追跡
「広いな、ここ」
「ここって、咢珠村……?」
「かもな。一応手合わせとこうぜ。不謹慎なことをするつもりはありません、って」
「そうだね」
全員が手を合わせて目を閉じた。心の底から唱えていた。
どうか呪わないでください。
実話をもとにした映画もある。悪魔に呪われた。憑依された。エンターテイメントとして見ているくらいの距離感が一番楽しい。だから近寄ってこないでください。ただ見て回りたいだけなんです。傷つけようなんて思ってません。
心なしか木の騒めきも小さくなった気がした。掛け声があったわけでもないのに一斉に顔を上げて、目を開いた。目を開いてから、顔を上げた。
「村だったみたいだね。かなり広い場所だ」
「でも人数的にはそこまで入らんくね?村としての規模は小さかったっぽいなー」
「フウ、何そんな怯えてんだって。大丈夫だよ。歴史的財産を見学させてもらうと思えば」
ユウキの謎の激励にフウは足をゆっくりと足を進めた。
元々建物だったであろう長年風雨にさらされて見る影もなく寂れている何かが月明かりに照らされてほぼ真っ暗な場所で不気味さの演出に一役買っていた。触る必要もないその木造建築を無視して進み続けた。
「ここって私有地?」
「なわけないだろ。国だろ」
「だよな。じゃあ入っても大丈夫だな!」
「中盤くらいなのにそれに気にするんだ」
確かに、とフウやハヤミが笑い出す。
違和感しかない場所はあっ、と自分から気づいてと言わんばかりの反応をしなければ何かを気づかれることはない。安心してボロを出ていける。自分の足元しか興味がない全員は他の誰かの安否なんてぶちまけた話どうだっていいのである。
「なんか、空気が美味しくないですね」
「ぶっふ、急になんだよ」
「滞ってんなあって」
「東京みたいに?」
「そうそう」
「東京に怒られるよ。ユウキくん」
ビルの中で自分を育てているのだから空気には敏感になる。直接的な息苦しさはそこにはないが空を見上げる余裕がある時は苦しく感じることがある。
それと同じような感じ。無限に広がっていそうな暗闇に取り囲まれて逃げ場がない苦しさと、単純な話標高が高いのかもしれない、という馬鹿的思考回路故に気管が握られている感覚があった。
「深呼吸しながら進むべ」
「べーぺー」
「ヒタナ、大丈夫?」
「えっ、何が?平気だよ」
スマホのライトを点けて歩くが焼け石に水の処置だった。話す内容もないし、旅の感想を語るにはまだ早い。話を振ろうにも何を言えばいいか分からない。親しき仲にも礼儀ありの考え方があるかはさておき、気にしていることや、一般、普通の感覚が違う人間同士気を使わなければいけないこともある。
「ここから森に入りそう。引き返すか」
「あっ、おう」
「でっかい建物、だな。鳥居っぽいな」
ライトと一緒に見上げた。猫か何かが飛び出す音がした。ガサリという音に体を縮める。
「猫、だよね」
「猫っしょ」
そう考えておくのが最善だ。
「ってことは神社かな」
「んー、でも中には入るのやめようぜ。怖い」
「流石に怖いっていうのもバカには出来ねえわ。帰るか」
中でも一番の異様を示していた神社に軽い礼をして足を来た方向に向けた。お堂の中に入っているものはチラとも見えなかった。ライトを向けるのも怖かったので今や必需品のスマホは足も尾を照らすためだけの適当な懐中電灯でも出来そうな仕事を担っていた。
無言のまま歩き続けた。誰も何も口にしない。歌の一つでも歌えば華やかになり、気分が明るくなってこの場の雰囲気も少しはライトが点いたみたいになると思っていたのに。誰も乗り出ない。ふざければ呪われる。そんな感覚が全員の中にあればそれはそれは当たり前に足を進めることだけを考える。
一刻も早く車に戻りたい。全員が思っていた。
旅行は計画している時が一番楽しいように肝試し、と語るだけなら腹を抱えて何度も笑える。驚かせ合ったり、キャハハと笑える想像が膨らむが実際に旅行が始まると予定通りに行かなかったり、疲労のせいで思ったより楽しめなかったりする。
「あれ、なんだ?」
丸まっている大きな石のようなものがあった。
「行ってみようぜ」
「ちょっ、ユウキくん!」
「なんかやばい奴だったらどうするの?」
「謝る」
ユウキが一歩一歩近づく後ろにハヤミとハネは着いていく。恐れのあまりフウとヒナタは足を思うように勧める子尾が出来なくなった。今一歩でも前に進めば転んでしまう気がした。二人三脚をするみたいに一緒に支え合って歩いた。
「石かな」
「ユウキ、結局なんだよそれ」
「もうちょっとで分かるぞ」
ハヤミとハネを待って近づく。反対方向に回り込もうとした。
「は、花火……?」
線香花火ではない持ち手のしっかりした花火で線香花火のような光り方をする花火が見えた。どうして石の前に、と思った瞬間に石が動き出した。正確には石のように固まっていた何か。なのだけど。
「キャハハッ」
子供特有の高い笑い声が聞こえる。異常事態発生に気づいて早く逃げださなければいけないのに足が張り付けられたように動かなかった。たくさんの亡霊に足を掴まれているような感覚だった。声にならない悲鳴を上げて後ろに倒れ込む。倒れ込むとさらに圧力を受けているような感覚に陥った。地面に沈め、と命令されているように。
「ハネコ!ハヤミ、ユウキ!」
「ユウキくんたち!大丈夫!?」
近づけない。
外側から見ているしか出来なかった。
その子供はすくりと立ち上がって消えない花火を持って暗闇の中に走って消えていった。
「大丈夫!?」
縛られていた状態から解放されたみたく何かに引っ張られている感覚も、そこにいなければいけないという命令を受けている気もしなかった。普通に立ち上がることが出来た。
「何だったんだ……」
「生きている者じゃ、なさそうだね……」
「早いところ車に戻ろうぜ。もう限界近いわ」
「そうだな」
「その方がいい」
早足で駆けていく。行きと同じ階段はすぐに見つかった。転がり落ちていく感じで降りていった。
「そうだった。忘れてたじゃん」
「それな。馬鹿かよ……」
「自分たちを恨むわ」
「マジで本当に、そう」
「馬鹿しかいないのかもしれないね」
登ったのはトンネルを行き、と称して歩いて出てきたところ。車は五人にとっての入り口の方向。薄暗く頼りがいのない照明しかなく、奥に自分たちの停めた車があるかも見えないところを歩かなければいけない。
「頑張るしかないよな……」
「あ、待て。あれなんだ?」
ハネが頭上を指さした。トンネルの上の方を指さすが何を指さしているのか全員が認識するまでに時間がかかった。
「あの、家紋?みたいなの?」
「そう。咢珠のそういうマークかもしれねえな、と思って」
「かもね。もう行こう」
どんな意味があるのかは後で調べるとして。調べないかもしれないとして。車を目指して歩き出した。
入ってすぐにハヤミが何か落ちているのを発見した。
「何これ」
「マジじゃん。なんだそれ」
「ダイナマイト?」
くすりと笑いながら言うハネ。
「かもしれんな。持って帰って爆発しても困るし、このまま置いて行かせてもらおう」
「それがいいよ。そうしようそうしよう」
フウが賛成した。
子供のことや、花火のこと。お堂の中身のこと。家紋のこと。詳しく掘り下げようとする人間はいなかった。人成らざる者がいない限りは。人間に興味を示してしまったそれは驚かす、なんていう生易しいものではない形で感謝の報復を施す。その為にはまず気づかせなければいけない。
自分の存在に。
自分という存在に。
ギシ
ドサ
縄に重みがかかるような音。その後、落ちるような音。ある程度の重みがあるもの。なおかつ固すぎないもの。反射で振り返った。
「うわああああ!」
「ぎゃああー!」
悲鳴上げて走った。
ペタペタと足音のペースが速く五人を追いかける。謎の女が首に縄をぶら下げたまま後を追っていた。スマホが軋むくらい手に力を込めて走る。異旬でも気を緩めたら殺される。死んでしまう。殺人鬼に追われるよりも怖かった。追われたことがないので比較にはならないが。
「なんっでだよ!」
「いいから走れって!」
「いやああああー!」
車で通った時には異変も、長さも感じなかったトンネルが長く異様なものに思えた。いつか終わりが来ることが分かっている分体力を気にしないで走ることが出来た。
行きの運転をしていたハネがポケットから鍵を取り出した。遠隔で開いてすぐに乗り込めるようにするためだ。
もうトンネルが終わる。
ピッ
「全員乗れ!」
「あい!」
涙に濡れたフウの返事が返ってくる。スライド式のドアがもどかしかった。早く開いて乗らないと追い付かれる。そう思いながらも後ろを見た。トンネルの入り口の方に女が立ち尽くしていた。表情は見えず髪の毛はボラボサ。手入れをしている様子はない。今時古着屋にも売っていないようなシャツとも言えない服で作務衣に近かった。
くるりと背を向けて奥に歩いて行った。闇の中に消えるのではなく、姿がぼんやりと霧に包まれるように消えていった。
緊張や、恐怖で心臓の鼓動が早まりすぎで息切れが中々止まらなかった。車内に全員の荒い呼吸の音が響き、止めている角度からトンネルの中が嫌でも見えてしまうことを恨んだ。
三分の全力息切れの後、二分かけて通常の呼吸速度とリズムに戻していった。
「はっ……死ぬかと思った……」
「そう、だね……でも生きてるよ……」
「馬鹿みたいな、会話だわ。マジで」
「でも今笑えそうにないわ」
「それな」
全員で話し合った結果ちゃんと謝りに行こうということになった。いったん車から降りて、その後ちゃんとした運転手に代わろうという別の目的も中にはあったけれど。
不用意に侵入してしまってごめんなさい。どうか呪わないでください。怒らせてしまってごめんなさい。どうかお鎮まりください。手を合わせて心の中で祈った。
車の方に戻ってハヤミが運転席に座った。
「どうするよ。コンビニ行くの?ここ通って」
「俺通らせてくださいって言った」
「ユウキナイス。慎重に、通ろうか」
「そうしよう」
ゆっくりと走った。何かに邪魔されることもなく通り抜けることが出来た。それでも誰も後ろを振り向かなかった。
トンネルを通っている間は誰も口を利かなかった。しかしひとたび出てしまえば通ることはない。別のルートで旅館には戻ることが出来る。耐えていた。
お化けだの、幽霊だの。その類のものを信じていなかったのに、目の前に現れ、さらには追いかけられるという。そんな恐怖を体験した場所だったから馬鹿にしていても、また何かが起きるかもしれないという緊張に膝の上で手を握って緊張を逃がしていた。
光の反響が起こらなくなり抜けたことに安堵。暗闇の不気味さは健在に、すれ違うのには謎の余裕がある広さに。全員が同じタイミングで息を吐いた。
【続く】
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