第6話:連中に一泡吹かせてやるために

 さっきの場所に戻ってみたが、やはり間抜けの死体が二つ、転がっていた。よく見ると首と背中にそれぞれ一カ所ずつ、穴が開いていた。それを見て、ディップが絶句する。


「嘘だろう? 首と心臓を、それも背中側から正確に、一撃で? だからあんな、一瞬で……」

「よく分からないが、俺たちは別の、凄腕の誰かが始末した……ということでいいんだな?」


 俺の問いに、ディップが小さくうなずく。


「だがアインの旦那、その『凄腕の誰か』って奴が、おれっちたちの味方……とは、限らないっスよ?」

「そうかもしれないが、今の俺たちにとって、ありがたいことだけは間違いないな」

「……ま、確かに」


 そう言って、ディップは二つの死体のポケットをあさると、五発挿弾子クリップを11個、そして血の付いた歩槍ゲヴェアを二ちょう、拾い上げた。


「確かに、今のおれっちたちには、ずいぶんとありがたいことっスね」




 もうすぐ日没を迎える時刻となる西の空は、血のように赤く焼けていた。これから6刻半後の18刻半に、ミルティがここを経由して連れ出されることになる。


 収容所を脱してから二日、いろいろあった。だが、この七人でかろうじてやり過ごしてこれた。王国兵に見つかりそうになったとき、フラウヘルトの、道行く女性を引っかけようとしてものの見事に振られる寸劇で切り抜けたりと、ふざけているのかと思うようなぎりぎりの橋も渡ったりしながら。


 そうしてたどり着いた、アテラス駅。

 アテラス駅が広い、といっても、実際には荷物の倉庫や、馬車を牽引するための交代要員の馬を養う馬房が敷地の多くを占めている。そのため、敷地面積は広いものの、客として行動できる範囲はそれほどでもない。


 この駅は、戦争以前は都市間定期馬車でにぎわっていた。今は、王国が前線に物資を輸送するための輸送基地となっているようだ。たくさんの木箱が積み上がり、荷馬車が往来している。


 そして、あちこちで歩槍ゲヴェアを手にした兵がうろうろしている。物資集積所になっているのだから警戒態勢が厚いのは当然だが、なにせ荷駄を運ぶ、一般の労働者も多い。紛れ込むのは比較的簡単だった。少し顔に泥を塗れば、もうそこらのくたびれた荷運び人足にんそくに早変わりだった。


 なぜよりにもよって俺が荷運び人足役をやることになったのかといったら、俺とロストリンクス以外の全員一致だったからだ。「この上なく貧相なありさまで、完璧な変装」なのだとか。


「お貴族さまだけあって元が悪くないから、余計に哀れっぽく見えていいんじゃないかな。絶対的に美しい僕には、とてもできないけどね」


 フラウヘルト、お前あとで覚えてろよ。


 俺とディップでひと組、ドルクとハンドベルクでひと組。このふた組で、それぞれ労働者として紛れ込んでいる。


 ロストリンクスは特徴的過ぎる眼光鋭い古参兵ぶり、ノーガンは特徴的過ぎるたくましさで、長時間の潜入は難しいだろうと思われた。そのため、しばらくは離れたところで武器とともに身を隠しておいてもらい、比較的安全なポイントが見つかってから合流してもらう算段になっている。


 フラウヘルトは、おばちゃんを篭絡……もとい、おばちゃんからの情報収集だ。古来より、おばちゃんの噂という情報源は馬鹿にならない。もちろん、フラウヘルトだけに任せておくわけにはいかない。俺たちも、世間話風にごまかしつつ──


「え? 今日は何刻なんどきまで仕事があるかって?」

「……あっ、コイツ、腹を膨らませた女房が、もうすぐ子供、産むんでさ。で、ちっとばかり、稼ぎたくなったらしくて」


 何刻までか、なんて直接聞く馬鹿がどこにいるんスか──笑顔を貼り付けたディップに、肘で脇をどつかれる。


 おばちゃんたちは、ああ、と笑顔になってくれた。とりあえず怪しまれなかったらしい。


「それで時間いっぱい稼ぎたいんだね? わかるよ。ウチの甲斐性無しも、昔は少しばかり、そうやって稼ごうとしてくれてたからねぇ」




 ……結局、「少しばかり」おしゃべりにつかまってしまったが、どうも昨日までの通りならば、夜の3刻まで──つまり15刻までということになる。ミルティの護送はの予定は18刻半。つまり15刻から先は、見つからないようにどこかに潜んでいなければならないということか。


 だが、いよいよミルティと再会できる──そう思うと、否が応でも気分が高ぶってくる。この数カ月、彼女のことを思わなかった日はただの一日もない。ましてこの数日間は。


「……アインの旦那、平常心っスよ」

「分かっている」


 駅の下見は、既に終えた。2チームで回れるところはできるだけ回った。

 もちろん、ミルティたちを護送するための場所は、誰でも入れるところではなく機密性の高い場所となるだろう。


 しかし、通常入れる場所以上の範囲を、ディップという優秀な斥候のおかげで色々調べることができた。

 なにより、いい意味で予定が狂ったのは、エルマードだ。ニコニコと笑っているだけで誰もが許してしまいそうになる天真爛漫なあいつは、あちこちを平然と自由に歩き回ったらしい。いや、お前いったいなんなんだ。一度は、信じられないものを見たくらいだ。


 それは、管理棟らしきものがある区画でのことだった。俺とディップが、警備兵に「ここから先はお前らみたいな奴らの来る場所じゃない」と歩槍ゲヴェアで威嚇されながら追い払われたときだ。

 それまでいったいどこにいたのか、エルマードの奴が突然やってきて、警備兵にこう言ったのだ。


「ねえねえおじさん! あっちには何があるの?」


 俺たちが追い払われた通路の先を指差しながら、目をキラキラ輝かせて警備兵を見つめて。


 さすがに一度は追い払われそうになったが、警備兵の奴は何を考えたのか、その先の区画に何があるのかを説明し始めたのだ。エルマードもニコニコしながら、小さな体の全身を使って「おじさん、ありがとう!」とぴょこんと礼をして、そっちに行ってしまいやがった。

 警備兵の奴も、「あ、ああ……うん……」と、俺たちとは全然違う、気のない返事で見送りやがって。


 俺もディップも、二人で互いに目くばせし合ってため息をついたものだ。

 見た目か? 見た目が全てか? 俺たちの苦労はなんだったんだ、まったく。




 15刻を回ってから、しばらく経ったときだった。あたりはすっかり作業員がいなくなって、警備兵ばかりがやたら目立つようになっていた。俺たちは警備兵に見つからないように、分散してやり過ごしていた。


 そのときだった。


「おい、きさま、ここで何をしている」


 俺とディップが隠れていたすぐその先で、声が聞こえた。


「え? い、いやあ、その……僕の相方が、たしかこの辺りにいたはずだなあ~って思って、探していてですね……」


 フラウヘルトの声だった。

 そういえば、彼は単独で、この辺りとは違う場所で、主に女性おばちゃん相手に諜報活動を行っていた。だから警備兵の連中の、おおよその位置の把握ができていなかったのだろう。奴のことだから、女相手ならうまいこと言いくるめられただろうが……くそっ、俺のミスだ!


「相方だと? こんなところでか?」

「そ、それがその……違ったかもしれません。歩き回っているうちに、僕自身、どこにいるのかもよく分からなくなってしまって……ほら、木箱ばかりでしょう?」


 かろうじてかわそうとしているようだが、木箱の向こうの雰囲気はとても納得してもらえそうには思えない。だが、仮にその「相方」に成りすまして俺が出て行ったところで、一緒に駅から追い出されてしまう。それでは、今日という日に間に合わせた意味が無くなってしまう。


 しかし、王国の連中に一泡吹かせてやるためにと、俺のわがままに集まってくれた奴らを、俺は見捨ててしまうのか?

 軍人としてなら、仲間は目的のための手段だ。見捨てるのが正しい。だが、俺は軍人以前に……!


「……旦那。こらえ時だ。アンタが部下思いなのは、ずっと戦場で見てきたから知ってるっスけど、今アンタが出ちまったら、誰が指揮を執るんスか。大丈夫、その辺はみんな、分かってるっスよ」

「だが、俺がフラウヘルトの奴に警備の網の情報を少しでも話していれば……!」

「だから何なんスか。今、後悔して何になるんスか。下手を打ったのはヤツっスよ。アンタはやることがある。今ここで出ちゃいけない人間なんだ。下手を打ったらおしまい、それを分かっていての志願兵っスよ、おれっちたちは」


 ディップの言葉に、俺は歯を食いしばる。下手を打てば──その言葉の重みを、こんな形で味わされることになるとは!


「旦那が指揮官なんスよ! 女を取り返して、王国の連中に目にモノを見せてやるんでしょ! おれっちたちは、それを信じて旦那に手を貸すことにしたんスから。七人分の責任を背負ってんスよ、旦那は!」


 ディップの言葉は、確かに正しいのだろう。

 だが、ここまで来るにもそれぞれの力を借りてきた。

 それを切り捨てるのは……


 俺が、足を踏み出そうとしたときだった。


「なんじゃ、こんなところにいたのか。いやあ、ほんとうに軍人さんのお手を煩わせて申し訳ありません」


 ハンドベルクの声が聞こえてきた。彼はドルクと組んでいたはずだ。どうして今、ここに……?


「全く! 女どもにヘラヘラしているからこんなことになるんじゃ!」


 何かを叩く鈍い音がして、フラウヘルトの「いっ……てえっ! ハン──お、おやっさん! 僕になにか、恨みでも……!」という、芝居がかった声が聞こえてくる。


「恨み? 恨みじゃと? おう、山ほどあるわい! まったく、今もこうして兵隊さんの手をわずらわせおって! やっとわしらにも仕事をくださったありがたーい兵隊さんに、まずは心を込めて謝罪をせんかっ!」


 フラウヘルトの、「いててっ! わ、分かったよ、おやっさん!」などという大袈裟な悲鳴が聞こえてくる。


「いいか! わしらのことは気にせんでええ。自分のヘマは自分でしりぬぐいせねばならん! だが、誰でも失敗することはある! 自分のせいだと思わんでいい! 今のところは一旦下がって、また後の機会に仕事をもらいに来るんじゃ! といってもすぐにまた来ることになろう、そのときには精々働かせてもらうから、つべこべ言わずに今は帰るんじゃ!」


 やたらと大きな声で、叫ぶようにハンドベルクが言う。王国兵がその間、何かを何度か言いかけていたが、その迫力に押されてか、何も言えずじまいだったようだ。


「ホレ、兵隊さんにこれ以上迷惑をかけるんじゃねえ! お忙しい方々なんだ、さっさと行くぞ! なに? 仕事? ばーっかもん! 今そんなことを言うとる場合か! その話はあとじゃ、あと!」


 さらに頭をはたくような音がして、フラウヘルトが不満げな声を上げたようだった。王国兵がなにか言いかけるが、またしてもハンドベルクが大きな声で、それを遮るかのように話し始める。


「兵隊さん、コイツは悪い奴じゃねえんです。また必ず来ますんで、こき使ってやってください。ホレ、おまえも頭を下げろ!」


 ハンドベルクの謝罪の声が繰り返されながら、二人の足音と共に、徐々に遠ざかっていく。王国兵の、『……なんだったんだ、あいつら』という、あっけにとられたようなつぶやきだけが残された。


「旦那、ハンドベルクの爺さんが言っていた意味、分かったっスか?」

「ハンドベルクの言っていた意味?」

「ありゃ全部、旦那に向けての言葉ですぜ?」

「……あっ!」


 言われて気が付いた。

 ハンドベルクはつまり、俺にこう伝えたかったのだ。

 ──自分たちのことは気にするな。誰でも失敗することはある。今は一旦下がるが、またチャンスを見つけて作戦行動までに戻ってくる……


「作戦は続行っスよ! 王国の連中に一泡吹かせてやるために、ハンドベルクの爺さんの工作・・は、必須っスからね!」

「……そうだな」


 警備兵の足音も去っていく。ひとまず危機は脱した。

 ──王国の連中に一泡吹かせてやる。

 ついてきてくれた誰もがそう言うが、俺は自分の婚約者を取り戻したいだけだ。

 でも、そこに価値を見出してくれた連中が、今の俺を支えてくれている。


 俺は奥歯を噛みしめた。

 ミルティを取り戻す──その作戦を、共に遂行できるよう祈りながら。



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