21-エンディング
含んだ言い方の裏には萬の根回しの影があった。
警察だけが知り得る情報を使い、まずは桑木に近づいた。
そして桑木と面識があった出水にも情報提供のために協力してくれないか、と米塚のことをチラつかせて接近。最近悪質なポスターが増え始めていると自らの行動を吹聴。琴音がニュースを見たかどうかを知る術はなかったが被害者の娘である琴音から連絡が来ても事実だと言え。連絡が来なかったらこちら側からかけろ、と言っていた。米塚の家に行くこともほのめかせるように行っておくように頼んでいた。
桑木とは繋がりが出来るであろうことを予測していた。桑木の会社創立の計画も協力し、創立メンバーに誘ってみたらいいのではないか、と言った。
警察が手助けしてくれた経験から琴音は三度とに転がり込んできた。そこから琴音と萬は情報提供というか形で事件の相談から人生相談、まで。様々な相談に乗ることになった。忙しくなったのでもう会えない、とまるで恋人に別れを告げるようなセリフも逃げ道として万全に用意をした上での干渉だった。
個人的な相談もいくつか乗っていて、出水や桑木か誘われていることも打ち明けられた。自分の紹介だとは一切言わず、顔にも出さずに萬はその話を聞いていた。以前に勧めていた学部変更に琴音が踏み切ったタイミングで答えを出した。会社の創立メンバーの話を受けてみたらどうだ、と肯定的な返事を。
琴音は渋っていた。しかし人一倍認められなければいけない。自立しなければいけない。それを自分にも周りにも証明しなければいけない。そう思って生き急ぐ癖のあった琴音は従った。
そこからはとんとん拍子に進んでいった。萬の思うままに。
都の起こした交通事故でミカエルが職を失った。臣道は大切に思っていた隣人が都に殺された、と同義の扱いを受けてあの世へ旅立った。ヴァニラと、奥山hは愛し合っていてその結晶を授かることも夢に見ていた。なのにも関わらず一生子供が出来なくなってしまった。子供や将来の話をするだけでヴァニラは心が壊れそうになってしまう。
ユーンは都の父親に助言をしに行っただけなのに強姦された。浮気相手という関係性を暴露するぞと脅され人権侵害も甚だしい行為に及ばれている。それで家庭もついには崩壊させられてしまった。
矢車は旦那が殺されてしまった。矢車社長が殺されたことで当てのない誹謗中傷に晒され続け精神的に限界を迎えたトマテナのテナである郡上星凪は命を絶った。その兄の心痛は言わずもがな。ボカロPとして楽曲を提供していた六波羅大胆は星凪の兄、郡上ひろきと知り合いであり、今も関係が続いている。ライブの衣装がミュージックビデオの動画を作った杉澤に関しては個人的に遊ぶほど仲がいい。三人の心の中はもうぐちゃぐちゃになってしまっただろう。
恨んでいる。恨んでいない。
それはもはや関係なかった。桑木と引き合わせるきっかけになればよかった。ただそれだけのために話していた。それもただの善意ではなく。被害者の会のようにお互いの傷を舐め合って欲しかったわけじゃなかった。人間誰しも他者の利益だけを考えられるわけではない。自分の利益を少なからず見出すから、自分の利益が主だったりするから。動けるのであって、リスキーでも足を踏み出せてしまうのである。
萬は桑木と出会ってから今の今まで洗脳のように考え方を返させてきた。
都はこれ以上生きていたらいけない存在で、世間の為にも彼本人のためにもならない。生きながらえさせるのは残酷すぎること。だから殺してあげることは野菜いことなのだ。慈悲殺になるから罪ははほぼ問われないようなもの。本人が認めていたらいい話。
いつからか桑木はそういうものなのか、と思い込むようになっていた。人に教えられた考え方をただただうのみにしてそれ通りに進んでいくのが一番簡単だ。間違っても教えた人にそう教えられた、と言って当たれば済む話。言われていることが倫理的におかしくても、それが『仕方なかった』と認められる事案が世間で起こっているのか。自分たちの大切なものを降ろされたり、傷つけられたりしたのだからそのくらい許される。実際に許された人がいる。
考え方が染まっていった。
どうやって福州市おうとも心が晴れる日なんて来ないことは何となく分かっていた。
未来が再び歩けるようになることはない、と。
未来が再び歩けるようになることはない、と。
両親が生きて戻ってくることは二度とない、と。
雫夫妻の声をもう一度聞けるなんてあり得ない、と。
今でも消えない小尾路の傷が完全に消えることはない、と。
赤ん坊が貫かれなかった未来を生きられることはない、と。
事件の痕苦しみが消えることは将来永劫起こり得ない、と。
旦那が戻ってくることなんて絶対にない、と。
妹が骨に肉を纏って元気に笑っているところはもう見られない、と。
時間を巻き戻して連絡を確認したり別の慰め方は出来ない、と。
些細な変化に気づけていたらと思ってももう何も出来ることはない、と。
好きな人は人殺しだったという事実に目を背けられない、と。
全員が気づいていたけれどどこかに憎しみがあった。一瞬でも心が晴れるなら。都の行っていた『これ以上生きていても意味がない人』。それがもし都なら都はどうするだろう。自分は粛清するあy久米がある、とヒーローのように生きて見たりするのだろう。悪い妄想ばかりが広がってしまう。
自分に対してしてくれたこと。善意でしてくれたこと。善意のまま受け取れた優しい行為。差別は嫌だと思っていいんだって思わせてくれたこと。
何もかもを忘れて痛みましたけど。今も痛いんだ。これからも痛んでいくんだ、ということをただ知らせたかった。
刺し殺すだけの勇気は全員が持てなかった。だから刺さなくていいよう。都に対しての最期の優しさ。せめて苦しまないように、と。何度も計画を練り、間違いがないように。調べられても何も出てこないように。
都は誰かによって、何故か分からないけど、殺されてしまった。
いつかバレてもそう思われるように。操作線上には上がらず、別の案件だったとしても自分たちが哀れまれるように。可哀想だね。悲しいよね。
正当に都が裁かれることを望んでいたけれど、結局は国。司法が裁く。終身刑だろうと、死刑だろうと自分たちで手を下したい。
萬がそう思わせた。
人を傷つける、はまだ罪じゃない。
殺す
それは罪になる。人間が人間として扱われるために最低限のこと。殺してもいいですよ、となったら恐らく嫌いな相手がいたら無作為に殺す。獣と化してしまう。
それでもいいというなら人がいないようなアマゾンの奥地にでも行って、服も着ないで、そこら辺で用を足し、焼くという技能も持たないまま生肉やドレッシングのかかっていない草や葉を食えばいい。多くの人はこの行動に走る人を嫌悪し、狂った、と表現する。
感覚の違いはどうしても発生する。都のように狂った道に対して何も思わないような人がいる。
なにも萬はそれを哀れみ、罪を犯すならば……と事前に死ねばいいと思っていたわけではない。
警察しか知り得ない情報。都の母親は殺害されていた。それも咲塚スキー場で。その犯人もネタバレをした。都と萬は母親が殺された時に関係が作られた。その事件を担当したのも、お蔵入りにしたのも全ては萬が原因。
目の前で自殺に見せかけられた殺人の一部始終を見ていた都のことを犯人はどう思うだろうか。
殺したいと思うはず。
「はっ、はっ……」
(このガキも殺さないと…・…)
荒い呼吸で興奮のあまり顔が紅潮する。それと雪の寒さで。それと血液で。恨みがあったわけでもなく殺さなければいけない、と突発的に感じての行動だった。DNA検査をしたら全てがバレてしまう以上、罪悪感とかほざき出した母親をそれだけのために殺した。だから都幼少期も殺さない、と。
何を考えているのか分からない表情で母親を見ている手をかけようとしたところで自分のスマホが鳴った。関係ない個人的なメッセージだったので返すのは後回しにした。
人がやって来る気配がしたので舌打ちをしてその場を立ち去った。都幼少期は騒ぎ立てるわけでもなく静かに座ったままだった。裏口から出て雪の階段を滑らないように昇っていく。
「見るな!内季!見ちゃだめだ!」
その声を背に停めていたパトカーに乗り込む。バディもいない。覆面パトカーであることを幸いに思った。適当なルートを通って警察署に戻ろう。車を走らせていると無線が鳴った。
『萬、お前の近辺にスキー場はあるか?』
「あー、ありますね。寂れたところが」
『咲塚ってところならそこだ。三十代後半女性が死んでるらしい。恐らく自殺だ。鑑識も寄越すから先行けるか?』
「了解しました。すぐ向かいます」
息切れを殺して無線を切った瞬間に深く息を吐いた。肺にたまっていた車の排気ガスのような来るさを持っていた気がした。その後向かってさも初めて見たかのように驚いた顔をして父親かもしれない男と、都幼少期を保護した。残りは鑑識に任せて二人を病院に送った。
病院に送るまでの間に都は気を失った。
「内季っ!?内季!」
「お父さん、あんまり起こしたりしない方がいいと思います。身体的なものではなく、精神的なものでしょうからいずれ起きます。だからそっとしておいてあげてください」
「分かりました……」
萬が都に目をつけたのはこの時からずっとだった。病院にお見舞いのふりをして出向き、何度も同じ質問をして完全に萬があの現場にいて殺したことも覚えていなかった。これ幸いと萬は都との関わりを完全に絶った。事件であることを知っているのはただ一人、自分だけだったので適当な方向性で自殺と処理した。一応定義上は未解決事件に当たる。
しかし未解決であることは以外の人にとってだったし、萬の中ではもうすでに解決していた。故に変に都と関わってひょんなことから気づかれても困った。
都の母親が死んで約十年、九年の月日が経ってから米塚の事件に都が関わっていることを知って冷や汗が止まらなくなった。パラファリアという性嗜好異常が遺伝しているかもしれない、と。都は人の苦しむ顔が見たい。そういう表情が好きで、屈辱を与えると性的興奮を覚える。
萬はサイコパス、と言われるものだった。猟奇的な犯罪をものともしないような。けれど制御出来ていたし、自分の中でサイコパスであるという認識は薄かった。どちらかというと都のように性的興奮を覚えるから、害を加えてしまう。都の母親を殺害したのは萬とのつかず離れずの関係を断ち切りたいと言われてカッとなったからだった。
『私、内季が出来ちゃって何年も罪悪感を抱えているの。だから本当に別れて。貴方のことは愛しているわ。でもそれ以上に内季のことを愛しているの。それに彼のこともよ』
一度は受け入れたくせに。
段ボールを縛るために使う細いビニールの紐で首をぐるぐる巻きにしてつるし上げた。そのビニールの紐の裁断用に置かれていたカッターを都の母親に握らせてその手を握り手首に刺した。
自分のしたことが野蛮な獣に思えてその場から立ち去った。
それを目の前で見たせいなのか、そもそもの血の繋がりが問題なのか。内季のことは息子として愛していた。大切にも思っていた。自分が原因で都の心の中身がねじ曲がってしまっていたらどうしよう。
それこそ罪悪感で胸がいっぱいになった。
と同時にある恐怖があった。もしかしたら自分のことを主出してしまったのではないか、と。大の大人がしていることは基本的には正しいことばかり。だから自分もやっていいんだ。悪い模範に萬が抜擢されているかもしれない。
「あ、殺すしかねえな」
ぶっ飛んだ思考回路は恐らく血の繋がりが由来だった。
そして桑木に近づき、計画を進めさせた。あれだけ桑木たちにかみつかれたには理由があった。
どうやって殺すかを話し合っている瞬間に都は立ち会ってしまったのだった。これは萬も予想していないことだった。それ見た都は悲しいと思うどころか、嬉しいとまで思っていた。
自分のことを考えてあれだけ嫌な顔をしてくれている。
それくらい自分のことを大切に思ってくれている。
何が何でも殺されないと。
何が何でも罪に問われないようにしようと。
それを取った動画があった。スマホの中に保存されていて時間になると全員に一斉送信されるようになっていた。
「都内季です。これを見ているということはカルティンブラのみんなが僕のことを殺したんだと思います」
そんな物騒な始まりで、嬉しかった。殺して欲しかった。
「自分が一番生きていてはいけない人間なのかなって思いました。そうやって自分のことを殺そうと考えている人たちの胃や疎な顔を見て嬉しく思う、僕の方が誰よりも虚しいなって思うんです」
しかしこの動画が送られることはなかった。
都が吹雪の中タクシーに乗って横田響の事件現場に来てくれちゃったからだった。桑木らカルティンブラと萬は連絡を頻繁に取り合っていた。殺し方や、完全犯罪の術も萬が教えた。
このルートを通れ、と三日目の行程に事件現場が見える場所を組み込んだのだ。散歩と称して。
そこにやって来た都は萬に出会う。
「僕の母を殺した警察の人ですね」
何が何でも殺さなければいけない。
それも自分の手は汚さずに。
主人公が消えた場所だから何も面白くないよ、と言ってホテルに送り返した。吹雪だから見えなくなっていると思うけどもし車の様子が見えていたら編集で変えておいてくれ、と頼んだのも萬。元々のデータを入手しておいて都のカバンの中に入れたのも萬だった。
車の中で寝ている都の顔を使って万が一遺書のようなものを残していた場合に自分のことを告発されることを恐れてスマホ緒を漁った。メールに時間設定されているのを見て下書きを破棄。自分のメールにだけ送信して元の動画も完全に削除した。
死ぬ前に何となく漏らしていたんだと思う。遺書を残しているというニュアンスのことを。
それからホテルに戻って約束していたことを思いだして小屋に向かう。自分の考え方を暴露し、殺さなければいけないという考え方を増幅させる。
萬は完全犯罪を成し遂げた。自殺に見せかけた殺人が得意な曖昧刑事。
【完】
From Sokono Aoi.
賭博場 あおいそこの @aoisokono13
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