6-社員旅行:三日目
カルティンブラの三日目はスキー場から離れ有名な観光地まで向かうことになっていた。
朝ごはんは適当に済ませて、車を一時間ほど走らせたところにある海岸線に沿った街並みが幻想的とSNSで有名な観光地に赴いた。映えを目指す人が集まってきていてかなりの人だった。それでも雪のせいか、都会に慣れているせいかそこまで多いようには見えなかった。
意図的に保たれている古い町並みを多くの人と同じ方向に流されるように進んでいくと食べ歩き出来るような軽食が売っている所。大手チェーンの飲食店。個人経営の飲食店。表の通りに突き出して売られている雑貨、など。
多くの店が目に入ってくる。どこかしこから香ってくる食欲をそそられる匂い、靡く旗のイメージ画像。気を抜けば暑さを忘れて列に並び、それを気が済むまで。日が暮れるまで続けてしまいそうだった。
ここの観光地は咲塚スキー場とは大きく異なり、山のように人がいる。その熱気に雪が溶かされている気もするほど。毎朝早い時間に雪かきをして、車や人が通れるだけのスペースが空けられている。苦労の見える行為も、打ち上げのために作られている笑顔を見ると哀れみの気持ちなしで財布が緩んでしまう。
「ここ綺麗な場所ですね。僕好きになりました」
「うわー!それはよかった!琴音先輩プロデュースです!来たことはなかった?」
「ないですね。人混みにそもそも行かないので」
「あれ、苦手だった?」
「いや。音がたくさん鳴るところは大好きです。人が多いところも、好きです」
整った顔立ち。長い前髪が吹く寒い風に舞い上げられて特徴のない、どこにでもあるような瞳をあらわにする。ちゃっかり隣を守っている弓削が何か言われることはない。むしろ可愛いなで終わる。
この日のプランは悪ガキ三銃士の杉澤、郡上。そして桑木が選んだ。何度も調べて、ルートを考えて一日の間に収まる限界のコースを作り上げた。
鮭の有名な土地で鮭関連のルートから始まった。塩引き鮭がつるし上げられているのを見学する。塩につけ込んだ後、より熟成するように乾燥や発酵を促すために風を通すのだとか。鮭本来の味が売りで加工している。鮭の生ハムを今晩の酒のつまみに、と購入した。
地酒専門店に入り、日本酒が体の七十パーセントを占めている臣道、出水が試飲で酔っぱらうという事件が発生。琴音に起こられて、酔いも醒めたようだった。
「こんなに美味しそうな匂いさせておいて飲むなっていう方が出来ないでしょ」
「飲んでいいけど、節度保てって言ってんの。そんなに飲んで夜寝たら誰がアンタのこと運ぶの」
「桑木さんが運んでくれますー」
「私、運ばないよ。見捨てて寝るよ」
「薄情者!」
おろおろと見守るミカエル。申し訳ないと思え、とさらに怒る琴音。矢車はまあまあといいながら酒を傾けたし個人的なものを買っていた。運転が控えている一応まだ子供組には入る六波羅と郡上はじゃんけんの運を恨んだ。
酒に興味がない、もしくはまだ飲めない。そんな杉澤、弓削、都、ヴァニラ、奥山は向かい側の五平餅屋で目の前で焼いている五平餅を食べた。こんがり香る味噌の匂いと、香ばしい味噌の味が五感を楽しませた。
地域の伝統の祭りの山車の展示を見に行ったりした。海岸線を歩いて興味そそられるお土産物屋に入ったりして気づけば昼の時間になっていた。
事前に三日目の旅行を計画していた三人が予約をしてくれていた。三つのテーブルを占領して鮭料理を食べた。この地の家庭では当たり前に食べられているらしい料理はカルティンブラのスタッフ全員にとって珍しい料理だった。焼いた鮭からてまり寿司、いくらを味噌で漬けたもの。
「二切れありますが、一切れは残しておくといいですよ」
怪しげに笑った店員と計画者三人の表情を不思議に思いながら言うとおりにした。
「最後はお茶漬けにしてお召し上がりください」
「そんなっ……贅沢な……」
カツオのだし汁に、お茶をブレンドしたそれだけで飲みたい嗅覚を刺激する液体と鮭の切り身、三つ葉、そして海苔を上に乗せて混ぜ合わせる。切り身をほぐし、だしと白米と合わさったお茶漬けは何よりも絶品だった。
「めっちゃ美味い!だし最高!」
「美味いのは分かるが騒ぐな郡上。静かに、おしとやかに楽しめ」
「へーい……」
そう諭された郡上は静かにずずず、とお茶漬けを終えた。
温かいお茶を飲み、体の芯から温かくなったところでお店を出た。
「実に美味であった……」
「わーグルメの奥山さんに喜んでもらえて嬉しいですー選んだ甲斐がありますー」
「見つけたの俺だけどな」
「黙れ」
「うっす」
悪ガキ三銃士の中でも杉澤がトップの権力を誇る。苦笑いしながら絶妙に面白い関係性を奥山はヴァニラと眺める。仲のいいガキどもだ、と呟けば口が悪い、とヴァニラに注意されてシュンとなったかと思えば、そこまで気にしていない顔を上げて。
かなりバレバレな表情と、戯れ方に恋人がいない学年、それでいてほしい組は嫉妬の視線を向ける。その視線に気づいた奥山は勝ち誇ったように笑った。
「社長!社長権限で何かしらしてください!」
「愛は素晴らしいからな」
「そういうの求めてないっす」
「はいはい、次のところ行こうね」
「はーい、ヴァニラさーん!」
「京ちゃんは単純ネ」
それを聞き逃さなかった弓削はジト目で睨みつける。ヴァニラに何かを言われたようですぐに元気になった。
一度車に戻って道の駅『笹川流れ』まで向かった。約五十分の道のりを進んで行く。大体時間通り、と踏んでいた桑木が時計を見ると一時間以上のんびりしていたことが発覚。時間にルーズではいたくない桑木はしょんぼりした。
「じゃーん、ここが道の駅『笹川流れ』でーす!ここに関してはガチで私が見つけましたー」
「おー!海が近いね」
「海風がものすごく冷たい……」
「早く中入りまショ」
凍えそうな風が吹く中、杉澤の目的は日本海ソフトクリームだった。青色の食べ物で許せるのはガリガリ君までだった杉澤が旅のブログで食べて来たことを報告していた人の感想を見て食べたいと思い、組み込んだ。
「日本海ソフトクリーム?」
「バニラっぽいけど、塩味もあるって。ネットが!」
「ネットかい」
「六波羅は食わないの?」
「俺はいいや。腹壊しそう」
「あっそ」
奥山はちゃっかりいちごミルクを買っていた。ヴァニラにはホットココアを。熱い愛情にひゅーひゅーと軽いや野次が飛ぶ。都はホットココア欲しがっていた。山ぶどうサンデーを欲しがった弓削とじゃんけんをして負けたのに奢っていた。思わずキュウとなった。
桑木は間違えてアイスコーヒーを頼んでしまい絶望の表情。臣道はそれを見ながらホットコーヒーを頼んだ自分のものと交換してやった。ミカエルは笑いながらバニラ味のソフトクリームを食べ、矢車は優雅に自分の頼んだホットコーヒーを自分で飲んでいた。
六波羅杉澤郡上はかき氷で頭がキーンとなるチャレンジをやろうか、やらまいかを考えこんでいた。考えた末に牧場ミルクといちご味のかき氷を頼んだ。店員に正気か?という目で見られたね、と笑い合っていた。
「環はなんか食べる?」
「日本海ソフトクリーム挑戦しようかなーって」
「一口頂戴」
「自分で買えよ。いいけど」
「いいんだ」
ニヤニヤ笑いで見ている他のメンツに何か口を開けば開くだけ無駄になりそうだ、とそのまま会計を済ませた。
夕方になり空も赤まったそんな時に看板を見つける。
「近くに海水浴場あるって。行ってみませんかー?」
都からの提案だった。全員がいいね!と返事をして歩いて行ける距離だったので向かう。冬のせいか白波が立っていた。靴を脱いで未だに精神未発達な六波羅郡上がズボンのすそが濡れないように引っ張り上げて突っ込んでいった。
「つんめたっ!何これ!」
「そりゃ冬の海だし当たり前だろ」
「臣道さんも来てくださいよ!子供体温だし!」
「人をカイロ扱いするんじゃねえよ」
「内季!ちょい、来てみ!」
「あ、大丈夫です。冷たいのは嫌いなんで」
「どうして!」
ごく普通の反応だというのに面白くて笑ってしまう。早く出ればいいものを出ないでびしゃびしゃと遊んでいる。スマホを放り投げて奥山に撮っておくように頼むと自分とヴァニラの写真を撮った。
「そういうこと言ってんじゃないんすよお!」
「分かってるって。ほーら」
「絶対ズームしてるって。あの手の動きは絶対にズームだって」
「いいじゃん、お前の顔度アップ」
「ひろきにしてあげようか?」
「遠慮します」
海岸を走る六波羅、郡上と何気に弓削。全力で追いかけに向かった大人げない出水。その様子をちゃんとカメラに収める奥山。ちゃんとタオルを用意してくれる天使のようなヴァニラ。その他のメンツは手ごろな岩に座って夕焼けを眺めていた。一日はしゃいでいた杉澤は体力の限界が来たようでミカエルの背中で寝ている。
「やはりまだまだ子供ですな」
「そうですな」
明日は長いようで短く感じた旅行が終わる日。明日また車を運転して東京に帰らなければいけない。都その次の日からはいつも通り仕事をしなければいけない。一生この時間が続けばいいのに、と思うタイミングは人それぞれ。大切な人と別れの時はいつまでも先延ばしにしておきたいように。今という時間が一生続いたら何の苦労もないのに。今という時間に閉じ込められたいと桑木は空を見上げた。
帰りは少々遠回りをして駐車場に戻った。民家が並び、郊外の東京にもありそうな住宅街だった。東京と違うのはアパートや、一軒家の隣との間隔が広いことだった。駐車場は広いし、一つの家に平均して二台以上が停められるのは都会に住むスタッフ全員が驚いた。
「贅沢な土地の使い方ですね……」
「土地がある県の特権……」
「これで臣道さんが確実におっさんということが分かったな」
「ディアさんはどれだけ俺をおっさんに仕立て上げたいんだよ!」
「どんなことをしてでもおっさんにしたいです」
「性格ねじ曲がってるな!」
醜い争いはヴァニラが歩みを進めて真ん中に入るだけで止まった。勝利の女神と崇められた。
「あそこ、何だろう」
「事故、かな」
「やだ物騒」
青色のビニールシートで覆われた場所を見て、悲しそうに眉を下げても止まることなく歩いて行った。
【続く】
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