14-暴露【弓削京】
「教師を辞めてからは何をして生活を成り立たせていたんですか?」
「アプリで翻訳代行をしたり、バイトもしながら英会話教室の先生を始めましタ」
「都くんの情報を集めていたそうですが、そこで知り合ったのは誰ですか?」
「それは……」
言葉を詰まらせたユーンを無視してさっさと答えを話してしまった。
「弓削京さんですね」
騒めきは走らない。この中にいる真犯人は決してボロを出さないように。何もかも完全であることを示したいが故に心根を吐き出さないように飲み込み続けるのだ。次につばを飲み込む音がしたならばそいつが犯人だ。
「間違いないですか?弓削さん」
「はい。友人の紹介で私はユーンさんに出会いました。内季の情報が欲しいって」
さあ誰だ。
都の代が卒業して二年後に都と高校で仲良くなり、卒業後も同じ専門学校に進学する予定の弓削に会うことが出来た。都と中学校が同じで、弓削と塾が同じだった元生徒からの情報提供だった。
「ユーンさん、都の異常さは、私も知ってます。情報交換しませんか?」
弓削の方からそう持ち掛けた。ユーンはそれに乗った。弓削は自分たちの存在が何かの抑止になれば、と思っての行動だった。ユーンはこのままでは死ねない。それだけを理由にして生きていた。その感情を見せたら一人になり、復讐の道途絶えてしまうかもしれない。
だから高校の次の段階に進学するための勉強を手伝ったりした。信用してもらうために、周りの人を固めよう。裏切られるだけのボロはもう出さない。
「京はどうして都くんの情報交換をしようって言ったノ?」
「特に理由はないですね。普段学校では普通に笑う内季がそういうことしてて、いつか本当に人を殺したりする前にその考え方そのものをやめさせられたらな、って思うだけ」
「好きなことを、否定するノ?」
「まあ、そうですね。好きな人が人殺しなんて、嫌じゃないですか?」
何の気なしに口に出した言葉の内容を反芻して弓削は顔を真っ赤に染めた。
「忘れてください!忘れて!」
「都くんみたいな人が好きなんダーへえー」
「忘れてって!」
公園のベンチに座りながら話していてユーンのことをバシバシと叩いた。何回か叩いて笑いながら分かった、というまで攻撃の手は緩めなかった。
「でも、そういうことが好きなんだよネ?」
「うん。でも実際まだ見たことないし、見たら考えが変わるかは分からないですけど。なんというか、内季が好きだから変わって欲しいのか。私がその変化の材料になれるかもしれないから好きなのかがちょっと分からないんですよね」
「どういうコト?」
「他人に求められるっていうのが、私は今まで人生でなくて。ユーンさんとかが私の持つ内季の情報を知りたいって。つまりは私が必要ってことじゃないですか」
「そうだネ。ワタシは京が必要だヨ」
真っ直ぐ目を見つめる素直な物言いに照れ臭くなって弓削は目を逸らす。必死に隠していた好きな人のことを思わず口に出してしまうくらい気を緩められている存在、と思うと話してもいい気がしてゆっくり話し始めた。
「小学校くらいですっごいいじめに遭って。無視されるとか、は当然のように行われて、私はずっと本が好きだったんですけどそれを破られてみたり、捨てられてみたり。上履きをトイレに捨てられて、先生にそれを言ったら告げ口するんじゃないってクラスメイトからまたひどくなって。見つけた時には上履きがボロボロになってたんですけど、それを泣きながら持ってる私の横をすれ違った先生は『見つかってよかったな』って言うんです」
「頭おかしいネ。その先生ハ。ただ問題に関わりたくないダケ。親のクレームがめんどくさいカラ。ワタシ、いっぱい見たヨ」
「ですよね。純粋が故に、子供のいじめって質が悪い。本当に。教師だって人間なんだなって思ったけど、その職に就いたのなら耐えろって思ってしまうし。それから学校に行けなくなっちゃって。ゲームが私の逃げ場になったんです」
「それで京はゲームのグラフィックに興味を持ったのネ」
「そうですそうです。ちゃんとグラフィックを作ることを仕事に出来ることとか、学びたいって思ったのは高校に入ってからでしたけどね。中学校も怖くて行けなくて。頑張ろう頑張ろうって思っても顔も見えない相手にしか嫌われる勇気を持てなかった」
顔が見えない相手にどう思われても、どうせリアルの現実世界で会うこともないのだから、と諦められていた。しかし実際に会って話すとなると上手く言葉が出てこなくなってしまった。そうやってどもるのをウザがられて、せっかく自分から声をかけられたのにチャンスを無駄にしてしまった経験が積み重なって弓削は人と触れ合うのが怖かった。
ユーンに紹介された時に自分のことを求めている。自分が知っていることを教えて欲しいと頼まれた。その裏を読みそうになったが、必死に引き止めて情報交換の関係を続けていた。
「高校は通信じゃないですか。私も内季も。最初のオリエンテーションみたいなやつで内季と同じ班になって自己紹介で私の番になったけど言葉が出てこなくなっちゃったんです。内季はゆっくりでいいよ、って言ってくれて。それで同じ班だった子たちがそうだよ、大丈夫だよって言ってくれたから何とか自己紹介も出来て、今も友達っていう感じの子が何人か出来たし、だから好きなんです」
「その、どうして知ったノ?気づいた、というカ。都くんが変な趣味嗜好持ってるコト」
「学校用のパソコンの写真フォルダがかなりえげつなかったんです」
「おーう……それは、確かに気づくネ」
引き気味のユーンの反応が面白くて、弓削は微笑んだ。息を吐きながらその後に続ける言葉を見つけようとする。
「都くんは趣味以外は良い人ネ。ワタシと同じ学校にいた時も周りの子から慕われてたヨ」
「そうなんですよね。だから好きな人に求められたい……なのか!いや、でも人殺しは勘弁だし、迫害の対象になっても困るしな。変わって欲しいのは、好きだから?でも、求められたいし。その、変わりたいって思って欲しいんだよな……」
ぶつぶつ呟いているのを見てユーンは盛大に笑い始めた。どうして笑っているのかが理解できなかった弓削はぽかんとした表情でユーンを見つめるばかり。
「どうして、笑ってるんですか?」
「本当に好きなんだネ。この人に好かれたいって気持ちは、ワタシすごく綺麗だと思うんダ」
「綺麗?尊い、とかではなく?」
「ウン。必死に考えるでショ?結局堂々巡りだったりするでショ?イッキイチユウしたりするでショ?誰かのことを考えるってとっても可愛らシイ。今の京みたいニ」
「綺麗じゃなくて今度は可愛らしい?もっとどういうこと?」
言われ慣れていない褒め言葉に首を傾げながら真剣に考える。その表情もユーンにとってはとても綺麗で可愛らしかったみたいで京の小さい頭を撫でた。
「うわ、何?」
「都くんと上手くいくといいネ。大切なものが出来たら変わるかもしれないネ」
「傷つけることより、守ることに快感を感じて欲しいね」
「そうだネ」
結局明確な変化は『恋』にも『好き』にももたらされることはなかった。
一家の中で腫れ物扱いをされている京はユーンと会っている時だけ本当の自分でいられた気がした。本当の自分でいることが必ずしも正義だったり、善だったり、良とは思わなかった。自分が苦しくないならそれでいいと思う。そんな性格の弓削は自分の素を見せたかった。
中学生時代に荒れて親に反抗しまくった時期を経てようやく落ち着けた高校の今。ぎすぎすして、どんな油を差せばいいのか分からない。『ごめん』や『ありがとう』の一言がどんな意味を持つのかを考えたら安易に口に出すことは難しかった。
その一言でも言えたら変わっていたかもしれないのに。
そう思えば思うほど口を固く噤んでしまった。
「京、お昼どうする?何が食べたい」
何でもいい、そう口を開きかけて自分から変わる努力をしなければ何も変わらない。ガラス製品、薄氷。そんなものではニア扱われ方。いつ爆発するか分からない爆弾。
そんな自分じゃないよ、って思って欲しい。
「うどん、かな……」
「えっ」
「あ、家にないならいいんだけど」
「うどんね。きつねでいい?」
「うん。お願い」
「分かったわ」
壁に手を着くような音がした。すすり泣く声も。ちょっとの罪悪感と、ちょっとの嬉しさがあった。変わろうと思えば周りも受け入れてくれる。実際に起きたら簡単に信じてしまう。心の弱さもかなり気に入った。
学校で起きたことも話すようになったし、ご飯は家族そろって食べるようになった。夜中に母が泣いていて、父がそれを慰めている声も聞こえなくなった。
「ってことがあったんです。全部ユーンさんのおかげです」
弓削は時間が経てば経つほどユーンを信用していった。ユーンも同じように弓削はただの利用、情は湧かない。そう思っていたのに心のよりどころになっていた。
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