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都は葬式が好きだった。


回数が多くない行事ではあるが、親戚が集まって死人が入った棺を涙で見送る。それが都は好きだった。葬式終わりの会食でのお子様ランチが好き、というわけではなく。

死人がいる場所の空気感が好きだった。笑ってはいけない場所で笑いが込み上げてくるみたいな。だから都は似合わない子供用のスーツを着て、ネクタイを締められてお経を読むホールにずっとい続けることがあった。

「そんなに好きだったのね」

「悲しいけれどお別れをしようね」

どうして『悲しい』なのか都には分からなかった。都には死体や、死に顔はとても美しいものに見えていた。「美しい」は多くの人の目標であり、何よりも美しいのは人が死んでいるところ。だからその状態になることは嬉しいこと。

そう思っていたのに、周りは悲しい、とその心情を現した。都はそれに違和感を覚えていた。幼少期から、物心ついて文字を知ってから。読書を出来るようになってから。友達と会話が出来るようになってから。

感情の勘定が人と違っていた。メカニズムがそもそも違った。悲しいことがあったら多くの人は悲しい、と思う。しかし都は人が悲しんでいるところを見ると嬉しい、と思った。泣いていると、美しい。痛んでいると、可愛らしい。幸せそうに笑う顔を見ると痛んだ。心とか。胸のあたりがチクリと。

自分がきれいだなー、と漠然に思うそのおかずにヌけるくらい。小学生まではぞくぞくと鳥肌が立つような快感だったけれど、それが性的な興奮に変わったのは思春期に入り始めて、知識も増える中学生の頃。

物騒な話題や、ニュースが好きでいつもそういうニュースが流れてこないかと食い入るようにテレビを見つめていた。

そんなニュースを起こして見たくて都は計画を立て始めた。どうやったら物騒なニュースを作れるか。毎日のように考えていた。学校の授業の間も提出することがないノートにひらがなの大い字で書きなぐっていた。

「都さん、何を楽しそうに書いているの?」

「えへへ、秘密ー」

「えー、先生知りたいよ」

「いつか分かるよ!きっとみんながみることになるもん!」

「へー?先生も見れる?」

「見れる!」

可愛らしさの残る九歳の頃。小学校三年生の頃から都は勉強で後れを取るようになった。授業でほぼ全ての答えを押して得くれるテストで点を取ることが難しくなっていった。それを見かねた父親が家庭教師をつけた。見てしまったノートの内容がにわかには信じがたかったけれど、もし本当に心の中でそう思っているのなら出来る限り人と関わらせない方がいいだろう。

そう思って家庭教師。米塚未来と出会った。

「米塚未来です、よろしくね。内季くん」

「よろしく……」

「こら、よろしくお願いしますでしょ。すいません、中々に人と触れてこなくて……」

「いえいえ。これから君に勉強を教える先生みたいなものだから、仲良くなれたら嬉しいな」

適度な距離感にだんだんと心を許すようになった。それでも自分の考えは素晴らしいもので、奪われたくない。奪われたり、取られたりすることに敏感だった都は何もかもを隠していつか時が来たら人に見せよう。

そうやってどす黒いことを隠していた。自分の中ではキラキラ光るガラスの破片を宝石だと勘違いして大切そうに家に持って帰るみたいな感覚だった。

「いやー、面接落ちちゃったなー」

「会社の?」

「そうそう。やっぱり経験だよな。いいんだいいんだ。俺のことはいいから次こっちの問題解いてみようか。その間に漢字の方は丸付けしておくね」

可哀想だな、と思った。むなしいな、とひらがなで思った。

どうして生きているんだろう、と飛躍して思った。

悲しそうな顔は綺麗だけど、その綺麗は自分の父親は認めていない。自分の嫌いな人と同じレベルになりそうだと思ったら大切なものだとしても、本当に好きなものでも隠しなさい。そう教わっていたから今お礼をするのでなくてサプライズで、プレゼントをしようと考えていた。

家が近いこともあって遊びに行かせてもらった。その時に車庫に入った。車が趣味なことは聞いていたからブレーキを止める方法、壊す方法を片っ端から調べた。

血みどろになる米塚の顔を想像したらよだれが出てきてしまった。それを隠して水を入れた。ネットで見ていた構造と同じ場所にあるところに水を注ぎこんだ。溢れそうになって止まった。かき混ぜるものがなかったけどいいか、とその場を離れた。


そして事故は起こった。


自分が犯人だと言われることはなかった。都も名乗りを上げなかった。それは都の中では当たり前だった。捕まりたくないとかではない。

『悲しい顔をしてくれてありがとう』

お礼にもっともっと綺麗な顔をさせて虚しくて無意味な人生に意味を持たせてあげる。幼少期から狂っていた。

中学生に上がりいろんな知識もついてきたくらいのこと。スマホの中で人が苦しんでいる図を見ては愚かだな、と思いながら右手を動かしていた。ぎこちなさを求めて左手のこともあった。たまに自分で撮った道端に転がるハトの死骸や、ネズミや、轢かれたネコなどをスクロールして探し当てては快感に身をよじった。その写真の中には自分が隠れて殺した動物の写真もあった。

最初に殺しを覚えたのはペットの犬だった。人が死ぬ時に映画のような悲鳴をあげるのか気になったけれど人を殺すことは法に触れる行為という認識はあったから手始めに身近に声を出せる生物を、と探した。

そうしたらすぐ近くに犬がいた。名前はカシュウ。カシューナッツが好きだった父親の影響で家に常に置かれていたカタカナ表記のカシューナッツのボトル。そして自分の名前、内側の季節。春夏秋冬の内側には夏と秋がある。音読みをして「カ」と「シュウ」。自分の潜在意識に引っ張られて、後付けされた理由。

カシュウは雑種で見た目はチワワに似ている。顔はチワワのように細長くはない。丸みのある輪郭をしたトイプードルに似ている。

鳴かない犬でおとなしい性格だった。頭もよくお座りも、お手もすぐに覚えた。いつも表情が薄い子を驚かせてみたい、と思うように鳴かないカシュウを鳴かせてみたい。都はそう思った。

「ほーら、カシュウおいで。散歩に行こう」

物心ついた時にはすでにカシュウは傍にいた自分の兄弟のような存在だった。散歩が好きなカシュウは尻尾を振って着いてくる。水と、フンを拾う用のスコップとビニール袋という何の変哲もない散歩セットを抱えて家を出た。

「いつもとは違うコースに行ってみようか」

目を輝かせて都の行く方向に何かを疑うそぶりも見せずにつ向かう。そのまましばらく歩いているとカシュウがフンをする。飼い主の責任でそれを拾いビニール袋へ入れた。


(そういえば、ビニール袋一つしか持って来てないや)


「カシュウはうんこと一緒の袋が棺になるんだな」

言葉の意味が分かっていないように小型犬らしくキャンと鳴いた。自分を見上げて鳴いたそのすぐ後にカシュウの目は道の先に戻された。自分への関心のない姿勢に腹が立った。人気のない裏道に入る。不思議そうな表情は浮かべていたけれどおやつをあげると嬉しそうに食べた。

そして自分は立ち上がってカシュウの横腹を思いっきり蹴った。

「きゃうっ!」

甲高く鳴いたカシュウは壁に叩きつけられて地面に落ちてぐったりする。それを見て口角が空まで届くんじゃないかというほどに吊り上がっていく。まだ腹の上下があることを確認してスコップを手に取る。首元めがけて振り上げて、振り下ろした。

興奮のあまり手が震えて上手く刺さらなかったが血が飛び散った。

「きゃっ!」

当たり所が悪かったようで、都にとっては逆に良かったようでカシュウは中々死ななかった。自分にかかることを予想してレインコートを持って着ていたことが功を奏す。

「お前、そんな声で鳴くんだな」

スコップを落とした。紅潮した頬に震えの収まらない手をもう片方の同じような手で握る。夢うつつの現実との境が分からない幻の空間にいる気がした。

誰にも見られない。そう思い自慰に手を染める。満たしたところでもう一度欲求承認にかかる。

「面白くない。お前、もう面白くない」

嫌がる表情や、声や、音が面白いのであって内臓や、血肉になってしまったカシュウは都の中ではもう面白くないものになっていた。

父親にどう説明しようかに少し悩んだが、ありきたりな交通事故ではねられた、を言い訳にしようと思った。マンションの六階の自宅に庭はないから適当にどこかにこれを捨てないと。思い立ったようにフンと血まみれのレインコートと共に入れられたビニール袋を持ち歩き出した。

レインコートに包んだカシュウの死体が誰かにバレないかひやひやしながら歩く自分にも興奮した。下着をつけずに歩く羞恥プレイのようで。

通っている中学校に正門から入り、体育館裏の小さい噴水の横にある大きな名前の知らない木の下に穴を掘った。フンが付いた時に洗ったスコップで。まだ血がついているスコップで。

「誰かに見られたらどうしようね。はっ、はっ…カシュウ、今きっと、僕は美しいよねっ。だってハラハラしてて、どきどきして、心臓がうるさくて、苦しい。何よりも生きてるって感じがしない?」

熱に浮かされた口調で話しかける。そこにいるかのように。誰かが来ることもなく、穴を掘り終えた。

「そっか、もう聞こえないよな」

ドサ

放り込んで同じように土に埋めた。掘り起こしたことは一目瞭然だけど日が出ている時でも木の影になっていていつも薄暗い。バレることはないと踏んでいた。

そして家に帰って父親にカシュウが死んだことを話した。泣く泣く近くの空き地に埋めたことも泣きながら話すと辛かっただろう、と抱きしめられた。

その胸の中で、都の胸の中は笑いで満ちていた。涙を流しながら顔を歪めている父親の顔が見れたから。

都は誰にも見られていない、気づかれることもないと思っていたがそれは違った。気づいていながらも本人にも、それ以外の教職員にも告げなかった人物がいた。

しかしユーンの自責の念は意味がなかった。その時にはもう止められない程に都の中身は一般的に狂人の道を進み始めていた。都が気づいていないことが何よりも恐ろしいことだった。

都はもとからおかしな性癖を持っていたわけではない、とスタッフは思っている。しかしそれは半分正しくて半分は間違っている。犯罪者は元から犯罪者になる運命だったんじゃないかと周りまで思うほどの人生を歩んでいることがある。毒親になる者は自分自身も毒親に育てられていたり。これが半分のもしかしたら。

突発的に沸き起こる感情、衝動というもので何かを起こして、それに目覚めるような。練習し続けて分かりやすく得意になる瞬間が一番の例。これがもう半分のもしかしたら。

潜在意識の中にある『ソレ』に対する体の使い方、脳での捉え方。視覚や聴覚など五感、そして第六感。脳がどうやって神経系を通して命令を出せばいいのか。開花し、開眼し、発揮され、気づき、爆発する。潜在意識の覚醒、と呼ばれることがある。

爆発する潜在意識の内容、そのきっかけは人によって様々。実に多種多様。ショッキングだったり、嬉しい。喜怒哀楽の感情の急激な昂りや、自分の中でのキャパシティの氾濫。良い意味でも悪い意味でも超越すると発生する。特別な思い出がきっかけになることが少なくない。本来ごく普通の一般的な生活を送っていたら経験しないようなことは心に強い影響を与える。

それが子供なら尚のこと。大人になる基盤の脳みそや、自分だけの独自の思考回路を作る段階の脳は緩いコンクリートのようなもの。痕がつきやすい。そしてそれが歳を取れば取るほど自分の中の常識に塗り変わっていく。都にとっての凹みが出来た事件が母親の自殺だった。

しかし都にはその記憶がなかった。目の前で首をつっている母の姿。さらなる確実性を求めて手首に意図的に刺された包丁の今にも切り落とされそうな勢い。指を伝って落ちていく母の血液の赤さが夕焼けに染まって紅に変わるまでその場を動けずに眺めていた。そして駆けつけた父親に見るな、と抱きしめられたこと。何も覚えていなかった。

都の頭の中では花火が空で咲いたような。頭にかかっていたモヤが晴れた気がしていた。その快感にも似た爆発的なまでの感情の暴力が思考回路の中で完結し、膨大な熱量にショートしてしまい記憶が途切れたのだった。

「何も覚えていないのか?」

「え、なんのこと?」

いくら同じことを聞いても同じことしか返さなかったので演技でもないことを周りは信じた。父親はその方が都合がいいと母親の行方を誤魔化した。死んでしまったことを告げるのはもう少し後でもいいか、と思った。

「行き先を知らせないで旅に出た」

「遠い場所に行ってしまった」

「もう二度と帰ってこない」

手を繋ぎながら同じ様で違う夕焼けを背に負いながら病院の帰り道を歩いていた。散歩をしたいと車で帰った後に都が言い、マンションの駐車スペースに停めて近くのコンビニまでの道を歩く。男泣きを我慢して結ばれた口をする父親を見上げながら都は尋ねた。

「そこは、きれいなところ?」

その問いに涙腺が崩壊した父親は道端で人目も考えずに都のことを抱きしめた。

「そうだよっ、とっても、綺麗な所だ!」

「ならおかあさんも、きっとたのしいかおするね」

「そうだなっ、内季っ…」

その問いの残酷さには誰も気づかないまま時が過ぎ、化けの皮が剥がれ始めた。カシュウの件も父親は何となく気付いている。母親の悲劇を防げなかった。それを幼い子供に見せてしまった。自分に責任があると、人殺しに手を染めるまでは何も言わなかった。言えなかった。

おかえり、と自分に向ける笑顔にはいつまでも曇りが見えなかったから。反抗期で悩む同年代の子供を持つ親の話に共感できないことも嬉しかったから。


【続く】

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