「そう悪く思わないであげてほしいの。あの人もただ二人がうまくやれてるかが心配なだけで、別にここにいることを怒ってるわけじゃないから。あまり気を落とさないでくれるとワタシとしても嬉しいわ」

「龍次郎さんってどうしてそこまで俺たちのことを想ってくれるんですか。前から気になってたんですけど」

「さあ?それはあの人にしか分からないわよ。もしかしたらそういうことをする自分が好きなだけかもしれないわよ」

 いたずらっぽい笑みを浮かべた鈴さん。わたしには似合わないその仕草が鈴さんをとても魅力的にみせた。

「そうなんですか?」

「言ったでしょ?分からないって。少なくとも言えるのは、ワタシはあなた達に夢を見てる。それだけよ」

「夢、ですか。それはどういったものか聞いてもいいですか?」

 わたしも少し気になって顔を見上げた。

 鈴さんは今まで見たこともない表情を浮かべながら、わたし達を見詰めていた。

「なんてことないわよ。ありきたりで、それでも大切なこと」

 そう言って鈴さんはわたし達のすぐ目の前に立ちしゃがみ込むと、目線を合わせた鈴さんがわたし達の頭に今まで触れたことがない感触で手を添えられた。

「あなた達が幸せな日々を送れますようにって。そういう夢を見てるのよ」

「……別に今だって幸せですよ」

 鈴さんの言葉に悠人は恥ずかしそうな声を上げた。

「あら、それならわたしの夢は叶ったわね」

「そうですよ」

「なら、その日々がいつまでも続いてくれることを、わたし達はここから祈ってるわよ」

 そう言ってもう一度、頭を僅かに撫でてからわたし達から手をどけた。

 手が離れた後も、まだ頭には不思議な感覚が残っている気がした。

「ほら、二人共。いつまでもここに居ても仕方ないわよ。早く明莉と輝夜くんの元に帰りなさい。そのために学校から抜け出してきたんでしょ?」

 話し込んでいたことに気がついた鈴さんがそう言った。

「抜け出したの、気づいてたんですか?」

「まぁ、他に下校してる子供がいるわけでもないし、今の美幸ちゃんを見たらさすがにね。真っ赤に目を腫らしちゃって、せっかくの可愛い顔が台無しよ」

 わたしは悠人の身体に思わず顔を沈めた。

「ありがとうございます。美幸のこと、気に掛けてくださって」

「いいのよ。美幸ちゃんが苦労しそうなのはなんとなく予想してたから」

 悠人と話した後、鈴さんが覗き込み、わたしの瞳を捉えた。

 恥ずかしさを感じながらも、わたしはただ「綺麗な瞳だな」と思った。

「美幸ちゃん、きっとこれかも大変なことがあると思うの。それがどういう形で襲ってくるかは未知数だし、未然に防ぐのも簡単じゃないわ。だからその時は自分だけで抱え込まず、自分が信頼してる人に話してごらん。別に言葉じゃなくてもいいの。ただ誰かに自分の気持ちをぶつけてみるの。そうすれば心がほんの少しだけど、軽くなるような気がしてくるのよ。気休めかもしれないけど、そうやって自分の気持ちをゆっくり飲み込んでみると、後から振り返れば何でもないことのように思えてくることもあるのよ。どうしても出来なかったらワタシでもいいわ。何もしてあげられないけど、少なくとも話だけは聞いてあげるから。美幸ちゃんの悲しそうな顔なんてワタシ、見たくないもの」

 そう言った鈴さんは柔らかな笑顔を見せた。

 お母さんとも悠人とも違う。

 わたしの知らない感情を浮かべていた鈴さんに見送られながら、わたし達は店を後にして、お母さんとお父さんが待つ家へと足を動かした。

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