8-社員旅行:四日目
「おはよ……」
眠い目を擦りながら部屋から出て来て自販機ブースにやって来たユーンに既にブースにいた琴音が挨拶する。琴音も同じく眠そうな表情を引っ提げている。
「今日はもう帰る日だネ」
「そうだね」
「サービスエリアまた楽しミ」
「私行きも帰りもずっと寝てるから分かんないや」
「雪が綺麗なところあるヨ。起こス?」
「うん。雪が綺麗なところはね」
激しい車酔いを持っている琴音は車の中では基本的に寝ている。途中のトイレ休憩や、飲料補給の際もほぼ寝ている。会社内の恒例行事になっているため、誰かがわざわざ起こすこともない。都や奥山と写真を取ることを趣味なり、仕事にしている琴音は景色か、自分の体調かいつも選べず結局到着したところできれいな景色をカメラに収めるだけだった。
同時翻訳の練習のために多くの映画を観たユーンは映画のワンシーンと重ねた場所を見つけるのがすごく上手で構図を考えるのもカメラ組が尋ねることがあるほど。確かな腕であることは琴音が一番分かっていたから起こすように頼んだ。雪が綺麗なところ限定だったけれど。
「瑠衣ちゃんは?」
「まだ部屋ネ。さっき寝たところらしいヨ。ワタシは先に寝てたから分からないケド」
「そっか。朝ごはんになったら起こしてあげてね」
「分かってるヨ」
「おはよ……琴音さん、ユーンさん」
「京ちゃんおはよう。まで眠そうだね」
「ねむねむのねむです」
「車の中で寝たらいいよ」
自販機に交通系ICカードをかざして麦茶を買った。部屋にある飲み物は飲み干してしまったらしい。
「そういえば、内季が部屋にいないんですよ」
「え、本当に?」
「どこ行っちゃったんだろうネ」
「心配です」
「そうだよね……」
「はざます……」
「おはよーございます。六波羅さん」
「おはよう遊昌くん」
あくびをしながらもう一度おはよう、と挨拶を返す六波羅。その後ろから似たような前かがみの姿勢になっている郡上が歩いてくる。デジャヴがすごかった。
「都見てないですか?」
「見てないよ。なんで?」
「部屋にいないんですよ」
「ありゃ、どこ行ったんだろうね。朝飯になったら出てくるっしょ」
しかし朝食の時間になっても都は現れないままだった。
最後の日の朝食は宴会会場に特設してもらったテーブルで食べることになっていた。ほぼ全員が集まって最後に眠い目をこする杉澤の背中をユーンが押してやって来た。全員が揃うまで待とうと思っていたのに都は現れずやむなく食事を始めた。
「京ちゃん内季は?」
「寝る時はいたんですけど朝起きたらいなくなってて」
「誰の部屋にもいないってことだよな。みんなここにいるってことは」
「俺たちの部屋はいないっすよ」
「私の部屋にもいなかった」
誰の部屋にもいないことが分かっても、都本人が現れてくれたら全てが解決するのに。誰も口を開こうとしなかった。会話が成立することはなく、種がまかれることもなく。黙々と食事を勧めていった。
「帰るまでの間に都くんを探そうか。もしかしたら外に出てしまっているかもしれない。私と一緒に外を探してくれる人はいるか?」
「俺行きまーす」
「俺も」
「私も行く」
「俺も行きます」
室内を探す人数の方が減った。屋外調査隊は桑木はじめ、臣道、ミカエル、出水、六波羅、郡上、奥山、杉澤、矢車になった。室内はヴァニラ、琴音、弓削、ユーンになった。
部屋で返却期限迫るウェアに着替えて屋外に駆け出して行った。
すぐに異変が見つかった。
「どうしたんですか?」
「小屋の中にどうやら雪が詰め込まれているみたいなんです」
「は?どういうこと、ですか?」
「見てもらった方が早いと思います。こっちです」
人が集まっている方向に連れられて九人は雪を踏みしめ歩いて行く。小屋に向かってスコップを突き立てている大人が何人も見受けられた。後ろの方から覗き込むと小屋の中一杯に雪が詰め込まれていた。
「何というか……どういうことでしょう、ね……」
「我々に何か手伝えることはありませんか?」
「そんな、申し訳ないですよ」
「いいんです。実は私たちの会社のスタッフの一人が行方不明になりまして……それと何か関係あるかもしれないって直感が言ってるんです」
「そうですか。そこまで言うなら皆さんで協力した方が早いですよね。掘り出した雪を別のところに運んでください。すぐに溜まってしまいますから。雪かきならいくらでもあるのであれを使ってください」
指さされた方にあるカラフルな雪かきを全員が持つ。天井までぎっしりと詰まっている雪を掘り出すのには時間がかかった。崩れ落ちて人の頭の上に直撃することもあり、天井まで綺麗に掘り出さないと中で雪に潰されてしまうア脳性があったから慎重に掘り進めて行った。
約一時間が経過した。何往復したか分からずだいぶ全員に疲労がたまって来ていた。
ガコン
「何かに当たりました!恐らく椅子か机ですー!」
バケツリレー方式で外に放り出される雪のペースが上がっていく。
「ひいっ!」
怯えた悲鳴が上がった。詰め込まれた雪の中から発掘された椅子の上にカルティンブラのスタッフ都内季が座っていた。もちろん呼吸はなく、氷のように固まっていた。
「都くん!」
「なん、で……どう、し、て……?」
混乱のあまり言葉が出なくなる。
「けっ、け、警察を呼んでください!誰か!急いで雪を全部掘り出しましょう!」
「はっ、はい」
都の体を傷つけないようにスピードが落とされて採掘が進められていく。その間に矢車が警察に連絡をした。
「新潟県警です。被害者の方はどちらに?」
「こ、こっちです」
エントランスにカルティンブラのスタッフ全員が集められた。そしてホテルの職員に警察が案内されて戻ってくるまで全員微動だにしなかった。
「桑木社長ですね。私は新潟県警の萬逸作と申します。よろしくお願いします」
「ああ、桑木シャロンです。よろしくお願いします」
「あの方は都内季さんでお間違いないでしょうか」
「はい、都くんです」
声に覇気がなく、言われたことを事実と証明するだけ。
「一人ひとり事情聴取をさせていただきますのでご了承ください。こちらも事態を完全に把握できたわけではないのでいったんお部屋に戻っていただいて構いません。職員の皆さん、カルティンブラの皆さんが使われていた部屋は掃除しないでください」
「あ、はい、分かりました。共有しておきます」
ぱたぱたと走り去った職員が見えなくなってから全員は階段で上に昇って行った。
ー・ー
「私は、おかしいなって思ったんです。ホテルのカラオケって入ってる曲が少ないじゃないですか。それにうちの機種もたまに職員が確認しに行きますけど、若い人が歌うような曲って超有名な曲しか入ってないんです」
「つまりは、入っていない曲を歌っていた?」
「そうです。最初は新しい曲入ったのかな、って思ってたんです。でも後日確認したら履歴も残ってなかったし、そんな曲入ってなかったんです」
「聞き間違いではないんですね?」
「はい。防音もしっかりしてるとは言えないのではっきり聞こえました」
萬は全員のことを怪しんでいた。監視カメラを確認すると停電をしていた時間帯ともう一つ、カルティンブラの面々が泊まっていた日程でいうと二日目の深夜。そこにほんの数分。五分にも満たない時間、画面が真っ黒になる。
何も映っていないから全員にアリバイを聞こうにもその後の三日目に被害者である都の姿がはっきりと映っている。故にバグと思われるしかない。それに三分程度の時間で何か仕掛けが出来るとは思えなかった。
そもそも監視カメラに映っていないことなんて誰も分からないし、外に出ていなければ見えていない。
その空白の時間は無視して監視カメラの確認作業を続ける。三日目の中に答えがあるはず、と全員に行って総動員で調べさせた。
「それに都くんがどっか行った時間から犯行に及んだとして四時くらいに終わるか?」
都が日が変わったあたりでホテルの外に駆け出していくのが映っていた。戻ってきて客室内に入るよりも前に停電し、カメラの映像は途切れた。もし駆け出してそのまま殺された部屋の中に行って。
けれどそれはあり得ない。
何故なら都は普通のコートを着ていたから。かなり吹雪いている外に出たら凍えるだろうし、一瞬でびしょ濡れになる。死んだ時にコートは着ていなかった。脱がせたとしてもそう簡単に短時間で渇くような濡れにはならない。
客室や、売店エリアは停電が回復するとともに映像が再開。全員誰かが、誰かのアリバイを証明できる形だった。それが一層怪しさを増した。
吹雪の影響で停電するのは珍しくないがこうも偶然が重なって人が死ぬのものだろうか。
夜中まで飲んでいて、桑木に背負われて出てきた琴音か?客室に入る瞬間までしっかり映っているし次に出てきたのは復旧した後。その間に外に出ていないと琴音と同室の矢車が証言している。矢車は部屋に入ってから監視カメラが落ちるまで部屋から出ていない。それに桑木が運んで行った際にドアを内側から開けた人物がいた。琴音を受け取る際にカメラに映った横顔は飾らない矢車だった。
出水が桑木たちと飲んでいる時に寝てしまったから帰ってきた。その後出水の部屋に入ったのは琴音を部屋に送り届けた桑木。
今のところ一番怪しいが桑木はその後部屋を出ていない。出水も同じで入ってから外に出ているようすはなかった。殺し方的に一人で行うのは不可能だ。たった数時間で小屋一杯に雪を詰めるのは二人だったとして夜明けを迎える前に出来たかどうか。
複数犯であることは確実と言っていいだろう。
今のところ確かなアリバイがないのはトゥベリカ・ユーンと杉澤瑠衣の二人だ。その二人はホテルのカラオケには入っていない曲を歌っていた。スマホで爆音で流していたのかもしれない。小型のスピーカーを持ち込んでいるのを見た、という職員の証言があるので断定は出来ない。
カラオケの部屋から出て行く様子は映っていない。既にカメラの映像が途切れていた。琴音たちと同じく部屋から出てきたところしか映っていなかった。ユーンは先に出て来て客室フロアの自販機ブースで飲み物を買っていた。杉澤はそれより遅くに客室から出て来た。不確かな証拠しか残っていないから犯人とは決めつけられない。
ヴァニラと奥山に関しては寝ていた。入ってから、停電し、その後部屋を出るまでずっと寝ていたと言っている。奥山はいびきが大きいことで会社内で有名らしく隣の部屋で夜な夜な酒を飲んでいた臣道、ミカエルはそれを聞いて録音していたらしい。翌日に見せよう、と。
その音声を聞いたが、日付も音の聞こえ方も何もおかしくなかった。壁を通して録音したであろう音質。たまに入る笑い声はクリアで口が近かったのか呼吸の音もたまに入っている。
とても一瞬では消費できないようなビンや缶の酒のゴミが転がっていた。監視カメラが消えるより前に酒を売っている自販機で山のように買っているところが取られており、その本数と種類も不足はなかった。コンビニで買ったものもあった、と言う説明に関してはレシートを必要としないことも疑う要素ではない。三本のビールだけは琴音、桑木、出水に譲ったらしく三人が飲んでいた部屋に潰されて置いてあった。
「誰だ……もう分かんねえよ……」
それを見た部下が温かい缶コーヒーを傍に置いてくれた。その気遣いに心がむずかゆくなった。不甲斐ないところを見せてしまったことを自覚して気を引き締めるふりをした。内心、何も進まないことには焦りはなかったけれど早く犯人を特定しなければと急いでいた。
いつまでもカルティンブラのスタッフたちを旅館の中に閉じ込めておくわけにもいかない。繁忙期ではないらしいが慢性的に抱えている仕事はいつだってあるはず。
仲間が死んでしまったホテルに長居をしなければいけないのは気分が悪いだろうし。そういう風に見えるように見せているのも策略のうちかもしれなくても。
天気が崩れるのはいいことばかりではない。証拠が洗いざらい吹雪かれて消えるのは犯人にとっていいことかもしれないが、長い時間同じことを聞き続けたりすればボロが出る。話し合うだけの時間も作るが、警察にとってボロを出すように仕向ける以外の他意はない。
ボロを出す気配は全くなかった。全員が嘘はつかず、ただ聞かれた質問に当たり前の返答をしていた。
最初からこういう事態になることが分かっていたかのように。何を聞かれるのか分かっていたかのように。悲しみに涙を流す様子、痛みを悼みと言う様。演技と思うには不気味だった。不気味なくらいにその通りだった。
「不気味な会社ですね……」
「ああ、全くだ」
吹雪いてきてしまって警察が新たに到着することも、出て行くことも出来なくなってしまった。その場にある物だけで推理を進め、解き明かさなければいけない。それは簡単なことだった。気づくようにヒントを出してくれているのだからそれに気づけばいい。自分もまた同じようにヒントを出せばいい。答えを隠し通して暴露してゆけばいい。
全てに気づくのは全てが消えてから。
全てを消えるのは全てを失ってから。
全てを失うのは全てを得てから。
全てを得るのは全てに気づいたから。
【続く】
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