16-暴露【創立メンバー】

「心痛癒えることなく今も抱え続けていることでしょう」

萬はそれ以上は話を伸ばさなかった。

「最後は創立メンバーの皆様です。交通事故でご両親を亡くされた琴音さん。既に離婚はされていますが血の繋がり的には息子に当たる米塚未来さんのお父上である桑木さん。その親友であり、やっていないという未来さんの発言を唯一信じ続けた出水さん。大体の説明は間違っていないでしょうか」

三人は頷いた。


ユーンと弓削とのコミュニティの他にも都に対して何かしらの感情を抱くグループが出来ていた。

後のカルティンブラの創立メンバーだった。桑木がまだ会社を創立するための書類や、必要なものを何も用意しておらず夢見話のように語っていた頃のこと。

フリーランスで仕事を引き受けていた時に、写真のフリー素材を配布するサイトをよく利用していたのだが、そこで都の写真に目をつけていた。写真のハイライトなど細かい数値をいじくっても幻想的で、綺麗。そっちの方がしっくりくる。そんな写真だったからもし会社を作るなら、誘いたいね、と公開されていた他のSNS情報を随時確認していた。

実際に仕事の話をするために会う約束を取り付けた。

「はじめまして。都内季です」

「はじめまして。琴音環です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

同じタイミングで差し出し、握手を交わす。見覚えがある顔。写真の中で見た子供の顔とどこか重なるような面影が残っている。結局は自分の求めるあれこれと無関係な人だったとしても、どんな情報も取りこぼさないようにする。

そうやって貪欲に求め続け、疑い続けるのは両親の恨みを晴らそうと変わらず願っていたからだった。

琴音は実に繊細で、実に多感な時期を窮屈な檻の中で過ごしてきた。

両親は中学校三年生の時に交通事故で亡くなった。たまにフラッシュバックする両親のへっ潰れる音に毎晩のように心が砕ける思いをしていた。その理由は心の弱い時期に衝撃的なことを背負ったからでもあったが、責めるような視線と刺々しい言葉を浴びせてくる父方の祖父母が原因だった。

両親の生前に行けば父親が一人息子で他に孫もいないため、可愛がられた。お菓子やジュースを勧められ、お年玉やおもちゃも年齢不相応のものが多かったけれどもらっていた。

事故とはいえ父親が死ぬと自分の可愛い息子を殺した。そう思っているのはひしひしと伝わって来たし、冷遇。そう言うしか出来ない扱いを受けていた。

生理用ナプキンを買うためにはわざわざ恥を忍んでそれに使うから金をくれ、と言わなければいけなかった。文房具や必須のものも金と小言を受け取らなければいけない。

多くは望まないからお小遣い制にして欲しいと言っても無駄遣いするんだろ、と弾かれる。高校生に上がってバイトをしたいと言えば何の管理も出来ないようなガキが。

自分自身の価値も見出せなくなり、殺してやりたいと心の中で思うようになっていた。殺害を犯せるほど琴音には勇気も、度胸も、次の逃げられる場所も、何も持ち合わせていなかった。

両親の名前は当たり前に覚えている。記憶の中の声も顔も何もかもが薄れ始めていたが、代わりのいない親という存在として大切に思い続けていた。ずっと心の支えにしていた。

二十歳になり檻の外へ出て、一人暮らしを始めた。ゴミの出し方さえ、慣れなかったけど多くのことを知りながら、さらに忙しくなった日々に自分を順応させていた。

ホームシックになるはずもなく、解放感の余韻がまだ消えない夏の日のことだった。

興味はなかったが一人の空間の寂しさをかき消すためにニュースを点けていた。するとどのチャンネルも一色それを騒いでいた。

「五年前の新潟市内で起こった交通事故の際、過失致死の容疑で逮捕された米塚未来(よねづかみらい)容疑者の長年訴えてきていた人為的にそうなるように仕向けられた、という証言が証明されました。当時の捜査が不十分で改めて考えると不可解な点もあったようです。警察は、新しい事件として再度調査を始めるようです」

どこか他人事に思う心があった。折り合いをつけるのは一生難しいと思いながらも琴音の両親の事故は両親だけが犠牲者となったわけではない、と言われ続けた撤回させたい文言の意味も分かるようになった。事故から五年経って思い出して泣くことも減ってきた。必死に生きてきた道中に泣いた涙のリットル数の方が多い気がしたから。

交差点に突っ込み、多くの車を巻き添えにして死者合計五人という事件を生み出した米塚は飲酒もしておらず、意識もはっきりしていた。ペーパードライバーでもないことから意図的に引き起こした、と求刑が重かった。

刑務所内で下半身不随の不自由な体で運転していたことは認めるが、意図的に起こしたわけではない、ブレーキが効かなくなった、と裁判でも刑務所の中でもずっと主張していた。

人数は大幅に減らされたが調べ続けていた刑事が確固たる証拠を見つけ、車に乗っただけの米塚は気づけもしない。止められない。それが認められた。

運転していたことは償うべきであり、二度と運転が出来ない体になったこともあって新たに刑が確定した。執行猶予付きで釈放された。車を運転できないから執行猶予さえ無駄なのだけど。

琴音は当時から米塚に対してだけ怒りを募らせていたが、他に犯人はいて今ものうのうと自分の足でこの地面を歩いているかと思うとはらわたが煮えくり返りそうな思いだった。強制的に追い込まれたあの環境も、真犯人さえいなければ起こり得なかった。

涙が出てきた。味噌汁の中に涙が入り、胸の苦しさはかき込んだ白飯が原因ではなさそうだった。

変わらない場所にある米塚の家に出向いた。事件が発生して米塚の家族に土下座をされたけれど、その行動の方が琴音は不気味に思えた。なにせ知り合いだったから。年齢は離れているけれど付き合いがあり、幼いながらのお金持ちはこういう人のことを言うのかと思う家に住んでいた。

インターホンを鳴らすと、琴音の顔を認識した瞬間に中を走る音がしてドアが開いた。

「琴音の娘さん……」

「お久しぶりです」

「ああ、その、上がるわよね……どうぞ」

やつれの増した米塚の母親が出迎えてくれた。笑顔はなく、ポストからこれでもかとはみ出しているものは後で捨てておいてやろうと思った。余計なお世話かもしれないが、不慮の事故。

それでも許せるわけではなかったが人殺しではない。事件以来琴音にとって車を乗りまわる人は全員、殺人鬼予備軍に見えている。ただの運でこんな命を抱えるしかない状況にさらされているのだからむしろ憐れまれるべき人たちと思っていた。

「その、本日はどんな用件でいらっしゃったんでしょう?未来を呼びましょうか?」

「未来さんが知っていることだったら呼んでもらえますか?あの日じゃなくても未来さんとか、お父様以外で車に触った人とか、あの日車庫に入れた人とか知りませんか?写真とか、あったりしませんか?」

「なら、未来の方が知ってるわね。呼んでくるから、ちょっとお待ちください」

線が細くなって歩くのも心配を向けそうになる母親の背中から目を逸らした。

静まり返った豪邸の中に似合わない機械音が響く。

「環、さん……」

「環でいいですよ。いつも通り。話しやすさ重視で行きましょう。車に未来さんの他に触った人はいませんでしたか?」

「警察にも話したんだ。だけど、子供にそんな事が分かるはず無いし、やるとしたら大人だろうって」

「誰ですか?」

「確か、内季くんって言ったかな。名字は分からないんだけど。家庭教師のバイトをしてた時に個人的な相談も乗っていて仲良かった子。家が近いって言うから遊びに来たんだ。たまたま父さんが修理しててフロントが上がってた。その中を覗き込んでいたみたいだった」

「写真は、ありますか?」

「だいぶ、顔も変わっちゃってるだろうけど。母さん、俺の部屋から青色の箱に入ってる小さいアルバム持って来てもらってもいい?」

「ええ、分かったわ」

安心した表情で米塚に笑いかける。ひとたび顔を上げれば自分は笑うことが許されていない人間だから、と言い聞かせている気がする顔の引き締め方だった。おしゃれなティーカップに入れられた香りの華やかな紅茶に手を付ける。

気を遣われている分、気遣いを受け取っていることを示すのが礼儀だと判断したからだった。敵意はまだ残っているし、警戒も、怒りも。ふつふつと湧き上がって来ていたけれど、反省をしていることはその身をもって理解出来た。

車庫の口を開けた中には車がなかったのを見ていたから。それが内外のどちらに反省の色を示すためなのかは分からないとしても。

「はい、アルバム」

「ありがとう。えっと……これかな。一番新しいのはこれだと思う。新しいと言っても、数年前だけど」

「これ、もらってもいい?」

「え?ああ、構わないよ」

出されたクッキーをいくつか頬張り、しっかりと二人を見据えて琴音は口を開いた。もう金輪際ここに来ることはないことの意思表示として。

「私、今も怒っているけど未来先輩以上に車に細工をしたのか、何なのかは分からないけど真犯人にイラついてる。未来さんは不名誉を背負ったし、お母さんも苦労されてきたでしょ?家の中でくらい精一杯笑いなさいよ。アンタたちがしんみりしてたって誰の傷も癒えないんだから」

言いたいことを言ってすっきりしてから琴音は精一杯の笑顔でご機嫌よう、とその場を離れた。涙しているのを見たから今後を強かに生きていくことを祈った。ポストの手紙は自分がやるまでもない、と無視をした。車庫の扉は琴音が勝手に閉めることにした。

「みんな車持ってるくせに」

恨み切れないのは、中学校の卒業式に告白してフラれていたからでもった。


「どうして出水さんとは出会ったんでしょうか?」

「真犯人が別にいるってなって未来先輩の家に行きました。その帰りに家を見ていたら出水に声をかけられました」


出水に出会ったその一年後に桑木に出会う。もう米塚家に行かないと自分の中で宣言したし、あれだけのお節介を焼いてもう一度何食わぬ顔をして離婚した夫のことをを聞けるはずもなく、途方に暮れていた。そもそも夫婦が離婚していることも、まさかそれが桑木ということもまだ知らない時の話。

盛大な宣言の後、家の前で動くことなく立ちながら考え事をしていた。どんな機関を漁れば米塚の父親のことが分かるか。共通の友人の中に自分よりも先に米塚に会っていた人も知らない。

「何してんだお前?」

「え?」

「米塚の家にいたずらしに来てる奴か!そのポスターはお前がやったのか!?」

「違う違う!未来先輩に用事があって、聞きたいことがあっただけ」

「未来と、どんな関係だよ」

「中学校の先輩。それ以来はほぼ関わりもなかったんだけど」

敵意がまだ見える男の名前を出水と知るのはまだ先のこと。

「それであなた、誰?」

「出水、未来の親友。小学校からの幼馴染」

「あ、へえ。私は琴音環。さっきも言った通り、未来先輩は私の二個上の代だった。出水さん、知っていたらで良いんだけど未来先輩のお父さんのこと、教えてくれませんか?」

出来る限りの笑顔で言ったつもりが、逆に怪しまれたようで一歩後ずさりをされる。

「どうして俺が。お前は、どうして未来を探ってんだよ」

琴音は出来れば隠していたかった。犯人呼ばわりをする気はないけれど、犯人呼ばわりする人に対して怒りを抱いているように見えたから。細かい言葉に逆上されて知りたいことも知れずに、傷だけを追うかもしれないことを危惧していた。どうしてもというときの切り札に持っていた事実を使うべき、と判断する。

「未来先輩が乗っていた車に私の両親が轢き殺されたの」

息を飲む出水を次の出方を見る。

「分かったよ。近くに公園があるからそっち行くぞ」

「分かった」

だいぶ様変わりをして土地勘も薄くなってきている場所を自分の家の庭のように歩いて行く出水の背を追って歩く。最低限歩幅を合わせるという配慮も出来るようだった。

ほんの数分も歩かないうちに着いた公園は中学校一年生までしか続かなかったものの、小学六年生の時のクラスのほぼ全員が集まって何度も遊んだ公園だった。ディープな話よりも、懐かしい感情が蘇ってきて声をあげる。

「うっわー懐かしい!この公園めっちゃ来たな……」

「おい」

「あ、ごめん。お願いします」

ベンチに座った出水の隣に腰かけると少し距離を取った。残っている敵意か、それとも初心さか。

「未来の父親は高校生の時に離婚してんだよ」

「なんで?事故が起きた後だったら理由がなんとなく分かるけど」

ぎろりと睨まれる。出水が思っているような責める意図は琴音の中にはもうほとんど残っていないのに。

「理由は未来も知らないらしい。両親が仲悪いとかも聞いたことねえしな。ああいうデカい家だから外面はよかったのかもしれねえし、息子にも見せてないところはあったんじゃないかなっていうのが俺の予想。実際の理由は未来に聞いても分かんねえと思う」

「その今どこにいるとかって」

「俺は未来の数少ない友人って認知されてたから未来の父親が家出た時に連絡先もらってる。今はほぼ連絡取ってないけど、どこにいるかくらいは分かる」

「そのお……」

「いいよ。聞いてやる」

「ありがとう!」

親友を理由にして犯人と思われていた時期はどういう過ごし方をしていたのか琴音には分からない。でもポスターや、薄く残っている落書きの痕を薄める努力はずっとしていたんじゃないか、と思う。でなきゃあんなに躊躇いなく家に近づけないと思うし、家に近づく人に対して敵意を向けないんじゃないか。

人は完全に潔白にはなれないけど、最低限信じるものを信じたり。それを曲げないとか。自分の中にある闇を出来る限り外に見せないように、嫌われるような言動をしないように。隠すことを人は誠実と呼ぶ。

その誠実さが琴音の中で好感だった。

出水も言葉の節々から琴音が責めるために。お宅の息子はどうなってるんです!?って問い詰めるために居場所や、現在どう過ごしているのかを聞こうとしていることに気づいていた。ただ本人にしか納得出来ない理由があって、そのために動いている。

両親を殺した。その道具に乗っていただけで、凶器を持っていただけで人は簡単に犯人や、罪びとになれてしまう。いくら不可抗力だったとしても、他に犯人がいたとしても。憎しみはそう簡単に消える感情ではない。その感情で今後動こうと思っていたとしても出水にはそれを止める権利はない。

悪に裁きを下したい。どんな感情が理由であれ、人は尊厳や、プライドや、自尊心を守るために動くことを誠実と呼ぶ。出水は琴音の目に見えた誠実さに心を動かされた。

「スクショ送る」

「分かった!連絡先交換しよう」

「ん」

こうして情報交換のルートが形成されていた。

会う約束を取り付けるのはそこまで簡単ではなかった。一端の大学生に会う時間を立派な社会人様が作り出すのは難しく、なかなか予定が合わずにいた。

本当は大学の講義や、課題を全て投げうって会いに行きたかったが今後のことを考えるとそう簡単に行動に出られなかった。逃げ出すことをだけを考えて生きていたら、時間が過ぎ去っただけでそれは案外簡単に達成された。次の目標がないまま生きるのは危険であることを本能的に察知をしていてどうにか入ることが出来た優秀と言われる大学を卒業して、高学歴の座を手に入れる必要があった。

中学校という金の概念もままならない子供ながらに生きる上での金の重要さには気づいていた。ニュースで有名人が逮捕され、保釈金が即刻支払われた。それが世間に広がるのは金を持っている人が罪を起こしても金さえあればなんとかなる。こともある。ということの証明になる。

罪を犯すとか。人を轢くとか。傷つけるとか。金があれば許されるのか。

金を稼げない自分は家で同じ食事を摂ることもおこがましい。欲しいものを望むなんてもっての外。そこにあるものでやっていかなければいけない。その琴音の世界の中の常識に呪いについて回るのはいつまでも金だった。

金をシビアに考える脳は今でも消えていない。故にどんな過程で卒業しようと結果しか見ることのない履歴書の欄に華々しい文字を書くために血反吐を吐く思いで反対を押し切り受験、そして入学までを経た。だからなんとしてでも卒業しなければいけなかった。

「環、次の金曜日時間作れたってー!」

時の流れが人を変えることの恐ろしさは思っているよりも近くで知ることが出来た。出水の性格の変わりようが恐ろしい程だった。警戒心を抱いている相手には気が立った猫のような反応をするのに、ひとたび心の大部分を許せば犬のように全てが変わる。

「うん、大丈夫。ようやくすぎて涙出てきそう」

「泣くなよ馬鹿」

「というかさ、私ってよく考えたらすごく失礼な人では?」

「今気づいたの?」

「初対面なのに、どうして離婚したんですか?とか事件のこととか聞くんだよ。頭おかしい奴って思われないかな」

「匂わせてはいるからそこまで拒否られはしないと思うけどなー」

来る金曜日。

「はじめまして、桑木シャロンです。お嬢さんが千くんのお友達の環さん?」

「はい。琴音環と言います。よろしくお願いします」

「よろしく。聞きたいことは何となく分かっているよ。千くんも言っていたし」

ほんの少し、隠れ味のスパイス的なニュアンスと言っていたのにかなりがっつり話していたことは後で怒るとして、桑木の方から話が始まった。なぜがピシと伸びてしまう背筋が背もたれの形にフィットするまでにプラスチックのコップは結露した水の海に落ちていた。

「どうして離婚したのか。妻の学歴に対するコンプレックスが異常でね。学歴ヒステリーとでも言おうか。事件を起こした、と聞いた時は既に離婚していたけど未来が追い詰められての行動だったんじゃないのかと思ったて自分を責めた。そうやって精神の弱い子供に自分の価値観を押し付けるのがすごく怖かったし、気持ちが悪かった。どうしようもなく、それが理解できなかった」

人差し指で目のあたりを指さした。

「瞳の色とか、名前で分かるように私はハーフで幼少期はアメリカでのびのびと育てられてきた。一概に日本の教育スタイル全てを否定するわけでもなく、そういう人を多く見てきた。アメリカが民族のサラダボウルと言われるだけあって多様性が認められていた。貴方のためを思って、という言葉が何に対しても。抑圧や、押さえつけ、などに対しても大義名分として通らないことを理解していない人であることを気づいてその矛先が自分に向かうことを恐れてしまったんだ。親として、子供を守らなければいけない立場だったのだけど」

「そう……なんですね……」

「大人の方が責任がついてくるけれどその分の自由度も大きい。未来が勉強を拒否するようになって、それでも自分のしたことの正当性を主張する妻に本気で嫌気が差したことも原因の一つだけれど」

多くの場所に琴音は共感した。窮屈な場所に閉じ込められることを教育という名前の盾で、子供だけに許されている矛を防いでしまう。自分がしていることは子供のためになる。大人なのだから知っていることは多い。為になることを知っている。最適解を導き出せる。

故に正しい。故にどんなことだろうと許される。そう思い込む人の恐ろしさを琴音は知っていた。大人だろうと、子供だろうと簡単に耐えられる代物ではない。離婚理由に十分になり得る。

一年ほど前に見た気弱そうな母親が怒鳴ったり、傲慢な考えを押し通すような人には見えなかった。ようやく反省したのかもしれない。見えていないだけで今も米塚に対して小言を言っていたりするのかもしれない。けれど琴音にはもう関係のないこと。そう割り切るしか出来ることはない。

「事件のことは、その、どう思ってましたか?犯人と、決めつけられていた時期と、今で、何か心の中が変わったりしましたか?」

「ただの不注意でもなく、自暴自棄の行動に見えた、と報道されていて精神的な限界だったのかもしれない。それに気づけなかったり、リミットを早めてしまったのは自分だと責めていた。今も、その節はある。真犯人がいなければ未来が二度と歩けなくなることもなかった。その憎しみもある。でも家を出た私に干渉する権利もないし、出来ることはせいぜいニュースを他人事として見ないことくらい」

「今、会いに行ったりとか。何か干渉はしないんですか?」

「していない。養育費を定期的に払っていたけれど光が……妻がいらないと急に言い出したんだ」

「そう、でしたか……その犯人とかって知ってたりはもちろんしませんよね」

「ああ、犯人は知らないが、その他の知っていることは何でも話そうと思っているから遠慮なく聞いてくれ。それと、少し躊躇いがあるが聞いても大丈夫かね?」

ぼやかされた質問の輪郭が読めず、首を傾げながら頷く。

「あの事故で、君はどんな被害を受けたんだ?」

そう言えば言っていなかった、と思いすぐに口に出した。

「両親が、亡くなりました」

「そうだったのか。未来に代わって謝罪がしたい。本当に申し訳ない。そんな言葉で償えないのも分かっているが、どうか憐れんでやって欲しい」

「頭を上げてください。私、未来先輩よりも車に何かをした真犯人に対して怒ってるんです。桑木さんが謝る必要はないですよ」

「でも……」

「両親のことはとっくに心と折り合いも付けられてるんです。だから私は大丈夫です」

少しの優しい嘘が混ざっていた。

今でも思い出して監獄での生活に迫られて飛び起きることがある。あの日一人で家に残っていた自分を殺したくなることがある。折り合いをつけられたか否かで言ったらつけられていない節もまだある。両親が亡くなったことは既に受け入れて墓参りにも行けている。

心にはまだ傷跡として残っているソレを琴音は今も抱きしめて生きている。投げ捨てることは出来ていない。出来る必要もないと思っている。

「これからも何か情報交換が出来たらなって思ってるんですけど」

「もちろん。会うのは難しいかもしれないが、メールでならいくらでも」

「わー!ありがとうございます!」

連絡先を交換した。

「ここは私が。大人だからな」

「ありがとうございます」

こうして桑木、出水、琴音。事故の当事者が集まった。


【続く】

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