第8話:やられてたまるか、こんな奴に

 ミルティ、俺は今日こそ君をこの手に取り戻す!


 FG42のスコープを覗きながら、俺は引き金に指をかけた。

 さあ来い。もうあとすこしで、護衛の兵をさらに巻き込める。

 俺はスコープを覗き込みながら、指に力を入れる。


 この一撃が成功すれば、即座に道路の仕掛けが爆発する。それを確認したら今度は駅舎の爆破点だ。その一カ所が爆発すれば、連鎖的に複数個所が爆発するようになっている。


 指が震える。

 ──ああ、自分が情けない。こいつで全てを終わらせる。そしてミルティと共に帰るのだ、俺は!

 大丈夫。弾を五発残したのは、万が一の失敗をやり直せるようにするため。十分の余裕だ、俺はやれる……!


 護衛の隊長らしき男が、ほぼ仕掛けの真ん中にまさに入ろうとする、その時。

 ──よし! 今だっ!


「待て、隊長!」


 俺が引き金を引いたのと、背後からの叫び声が聞こえたのが、同時だった。


 やたらと激しい発法はっぽう音。

 強力な弾丸なのに切り詰めたような短く軽めの槍身のせいだろうか、肩への強い衝撃と共に、青い発法炎はっぽうえんがやたらとまぶしく輝く! くそっ、これじゃ俺の位置が丸分かりだ! せめて消炎器フラッシュハイダーが欲しいな、これは!


 だが、もはや考える暇など寸毫すんごうたりとも無かった。狙った通りに、道路上で激しい爆発が起こる!

 俺はすぐさま駅舎の方を向き、次弾を撃とうとした。


「隊長! 駄目です、罠なんです! すぐに撤退しやしょう!」


 ──罠?


 疑問に思う間もあらばこそ。俺はすでに引き金を引いていた。直後、駅舎の屋根が吹き飛ぶほどの豪快な爆炎! その爆風に、俺自身も吹き飛ばされる!


「──馬鹿な⁉」


 魔素マナ実包ボルトから取り出したわずかな魔煌レディアント銀の結晶で、こんな大爆発など起きるわけがない。せいぜいが、集積してある物資の木箱を大きく吹き飛ばす程度のはずだ。


 確かに、ここには多量の物資が集積されている。だが、剥き出しの魔煌レディアント銀の結晶の山が誘爆したようなこんな爆発など、ありえない。なぜだ、何が起きた?


「隊長、もうこの計画は無理です! 即時撤退を進言しやす!」


 ロストリンクスだった。自分が軍装騎鳥クリクシェンにまたがり、さらに一羽、騎鳥シェーンの首に縄をつけて引っ張ってきていた。

 しかし、今までどこに行っていたんだ。


「あまりにも無警戒過ぎておかしいと思ったんで、調べていたんでさ! 隊長、なんでかは知らねえが、この計画は王国の連中に漏れていやす! 撤退しやしょう!」


「漏れているなら、なんでこんな……」

「分かりやせん! ですが、おそらく王国の連中は、これをネーベルラントの仕業にするつもりに決まってやす! でなきゃ仕掛けに、大量の魔煌レディアント銀結晶を追加・・なんてしやしませんよ!」


 ──大量の魔煌レディアント銀の結晶を、「追加」だと?


「……くそっ、してやられたってのか!」

「見てくだせえ。爆発の規模が想定以上に大きすぎたんでしょう、王国の連中、大わらわだ。今のうちです! 撤退しやしょう!」

「撤退……いや、何の成果も無いのに撤退なんてできるか!」


 俺はロストリンクスが連れていたもう一羽の騎鳥シェーンに飛び乗ると、すぐさま檻荷馬車に向けて走らせる!


「た、隊長! 駄目です、罠です! 戻ってくだせえ!」

「ロストリンクス! みんなを集めて計画3の道で脱出しろ! 俺も必ず行く!」


 ロストリンクスが何かを叫んでいたが、もう何を言っているかは分からなかった。だが、この機会を置いて他に、ミルティを助け出すときは二度と得られないかもしれないのだ。


 ──絶対に、今度こそ絶対に、彼女を取りこぼさない! あの、手首だけとなった彼女を見た時の絶望など、二度と味わってたまるか!




 檻荷馬車まで駆け付けた俺は、そのあまりの光景に、言葉を失った。


 今の大爆発に巻き込まれたのだろうか。

 木製の檻はへしゃげ、砕け、積み荷・・・を押しつぶしていた。


 加えて、飛び散ってきた駅舎や集積物の破片、あるいは飛び散ってきた魔煌レディアント銀の結晶の反応によるものだろうか。


 押しつぶされ、引き裂かれ、あるいは黒焦げに。


 その、檻のあった荷車の上は。

 形容しがたい、地獄絵図となっていた。


「そ……そん、な……ミルティ、……ミルティ!」


 俺は叫びながら、荷台に駆け上った。ずるり、と大量の液体・・で滑り落ちかける。


「ミルティ! どこだ、君を迎えに来た! 返事をしてくれ、ミルティ!」


 その時の俺は、見つかるとか、敵を呼び寄せかねないとか、そんなこと、まるで考えていなかった。考えることなんてできなかった。


 ひとりひとり、フードの下の顔を確認する。

 ぐらんとあらぬ方向に首が曲がる顔、むごたらしく押しつぶされた顔、焼けただれた顔、黒焦げになって、焼け焦げた髪の色も分からないような顔。


 顔、顔、顔……すべて、物言わなくなった、女性の顔。


 ……ああ!

 これらの顔は!


 俺が、今、作り出してしまった顔……!


 それでも……それでも今見た顔が、全てミルティではないことに安堵する、どこまでも自己中心的な俺がいて、そんな俺にヘドが出そうで。


「ミルティ……どこだ、ミルティ……!」


 違う、これも違う──どこだ、ミルティ、どこにいる……!

 見つからず、この荷馬車にはいなかったのかもしれないという希望が見えてきたときだった。

 折り重なる死体の下、フードからこぼれ出る、血にまみれた栗色の、髪……。


 まさか……まさか、そんな……!


 膝が汚れるのも忘れ、がっくりと膝をつく。

 恐る恐る、血にまみれた栗色の髪の束に、手を伸ばす。

 次の瞬間、その髪に俺は飛びついた。

 鼻を寄せ、その香りをかぐ。


 ──ああ、この香りは。

 忘れるものか。


 彼女が、戦場で、いつも付けていた香り──

 彼女が好んだ、姫椿カメリエの香り。


 間違いない、この髪、この香り……この女性は……!


 嫌だ……

 そんな、そんな馬鹿な……!


 震える手を、その血まみれのフードに伸ばす。

 血にまみれたフードの下にいる女性は。

 あの日以来、片時も忘れることのなかった、俺の──


 すさまじい衝撃と閃光と共に、荷台が吹き飛ばされる!

 悪夢の中に囚われていたかのような俺の頭は、それで瞬時に現実に立ち戻った。

 必死で受け身を取り、地面を転がりつつ態勢を整えると、背負っていた歩槍ゲヴェアを構える。


『フン……仕込んでみれば多少はモノになるかと思ったが、とんだ馬の骨よ』


 そいつは、軍装騎鳥クリクシェンの上から俺を見下ろしていた。

 死ぬまで絶対に忘れないと誓った、奴がいた。

 忘れるものか。


 金の飾緒のついた汚れひとつない真紅の将校服。

 特徴的な鳥の羽を模した飾りのついた指揮官帽。

 逆光でよく見えぬ顔に光る蔑むような冷たい目。


『女ごと吹き飛ばしてみれば、こんな男か』


 あの時の言葉がよみがえる。

 奥歯が、自分でもわかるほどに音を立ててきしむ。


 手にした、あのややずんぐりとした歩槍ゲヴェアも、あのときのままだ。

 あの時の「奴」が、そこにいた……!


「きさまァァアアアアッ!」


 踏み出した俺のこめかみのすぐそばを、奴の弾がかすめる。


「威勢だけはいいな」

「当たらなければどうってことは──!」


 言いかけた俺の反対側のこめかみのそばを、再び奴の弾がかすめる。


「当たらないのではない。当てていないだけだと、分かったかね?」


 流暢なネーベルラント語だった。この暗さで、「当たらぬように射撃した」というのか。冷たいものが、背筋を走る。

 その上、奴は今、空の実包ボルト排莢はいきょうしなかった。

 ──つまり、奴が手にしている歩槍ゲヴェアは、自動、もしくは半自動歩槍ゲヴェアということになる。


「ふむ、気が付いたかね。新型の歩槍ゲヴェア──『ガーランド』といったか。機関部に押し込めば装弾完了の一括エンブロック挿弾子クリップといい、この威力で半自動といい、ヴェスプッチ合衆国も、なかなか便利なものを開発したものだ」


 そう言って、奴は再び引き金を引く。

 我が国のKarカラビナ98クルツ歩槍ゲヴェアでも、王国のリエンフィールズ歩槍ゲヴェアでもない発法音。肩をかすめる弾。


 一見したところ、ややずんぐりとしているただの歩槍ゲヴェアに見えるが、先ほどの装甲馬車に詰め込んでいた木箱を、たしかそこにいた将校は『ゲベアーが傷ついたらどうする』と叱責していた。奴が持っているものは、それだということなのか。


 だとしたら、FG42機械化マシーネン歩槍ゲヴェアの弾がもう無い俺にとって、鹵獲すればいい戦力になりそうだ。

 今度こそミルティを失った俺が、死ぬ前にひと暴れするにはちょうどいい……!


「ふむ、闘志を失わぬのは意外だったな。女々しく泣いていた小僧という評価だけは、改めてやろう」

「ぬかせ!」


 俺が歩槍ゲヴェアを構えると、奴はやはり排莢はいきょう作業なしに撃つ!


「ふぐっ……!」

「次は急所を狙うぞ?」


 太ももに焼けつくような痛み。かすめた弾が、左の太ももの外側をえぐったのだ。

 だが、その時、俺は確かに見た。星明かりに照らされるようにして、たしかに空の実包ボルトが宙を舞ったのを。やはり奴の手にあるものは、自動、もしくは半自動の歩槍ゲヴェアだ!


 何としても奴を倒し、あの馬車の中身を奪ってやる。

 ミルティを失った俺にできることは、王国の連中に目にもの見せてやること、それだけだ!


 歩槍ゲヴェアのセレクターレバーを、連射にセットする。弾倉に残っているのは三発。どれも、ハンドベルクが炸裂術を刻印してくれた、特製の弾だ。残りの弾を全てぶち込んで確実に奴を倒し、お前らの新型法術ザウバー火槍バッフェを奪い取ってやる!


「愚か者め」


 俺が、その強い衝撃に耐えながら放った三発の弾は、確かに奴を貫いたはずだった。反動で制御しきれなかったとしても、どれか一発は。


 だが、だったら奴の前に輝く、あの青い光の円い盾のような壁は、なんだというんだ……⁉


「フン、これが鉛玉なら危なかったが、全弾全てが法術ザウバー実包ボルト、それも術式刻印済みなど……。二十年も前ならともかく、今は抗術呪印があるのだぞ。だから法術は戦場から廃れたというのに、本当に愚かな奴よ」


 再び、奴の歩槍ゲヴェアが火を噴く!

 太もも、左の二の腕をかすめてゆく!


「く……クソがっ……!」


 一撃で殺さないように──そういう下衆な意図が見えて、俺は奥歯を噛みしめた。


「一思いにれ!」

「本当に、空元気だけは一人前の小僧だな」


 再度火を噴いた奴の歩槍ゲヴェア

 肩をかすめたその一撃だが、同時に、キィィイイイン、という、澄んだ金属音が鳴り響いた。


 奴は歩槍ゲヴェアを下ろす。

 ──そうか、今の音は撃ち尽くした合図なのか!

 俺は歩槍ゲヴェア槍刃バヨネットを確かめると、一気に走り出す!

 クリップを押し込む作業は、それなりの手間だ。今こそ、奴をる機会──!


「やんちゃな男は嫌いではないが、粗相する輩は虫唾が走るのでね」


 なんということだろう!

 奴は小さな箱状のものを機関部に押し込んだと思ったら、もう歩槍ゲヴェアを構えたのだ!


「仕置きが必要だな」


 一発。二発。三発──八発の衝撃が俺の体を襲う。

 再び、キィイインという、金属音。


「やはり適性のある輩は、しぶといな。まだ動けるとは」


 そう言いながら、弾の挿弾子クリップだろう、歩槍ゲヴェアの機関部に独特の箱型のものを押し込むと、歩槍ゲヴェアを構えるクソ野郎。

 こちらは八発の弾を撃ち込まれた体が、動かないというのに──!


連中・・からの報告では適性があるという報告だったが、しかしここまでしても覚醒しないのであれば、素養があっただけで力を使いこなせぬクズだったのだろう。無駄足だったが、その憎々しげな目だけは、踏みにじるのが楽しいと思わせてくれるのが救いだな。せめて最後はひと息に葬ってやろう」


 奴は俺に照準を合わせたようだった。おそらく、頭に。


 ──こんな死に方をするのか、俺は。

 こんなところで……。

 ミルティを助けることも、ついに叶わず……

 こんな、こんな奴に……


 いや……


 やられてたまるか、こんな奴に、こんな下衆な野郎に……!


「……むっ? この法術ザウバー反応リアクトは……い、いかんっ!」


 男の声が聞こえた瞬間だった。

 奴が構えを解いた直後、その歩槍ゲヴェアの機関部が青く輝いたかと思うと、閃光を放って爆発する!


「ぐうっ! 魔素マナ実包ボルトが暴発……だと⁉ ば、馬鹿な! そのようなこと、ありえぬ! き、貴様、いったい何をしたっ! よもや覚醒したのだとしても、このような事例の報告など──!」


 顔の右半分を血に染めた奴が、初めて、蔑み以外の感情を見せた瞬間だった。

 腰のエンフィールズ拳槍ピストールを抜き放ち、俺に向ける。

 よく、分からなかった。だが、一矢報いることができたらしい。体は動かないが、それだけでもう、満足できてしまっていた。


 ──ざまあ、みろ。


 拳槍ピストールの軽快な発法はっぽう音が響くのと、体が大きく揺すぶられるのが、同時だった。


『貴様……何の真似だ!』

『このひとは、例のために使うんでしょ?』

『こやつは覚醒しなかった! その欠陥品を処分するだけのことだ!』

『そんなことはないよ、ボク知ってるから。このひとはきっと──』


 そんな、王国語のやり取りのあと。

 それから先は、よく覚えていない。


 なぜか俺は、生きていた。


 最後に、例の将校は、何かを叫んでいた。

 だが、その中身も、もはや覚えちゃいない。


 金色の、長い毛皮のふわふわに抱きかかえられるようにして、宙を舞うように俺は、どうにかなっていた気がする。

 すごく、柔らかく感じた。

 毛並みもそうだが、引き締まっていながらも、とても、柔らかい、体……。


 ただ、助かった。


 ただ、助かってしまった……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る