就寝

日常の中ではおふざけ以外で起こらない感情の急激な高まりに疲労感がたまっていた。車の中は何かに脅かされることがない。その安心感に車内の座席に座った瞬間、体中にぎっしりと詰まった細胞が一つ一つばらばらに解けてなくなるかと思うほどに弛緩していった。

深い息を吐いて頭の中を整理する。当時使われたのかもしれないダイナマイトの殻の筒が落ちていたり、ボロを着た女に追いかけられるなど。肝試しとしては十分すぎる成果だった。

「マジであればビビったわ……」

「ガチの心霊現象だったな。経験したことないわ」

「そりゃないっしょ。誰か一人増えてたりしないよな」

「はは、ないない。お化け屋敷とは全然違ったね。体中が、こう、鳥肌立ってた」

興奮のあまり早口になって各々の感想が口から飛び出していく。大真面目な顔をして固まって拳を強く握っているフウは他の四人に怯えているのだろうと思われて車内のライトに全員の涙が出るほど笑った顔が照らされる。

「ふざけちゃだめでしょ!マジのお化けだったんだよ?怨念だよ?」

「ふはははっ!フウ、ビビってんのかよ。俺たち全員悲鳴上げたけど不謹慎なことしてごめんなさいって言ったし、あそこまで美味しい反応得たらあっちだって満足だろ」

「でもさ!馬鹿にしたって思われて呪われたりしたらどうすんの!?」

「祓ってもらえばいいだろ、フウ。そこまで気にする必要もないよ」

「ユウキくんは真っ先に呪われるね!」

子供のように怒りに怒っているフウにまた笑いが起こる。フウの怒りが冷めないのを見て、本当なのかもしれないね、って呟いたヒナタに再びどっと沸く。一通り笑い終わって喉が渇いてきたところでトンネルを抜けてから十分ほどの距離のコンビニに向かってハヤミはアクセルを踏み込んだ。

「コンビニでさ、何買う?」

「俺からあげ」

「俺も食いたい。分けて。五個頂戴」

「お前も買えばいいだろ。それにほぼ全部じゃねえか」

「カルボナーラ食べたーい……」

「絶対に夜に食べるものじゃないでしょ!」

欲望丸出しのハヤミの発言にヒナタがツッコんだ。

「そういうヒナタは何食べるんだよ」

「確で食べないといけないんだね?えー、じゃあサラダチキン」

「急に女子ぶられても困るって」

「そこはOLか!だろ!ヒナタに教えてもらえよ」

「運転とツッコミを同時に出来るわけないだろ」

ドリフトでもしかねない運転を山道でされるという命の危機に瀕したら状況を変えるためにユウキのご機嫌取りに徹した。

「ハヤミハヤミ、カルボナーラ買ってあげような」

「俺も買ったる」

「俺も買ってあげるよ。あ、俺は二個買ってあげる」

「そんないらないわ!」

元気を取り戻して真っ暗な山道の運転にハヤミは慣れたようだった。

肝試しももしかしたら嘘だったんじゃないか。そう思うくらいに平和な揺れだった。

フウのノリの悪さは変わらず続いていた。コンビニに着くころには解消されているだろうと思って誰もそれ以上触れることなく車は誰ともすれ違うことがない道を走り続けた。信号もないようなうねる山道は慎重に走らなければ毎秒事故の可能性が転がっている。

目を瞑った助手席のハネを起こさないように揺れが最小限に収まる速度で進んでいたら予定よりも十分多くの時間がかかった。

「ハネ、着いたぞ。起きろ」

「眠り姫だね。まさに」

「フウも降りるぞ」

「ん」

ふくれっ面は人工的な煌々とした光に久しぶりに顔を上げて安心したような表情に変わった。コンビニの中に入ってから、一度離れた距離を戻そうと探る口調だったけれど話しかけてきた。機嫌が直ったんだろう、くらいの認識だった四人はためらいもなく受け入れた。

「酒、酒……」

「アル中が一人います。直ちに治療を」

「分かりました。あなたはAEDを持って来てください」

「分かりました!」

「あなたは僕の勇気ある行動を是非ともSNSに投稿して僕を勇者にしてください」

「持ち帰って検討します」

脈絡のないやり取りを飲み物用の棚の前で繰り広げる。店内には一人の店員しかいなかった。その他の客は見当たらず配慮が必要な存在はいなかった。最低限の礼儀として努めて声を大きくしないようにしてAEDを探すふりをすれば案外簡単に見つけられたし、その仕草が笑いを生んで変な声が漏れたことでフウが綺麗な円形を作るのに役立った。

「割り勘って考えたらいくらでも食えそう。飲めそう」

「明日のこと考えなよー」

「明日は明日の風が吹く。よって今日飲んだくれる」

「二日酔いになっても俺は知らんからな」

真顔でそう言いながらヒョイヒョイと既に二つ目になっているカゴに酒を入れていた。ビールよりも度数の高いレモンサワーを主に。

「おいおいハヤミ。つまみ忘れてるぞ!」

「おー!カルパスとジャーキーは定番だよな。他にどうする?」

「チーかま」

「いいじゃんいいじゃん。何気にうずら好きなんだけど、同志いる?」

「はい。同志です」

うずら同盟が結成される。

「ポテチってまだ残ってた?」

「ピザポテト……」

「そうだな!いいな!それ!ちょ、フウ!?いや、え!?何個入れてんの!?」

見ない間に好き勝手をやる子供の様にカゴの中にゆっくりとピザポテトを入れていた。ユウキが焦って止めた。

「大人って、いいよね……こういうこと出来るし……」

「それな。マジで思う」

戻しても怒られない量のピザポテトを陳列棚に戻した。大人買いという欲望のままに金を使う行為が許される大人になったことを実感し、感動する。これを買っていいか、の許可がいらないこと。それは相当な成長だった。

「普段買ったことないような漫画でも見てみようかなー、最新刊出てたりするしー……」

ハネがそう呟くように口に出しながら駐車場側の窓に面している雑誌のコーナーに向かって行く。見たことがないような漫画や、手を伸ばさないタイプの漫画雑誌を手に取って背表紙を眺めてみたりする。世界の広さを知る。

折んでいる漫画の続きも置かれていたがすでに持っている巻だった。前回の単行本が出てからおおよそ二か月しか経っていないことを思い出して置かれていないのにも納得する。

面白そうだなと思った読み切りの漫画一冊と、表紙の女と付録が好みだった雑誌を抱えた。

ふと急に冷房が強くなり、照明が弱まった気がして顔を上げた。自分の手に降る、自分の顔や上半身の影が薄くなり、揺れていたからだ。

思わず息を止めてしまう光景を見てハネの喉が鳴った。

「ハネコー、なんか買うもん……ハネコ?」

「し、静かにしろ……」

ハネの視線の先を見た声をかけに来たハヤミは同じような姿勢で固まった。トンネルで追いかけてきた女にそっくり。同一人物と思っても問題がないような女がガラス一枚で隔てられたすぐ目の前をゆっくりと横切っていた。何か物音を立てたらハネたちの方を向きそうだった。故に光に守られている空間でも体を固めて息を潜めた。

左側。乗ってきた車が停めてあった方だった。そちらからやって来た女がちょうど目の前に差し掛かる。ハネが湧きに抱える姿勢で持っていた雑誌の付録が固定の紐を潜り抜け地面に落ちた。カタンと音が鳴る。

女の首はゆっくりとこちらに回ってくる。

視界に入ることは本能的に危険と察知した二人はしゃがみこんだ。

棚の隙間から見える女の細い足は亡霊そのもので、細く白く、生気がなかった。亡霊にしてはちゃんと足が生えていた。地面までは見えなかったがそれなりに地に足を点けていたように見えた。少なくとも浮いてはいなかった、という意味だ。

目を閉じてはいけない。けれど見たくない気持ちが勝ってお互いに服のすそを掴み合いながら目を合わせていた。角度的にハネのいる場所はどうやっても亡霊が見えてしまっていたので横の栄養ドリンクの棚の方を見ていた。

女にもしゃがみ込まれたらこれ以上ないほどの危機的状況だった。向きを変えてそのまま右側のさらなる暗闇へと歩いて行った。安心し、肩をなでおろしてもう一度確認のために雑誌の隙間から外を覗いた。

「ひっ」

隙間には生首が転がっていた。それも二人の方向を向いてにやりと笑った表情のまま凍らされたように表情が固まっていた。ハヤミは尻をついて腹と足で挟んでいた雑誌を後ろに下がる時に落とした。ハネはハヤミよりも一瞬遅れて視線を亡霊の生首に送った。何かがあると身構えられていた分、短い悲鳴だけだった。

「ハヤミ……その奥……」

「え……?」

ロゴの延長線上の太かったり、細かったりする太線の間から覗き込む多くの瞳。まるで逃がさないと言われているような手形。再び生首にピントを合わせようとすればそこにはなかった。

当たり前に人が入れれるような隙間は空いていないし、棚自体を移動できるから奥に入る必要もない。あくまでそれは人間の話で、無機質な幽霊や、亡霊には適用されない話だ。

ゆっくりと、ゆっくりと亀のような歩みで進んでいた女の足はまだそこにあった。中腰くらいになるまで腰を上げて女がどちらを向いているのかを見ようと思った。

「んでこっち向いてんだよ……」

「マジじゃん……」

首の上はなかった。切られたりした痕があるわけではなかった。女は大事そうに、大事そうに生首を抱えていた。上方から考えるとあの女のもので間違いはない頭を。これでもかというくらい。しかし乱暴ではなかった。でも優しくもない撫で方で髪の毛を整えていた。

口が動くのを見た。


『一緒になろうよ』


結婚の申し込みかよ、ってハヤミは不気味に口角を吊り上げさせられた。

さっきの足取りとは打って変わって楽しそうな、少女が花畑を駆ける軽い足取りに似た歩き方で生首の髪の毛を掴んで舞踏会にいるプリンスとプリンセスのように回りながら進んでいった。満足げな後ろ姿はもう自分に害を与えてこないと確信した二人はしっかり立ち上がった。

中心のすこし左寄りにのところに布が裂けたような跡があった。何の跡か、何となく分かっていたけれど信じたくないものは信じないようにして見えなかったことにした。暗闇で不確かだったと心の中で言い訳をした。

「え、二人とも何やってんだよ?」

その声に大げさに肩を跳ねさせる。

「あ、ごめん」

「いあ……あの女がいたんだよ……」

「マジで帰りお祓いしよう。車含め」

「宿で呪い殺されなきゃな」

「本当に何が起こったんだ?」

怪訝そうな表情で尋ねるユウキへの返事も曖昧に地面に落とした付録を拾って二冊をカゴの中に入れた。

「コンビニで八千円以上とか使ったことなーい」

「こんだけ飲ん兵衛いるし。そのくらいは行くだろうな」

宿で計算しよう、とヒナタが全員分を建て替えた。

衝撃的な超常現象に現場から離れているコンビニで立ち会ってしまった二人は外に出るのに少しためらったが全員いるし、と足を踏み出せた。

「何があったのー?」

「トンネルの女みたいな奴が急に駐車場の方にいて、やばい、って思ったからしゃがんだんよ。そうしたら雑誌のラックって下に隙間あるだろ?そこに生首があったかと思えば奥に手形とか、目とか。生首が消えたと思ったらまだ突っ立ってたんだよ。そんで女が生首抱えてんの」

「怖いだろ。マジで、心臓止まるかと思ったんだよ」

「そりゃ確かに怖いわー……ちゃんとみんなで旅行帰ったらお祓い行こうね」

「マジで。参加する。何が何でも参加する。何かにとり憑かれている気がする」

助手席にいるハネはそう言いながら袋を持っている横で運転しているハヤミの死にそうな顔に苦笑いを浮かべる。自分だって怖くないわけはない。お化けは弱くなっている心につけ込む。そんな文言は有名だ。それを信じている節もあるハネは心をさらに強固な守りで固めようと思ったのだった。

「ハヤミいー。大丈夫だって。そんなお前が幽霊、みたいな顔してたら連れていかれるぞ」

「俺ガチでちびりそうだったんだって」

「コンビニでトイレ行けよ」

「そういうやつじゃねえよ。でも今も」

運転手にしか見えない景色の中に何かが映っているのか、とハネは体を固くする。ハヤミの方を向いていて背中の方にある窓に何かが並走している?くっついている?それともバックミラー?

「膀胱が危機だ」

ポカンという表情が自動的に生成された。

「ハヤミ!」

「悪いって!でもこうでもしなきゃ気分なんて上がんねえよ!ガチで膀胱の危機だから俺に触れるなよ」

「触りまくるのにな。お前が運転中じゃなかったら」

コンビニの袋を抱え後ろの席に座ったユウキに酒を出すように頼む。

「俺も飲もうかなー。よし、飲もう!ハネコ、乾杯だ!」

「おっしゃ来ーい!」

「部活の掛け声かよ」

「中高共に帰宅部でした。かんぱーい!」

掲げるだけの乾杯で始まった祝勝会の二人の参加者は宿に着くまでにどれだけ酔うのか、ヒナタは心配していた。フウは何とも言えない表情をしてバックミラーにいるハヤミと顔を合わせないようにしていた。三つの袋に分けられたのだがお菓子と同じ袋に入っているハヤミの買った雑誌と、小説が嫌に目についていた。

意外だね、という評価をよくもらうフウのその特徴ある行動とは読書だった。特にミステリをよく読んでいた。家にもかなりの冊数がある。中学生くらいで仲良くなりたい子が呼んでいた本がミステリで、話すきっかけにしようと読み始めたら思っていた以上に面白く、気づけばその子もドン引きするくらいのファンになっていた。

謎解きが好きだったから有名どころ、王道と言われる本は網羅していた。

あのお化けの話を聞いた後では何とも不気味に思う本が入っていた。


『血塗られた家族』


ミステリの王道。アガサ・クリスティーがもしも日本人だったならばこんな秀逸な作品を生み出せるだろう。そう評価する世間にも反骨精神を持ち合わせたフウも納得するくらい。その作者はナナナ。もちろんペンネーム。本名は公表されていてサンカナナ。本人曰く三か七で、七を三つにしてナナナ・ナナナにしようとも思っていたけど長いし面白味がない、とナナナにしたそう。

ミステリの女王と言われているアガサ・クリスティーとは真逆に一発屋だった。それも意図的な一発屋ではなく。『これは確実に売れると思って書いた』。ナナナ本人がそう言った。それ以外には作品がなかった。それに魂を込めて書いた。自分で上げたハードルも余裕で超えてくる口だけの人間ではなかったのは確かだ。

『血塗られた家族』を電撃的にこの世に放出してからナナナこと、サンカナナは消えてしまった。遺族となった家族は悲しみのあまり胸がいっぱいです、と娘の豊富な語彙の起源でないことがはっきりと分かった。ミーハー含む大量の悼むコメントも、一年以上前のこと。

誰からも忘れ去られた。わけでもなかった。未だに書店には並ぶし、それを手に取る人も多い。図書館は未だに貸し出しが途切れないようだ。

高校時代からの腐れ縁で趣味や、好きなこと、食べ物、過去の恋人の数。多くのことを知っているが、ミステリは読まない。趣味に読書と言っても同じく趣味が読書という人と話が合う人だとは思うがミステリは裏切られるから読まない、と食わず嫌いをしていた。

熱烈におすすめした時もタイトルは覚える、と言ってくれてあらすじは読もうともしなかった。それなのに、

「急に読むなんて……」

嫌な予感を運ぶ本を見下ろす。

「ん?なんか言った?フウ」

「いや、なんも。ちょっと一人言」

袋を抱えているヒナタが後ろを向かないのが都合よかった。今顔を見られたらパーティーの最中に死んじゃったの?それもとても楽しみにしていたパーティーの最中に、と言われそうだったから。


旅館にようやく戻って来た。別の道を通ってきたからスマホが使えるようになってからマップを点けたので少々時間がかかった。電気が点いていることに安心する。

「なあ、おい」

「どした?ハネコ」

「これ、やっぱり咢珠の家紋なんだと思う」

「あ、本当だ。ここにもある」

トンネルにでかでかと掲げられていた家紋と同じ文様が旅館の大きな玄関の三角屋根にもあった。

「ちょっと、嫌になりそう」

「分かる。でも入るべ」

「そりゃね。寝る場所ですし!」

中に入ると昼間よりも人の気配がなくなっていた。書き置きに気が付いたヒナタが紙に触れる。

「あ、電気消してから離れに行って下しさいって。廊下の電気は渡り廊下のドアの近くにあるからって」

「これか?」

バチンと大きな音がして電気が消える。廊下の淡い光がトンネルを彷彿をさせて気分を落とした。渡り廊下のドアがはっきりと見えて足を止めることなく進めていく。

「この電気かなーっと」

「暗くなったなー。恐ろしや恐ろしや……」

「日が変わったら職員の人が鍵閉めちゃうって」

「まだ日変わってなかったんだ」

「もうちょっと。あと二十分くらい」

まだ職員の人が残っているということにも安心する。細かい安心を見つけないと夜なかにトイレなんて到底行けそうになかった。

「電気電気点けてーどこだっけ」

「こっちだよ」

今度はパチンという軽い音だった。光がついてリビングルームと、庭に突き出している空間の電気が点いた。

「飲み会でもすっか」

「そうだな」

「その前に風呂入らない?」

「そうじゃん。この部屋の露天風呂見てないよー」

「それに汗もかいたしな。野郎ども着替えの準備をするのだ!」

「おー!」

酒が入り、完成に近づいて来たハネの合図に乗ったユウキ。苦笑いの他三人。荷物の中から必要なものを取り出してhロバに向かう。五人が入ると狭くなる脱衣所で乱闘が始まりそうになった。

「うわー!広いー!」

「フウは見ただろ。広いな、確かに」

「明日の朝イチで大浴場の方行こうと思ってたのも楽しみになって来たわ」

「結構広かったよ。露天風呂もいくつか種類あったし」

先に体を洗って、風呂を堪能した。大浴場に比べると小さいサウナで全員で耐久もした。

「アルコール飛んでいんじゃない?」

と煽られてムキになったユウキは顔を真っ赤にしてフラフラになるという。涼しい顔をしてそんなユウキを見て笑っていたハネは最後ヒナタと一騎打ちの末に負けた。

露天風呂は二つの種類があって寝っ転がれる風呂と、普通の風呂と連結してジャグジーがついている風呂があった。大浴場と同じく藤棚か、何の植物かは分からない植物が屋根を作っていた。

「ヒナタくん、星がめちゃくちゃに綺麗だよ!」

「それに満月だね。満月も綺麗だー」

「満月は明日らしいですぜ、ヒナタさんよ」

「揚げ足取りっていうんですよ、ハヤミさんよ」

寝ながら空に浮かぶ星の綺麗さと偽の満月の豊かさを眺める。諸々を露出してタオルしかない状態。恐らくはアダムとイブもこんな感じだった。星と月が綺麗な夜に生まれたのか、太陽が燦燦と光る昼間に生まれたのか。夜が性なるもの、と思われることからして夜に生まれたのではない。ならばその時に雲はあったのか。澄んでいたのか。淀んでいたのか。

フウとハヤミがヒナタを挟んで盛り上がっている。なのでヒナタは寝たふりをした。

「あれ、寝てる」

「腹冷やすぞー」

「んー、起きる起きる……」

寝落ちしそう、とヒナタは一足先に風呂から出た。コンタクトを外して落ちた視力でも何が何かはっきりと認識出来る。何かにぶつかることもなく脱衣所で浴衣に着替えて、廊下を挟んだリビングルームまで戻る。

「ふう……」

「一人で感傷浸ってるところ悪いな。パンツ忘れたから俺今下履いてないんよ」

「今すぐにでも履きなよ」

「だから取りに来たんだろうが。一足先に乾杯と行くか?」

「いいね」

ヴィランの笑いで、ヴィランらしく酒を飲む。帰って来てから冷房を効かせて、すぐに風呂に入りサウナまで入って限界まで喉をからからにしたのはいっぱい目を出来る限り美味く飲むためだった。

「変態的だよな。お前の楽しみ方」

「喉は乾いている時の方がおいしく感じる。空腹は最大の調味料って言うでしょ」

「まあ言うけど。納得だわ」

「あー!もう飲んでる!ずるいよー!」

「近う寄れ、フウ」

「遊郭的な場所じゃないんですけど」

一瞬で理解したフウの脳。適当な酒とツマミを取って口の中に放り込んでいく。

「あ、乾杯忘れた。乾杯」

「はい、乾杯」

「んーん」

ユウキとハヤミが風呂から上がって来たから同じような乾杯の儀式が行われ長い長い夜が幕を開けたのだった。

ハヤミは下戸でもなく、ザルでもない面白みがないと言われている酒飲み。フウはかなりのザル。酔うという感覚は最初の方だけだったらしい。ハネは酒豪で、ザルで、焼酎系しか飲まない。ビールには一切興味がない。

ヒナタはある程度飲めるががっぱがっぱと飲んでいくと酔いつぶれてたまに記憶を飛ばす。ユウキは意外、と言われるくらい飲めない。ツマミと酒の場が好きなので本人はそれで何も問題がない。ジュースで酔えるタイプ。

各々最近の近況報告をしてみたり、動画サイトで流した歌を全員で歌ってみたり。酔っているから音程もボロボロに崩れている。持って来たトランプでババ抜きから、大富豪、大貧民、真剣衰弱。真剣衰弱は確実に面白い絵面になるだろうということで動画に残した。案の定何も覚えておけなかったからスマホの容量を奪っていった。

UNOを持って来た大天使ユウキ様はUNOと言い忘れたことを指摘され続け連敗。道中の百円ショップで買った誰も見たことがないすごろくが何気に面白く全員で額を突き合わせて勝負の行く先を見守った。男だけで何が面白いのか全く分からない王様ゲームもした。

実に使いずらいオセロの対決や、ゲーム大会。寸劇から何から何まで。まるで旅行初心者みたいだった。明日のことは何も考えない予定は組むし、夜中は考えつく限りの遊びをするし。

夜食にカップラーメンを作ったり、カップ焼きそば。おにぎり、ポテチの類もどんどん空になっていった。

その日に起きたことなんて全て忘れるくらい脳内がほわほわ花畑になっていた。

「明日からのことは明日考えよーぜ……」

「ユウキくん落ちる寸前じゃん」

「らいじょーぶ、だってえ……」

「呂律回ってないよ。死にかけに見えるよ」

「死にかけ、て」

「俺はまだ生きてるぜー!」

「そうですねそうですね」

酔っ払いになり誰彼構わずすり寄っては、意味の分からない感傷やポエムを吐き散らすユウキをあしらう。

ハヤミヒナタはスイーツに移ってそろそろ締めを迎えようとしている。異の容量的にカップラーメンくらいであればあと一つ入ることはお互いに黙っていた。細身の体をしているくせに二人は大食いだ。

「そろそろ寝る準備しようか?」

「そうだねーそうしようー」

「缶は潰した方がいいかね」

「明日職員の人に聞こうよ。それまでは隅にまとめておこう」

既に潰している缶はいくつもあるビニール袋の中にまとめた。ドアの近くに缶をまとめて置いたら壮観、というくらいに並んでいた。五人の胃の中に入ったアルコールの総量は数知れず。

キッチンはないので塩分を気にするお年頃ではない酔っ払いはだいぶ冷えて油感が増したスープを飲み干した。プラスチックと燃えるゴミで何となく分けてビニール袋にこれもまたまとめた。机の上には中途半端に飲まれているジュースと口が開いていないが冷蔵庫に入りきらなかった水、お茶が乗っかっていた。

「歯磨きを、するぞ」

「お母さんハネコ登場だ」

「知ってるか?虫歯というのは恐ろしいものでな……」

「この状況だとハネコの方が恐ろしいよ」

持って来ている人間は自分の歯磨きセットを持って来ていたがそれを使うことはなかった。脱衣所の充実しすぎているアメニティから長細い袋を取り出して一連の動作を行った。

「あひた、はんいひおひる?」(明日何時に起きる?)

「ひゅっはふはで、いほははふていいはほうし……」(出発まで急がなくていいだろうし……)

「あはへし!」(朝飯!)

夕食の終わり際に明日の朝食を何時にするかを決めていた。九時にしたのでそれより早くに起きなければいけない。

それより歯磨きが終わってから話せばいいのに、と思いながら眠いユウキ、興味がないフウ、変な体制でゲームをしていて首が痛いハヤミはツッコまなかった。

「ひひひはん、あ、はいいにおひおお」(七時半か八時に起きよう)

「はんへ?」(何て?)

口の中身を吐き出してヒナタがもう一度同じことを言った。納得して頷いたハネも吐き出して口の中をゆすいだ。

リビングからスマホや充電器など。必要なものを持って隣の隣の部屋に移動した。ふすまを二つ通ってすでに布団が敷かれていて一つの布団は人が乗った形跡がある。そんな部屋に入った。

「広いなー、ここも」

「ねー……ふああーあ……」

「もう寝るか。最後に寝る奴電気消せよー。俺はもう寝るぞ」

「俺ももう寝る」

「おれも……」

「俺もー」

スマホのアラームをセットしてから全員が布団をかけた。冷房はいつもだったら設定するタイマーを設定しなかったし、ふすまは全箇所全て閉めた。月明かりが眩しいくらいに入って来ていたので窓の障子も閉めた。通ってきた何に使うのか分からない部屋と繋がっているふすまも閉めた。布団が置いてある部屋のふすまは閉まっていた。

このまま夜が明ける。


咢珠の紋章の意味を調べるのを忘れていた。分かりながらもツッコまなかった。


【続く】

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