少年と鈴
少年は強ばった表情でガジを見ていた。左手は何かを隠すように握りしめられ、逆の手は青い裾からのぞき出た右の足首をかばうように押さえている。
「大丈夫? 足が痛むの?」
ガジが一歩踏み出すと、警戒した顔で少年が叫んだ。
「✕✕、✕✕✕っ!」
聞いたことのない響きだった。言葉が違うんだ。そう思いながら、ガジは腰に巻いた荷物の中から水筒と手ぬぐい、それから今朝庭で摘んできたニシャの葉を取りだした。
「ええと、手当て、する。……分かる?」
右足と手ぬぐいを交互に指差しながら少年に言う。それを見て、少年の肩が少しだけ下がった。
「✕✕?」
「大丈夫、大丈夫だよ」
ゆっくりと声をかけると、少年がおそるおそるといった様子で右手を離した。
右足首は赤く腫れ上がっていたが出血はしていないようだった。ガジは水で湿らせた手ぬぐいにニシャの葉をはさむと、少年の右足に丁寧に結んだ。
「君、天の民だよね。だったら
太陽はもう空の頂点を過ぎる頃だ。ガジが空を指差すと、少年も顔色を変えて視線を上げた。
ガジはそろりと岩の向こうをのぞき見る。遠くに見えるアリィは調子外れな鼻歌を歌いながら首を揺らしていて、こちらに気づく素振りはなかった。
「急ごう。おぶってくから乗って」
しゃがんだ背中を向けて言うと、少年は戸惑いながらガジの肩に腕を回した。
ガジは立ち上がると、少年を背負って野の先にある崖へと向かった。
底の見えない崖下からは強い風が絶えず吹き上がっている。シシトの山で暮らす
「ここからなら、きっと飛べるよね」
少年を背中から下ろしたガジは、ふと荷物を探ると薄紙に包まれた飴を一粒取り出した。
「これ、後で食べて。甘くておいしいよ」
少年が手を伸ばそうとしないので、ガジは空色の服の帯に無理やり飴をねじこんだ。少年は少し迷った顔をした後で、ガジの前に握った左手を伸ばしてきた。
開かれた手の中には、薄い銀色の鈴が一つ乗っていた。
「✕✕✕✕」
「え、……くれるの?」
少年がガジの手に鈴を乗せる。リィン、と澄んだ音が辺りに響いた。
感謝の言葉をかける間もなく白い翼を広げた少年が崖を飛び降りる。その体は上昇する風に乗り、空にまぎれてあっという間に見えなくなった。
ガジはしばらく、少年の去った方角を見上げていた。
まるで幻のような出来事だった。アリィに話せばきっと夢でも見たのだと言われてしまうだろう。
それでも握った手を開けば、少年のくれた銀の鈴が残っている。それは優しい音を立ててガジの手のひらを転がった。
ガジは鈴を両手で握ると、少年が無事に天の国に帰れるようにと祈った。
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