グランド・ブダペスト・ホテルとアステロイド・シティ

 土日続けて観たからひとまとめにしてしまおう。土曜にアマプラで「グランド・ブダペスト・ホテル」、あまりによかったので日曜に「アステロイド・シティ」の順。ウェス・アンダーソン作品はなんとなくポスターなどの記憶があっただけで初見だったのだけど、もっと早く観とけばよかったなあとなった。二作観て二作よかったのだから間違いない。


 そんなに何がよかったのか。とにかく愛嬌だと思う。ここまで愛嬌がある作品、世の中にそんなに多くはないだろう。


 とにかく登場人物が抜けている。頭抜けているところもあるし、気が抜けているところもあるし、抜け抜けしているところもある。いちいち愛らしいこの「抜け」感は、そうそうなかなか出るものではない。


 それは話にしてもそうで、不条理なコメディをやっているようで何か筋が、串が一本通ってはいる、かと思えばスッとそれを抜いてぐにゃぐにゃにもできる。むしろその「スッと抜ける」瞬間がハイライトになる。「グランド・ブダペスト・ホテル」なら二通目の遺書の開封がそれだし、「アステロイド・シティ」なら二度目のエイリアン登場がそれだろう。そろそろ食べごろですよと言わんばかりにスッと抜けて、話が落ちていく(ただ、「アステロイド・シティ」では劇中劇の構造ゆえか、その「抜け」も二重化している。主役が舞台から抜けるという形で。そして抜けた先で彼は愛について知る。またこのシーンがとても泣ける……)。


 そしてどこか筋が通っているのは画も同じであり、しかも多重化されているという点も同じだ。フレームのなかにフレームがある。そしてそこに収まる登場人物の目は、しばしばカメラ目線でこちらを射抜く。そうやってありとあらゆる場所でスッ、スッと線が通る。しかしそれらは張り巡らされたりしていない。都度スッと通って、スッと抜ける。それも繰り返される。そういう天丼とカットがリズミカルに多用されるのだが、その度に「何か」がスッ、スッと抜き差しされる。たぶん状況が。それがつまり何かといえば、行き詰まったりしてはいないんだよと告げるようであって、だから何かがやさしい。愛らしい。ユーモアがある。


 こういうユーモアをうまく指す(刺す?)言葉が多分どこかにはあるのだと思うけれど、どうもうまく言えない。愛嬌、だから「ラブリーさ」「チャーミングさ」「あざとさ」「やさしさ」?


 もう少し長く言うと、「ここではないどこかになにかがある感覚」みたいなものだと思う。枠の外に枠があり、箱の外に箱があり、カメラの外にも世界がある、あるでしょう、と言われる。むしろ、あってよかったでしょう、と言わんばかりだ(これが直接的に示されるのは「アステロイド・シティ」の話なのだけど、「グランド・ブダペスト・ホテル」においても似た要素はあると思う。そもそも「物語は外側からやってくる」と冒頭で語る作家がいるのだし)。


 そういえば「人生には非常出口が必要なことがある」と語る作家がいて、そのひとをおれは敬愛しているのだけど、「アステロイド・シティ」を観て真っ先に連想したのはこの言葉だった。ここではないどこかがあるよ、そこには普段は使わない道から行けるよ、なぜなら人生には非常事態があるのだから非常口だって当然あるよ、というような、そういう感性をなんと呼ぶのかよくわからないが、とにかくそういう希望が描かれている(気になるようなら「非常出口の音楽」という短編集を読んでみてほしい。わかるようでわからないような話も多いけれど、やさしいし、憎めないし、むしろ愛らしいと思う)。


 音楽。音楽といえば、劇伴もとてもいい。残念ながら音楽についてはおれはあまり語る言葉を持たないのだけど、なんだか体が、というよりは頭が、小首を揺らすような小さな動きで動いてしまう、そしてそれで十分楽しいような音楽の使い方をする、という印象を受けた。これではよくわからない気がするけれどこれくらいしか書けることがないので、そろそろ話をスッと落とそうと思う。


 さてそんなわけで。実はここまで、「あ、そういえば」ばかりで来たのも、括弧書きばかりなのも、それでこの両作とのイメージをつなぐことができないかなあと思ったからだったりするのだけど、どうだろうか。つまりこう。話はいつでもどこでも脇にも端にも外にも行ける。そしていつも話には別な話が重なっている。だから行き詰まったりしない。かならずどこかに逃げ道が、非常出口がある。でもひとつだけ、力が抜けても間が抜けても、頭抜けていても抜け抜けしていても、それでも手だけは抜いちゃいけない。そんなふうに一本芯が通ったラブリーな作品で、とてもとても好ましかったなというお話でした。きっと人柄由来だろうし、ならば他のもそうだろうから、これから観ます。

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