電話

出発の前日、全員で夜に通話をすることになった。通話を始めたのはフウだった。

「よー、起きてるー?あ、ちゃんと入ってきた。すごいすごい」

「入らないと車出さないって言うから入るだろ……長くやるつもりはないかんな」

「分かってるって。ちゃんと切り上げるって!」

「やっほー、遅かった?」

「あ、ヒナタくん。遅くないよ。全然!大丈夫!」

「そう?ならよかった」

ファミレス会議では結局のところ何も決まらなかった。待ち合わせ場所と、時間くらいしか決まらず、お腹を満たしただけで終わった会議は既に一週間前。翌日に迫る旅行は行き先が決まっているだけの行き当たりばったりになっていた。

一応不安が残っていたようでフウが電話で全員と認識の違いがないかを確認することになったらしい。本当はヒナタがやったらどう?と言っていたことは誰も知らない。

「明日は、ヒナタくん、ハネコ、ユウキくんは大学のとこのコンビニに集合ね。朝の……」

「五時四十五分くらい。覚えてる」

「あんがと。ハヤミはそれより早い時間に俺の実家の方に来てね」

「そこで車借りて、三人を拾うために走らせたらいいんだろ。道明日までに調べとく」

「なんて仕事が出来る奴らなのだろうか」

どんな表情で言っているのかを何となく分かるくらい濃密な数週間を一緒に過ごした友の発言に漏れる笑いの連鎖。

「おやつは三百円まで!」

「せんせー、バナナはおやつに入りますかー?」

「ヒナタくん、せんせー困っちゃうよー」

「先生、秀逸な返しお願いします」

「先生のかっこいいところ見てみたい!」

馬鹿なノリに巻き込まれたフウは面白いことを言わざるを得なくなった。

「えー……バナナは平均して百五十円くらいだと思うので、四百五十円まで予算増やします」

「一番小銭多くしたね」

「五百円にしましょうよー!」

「好きなだけ持ってくればいいでしょー!知らないよー!先生スト起こすよ!」

疲労が限界を突破した先生がストライキを起こしそうになったところで新しい議題が投下されてしまった。一度始めてしまった電話はなかなか終わらないのが人の常。世の常。

「実際バナナって、入るんかな。入らないんかな……」

『馬鹿みてーな会話してんじゃねーよ』

「ん?ヒナタくん、誰かいるの?」

「うん、友達の家泊まってて。今バイトから帰ってきたみたい。いいご身分だな、って言われた」

「確かに、いいご身分ではあるね」

本題のバナナはおやつなのか、食事に認定されるのかを話し合うことになった。長引きそうになったのを察して、各々寝落ちしてもいいようにベッドに移る。その音が入っていて、全員の考えていることが大体同じと分かりまた笑いが起こる。

「俺は、果物……って小さい密閉容器の中にデザートとして入ってるだろ?だから弁当と同じジャンルにして良いんだと思う」

「ほう……しかし甘くないか?」

「いや、弁当の卵焼きだって甘いことあるだろ」

「それはれっきとした料理じゃん。焼いてるじゃん。卵、として持って来てないじゃん」

「そのまま持ってくる馬鹿はいないだろ。じゃあ焼きバナナだったらいいってことか?チョコバナナだったら三百円の中には入らないってか?」

「それは……」

両者引くことを知らずにあたり続けその工房は鋭く、一撃一撃に火花が散るのが見える。

「というか今ってその文言使うん?」

「え?」

「え?」

「遠足ってなってもおやつそもそも持って来ちゃダメ、みたいなこと多くなってそう」

「分かる。小学校で持って行った記憶がねえ」

「なんでこんなに広まってるんだろうね。どうして、こうも、お決まりのやり取りみたいな感じで知ってる人が多いんだろう。何気に聞いたことないかも。人生で」

こうして議題は落ち着くことなく、実際三百円まで、と言うことを聞いたことがないのに知っている人が多いのはどうしてなのか、に移っていった。その議題を長々と追及した結果、どうしてなんだろうね、で落ち着いた。

「何でこうも優柔不断な人が多いんだろうね」

「分からんわー。今日は何が決まったんだろうか?」

「何も決まってねえな。再確認して、よく分かんねえことを三十分話してただけ」

通話時間はもう一時間を超していて、日付が変わっている。翌日、もはや今日は早起きをしなければいけないのに。話すことも尽きかけているのに必死に電話を繋いでいたのは深夜テンション理由。そのアドレナリンもどんどん減り始めていく。

「お願い、もう寝ようよ」

「始めたの誰だよ」

「それは思う」

「みんな寄ってたかって俺のこと責め過ぎじゃない?」

「でもマジで早起きしないとヤバいよ。だからもう寝よう。せーのでボタン切ろう」

幼稚園生の発表会のように声を揃えて電話を切った。メルヘンな大学生たちだな、と通話を切った後まだついているスマホの画面の眩しい光に目を細くする。ボタンを押して暗くしてからベッドや布団やソファに横になった。

「あれ?ユウキー?」

フウはボタンを押したと思っていたが指が外れていたようでうまく押されていなかった。同じ現象が起きているのかユウキがまだ通話に残っていた。

「ユウキー?どうしたのー?」

返事を求めても返ってこない。寝落ちしたのかもしれない、と思い本人が気づくまでそのままにしてやった。


【続く】

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