移動


休みの朝早い時間は彼女は普段の化け物具合を隠して眠っているためものすごく静かだ。起こさないようそっと準備の最終確認をして出ようと思っていたのに体を起こした時にはもうすでにリビングの方でテレビの音が鳴っていた。

「おはよう。早いね。バイト?」

「貴様の見送りじゃ。朝ごはんはいらないんでしょ。早く着替えてきなよ」

「あ、うん。着替えてるってことは、着いてくるの?見送りは玄関までで大丈夫だけど」

「寂しいことを言うなってば」

コーヒー片手にハヤミの方を見る彼女はきしし、と音が聞こえるんじゃないかという顔で無邪気に笑う。

「友達に貸した服を返したいって言われて。家まで行くよって言ってくれたけどちょうどハヤミが行く日だしな、と思ったので私は駅までそいつに会いに行くのです」

「へー」

「興味ないじゃん」

「わざわざ女友達の服に誰?って興味持つ方がおかしいでしょ。時間は?」

朝方彼女を一人放っておいておくわけにもいかないのでハヤミは時間の変更を脳内で調節していた。早い時間に来いとフウに言われていることもあるし、バイトやいろんな癖で待ち合わせにはいつも余裕を持つようにしていた。

「ハヤミが乗る電車何分?」

「五時七分」

「いつでもいいって言われてたから五時半って言ったら大丈夫って言ってた。駅前のカフェかどっかで時間潰すよ」

心配の意図をかぎ取ったようでテレビに視線が戻されてそう言われた。

「世間も物騒になったねー」

見ているのは可愛い動物特集なのに。

彼女の意味不明な言動は日常的に良く起こる。なので特段気に留めるものとして扱うことはないがさすがに混乱した。丸っとした小型犬が可愛らしい芸を覚えているシーンだったのに、と。不思議に思いながらもハヤミはめったに用意しない前日から用意されていた服に着替えた。

楽しみにしている気持ちがやはり出たようだ。

「ハヤミ行ける?」

「おーん、ちょい待ってー」

「置いてくぞー」

「これ本当にヤバいのは俺っていうね。貴方はもうちょっと遅くたって大丈夫でしょう」

「そうですが。行くよ」

「はいはい。ちょい待ってって」

荷物をがさごそしていると置いて行かれそうになった。容赦なく置いていくことをしないだけハヤミはまだ終わっていないことに気づく。

「お待たせ、行こう」

「んー」

たまにカーテンから見えるそろそろ寝なければ、と使命感時見てくる時間帯の空の色のうちに出発した。朝でも蒸し暑く汗をじんわりとかいてくる。

そんな夏に歩いて駅まで向かうのは自殺行為に等しいのではないかと思いそうになる。せいぜい自転車にくらいは乗りたい。けれどおとなしくない彼女が自転車に乗った場合本来の予定には全くない場所に急に行き始めたりするので乗らない。本人も自覚しているから歩きを好んでマンションを降りていく。

「新幹線?車?」

「車」

「ハヤミが運転するんだ。頑張れー、三重は遠いぞ。東京から」

「そのくらい知ってるし、俺だけじゃないし。ユウキと、ハネコも」

「ハネコくんも来るの!?子猫ちゃんじゃん。荷物に紛れて着いて行こうかな」

「彼氏の前でいい宣言だね」

本気でないことは分かっているが嫉妬しないわけでもないのだ。

「子猫ちゃんは推し的な感覚だから。彼氏様は推しも嫌ですか?」

「芸能人とかなにも推してない人が急に彼氏の友達推し始めたらビビるよねってだけです」

逃げを笑う彼女に合わせていた歩調を少しばかり早めた。待って待って、と着いてくるところが不覚にも可愛かった。

大学に入って初めて誘われた合コンで出会った彼女が『彼女』になるまで時間はかからなかった。一緒にいるうちに当たり前のように将来のことについて考えるようになった。生き急ぐ癖はハヤミは自覚していない分、タチが悪く表に出てきてしまう。

大学生になった。つまり結婚してもおかしくない年齢。法的に結婚できるのは十六歳からだが、世間の目というものがある。何となくぼんやりと浮かぶ結婚する人が多い年代は二十代だった。

彼女に自分からその思いを伝えたことはない。今まで歴代の恋人にも重すぎるくらい将来を考えていることを指摘されたり、気づかれたりしてそんなつもりはないんだけど、と関係が終わっていくことが多かった。そうならないように、気づかれないようにしているだけであって、考えていないわけじゃない。

それを上手な言葉に出来ないから誤解というものは生まれる。ちゃんと好きなことに変わりはないから、を伝えるのには酒の力を借りるか、体を重ねるている時しか素直な本音が出なかった。

翌日の恥じらいもほぼなくなっても。見送りも友達のついででも。ハヤミはこの絶妙な関係値が心地よかったから崩したくはなかった。

「ハヤミ?何考えてんの?」

「え、あ、いや。特に。考え事してただけ」

「あっそう。男だけって言うのは何とも虚しいもんですね。彼女持ちはハヤミだけ?」

「そーう……だね」

「ハネコちゃん彼女いないの意外だわ」

「ハネコは奥手だからな」

言わないでおいた方がいいこともある。

「ふーん。楽しんで来いよ」

「分かってるわ」

「帰ってきたら塩振りまくからね。憑れて帰ってきたら承知しないから」

「俺も怖いから頼むわ。でもマンションの中には入ってくるな」

「エントランスでまく?塩」

思わず笑ってしまう想像だった。エントランスの昼、真っ盛りの時間帯に塩を振りまく女と、塩をかけられている男。ネット拡散間違いなしのえげつない構図だ。

彼女が朝でもやっていたファストフード店に入ったのを見てから駅の中に入って行く。五時前というのといつもに比べて人が少なかった。混雑を避けて狙った人も少ない。けれどいつもの五時前後の時間帯に比べたら人が多い方だとも思った。スーツ姿の人にはご苦労様です、以外の言葉が出てこない。

おそらくブラック企業。


フウの実家が持っているトヨタのアルファードに乗っていく。五人乗って、後部座席とトランクに荷物を置けば窮屈になるものの移動には問題がない。最初の運転手はハヤミで、フウの実家から待ち合わせまで乗っていく関係でフウの実家にやって来ていた。

高校時代に何度か尋ねて、泊まったり深夜までゲームをやったり。様々な思い出がある。フウの両親にも久しぶりに挨拶をしたいと思っていた。

ユウキとヒナタはその後に待ち合わせしている大学の最寄りのコンビニで拾う予定だ。コンビニで朝ごはんを買い、道中のお菓子、飲み物も買う。昼食はサービスエリアのフードコートか何かで済ませることになっている。

「あ!ミヤ!ちゃんと覚えてた!」

「覚えてるに決まってるだろ。何回遊びに来たと思ってんだよ。いつ見ても豪邸だな」

「そう?ちょっとだけ上がっていきなよ」

「マジで少しだけな?下手せんでも地獄の渋滞に巻き込まれるぞ」

「そう言わずにさ!母さんも父さんもミヤと会いたいって」

フウの両親もハヤミのことをミヤと呼ぶ。実際のところ家でもフウがハヤミという名前で呼ぶことがないんだろう。

「あらあー、久しぶり。ミヤくん、大きくなったわね」

「そうですかね。身長はそこまで変わってないんですけど」

「大人になったってことよ」

「ミヤくん久しぶり」

「お久しぶりです。お二人とも元気そうでよかったです」

ちゃんとそうやって挨拶出来るのも成長だと思い、昔のことを思い出すと顔が恥の色一色に染まりそうになる。うっす、とかだけで終わらせて礼儀の『れ』の字もないような挨拶をしていた。

荒れていた思春期を通り超すと人は大人になるのかもしれない。ただ年齢だけが増えていって、権利が増えた今を大人と世間は格付けるけど実際のところ本人に自覚がついていっていないことの方が多い。

大学に入った。選挙権を得た。免許を取れるようになった。そういう人生の分岐になるようなところでも成長や、大人の実感がある。けれど身近な人に対しての接し方が明確に変わり、それを思い出して懐古の気持ちを抱くか、恥のあまり頭を抱えるか。起きたことを思い出して人は大人になる。

「あら、こんなに引き止めたら悪いわよね。ごめんなさいね」

「ミヤくんうちの息子をよろしくね。いざとなったら切り捨てていいからね」

「ちょっと父さん!何言ってるの!」

「ははっ!助ける優先順位は適当に変更しておきます」

「こらあ!ミヤも乗るんじゃない!」

彼女と別れてから朝だったこともあってローテンションのまま旅が始まるかと思ったけれどまさかそんなことにはならなかった。いつでもどこでも元気なフウと、その両親。生まれてから一緒にいただけあってテンションの高さが受け継がれている。引っ張られて朝からハイになり、車に乗り込んだ。窓を開けて手を振って別れを告げた。

「そろそろ本当に免許取れって」

「俺が免許取ったら一体いくつのものを壊すと思ってるんだい?ミヤ」

「壊さないように学ぶところが教習所だろ。何しに行ってんだよ」

「俺はね?ミヤ」

「言い方がうざいので聞きません」

「デジャヴ!!」

反応が分かってて言ったハヤミ。分かっていながらも予想通りの反応をしたフウ。友人としての相性はかなりいい。

ナビ通りに車を走らせる。下の道はがらがら空いているというわけではなかったけれど滞りなく進むことが出来た。朝っぱらに出たら高速も混まない。全員が同じことを考えて、しんどい早起きを乗り越えようということになった。裏を読むこともなk、混雑を出来る限り避けようという魂胆で出発の時間を早めた。

ネットで検索をすると六、七時間は平気でかかるみたいなので遅くても余裕余裕、と言う態度でいた主にハネ、フあたりが手のひらを返して早い時間に行こうと言い出した。基本的に寝ているハネからの提案でヒナタがツッコんでいた。全員が賛成して大学の近くのコンビニに五時四十五分集合という極めて眠くなりそうな旅のスタート予定になった。

「うへー、渋滞してんじゃん」

「そりゃそうだろ。夏休みなめんなよ」

「車で三重って行こうと思う?」

「うわ、全三重県民に謝れ。それに東京人の意見だろ。他の県の人はその高速使って別のところ行くかもしれんし」

「とうきょうじんって。造語作る天才かよ」

助手席で前を見ながら道を丁寧に教えてくれるナビよりも賢いフウの褒め言葉をいただき車を走らせる。

「もう着いたか聞いといて。ワンチャンこのままだと遅れるし」

「おけ」

爆速フリック入力で連絡をする。数分後に連絡が返ってくる。

「ユウキくんとハネコまだ着いてないけどもうすぐ着くから先に買い物でもして待ってるって。あ、ヒナタくんは遅れるかもしれないっぽい。ゆっくりでも大丈夫そうだね」

「そうだな。これは、高速になったらどうなるか分からんぞ……」

「父さんがガソリン満タンにしてくれたからエアコン使えなくなって死ぬことはなさそうだね」

「男五人の死臭とか最悪だろ。警察に申し訳なくなるわ」

「この会話脳崩壊してるよね。量子力学とか話す?」

「遠慮しとく。絶対に嫌だ」

特別成績がいいわけでもない二人が話すことは基本的にどうでもいいこと。翌日になれば忘れているようなことがほとんど。リラックスした状態の証明なのかもしれない。意図的に脳が崩壊している言葉の世に聞こえる単語を繋げているのではなければ。

「彼女は?見送ってくれた?」

「うん。でも友達に貸したやつ返してもらうっていう用事のついでだった」

「ついででも見送ってくれるだけ可愛いでしょ」

「それはそうだよ。この関係値に満足はしてる。しかし浮気は許せないよ」

「ひゅーお熱いねー」

「お熱くないわ。フウは?いい感じの子とかいないの?」

「いないいない。俺そもそも付き合ったりとか考えないから」

「え、ワンナイ?」

「それは嫌」

「なんでだよ」

話しても気まずくならない際どいラインを攻めていく。もしも爆弾発言をしたとしても笑って許してくれるだけの関係であることは双方ともに疑ってはいない。それでも空気が凍るのはいつだって避けたい。

「特定の相手に縛られたくないのはそうだけど、浮気とかはしたくないし。結局は裏切りじゃん?ちゃんと区切りをつけられるようにって教わって来たからさ」

「素晴らしい両親だな」

「そうでしょー。実際ミヤだってそうじゃない?浮気する人嫌いで、されたからってし返すわけでもないんでしょ」

「そりゃそうじゃね?なんて言うんだろう。それでさ浮気相手に貢ぐために金を要求されたりしたら、は?ってなるしオープン過ぎても別に許してるわけじゃないからね?って思う。あー、不安にでもなったのかな、くらいにしか思わない。そんで別れる」

「別れるのか」

「あったりめえよ」

浮気うんぬんかんぬんの話で盛り上がりすぎて時間が経つことを忘れて気づけば目的のコンビニに着いていた。

一泊の荷物がちょうど入っていそうなリュックサックを持っているハネと小さいキャリーケースの上に腰かけているユウキがもうすでにコンビニ袋を下げて待っていた。フウもハヤミも車を降りて待っている二人の元へ行く。

「おはよ」

「はよ……ねむい……」

「適当なところで起こすからもう入って寝てていいよ。俺とフウはコンビニ行ってくる」

「ヒナタくんは?」

「まだ。もうちょっと遅れるって」

スマホで時間を確認して、グループのチャットを見せる。

「完璧超人じゃないところがいいですねえ」

「ミヤ、俺からあげ!」

「俺は奢らないよ?」

「え?」

「は?」

ツッコミ役が不在で四人がそのことに爆笑してコンビニと車で待機組に別れた。

買い物を済ませた時にヒナタが息を切らせながら到着した。

「ごっ、はっ……ごめん、遅れた……」

「五分とか誤差だから。大丈夫だよ、ヒナタ。そこまで焦らんでも」

「もうみんなは、買い物、終わった感じ?」

「そうだね。俺車置いて来るねー」

マイペースに自分のコンビニ袋一杯の食料や飲み物を抱えて車の方に歩いて行った。ヒナタの到着に気づいたユウキが車から降りてきた。

「おはよう!ヒナタ!寝ぐせついてるぞ!」

「えっ!あ、本当だ」

「ユウキどうしたん?」

「全員用のお菓子、大きい袋のを買っておくかってハネコと話してたんだ。やっぱり必要だろ?」

「そうだね。俺も手伝うよ」

「ハヤミは運転のために少しでも体休めておいてよ」

遅刻するくらいの欠けた完璧要素がここでも発揮された。その後、罪悪感を抱かせないためか荷物を任された。適当に放り込んでおいて、と。

「乙ー、ヒナタ来たねー」

「あーハネコは?」

「爆睡」

「ぜってーゲームしてただろ。動画見漁ってたか」

「後者に五票」

「前者に二票」

「ひよった?」

「虚無ってる」

テンションが無理やりハイにされているから、強制的な深夜テンションとほぼ同じ。そんな状態で会話をしていると会話は一応成立するものの同じテンションの人間にしか通用しない言語になってしまう。

「ハヤミくんは楽しみですか?結構顔にやけてますけど」

「まーな。ここってユウキ座るよな」

「そうじゃない?タオル置いてあるし」

「じゃあヒナタは後ろで、と。荷物はヒナタに取ってもらえばいいよな。必要だったら」

「そうだねー」

眠そうな表情に何か言ってほしそうなフウも無視して起き上がらせるタイプの後部座席とトランクの荷物を整理整頓する。なにも言われなかったことに不満そうなフウはふくれっ面をして前を向いた。

「ごめんねー、お待たせ。フウは何拗ねてんの?焼いて食うよ」

「ほらー!ミヤ!見たか!ヒナタくんはツッコンでくれる!」

「へーへー、良かったですねー。出発しますよー」

「そういうところだよ!」

「そういうところが一体何に対して作用しているのか、謎だな……」

「ユウキくんまでー!」

男だからけのむさくるしい車内にひんやりとした風は常に通っていた。それでも充満する汗の香りは全員が黙って我慢をしていた。

東京から伊勢までおおよそ五時間から七時間ほど。渋滞があった瞬間に読めなくなる時間を車内でどう過ごすか。各々楽しめるネタを持ってこい。道具が必要ないゲームを考えたり、調べたりしてこい。そんな命令が主催者、フウから出ていたので全員何かを持って来ているはず。

時間を潰す何かを。

と思った運転手ハヤミだったがまさかの助手席のフウ以外全員爆睡というまさかの事態。そのフウも今にも寝そうな顔をしている。つられてあくびをした瞬間に危機を感じるが友人の親の車に傷をつけてはいけない。自分だけの命ではない。そうい指揮した瞬間に目が冴えた。

運転は別の思考回路を使うから音楽や、BGMがあった方がいい、とどこかで聞いたけどかけるとうるさい、と怒号が飛んできそうだった。

聞きたいアーティストがいるわけでもなかったが、耳が寂しかった。

「フウ、寝てもいいぞ。適当なところで起こすから」

「マジ……?さんきゅ……」

全員が無防備に眠りについた。ハヤミは多少恨めしい気持ちを持ちながらなんとか運転をこなす。

目立つ渋滞の予測に身構えていたが、少し止まっては流れる、を繰り返し滞りながらも着々と駒を進めていた。六時ちょうどあたりに大学近くのコンビニを出発してからすでに一時間半ほど経過していた。時刻は七時三十八分。腹も鳴るそんな時に置いておいたコンビニの袋が見つからなかった。

行方を捜して首を回すが自分のものと思われる大きさ、膨らみ方の袋は恐らくバックミラーに映っているイケメンの隣にあるものだということが判明した。後ろのトランクを整理してたらそのまま置き忘れたのか。

「なんてお茶目な奴なんだ……俺は」

そんなことを言っていられる余裕はなかった。腹の虫は鳴りやまない。このままでは健やかな表情を浮かべて眠っている健康優良児フウを起こしてしまいかねない。罪悪感は欠片もないが、どうしてか腹が鳴る音は恥ずかしいと思う傾向になる。ハヤミもそう思っている人間の一人だった。

ヒナタを起こして取ってもらうか?そっちの方が罪悪感がある。結局たどり着いた結末は。

「耐えるか……」

富士川サービスエリアで朝ごはん休憩を取ることは元から予定に組んでいた。それはコンビニで買った朝食が足りなくなることを予想してだった。まさか全員が食べる前に寝落ち。予定にない非常事態に一層腹は鳴るばかり。

距離感がちょうどよかったのも選んだ理由の一つであり、もう一つは富士山がよく見えると書いている人が多かった。日本の最高峰の景色、マウント富士はいつでも目の中に入って来るだけで興奮するものだ。近くを通るのならせっかくなら、という気持ちで立ち寄る人が多いことも予想はしている。最悪一目見て、ご飯を食べて、運転するメシアを代えることが出来たらそれで本来の目的は達成だ。

せっかくの旅なら、と思うが本番は温泉。と言うことも忘れない心持ちで行かないと運転するモチベーションも集中力も保てず、到着の前に事故を起こす可能性が高まる。過度な期待はしないに限る。

「ハヤミ……?」

「ヒナタ?起きたのか?」

「ああ……うん、ごめん、寝ちゃってた……今どこ」

「足柄通り過ぎたところ。富士川寄ってご飯食べよう。そこでユウキか、ハネコに運転代わってもらうわ」

「そ……」

「寝起きのところ悪いんだけど横にコンビニ袋ない?多分俺が買ったやつ入ってるんだけど、前に持ってくるの忘れたっぽくて。腹減って死にそうなんだよね」

バックミラーで動いている姿と、耳でもぞもぞ動いているのが分かった。目を擦りながら探す姿も完璧じゃなくて心揺さぶられる何かがあった。

「これ?」

「中何入ってる?」

「んーと……サンドイッチと、麦茶、ポテチ。よく分かんない飴」

「あ、俺だ」

「よく分かんない飴で特定できるんだ」

「キャラ書いてある謎にパンパンに張ってる袋のだろ?」

「そうそう」

笑いながらそれを体を伸ばして渡してくれる。ちょうど車が停車したから後ろを向いて受け取る。サンドイッチの包装紙を取り外す。耳だけ切られ、柔らかい白い部分が使用されているコンビニのサンドイッチは長旅や、朝食がコンビニの時は必ず買うようになった。

ものすごく美味いか、否か、で言ったら雰囲気をプラスにしない限り買わない、と言えるくらいの味だが。サンドイッチのどこに魅力を感じ始めているのか、という考えを暇潰しに頭の中で考えていたら指まで食べそうになっていた。流石に眠いんだと察知した。

片手でペットボトルを開けるのは難しく、一瞬両手を外した。かなりの回数車に乗っているとはいえ人生の初心者でもあるハヤミは初心者と言っていい。両手を離しても数秒程度なら事故なんて起きない。そう謡うCMも疑心暗鬼で、一瞬りょてを離しただけで眠気がかなり飛ぶ。麦茶を飲んで、炭酸にすればよかったと後悔した。

足柄を通り過ぎてからどこかのサイトで見た三十分程で着く、という説明書きの通りの時間かかって着いた。

「起きてください!サービスエリア着きましたよー!お客さーん!終点ですよー!」

「終点って。まだ先長いのに」

意識が完全に覚醒して外に降りて体を伸ばしているヒナタにツッコまれる。ちゃんとボケを拾ってくれるヒナタと一緒にいるとついついボケ過ぎてしまうのがこのメンツの悩み。

「んむう……」

「ハネコちゃーん、可愛い子だけですよー、んむう……とか言って許されるのはー」

「起きてる……!」

布団をかけ直す幻覚と連動した現実の動作に殴られそうになり咄嗟に身を引く。ハネを起こすのが一番の難関で有名だった。雑魚寝でも体を痛めることなく、いつでもどこでも寝られる。そんなスーパーボディを持っているハネは揺すろうと、大きな声を出そうが起きることがない。自分が満足行くまで寝終わってから覚醒する。

「ハネコは放っておこうぜ」

「冷房きいてないから死ぬよ」

「俺が背負おうか?ハネコちゃん」

「起きてるから……何、何するの?」

「朝ごはんだよ。ハネコ」

一応集団行動という認識はあったようで体を起こして車を降りてきた姫。スターバックスコーヒーでお高目の朝食にするか、朝からレストランでくっきりと見えている富士山を眺めながら優雅に過ごすか。

「究極だね……」

「どうする?姫?」

「姫はスタバがよいぞ……」

「よし、スタバだ。者ども出合えー!」

フウの掛け声で寝て体力があり余っているフウとユウキが走っていく。外にある植え込みの適度な高さの柵に座る。写真を撮るにはスタバの店舗がどうしても入り込むがそれもいい感じに見えるトリップマジック。

「染み渡るう……」

「ハヤミ運転お疲れ様」

「スタバで全てが吹き飛んだ」

「じゃあこのまま宿まで頼もうかな!」

「死にたいんか?」

全員アイスの飲み物。名前の分からないサンドイッチの高級そうなもの。高級なサンドイッチらしきもの。を食べているヒナタ、ユウキ。フウとハヤミはドーナツを食べている。フウは二個頼んでいる。ハネは朝はそこまで食欲が湧かないらしく移動中に買ってきたものを食べるからとアイスコーヒーだけを頼んでいた。

「次の運転は!?」

「運転できない組は黙ってろ」

「ハネコ低血糖で事故りそうだから俺運転するよ」

「お、紳士。さんきゅ。次は俺な」

車に乗り込み次の運転手の限界が来るまでの旅になった。

サービスエリアに入っては、体操をして体を少しでも動かしての繰り返し。

数時間どこではなく、休憩も含めて八時間ほど。渋滞に巻き込まれながら、トイレ危機やいろいろな事件が車内で発生しながらも、ようやく旅館に到着した。


【続く】

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