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「ねえ、ゆうとー。これからどうするのぉ?」

 帰宅して昨日の残りものの夕飯と入浴を済ませた俺たち。父さんは帰ってこなかったが、後は寝るだけとなった頃合い。

 俺はいつでも寝れるように布団に入っていた。隣で布団の上を体育座りしていた美幸は囁くような声で俺に聞いてきた。その声にはいつもの朗らかさを感じられず、今にも瞼が落ちそうなくらい眠そうだった。

「さあ、どうしようかな」

 かくいう俺も今日は普段使わない神経を使っていたこともあって少々睡魔に負けそうになっている。

 気の抜けた返事をする俺に、美幸は思わずといった具合で力なく笑みを零していた。

「なにそれー。自分で言い出したのに頼りないぞぉ」

「はは、ほんとにな」

 日中とは違うテンションの美幸は酔っ払いのような絡み方をしたきた。顔を膝の上に傾けて、俺の顔を見下ろすような姿勢に変える美幸。その瞳は静かに閉じており、直ぐにでも意識を手放してしまいそうだった。

「まあ、でも。悠人はそれぐらいの気構えでいいのかもねー」

「美幸はそう思うのか?」

「うん。だって悠人、別にどうでもいいことって思ってるでしょー?」

「そうだな。俺に得るものはないし、何なら時間を割く分損してるしな」

「だよねー」

 美幸はやはり俺のことをよく理解している。そしてそもそもこの勝負をする必要はなかったと思ってるんだろうな。俺もその部分には賛成だが今後のことを考慮すると、俺の生活を乱してきそうな不穏分子とは早めにケリをつけておきたかった。

「あのね、悠人」

 そう前置きをした美幸は眠気のせいで自分では姿勢を維持できなくなったのか、ゆっくりと俺の腹に頭を乗せて枕代わりにしてきた。普段ならはしたないと注意していたかもしれない行動だが、今日の俺にはそのようにして美幸を咎める気力も湧いてこなかった。むしろ美幸の体温が程よく伝わってきて余計に眠気を搔き立てる。美幸も俺の鼓動を聞きながら心地よさそうな表情を浮かべていた。

 このまま二人で夢の世界へと落ちていきそうになっていると美幸が続きの言葉を紡ぐ。

「わたしは別に無理して絵を描かなくていいと思うよ」

「ふっ、前も似たようなこと言ってたな」

「あれ、そうだっけ?」

「……ああ」

 あれは母さんのことを美幸に打ち明けた時だ。話す必要はなかったのに自分の感情を抑えることが出来なかった俺は思わず口走ってしまったことを覚えてる。あの時も美幸は俺が無理する必要はないと許してくれた。美幸は知らないだろうが、今でもその時の言葉を思い出すくらい美幸にはたくさん救われていた。

「ありがとう、美幸」

 俺は手を美幸の頭に乗せ、その綺麗な髪をガラスに触れる時みたく優しい手つきで撫でる。俺の言葉は今日以外にも多くの感情を含んだものだった。

「……そんな言葉、いいよ」

「そうか?」

「うん。前にも言ったでしょ。わたしはそれよりたくさんのもの、悠人からもらってるから。それよりも……」

 美幸は身体を横に転がると、完全に寝る態勢になった。暗闇を照らす仄かな光の中、美幸の手がぎゅっと俺の服を掴む。

「……今はもう少し、このままで……」

 途切れとぎれ言葉を残した美幸は微睡みの世界に沈んでいった。穏やかな寝息を繰り返し、幼子のようなあどけない表情を浮かべる美幸。

 俺はその姿を感じ取ると身体が冷えないように俺の毛布を美幸に掛ける。これ以上動くと美幸が起きてしまう。それに最後はこのままがいいと美幸が呟いていた。

 心地よさそうに眠る美幸を傍らに、俺も気づけば夢の世界へと旅立っていた。


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