混沌

全員が眠りについた。


中途半端に酒を飲んだせいで寝る前にトイレに行かなかったユウキは夜中に目を覚ました。怖いと思い感情を忘れてるかを歩いていく。浴衣の間から腹に手を突っ込み掻くくらい気が緩んでいた。

トイレに立って用を足している間に窓が揺れ始めた。最初は風かと思って無視をしていたが、窓の留め具が外れそうな危ない音も聞こえてようやく異常を検知する。

「これ、おかしい、よな……」

皆を起こそうと寝ていた部屋に戻った。庭の小さい池とその周りに生える水仙が月光に照らされていた。確か、みんなで閉めたはずの障子だった。全員起きている様子もなく、胸の上下のペースはゆっくりなまま。

冷や汗が布団に垂れ、シミを作るがそれは見えない。コンビニの時にハヤミとハネが話していた状況とは真逆で目を逸らしたら逸らした先にいる気がして目を離せなかった。

他の寝ている四人を起こさなければいけない。

ユウキの頭はそうやって指令を出していたのに、体が意識に反して動かなかった。

窓の外を通る月の光が透ける女がいたから。その女はどこかボロを着ていた女に似ていた。

「おどっ、咢珠の……?」

トンネルで追いかけられた時ユウキは一度も振り返らかなった。振り返れば速度が落ちることが分かっていたから。

叫び出しそうになって口を開いたが声が出なかった。まるで喉を強い力で締め付けられている感覚だった。喉から絞り出すようにして出したユウキの問いに彼女は静かに頷いた。

頷いた後トイレから戻り、足音を殺して部屋に入ってきて布団と布団の間の畳に足をつけて座り込んでいるユウキを真っ直ぐに指さした。

その瞬間に窓の悲鳴は大きくなり、壁中に着く手形。ふすまが音を立てて開き、昼間の不可解なギターが落ちていた。窓の外の白い女は部屋の中のユウキの方角を指さしたまま微動だにせず、部屋の中を覗いていた。

「おい!フウ!起きろ!みんなも!やばいんだって!」

「なあに……うるさあい……」

「早く、起きろ!トンネルのお化けが憑いてきちまったんだよ!」

「はっ!?」

ユウキがそう言ってフウは飛び起きた。白い女が見えているようで同じくその女にくぎ付けになっていた。ユウキとフウの慌ただしい気配にハヤミたちも起きる。

「なんだよ……今、夜だぞ……」

「ミヤ!窓がっ!女の人がいるんだよ!」

「フウ、うるさいぞ。何の騒ぎだよ……って、なんだこれ……」

ハネは意識が覚醒している二人の見ている障子の外側ではなく、天井を見てそう言った。仰向けで寝ていて、目を覚まして真っ先目に入ったものは。

「咢珠の紋章だ……」

「トンネルに書かれてたやつか?」

「ああ……」

木のつるに隠されていて知らず知らずの間に通り抜ける人も、遊び半分でやって来る人でも気付いた人間は少なかっただろうが、遊びでもスリルを求めて細かいところまで見逃さないように見回ったハネたちはその存在に気が付いていた。

肝試しから帰って来て目につくようになったが旅館の至る所にその紋章が張り巡らされていた。どこか忘れられない要素もあった。そしてその由来も全員が知っていた。楽しい空気のなじゃ怖いことを思い出させるのは、という配慮だった。

知りたくなかった。

咢珠の集団自殺の方法は実に儀式的なものだ、とスピリチュアルを研究する学者の中で度々話題になる。

それが本当に儀式だったか、ただの効率の問題だったのかは未だ明らかになっていない。キャンプファイヤーのように組まれた木が燃え上がり、炎を為す。周りを取り囲んで円形を作る。踏みならされたこれまた円形の足跡が繋がっていることから歩いていた、と予想される。

何がきっかけとなったのか、タイミングをどうやって合わせたのかは分からない。恐らく祈りを捧げたか、全員の覚悟が決まったか。その時に全員が一斉に前の人の心臓を後ろから貫いたのだ。

恋人同士だろうと、家族だろうと。老人だろうと、若人だろうと。女だろうと、男だろうと。関係なく、全員が反抗の意志を持っていると示すための行動だった。その広義のための行動もむなしくトンネル採掘の工事は完了まで走り切ってしまったが。

翌日の工事が始まって普段から薄暗い森にカラスが増えていることを不思議に思った作業員が村を見に行くと全員が倒れて死んでいた。連結が途切れることなく、繋がり輪の死体が出来ていた。木は夜の間に燃え尽きているはずなのにずっと燃え続けていた。

地面の何を燃やしていたのかは当時発見した作業員たちは分からずおぞましさだけが心の中に残った。そこにはただの土の地面しかなかったのだからそう思うのも当たり前である。結果、その村は村人が全滅。全員の死亡が確認された。

だからと言って膨大な金をかけられて始まったトンネルを掘る計画がなくなるはずがない。そのまま計画は時間通りに、反対する者がいない分快適に進んでいった。

「神がいるなんて嘘だったな」「埋蔵金でもあったんじゃないのか?」「邪魔されないと思うと気が楽だ」炎が消えていなかったことは不審に思い続けていたけれど、最低限の悼み。残りは工事に向けられた感情のベクトル。その不純な信仰心を形のない何かや、誰かに咎められることもなかったから工事が終わる頃に一度だけ思い出してでこの事件は終了した。

その出来事と咢珠村の紋章。村の紋章がとてもよく似ていた。

(画像)

円の縁の中の半分より下に楕円のゆるやか線があり、そこを底辺として宝珠と呼ばれる家紋の形が入っている。さらに楕円がきつくなった線が宝珠の後ろに通っている。宝珠の一番外側の円の延長線で根無し茗荷の根の部分を描き、根を表している。本来は宝珠と合わせて火焔宝珠になる柄が逆さで円の縁を這っている。それはまるで

『怒りがこの土地に根を生やし、いつまでも燃え続ける』

と言っているようだった。

咢珠という地に宿った神聖な山を汚したという怨念の気持ちが、怒りの気持ちが炎を燃やし続けた。その実に伝説らしい伝説を知った時にはそんなこと物理的に不可能だ、と声を殺してみたり腹を抱えてみたりして笑ったが人智を超した力が働いているのを目の前にすればそんなことは言っていられない。

「何の騒ぎ……このうるさい音、何……?」

ようやく目を覚ましたヒナタ。全員で障子から目を背けて固まる。

「何何何?どうしたっていうの?何が起きてるの?あの女の人は誰なの?」

「俺がトイレに行ってる間に窓がガタガタ揺れ始めて、この部屋に戻ってきたら閉めたはずの障子が開いてたんだ。それで母屋の方、かは分からないが歩いてきて、部屋の中を指さしてるんだ。ずっと……」

「お化け、ってことだよな……そんなことありえねえって笑ってたのに。もう笑えねえよ」

「そうだね。でもこのままここにいた方が安全だよ。窓を揺らしたり出来るってことは他にも物を動かせたりするかもしれないし」

「そうしようか」

ヒナタの提案にカエデが賛成する。三つの布団と、二つの布団が向かい合っていて、そのど真ん中の布団を使っていたカエデは枕を手繰り寄せる。それを抱えて身を縮める。

「なあおい、なんであっちのふすま開いてんだよ?」

「え……」

「閉めたはずなのにっ」

「そうだよね。閉め切って冷房付けてたよな」

「閉めるか?」

「ああ…ハネコ行けるのか?」

「怖がったら負け、みたいなところあるだろ」

四つん這いになってふすままで近づく。一つ目の布団を通り過ぎて、残るは二分の一の布団だけ。固唾を飲んで見守る中ふすまをハネは閉めることが出来た。安心して後ろに尻を突いた瞬間、ふすまがパンと開いた。ハネは声を上げて驚き、そのまま後ろに下がっていく。ハヤミの膝に当たって止まった。

「怖がったら負けじゃないのかな?ハネコちゃーん」

「うるせえ!驚くだろ!お前は閉めに行けなかったじゃねえか!」

「は!?俺だってそのくらい出来るけど?ハネコがハイハイで行った道のり歩いてスタスタ行けるけど?」

「じゃあ母屋にでも行って人呼ぶだけの勇気はあんのかよ!あ!?」

「ちょっと、二人とも、落ち着いて。仲間割れはダメ。危ないよ。夜が明けるまでここにいる方が安心だと俺は思う」

仲裁に入ったヒナタの冷静な指摘に二人は距離を取りながらも円を描いて胡坐をかいた。

「仲間割れ、しちゃいけない。閉じようとしたら、開くドア。窓の揺れに、不思議な人影。ホラー映画みたいだな……」

「俺、あんま見たことないや。お化け屋敷とかはいける子だけど。映画ってなるとちょっと、怖くない?」

「ハヤミは分かるよな!どうしてそこで後ろを向いたりする?って思ったことないか?」

「あるわ。ある。めちゃくちゃある。ホラー映画みたいなフラグを片っ端から折ればいいんだな!」

「そう。だからここで待ってよう。ヒナタの言う通りそれが一番いい。だから仲間割れはしない。一人にもならない。最低限二人以上で。動くとしたら、行動しようぜ」

「分かった。それがいい。ハネコ、突っかかって悪かった」

「俺も、悪かった」

揺れが収まらない中の会話で全員の心臓が強く早く動いていることに変わりはなかった。そしてその鼓動の高鳴りは止みそうになかった。恋でもしている感覚に陥るが、男だらけ。しかも心霊現象に襲われている。決してロマンチックではなかった。

「あ……」

「どうしたの?フウ」

「ギター、動いてない……?さっきは、昼間はさ、もうちょっと奥にあったよね……?壁にさ……」

全員が異常なまでの暗闇に包まれた方向を見る。確かにギターが前進していた。何かがそこにいるとしか思えなかった。そしてその何かがギターを押し出している。

「ユ、ユウキ……こういう時、ホラー映画でしちゃいけないのは何……?」

「光を当てたり、することじゃないか?」

何を血迷ったのかフウがスマホを手に取りライトを起動させる。そしてギターのある部屋の方に向けた。

「何やってんだよ!」

「何もいない、よね……そうだよね……」

「挑発って思われたみたいだね。窓の揺れが強くなってる」

「ごめん……不安の要素、取り除いておきたかった、から……」

何もいないことが分かっても、物理法則に反した力で扉が閉まったこともあって誰も近づけなかった。

「ねえ、あの女いつまでもこっちさしてる」

「関わらねえ。最善なんだろ。そうしろ」

会話が途切れる。不安を誤魔化すために全員が話していたいけど話題が何も見つからない。異常事態に対しての焦りと混乱で頭の中が真っ白になっていた。

照明のボタンまでの道がものすごく遠くにある気がして誰も電気をつけようと口に出せなかった。スマホのライトも電池がなくなるとか、霊に干渉されるのがベタなストーリーだったので誰もつけなかった。たまに時刻を確認するだけ。

ちょうど丑三つ時、お化けが最も活発的になる時間。

鳴りやまない脅迫に人間の焦りは増すばかり。その焦りをどんな原理かは説明が出来ないが感じ取ったのかさらに力を増していく。

「バイタリティあるお化けかよ……」

「ハネコ……今言うか……それ」

「生命力あふれるお化け、面白いね」

「ヒナタくんまで乗っかって……もう……」

くすくすとお互いの顔がようやく見えるだけの暗がりの中で笑い合う。そうしなきゃ死んじゃうみたいに。

「あのさ、全然実行に移さなくてもいいんだけど動くとしたらどう動くのが正解だろう、なって」

「ああ、それは一応でも考えておいた方がいいな」

「俺もそう思う。俺は母屋に行くしかねえと思う。泊まり込みで働いてる人にしろ、警備の人にしろ誰かしらはまだ残ってるだろうし」

「ここからじゃ母屋にまだ光があるかも分かんないよね」

「それはそうだな」

母屋に行くためにはギターがある部屋を通り抜けるか、真っ暗な廊下を歩いて部屋を通り過ぎるか。その二つしか、一番奥の部屋から母屋に行く方法はない。その道中にはいかにもお化けがいそうか部屋が並んでいる。そこを通って行くのはかなり絶望的だ。

「通り道と言えば、通り道なんだけどね……」

「ユウキ?どうしたの?顔色死んでるよ?」

「勝手に殺すな……その、さ、昼に変なことあったって言ったろ?」

「勝手にふすまが閉まったんだっけ?」

「そう。それっぽいのが、いるかもしれん……あっちの布団置き場の方に」

ユウキが指さした方にはこれもまた確かに閉めたはずのふすまが開いていた。その奥は限りなく黒で、黒で、黒だ。全員がさび付いたブリキの人形さながらそちらをゆっくりと振り向こうとする。

「やめろ!振り向かない方が、いい……かもしれない」

「フラグ?」

「ああ、結構多い」

さらに輪を小さくして緊張しながら話を再開した。

「他に、何かした方がいいこと、みたいなのってあるのかな」

「分かんね。でも夜明けまでここにいればいいならそれはそれで楽だよな。寝たっていいわけだろ?」

「この状況下で寝ようとするハネコ。お前やべえよ」

「起きてたってなんの解決にもならねえんだから別にいいだろ。お前らが起きてるって言うなら起きてるけどさ」

「寝ちゃうのも一つの手ではあるよね。こんなうるさい中、寝られるかは別として」

どれだけ話しても解決の手口も、いなくならせる方法も何も見つからない。ただ時間だけが過ぎていけば楽なのに、事態が留まり続けていることと運命の大時計が連動しているようだった。時間が進まず、いつまで経っても夜が明けない。そんな気がして眠れるくらいの疲労は溜まっているはずなのに、眠れなかった。

「お経覚えてる奴とかいない?一人くらい」

「俺は覚えてないぞ」

「調べる?」

ふざけて笑いながらそう言っても誰もスマホに手を伸ばさない。いかに時間が経っていないかを知るのが怖かったし、光がこの場所でどうやって作用するかが分からなかったからだ。

「動かないことがフラグになる感じのストーリーはない?」

「あることにはあるが……」

「動く方が確実に何かしら起こるんだよね。それで死んでみたり、何か目撃してみたりする」

「動く人と分かれてみる?その方が可能性は広がると、思うんだけど」

「俺もその方がいいかなって思う、よ……」

恐る恐る賛同したフウ。ハヤミ、ユウキ、ハネも考えた末別れることに賛成した。

「でも別れるって言ったってどこに連れていくんだよ」

「やっぱり母屋か?ヒナタ」

「なんで俺に聞くの。でもまあそうだよね。現実的に考えて母屋が一番いいと思う」

「か、いったあ!」

「ごめんごめん。手の平踏んじゃった」

ヒナタのお茶目なところを見て日常を思い出す。心を落ち着けることが出来たらなんとかなるかもしれない、と希望が湧いてきた。

「それでなんて言おうとしたの?」

「か、火事でも起こせば気づいてもらえそうなのにねーって」

「でも火を点ける訳にもいかないだろ?馬鹿かよ」

「どうせ馬鹿ですよー」

「動く組の動向をさ、先に決めておこうぜ。何かあっても助けに行ったりするのに迷わないように」

「それがいいな」

仲間割れをしないように、と全員が努めて思っているから賛成意見だけが生まれていく。

「今言うことかは分かんないけど、俺、動きたい」

「正気か?ユウキ、勇気と無謀は紙一重だぞ」

「何もないことを知りたいし、俺はそこまで怖くねえからな。昼間のは驚いただけだ」

「それを怖がると呼ぶのでは……?」

「フウ、うるせえぞ。ユウキがそう言うんなら一人はユウキで決定だな。あと二人か、一人」

控え目にあげたられた手の持ち主はヒナタだった。この場を進めてくれているヒナタの意見に全員が耳を傾ける。小さい咳払いの後に話を始めた。

「残りは一人でいいんじゃないかな?」

「どうして?」

「三人だったらどうしても一人が割ける意識が減ると思うんだ。五十五十で均等に守り合う方がいいんじゃないかなって思うんだけど……どうかな」

「いいね。三人がここで待ってよう」

「そうだな。それがいい」

温泉の時間に仲が深まったハヤミは即答で肯定の返事を寄越す。ハネもそれに乗って頷く。ユウキはなにも言わないことで、反対していない意思を知らせた。

「で、でもさ」

フウが口を開いた。

「三人じゃないと、母屋に着いた時に一人が戻ることになるよ。電話使えばいいかもしれないけど」

「確かにそれもそうだね。母屋に着いたらさ、母屋の電気を煌々と点けてもらったらどう?そうしたら心霊現象も落ち着くと思うし合図にもなる」

「あ、そっか……」

動くグループの人数は二人になった。

「じゃあユウキと誰か、だよな。ユウキ指名あるか?」

「俺は、フウがいい」

「俺!?」

「隅々まで見ただろ?知らないところもあるけどヒナタたちよりは詳しいし」

「最短ルートくらいみんな分かるっしょ!」

「終われたりして逃げることになったら何となくの方向感覚があった方が安心だろ?」

「それもそうだね……」

怖いナニカが苦手なわけではなかった。言われるがままユウキでも、誰でも、の意見に従うことがフウは嫌いだった。ちょっと反論して、あくまで納得させられたからその選択をする。その姿勢を見せるようにしていた。黙って動く人間ではないぞ、と。

「どこに逃げ込むか、だな」

「ユウキとフウの一番近い部屋でいいんじゃない?大体の電気のスイッチは分かるだろ?お前ら」

「まあ、怪しいところはあるけどドアの近くに大体はあった気がする」

「近くの部屋に逃げ込んで、どうにか電気を押す。ミヤは案外難しいことがお好きですか」

「うるせえよ」

話し合いに熱中しようと思って意識を完全に話し合いにだけ向けていたから音が止んでいることに気づかなかった。

今度は異様なまでの静けさが全員が背中に汗をかかせる。何かが起こる前触れであることはホラー映画のフラグに疎くても気づかざるを得なかった。この状況の折り方は分からない。

「音、止んだな」

「そう、だね……」

「フウとユウキのタイミングで行けばいいからね」

「ありがとな、ヒナタ」

あぐらをかいているユウキが自分の膝に手を当てて、顔を下に向けて深く息を吐いた。

嫌でも緊張するしかない現状に心臓が嫌というほど跳ねていた。これなら中学校から片思いしていた子に高校の卒業式のリハーサルの日に告白した時の方がマシだと思った。結局振られて卒業式はいろいろな苦味が混じり合うことになっただけじゃなく、どうせすぐに分かれる同級生に笑い者にされ心臓は落ち着かない数日を送っていた。

その時に比べたら何故か死を身近に感じている今の方がざわめきが止まらなかった。死の脅威が消え去ったわけでもなく子の離れの館の中をうろついていると考えたら苦しいくらいに自分の呼吸が乱れた。

「大丈夫?ユウキくん」

「ん、ああ、平気だよ。フウはもう行けるのか?」

「怖がったら負けみたいなところあるじゃん?」

その言葉を言った奴の方をにやりと笑いながら向くと、ハネは顔を背けた。ヒナタが手繰り寄せた非常用のライトを持ったユウキ。その横に並んだフウが廊下への扉を開く。足が竦む暗さにどうしても本能が言う進むな、に従いそうになる。

「あー!もう行くぞ!」

「急に大きい声出さないでよ!行くけど!」

頬を張って足を踏み出した。布団がある部屋にいるハヤミ、ヒナタ、ハネが最後に見たのは手を触れていないのに閉まる扉を見て絶望に染まった瞳を向けているフウだった。ユウキはそのまま前を向いて、一歩一歩確かめながら歩いて行っていた。

「どうする、俺らは」

「それ決めるの忘れたね」

「つーか、電気付けてもらえばよかったくね?」

「マジじゃん。しんど。三人で立って行くか?」

「いいよ」

三人は立ち上がって帯や袖の端で繋がりながら電気のボタンのところまで立って歩いて行く。震えが見えるヒナタが手を翳し、細く長いスタイリッシュな指でボタンに力を籠める。

「点かない」

「フラグやめろって。もー」

イラ立ちを隠さずに元々座っていた布団まで戻った。こういう状況では冷静な判断を出来るならイラ立っていたり、腹を立てている方が得ではある。霊が敵意を感じて人間側に接触してくることがなければの話だが。


【続く】

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