第七十八話 事前情報
秋山楓、春日伊吹、アンナ・ウィンタース、夏目涼子。フォーシーズンズというパーティ名の由来は、彼女たちの名字から来ているそうだった。
「最初うちとイブキが組んでしばらく一緒にやってる時には、気付かへんかってん。アンナとリョーコ姉さんの二人と合流したら、あれ、すごい偶然やん! ってなって」
「アリヒトさんたちのパーティは、まだ名前をつけてないんですね。ライセンスには出てないですから」
イブキは特に気にすることなく、ライセンスを見せようとする。彼女たちのライセンスにも、共闘中のパーティとして俺たちが表示されているようだ。そうすると、俺の職業の表示が変なことになったりはしていないだろうか。
しかし彼女たちは特に反応していない。『後衛』と書いて受理された人が俺以外にいるとは思えないが、あまり他人の職業を気にするものでもないのだろうか。
「アリヒトくんは、もしかして無職? だめよ、ちゃんとしっかりした職につかないと」
「え……俺の職業ってどんな感じで出てます?」
◆共闘中のパーティ1◆
パーティ名:未登録
1:アリヒト レベル5 〇□-×
(また違う表示だ……これじゃ職業なしと思われてもしょうがないか)
どうやら『後衛』は、他人のライセンスで見てもまともに表示されないらしい。迷宮国で探索者の職を選定する存在が何なのかは分からないが、俺はその存在の想定から外れた希望を出したということか――それは考えすぎか。
「アリヒトお兄ちゃんは、みんなを後ろから見守る職業なんです。とっても頼れるリーダーさんなので、無職なんて言わないでください。うちのキョウカお姉さんは、お兄ちゃんをいじめると、すごい勢いでにらんできますよ」
「に、にらまないけど……元々私が睨んでいたというか……そ、それはもう昔の話だから」
「あっ……え、えっと、もしかしてそういうことなんかな?」
「やっぱりお付き合いをされてるんですよね、お二人は。なんていうか、そういう空気が出てる感じがしますし」
「そうじゃなくて、元々同じ会社で働いてたのよ。それで、偶然同じ事故に巻き込まれちゃって。色々あって、私が後部くんのパーティに入れてもらったの」
落ち着いて説明する五十嵐さん――腕を組み、俺の方をちらちらと見てくるが、俺としてはそれで特に問題はないです、と念を送る他はない。元々彼女が厳しい上司だった云々は、話すとしても今でなくていいだろう。
占拠されている『落葉の浜辺』の狩り場を使えるようにする、あるいは他の攻略経路を確保するためにも、まずは共闘の感覚を早く掴みたいところだ――と考えていると、アンナが俺のことをじっと見ていた。彼女はかなり小柄なので、下から覗き込まれているような感覚だ。
「後ろから見守るとは、支援職ということでしょうか?」
「ああ、そう思ってくれていい。テニス選手も後衛だから、普段は後ろからサーブで攻撃するとか……いや、ラケットがないか」
「いえ、ラケットは持っています。でも、良いラケットを手に入れようとすると、素材が貴重なのでとても大変です。最初に手に入れたウッドラケットを使っていますが、ガットに使う素材があまり良いものじゃないので、全力で打てないです」
「テニスのサーブやスマッシュは威力があるから、良い道具が揃えばかなり戦力が向上すると思うわ。他の三人も、スポーツ系の職業が揃っているけど……剣道家は、剣を使う技能を覚えるの?」
エリーティアが質問すると、カエデは背中に背負っている武器を袋から出して見せた。
「これは……木製の剣?」
「せや。鉄でできてる剣も装備はできるけどな、ほんとは竹刀が一番振りやすいから、何とか作れたらええんやけどな」
技能によってダメージを増やせるなら、必ずしも斬れ味が鋭い剣である必要はないということか。うちにはサイコロを武器にしているミサキがいるので、殺傷力がなければ役に立たないとは全く思わない。
そして武器すら持っていない水泳インストラクターのリョーコさん――迷宮国ならば魔法も存在するので、水にちなんだ特殊能力が使えたりするのだろうか。
「私は水がないと技能が使えないから、常に水筒を持ち歩いてるわ。迷宮に水場があれば、一番いいんだけど……」
「本当は、『落陽の浜辺』はリョーコ姉の力を一番生かせる場所のはずなんや。姉さんは泳ぎもちょー速いで。うちらが全力で走るのより、リョーコ姉が泳ぐ方が速いくらいや」
迷宮国のスイマーは、ただのアスリートではない――水中戦の方が強いなんて、何というかワクワクする話だ。いや、水棲の魔物にあえて水中で戦いを挑むというのはできる限り避けたい状況だが。
「アリヒトさん、フォーシーズンズの皆さんは、水場のある迷宮を攻略されたのですね」
「水の迷宮は八番区と七番区の両方にあるし、『牧羊神の寝床』は草原だけど、水場も点々とあるよ。リョーコ姉と知り合ってからは、水のあるところを選んで攻略してきたから。他の人にできないことで貢献度を稼げたから、ここまで上がってこれたっていうこともあるし……」
「空手はかなり強いんじゃないか。まあ、どの格闘技が強いかっていうのは諸説あるとは思うけど」
「うーん、迷宮国に来ると普通の格闘技じゃなくなるので、意外な格闘技が強いかもしれないです。合気道の空気投げとか、魔力を使って物凄く大きな敵を投げられるそうですし、ボクサーはパンチを魔力で飛ばせますし。あたしも同じようなことができます」
「ビームみたいなのが出たりするんですか!? はぁ~、いいですねえロマンがあって。私もせっかく転生したので撃ちたかったですよ、ビーム」
よく格闘ゲームで飛び道具を持っているキャラがいるが、格闘技を極めたらもしかしたら出せるんじゃないか、と想像したことは、多くの人があるのではないだろうか。
実際にオーラというか、魔力を飛び道具にできる格闘家がいる――俺はイブキを、自然と尊敬の目で見てしまう。
「あ、あのっ、えっと……そんなすごいのじゃないですから」
「何言うてるんや、イブキの『波動突き』は必殺の大技やないか。何度も助けられてるわ、うちら」
「だ、だからそれは……敵の防御をある程度無視できるから、頼れる技っていうだけでしょ」
話を聞けば聞くほど、彼女たちは個性を活かしながらこれまで戦ってきたのだということがよく分かる。
「お兄ちゃん、ちょっと思ったんですけど、私が少しの間フォーシーズンズさんに入れてもらったら、みんなで一緒に探索できないですか?」
「ミサキ、休憩するんじゃなかったのか? 疲れてるなら無理しなくてもいいぞ」
「やっぱり私の技能って、ここぞという時に無いと困りません?」
「まあ、それはそうだが。俺の支援なしだと、攻撃でダメージが出せなくなるんじゃないか?」
「はっ……それもそうですね。すみません、ついていくだけでお邪魔はしないので、入れてもらってもいいですか?」
ミサキはいつもの気の抜けた口調を正し、背筋を伸ばしてお願いする。するとカエデたち四人は二つ返事で快諾してくれた。
「二つのパーティで探索すれば、魔物に後ろを取られることもそうそうないでしょうし、後衛にいてもらえば大丈夫だと思うわ」
「うちとイブキは絶対敵を通さへんようにするから、いけそうやなって時だけ援護してな」
「はい、気をつけて手伝います! お兄ちゃん、余裕があったら私のこともカバーしてね!」
「まあ、できなくはないけどな。俺より前に立つようにするんだぞ」
『アザーアシスト』でカエデたちを支援することも考慮に入れておく。俺の技能はとにかく後ろに立っていないと発動できないので、俺自身の立ち位置にも気をつけておかなければ。
◆◇◆
ルイーザさんに頼んで中位ギルドに紹介状を書いてもらい、俺たちは『牧羊神の寝床』という迷宮に向かった。
七番区の中央から、南側に下ったところに、迷宮の入り口前広場がある。中位ギルドから案内されて入れる迷宮の中では人気があるそうで、広場は食事の屋台が出ており、パンや肉の焼ける香ばしい匂いがしていた。
軽く屋台で腹ごしらえを済ませ、携帯食料と水を買う。
マドカは商人が持つ必須の技能だという『インベントリー1』を持っており、彼女は重量や大きさを問わず、『五十個までの道具』を、背負っている革のリュックに格納できるそうだった。重量のある水も、マドカに持ってもらうと持ち運びが負担にならない。
「凄い技能だな……マドカが露店で武具を売ってたとき、全部格納して持ち歩いてたのか」
「はい、『インベントリー1』の技能があると、商人専用の鞄を使わせてもらうことができるんです。それを使うと、私が商人として利用している倉庫に転送できて、いつでも取り出せます。生き物以外に限られますが」
「……倒した魔物は、『解体屋』の技能で運べる。解体屋も『貯蔵庫』の技能を持っていて、商人と同じようなことができる。生きているものは送れない、悪用される可能性があるかららしい。魔物を牧場に送る場合は、専用の道具を使う」
どちらも非常に便利な技能だと思うが、それで技能が一つ埋まるという難点はある。しかしマドカとメリッサはそれらを迷わず取っている――彼女たちの職にとって、必須の技能ということだ。
そのおかげで、探索における利便性が飛躍的に増した。今まで持ちきれないものは迷宮内に放置しておくしか無かったが、そういったケースはほぼ無くなるだろう。
「アリヒトさん、事前に一階層の魔物について説明してもええかな?」
「いいのか? 情報は探索者の生命線じゃないのか」
「うちらは組もうって申し出を受けてもらってるんやから、これくらいしても全然気持ちがおさまらへん。遠慮せず聞いて」
カエデはそう言って、持っている鞄から手帳を取り出した。そして開くと、魔物らしき絵が描いてあり、どのような敵かもメモされている。
(これは……モグラ? ヘルメットをかぶってるように見えるが……)
「あんまり絵は気にせんといて、上手やないから恥ずかしいわ」
「いや、凄いじゃないか。実際にこういう姿をしてるっていうのが伝わってくるよ」
「そ、そうかなぁ……」
勝ち気そうに見えるカエデだが、絵のことを褒められると、照れる仕草はあどけない。
――と、そんなやりとりをしていると、スズナがこちらをじっと見ていて、朗らかに微笑む。いつもと同じ明るい笑顔だが、なぜ俺は迫力を感じてしまうのだろう。
「私も見せてもらっていい?」
「もちろんいいですよ、みんなで情報は共有せな」
「ありがとう。後部くん、もうちょっとこっちに……『グランドモール』っていうのは名前? これ、何か頭にかぶってるの?」
「頭の毛が、すごく硬く進化してヘルメットみたいになってるみたいです。いきなり下から突き上げてくるから、まともに当たったら大怪我してしまうので、とにかく足元に気をつけてください。飛び出してきたら何度か攻撃を当てると、穴に戻れへんくなります。可愛そうやけど、あとは頭以外をガツンといったら倒せます」
「といっても、私たちは倒すのに十五分くらいかかったけど……なかなか出てきてくれないのよね。でも、放っておこうとすると攻撃はしっかりしてくるし。土のつぶてを投げてきたりもするから気をつけてね。ヘルメットを叩くと『反射』されるわよ」
リョーコさんはおっとりした口調なのであまり困っている感じがしないが、十五分はなかなか厳しい。
しかし、一つ試してみたい方策は思いついた。事前に情報を得ると、この手を打とうと言う作戦が練られて悪くはない――ギリギリの戦闘でもみんな無事で勝てれば問題ないが、可能な限り安全に立ち回るべきだとも思う。
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