バビロン

 都部くん(@KyoukiTobe773)のとこのウォッチパーティで観てからしばらく(二週間ほど)経ってしまった。なので手短にしたい。とはいえ、この映画は長い。3時間級である。


 しかもどうも竜頭蛇尾だ。いや、本当はこの映画のテーマからここで連想すべき四字熟語は盛者必衰なのだが、それをあまりにも率直に表現されるため、印象としては竜頭蛇尾のほうが近い。盛者必衰と言うには壇ノ浦の戦い的な華々しく散る感のあるクライマックスでもないし。


 で、それが悪いのかという話だが、まあ、娯楽としてはあまり良くないんじゃなかろうかとは思う。最高に華々しく登場した愛すべき馬鹿どもがあまりにも馬鹿なのでどんどん駄目になっていく。そしてそれに呼応して描かれる世界そのものがしょぼくなっていく。


 そこでは何もかもが悲しい。


 描かれるのは怪我人死人もものともしないパワフルな無声映画撮影現場から立ち位置まで厳格に定められた有声映画の現場への移行。映画(人)がセックスドラッグ黒人音楽(ロックンロール以前だった。それは)のアングラパーティから芸術のステージへ登っていく中で介入する資本と社交。それらをちっとも肯定的に描かない手つきは、こんなものは単にお前の悪趣味と懐古(それも生まれてもいない時代への妄想的な懐古)だと言われても知ったこっちゃなさそうな態度は、いっそ潔いくらいなのだが、あまり「まとも」な歴史認識とも現実認識ともいい難いだろうとも思う。まあ、映画なので別にいいだろうといえばそれはそうなのだが。


 しかしここで面白いのは、この映画において「映画が芸術性と引き換えにアングラ性を失って、だから猥雑さと卑猥さと暴力が失われて、つまらなくなったんだ」という描き方には決してなっていないという点だ。後半の場面で描かれる「アングラ」が「しょぼいアングラ」「B級なアングラ」「センスの欠片もないアングラ」であることがそれを示している。あくまでこの作品が肯定的に描くのは、「自分のことをちっともアングラだなんて認めようとしていない、セックスドラッグ黒人音楽のエネルギーに満ちた猥雑なアングラ」で、これは多分日本人の場合なら昭和高度成長期だとか、戦前だとか、更に前、江戸や明治の世に妄想的に仮託するような「全然まともじゃないぐちゃぐちゃしたすべてを変えてしまううねりの気配」みたいなものだと思う。たぶん。


 そして本作は、でもそういうのは長く続かないんだよな、というのを受け入れる。

 単に歴史は、現実は、事実はそうだったのだから。


 スターは死に、スターに憧れた脇役だけが生き残る。そんな彼のラストシーンに救いがまったくないとは言わないのだが、ああ、何もかもが悲しい結末になったがスクリーンにはいつまでもあの頃があるな、と思えるのは彼とこの映画の観客だ。はどうなのだろう、現実に凋落していったスターたちは。


 こういう「実のところ」を「孤独に」考えさせてしまう作品として、刺さる人間にはおそらく過剰なほど刺さる一作にはなっていると思う。個人的には七分刺さりくらいだった気はする。それでもいい映画だった、というか替えがきかない映画だったなーとは素直に思う。


 そういえばチャゼルという監督への評価だけど、かなり二極化している気配を感じる。いや、自分の周囲のサンプル数10くらいの話なのであまりあてにしないでほしいのだけど……おれは割と好きな監督だなあと思っている。


 バビロンを観るにあたり、ウィキを読んだりしてみて思ったのだが、どうもこのひと、(映画監督としては)かなりぽっと出で成功した口のようだ。そのことを知って、かなりいろいろなことに納得した。チャゼル作品全体に感じる、天才讃歌というか、反・公正世界仮説というか、端的に言えば人生運ゲー感(これは知人の言葉を借りているが)とか、そういうことに対して。要するに本人が運ゲー気味に成功してしまったために運ゲーで成功してしまう人間について描くしかなくなってしまった、ということなのだろうと個人的には解釈している。で、こういう監督(作家)のことを、つまりは「たまたまそう生きてしまったがゆえにそういう作品ばかりを作る羽目に陥っている」作家のことを、個人的には好きにならずにはいられないところがある。単に希少だからだ。作品が他人の人生の垣間見のためにあるとするならば、垣間見るに足る人生を所有していることが何より作家の条件ということになる。少なくともおれのような少なからず人でなしの部分を含む読者にとっては。


 そして今作「バビロン」の話に戻ると、まあ興行的には(時期の悪さも合ったようだが)かなり派手に爆死したらしく、それ自体は気の毒な話でしかないのだけど、いち観客としては「じゃあ次どんな物を出してくるんだろうなあ」という興味がある。無難に売れるであろう「ラ・ラ・ランド」路線の踏襲でくる(多分興行的に望まれるのはこっちだろうが、ちょっとつまらない)のか、爆死したことまで作品に影響してくる(個人的に望ましいのはこっちだ)のか、どうなるのだろうか。


 どちらにせよ「バビロン」については多分、将来から振り返ると「キャリアの中では異色作、鬼作」という扱いになる、ターニングポイント的な一作という気配がかなり伝わってくるので、嫌いだと確信している人以外は観るといいようには思う。ただし一つだけ但し書きが要る。この映画を「チャゼル作品一発目」に観ることは全然おすすめしないということだ。



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