第七十九話 牧羊神の寝床 第一層

 続けて、カエデの手帳のページをめくる。そこには、カブトムシらしきものが描かれていた。


「これは『フェイクビートル』です。この魔物は大きいカブトムシみたいなやつで、正面から近づくと飛んで逃げてまうから、まだうちらは倒せてないです。繁殖期に入ると栄養をたくわえなあかんとかで、無差別に襲ってくるっていう話は聞いたんやけど」

「おそろしや……そんな魔物、全員スズちゃんの矢で遠くからやっつけちゃいましょう」

「アリヒトさんのスリングでも、遠くから攻撃することはできそうですね。でも、あえて戦う必要がないのなら、そっとしてあげた方がいいんでしょうか……」


 遠くから見ただけだからか、こちらの絵は詳しく書き込まれていない。『飛んで逃げるので形がわからなかった』と注意書きがされている――カエデの字だと思うが、形と大きさが整った文字で、彼女の几帳面さを感じさせた。


「私たちは、二階層の入り口まで行っていますが……二階まで行くと、羊型の魔物が出てきます。実は、ラケットに使う素材というのは、羊の魔物の腸なんです」

「そういえば、『ガット』には腸って意味もあるわね。ラケットのガットもそこから来てるなんて、知らなかったわ」


 もともとラケットの弦は、腸を加工して作られていたということなら、迷宮国でもラケットが作れるというのは納得がいく。しかし使用者はごく少ないだろうから、上位互換のラケットを手に入れるには、作るしかないということか。


「……解体なら任せて。魔物の素材加工なら、沢山してきたから」

「ありがとうございます、魔物の臓腑を加工してくれる職人の方も少ないので……肉を取るだけなら、肉屋さんに行けばしてもらえるんですが」


 グロテスクなようにも聞こえるが、レザーアーマーなども魔物の革をなめして作っているし、羊の腸を加工してガットにしたラケットというのも、それが伝統的な製法なのだから驚くことではない。


「その『羊』にはまだ遭遇したことがないのですが、雷を使うそうです。みなさんは、どのような属性攻撃を持っていらっしゃいますか?」

「五十嵐さんも電撃が使えますし、テレジアは風属性攻撃ができます。俺も敵の防御を貫通する攻撃の類はできるので、何とかやってみますよ」


 おお、と『フォーシーズンズ』の面々が感嘆する。俺たちは魔石の類を多く見つけているが、運が悪いとなかなか手に入らないのかもしれない。


 炎属性の『ブレイズショット』から、素の攻撃力を重視して黒檀のスリングに変えたが、やはり属性攻撃の手段は可能な限り多く揃えておきたい。そうすれば、俺の支援で皆の攻撃にあらゆる属性を付加できるようになる。


(『支援攻撃2』を、そろそろ本格的に運用したい。『支援攻撃1』よりも、使い方によっては強いはずだ……しかし今の武器じゃ、状態異常の弾は撃てるが、属性攻撃ができない。フォースシュートは無属性魔法弾とは言えるが……弱点を突いたら、もっといいダメージが出せそうだしな)


 燃焼石などの属性攻撃石は運良く手に入れば装備に組み込むとして、まず手持ちの『陽炎石』『土竜石』『爆裂石』を装着した武器で『支援攻撃2』を発動させるというのも試してみたい。今回は、装備を交換せずに小手調べと行こうと思う。


 そして装備のことを考えていて、俺はようやく思い出す――黒い箱を開けたときの収穫が大きすぎて、赤い箱が二つ、トレントの落とした木製の箱も、まだ開けていない。


「どうしたの? 後部くん。やっちゃった、みたいな顔して」

「いや、ちょっと抜けてました。このタスクはとりあえず保留して、帰還次第消化します」

「あ、なんかできる男っていう感じでかっこいいですねー。明日から本気出す、みたいなこと言ってるだけですけどね。きゃー!」

「ミサキは一時的とはいえ別のパーティに入れてもらうんだから、もうちょっと気を引きしめておいた方がだな……」

「……なんかええなあ、ああいうふうに髪くしゃってされるの」

「いいわね、青春っていう感じで。私、あんなことしてもらったことあったかしら……ちょっと記憶に無いわね……」


 注意するつもりでしたのだが、なぜかフォーシーズンズの面々は顔を赤らめてこちらを見ていた。ミサキの調子に引きずられて、俺も女性に対して馴れ馴れしい行動を取ってしまっただろうか――猛省しなくては。


「…………」

「……テレジア?」


 テレジアは俺をじっと見たあと、蜥蜴の帽子に手を当てる。帽子があるので、頭を撫でることができない――いや、彼女がそうして欲しがっているかは分からないが。


「あ、せや。アリヒトさんたち、今回は日帰りでええんかな? 七番区からは、複数日迷宮に潜るパーティも多いんやけど」

「そうだな、とりあえずは」

「もしキャンプ道具が必要になったら、私のインベントリーで運べます。お兄さん、覚えておいてくださいね」


 何かの理由があって泊りがけで潜るとしたら、着替えなど色々生活上の問題が生じてくるわけだが――女性陣はある程度覚悟しているようなので、必要とあれば特に反対する人はいなさそうだ。


「着替えだけは最低限必要ですよね~……キョウカお姉さんもそう思いません?」

「わ、私に言われても……あまり香水でごまかしたりはしたくないし、水浴びくらいはできるといいわね」

「……良かった、そういうことを普通に考える人達が仲間で。たまにいるでしょう、お風呂に何日も入らなくても大丈夫っていう人たち」


 エリーティアは潔癖症ぎみなのだろうか。しかし迷宮の中で水浴びするような機会がなかなか来るとは思えないが。携帯用更衣カーテンなどというものがあるなら、キャンパー系探索者にとっては垂涎の的になりそうだ。


 ◆◇◆


 『牧羊神の寝床』の入り口は、岩屋のような形状をしていた。向こう側がやけに明るく、岩屋をくぐっていくうちに転移したのか、あたりの空気が変わる。


 『曙の野原』の一階層はとにかく高低差の少ない平原が広がっているという印象だが、この迷宮は丘のような起伏があり、太陽が眩しく、空が目が覚めるほどに青い。そして、草だけでなく紫色の花が群生しているところがある。


「何か、富良野のラベンダー畑みたいな雰囲気ですね」

「あ、私もそう思ってた。子供の頃に一度行っただけだから、うろ覚えなんだけど」


 風光明媚という表現が迷宮に対し適切なのかは分からないが、これも探索者を続けていく上での醍醐味だろうか、と今さらに考える。『呼び声の森』は不気味な雰囲気だったので、こういった明るい迷宮はありがたい。


「アリヒトさん、どうします? まず魔物と戦ってみますか。といっても、気を抜ける魔物じゃありませんが」


 全員が平原に出たところで、イブキが尋ねてくる。俺はテレジアの索敵範囲に魔物が入っていないことを確認してから答えた。


「とりあえず二階層に向けて進みつつ、敵に遭遇したら応戦しよう」

「せやったら、経験のあるうちらが先行しますね」

「アリヒトお兄ちゃん、それじゃ行ってきますね……あっ、シオンちゃん? だめだよー、シオンちゃんはお兄ちゃんの班だから、ついてきちゃ」


 ミサキが他のパーティで先行することが、『護衛犬』であるシオンにとっては気になるようだ。確かに、俺としてもその方が安心できる。


「シオン、もしミサキが狙われたら、無理のない範囲で『カバーリング』してやってくれるか」


 シオンはバウ、と返事をしてから先行し、ミサキの護衛につく。他のパーティに混じっていても、俺の場合仲間の後ろに位置していられれば、咄嗟の場合でも支援できる。


 最後衛にいる俺の前にはスズナ、マドカ、メリッサの三人がいる。マドカは『刺股さすまた』という、敵を倒すというより制圧するための武器を使うことができるが、攻撃専用の技能はまだないので、無理をせず戦闘が始まったら『退避』という技能を使って隠れていてもらうことにした。


 しばらく進んでいると、スズナがこちらを振り返って微笑んでくる。探索に集中したほうがいい、とリーダーとしては言うべきなのかもしれないが、あまり堅いことを言うこともないか、と思い直す。


「どうした? 今日は朝から機嫌がいいみたいだな」

「はい、おかげさまで。アリヒトさん、すごく景色がきれいですね」

「ああ、確かにな。魔物が出なければ、普通に散策してみたいくらい……」

「っ……!」


 『索敵拡張1』を発動させているテレジアが、いち早く反応する。索敵範囲が少し拡張されるだけなのかと思っていたが、先行しているカエデたちが気づくよりも早かった。


「っ……なに、これ……地面が揺れてる……!」


 五十嵐さんがたたらを踏みそうになり、危険を感じて『ブリンクステップ』を発動する。エリーティアも『ソニックレイド』をいつでも発動できるように身構えていた。


「――みんな、『気合を入れるぞ』! 敵は地面の下だ、気をつけろ!」


 『支援高揚1』で仲間の士気を上げておく。事前に言われていたとおり、ボコボコと地面を盛り上がらせながら、何かがこちらへと迫ってくる。


「――あかん、敵が連動して二匹目も来てる!」

「何っ……!?」


 ◆遭遇した魔物◆

 グランドモールA レベル5 ドロップ:???

 グランドモールB レベル5 ドロップ:???


 地を揺るがす鳴動が、もう一つ重なる――そして。前方では一体目がカエデたちに、そして右方から交差するように地面が盛り上がり、二匹目が俺たちのパーティに攻撃を仕掛けてきた。


「――グルォォォォォオオオ!」

「くっ……!」

「エリーティア、『支援する』!」


 ◆現在の状況◆


 ・『グランドモールB』が『エリーティア』に攻撃 

 ・『アリヒト』の『支援防御1』が発動 → 対象:『エリーティア』

 ・『エリーティア』はノーダメージ 

 ・『グランドモールB』が『マッドブラスト』による追撃 →『エリーティア』に命中


っ……!」


 貫通された――『支援防御1』で軽減できるダメージ11を、敵が超えてきた――あるいは、二段目の攻撃には支援攻撃が働かなかったのだ。


 リョーコさんの言っていた、土のつぶてマッドブラスト。これが11ダメージ以上の攻撃か、それとも支援防御が働かずに3ダメージが通ったのかで、大きく状況は変わってくる。


 レベルに10をかけた数値がおおよその体力だと計算できるので、エリーティアの体力は90ほどだ。まだ余裕はあるが、一桁のダメージでも擦り傷や打撲という形で、目に見える怪我を負ってしまう。


(どんな攻撃でも馬鹿にならない……直撃はなんとしても避ける。いや、最初から『攻撃を封じる』方がいいか……!)


「このっ……逃げるなっ!」


 エリーティアは反撃しようとするが、モグラがニヤリと凶悪な笑みを浮かべたように見えた――奴はそのまま地中に逃げ、再び地中に潜ってしまう。


 前方では、カエデが果敢にも、縦横無尽に地中を潜ってくる敵を引きつけている――迷宮国では珍しい防具だろう袴の上から装甲をつけた姿で、よくあれほど俊敏に動けるものだ。


「みんな下がって、うちが引きつけたる! ――やぁぁっ!」

「――グルォォォォッ!」


 土を突き破って飛び出しつつ、人間より一回り大きい、まるで熊のようなモグラが爪を振るう――しかし命中すると思った瞬間、カエデは木剣を構えたまま、残像を残して後ろに移動した。


 ◆現在の状況◆


 ・『カエデ』が『後の先』を発動 → 『グランドモールA』に先行

 ・『カエデ』が『掛け声』を発動 → 『グランドモールA』が威圧

 ・『カエデ』が『引き小手』を発動 → 『グランドモールA』に命中

 ・『グランドモールA』の攻撃力が低下


「グォォォォォッ……!!」


 ――バシン、と青天を貫くような打突音がした。とてもモグラとは思えない猛獣のような声を響かせ、グランドモールは大きくのけぞる。


「――代わるよ、カエデ!」

「あかん、間に合わへんっ……!」


 ◆現在の状況◆


 ・『イブキ』が『瓦割り』を発動

 ・『グランドモールA』が『地面潜行』を発動 →攻撃無効化


「ああっ、もうちょっとだったのに……っ!」

「下がって、イブキ! 次のチャンスを狙うわよ!」


 連続で攻撃を入れるには敵の回避が速く、タイミングがシビアだ――ミサキは邪魔をしないように、シオンと共に敵の攻撃を警戒している。


「えっと、えっと……ええいっ、少しでもプラスになれば……!」


 ◆現在の状況◆


 ・『ミサキ』が『ダイストリック』を発動

 ・『ミサキ』が『ラッキーセブン』を発動 → 成功

 ・『グランドモールA』の素早さが低下


「……ちょっと敵が遅くなった気がしませんか?」

「これなら、次に出てきたときはいけそうやな……っ、アンナ、次はあんたも頼むで!」

「了解ですっ……!」


 ――縦横無尽に潜りながら移動を続ける魔物。向こうのメンバーを『支援』することも視野に入れようとしたとき、一段階集中力が引き上がる。


 ◆現在の状況◆


 ・アリヒトの『鷹の眼』が発動 → 状況把握能力が向上


(よし、この状態なら、向こうのパーティの好機にも支援できる……だが、まずはこっちだな……!)


「来い、デミハーピィ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』が『ヒミコ』『アスカ』『ヤヨイ』を召喚

 ・『ヒミコ』が『眠りの歌』を発動

 ・『アスカ』『ヤヨイ』が『輪唱』を発動

 ・『グランドモールA』が睡眠に抵抗

 ・『グランドモールB』が睡眠

 ・『眠りの歌』の効果が『輪唱』によって継続


「わっ……な、なんや、アリヒトさんが魔物を呼んだんか……!?」

「大丈夫、そのハーピィは仲間だ! 気にせず戦ってくれ!」


 上空に飛び上がり、旋回しながら歌い始めたハーピィたちだが、二体ともを眠らせることはできなかった。


「――沈めっ!」

「……!!」

「行くわよっ!」

「お願いします、アリヒトさんっ!」


 俺たちに攻撃を仕掛けようとしていた地中の魔物が、眠りに落ちて動きを止めている――ここで総攻撃をかけて落とすしかないと、何も言わずとも皆が理解していた。


(ここで試すのもリスクはあるが……『支援攻撃2』で、どこまで行けるか……!)


「四人とも、『支援する』!」


 全員の攻撃に対し、追撃を重ねる光景をイメージしながら、俺はスリングを引く――支援に使う攻撃方法も、俺の意志で選ぶことができた。


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 → 支援内容:『フォースシュート・スタン』

 ・『エリーティア』が『ソニックレイド』を発動

 ・『テレジア』が『アクセルダッシュ』を発動

 ・『エリーティア』が『ダブルスラッシュ』を発動

 ・『キョウカ』が『ダブルアタック』を発動

 ・『テレジア』が『ウィンドスラッシュ』を発動

 ・『スズナ』が『皆中』を発動 → 2本連続で必中

 ・『スズナ』の攻撃


(この連撃で『支援連携』を使ったら、凄いことになりそうだ……やっぱり欲しい技能だな……!)


 そんなことを想像する俺だが――それ以前に、『支援攻撃2』が発動する光景は、俺の想像を絶したものだった。


 ――仲間の攻撃に追従して、俺が全力で放つ『フォースシュート・スタン』がすかさず追撃をかける。まるでそれは、ミサキが言っていたビームが何もないところから生じて、仲間の攻撃に重ねられているかのような光景だった。


 ◆現在の状況◆


 ・『グランドモールB』に7回攻撃が命中 → 『支援攻撃2』が7回発生

 ・『グランドモールB』にスタンが4回発生 → 硬直時間延長


「グォォォォォ……ォォ……!」


 左方からエリーティアが二段斬りつけて抜けていき、さらに五十嵐さんが正面から二発槍を突きこみ、右方からテレジアがウィンドスラッシュを入れて駆け抜け、スズナの矢が二発連続で突き立つ。魔物の睡眠が解除されて咆哮を上げるが、スタンが入ったグランドモールは無防備な状態をさらす。


 エリーティアが止めを刺すために切り返そうとする――おそらく『ブロッサムブレード』で確実に止めを刺しに行く。しかしそれでは、魔力を温存しようとした試みの意味が薄れてしまう。


「――メリッサ!」


 俺の近くにいたはずのメリッサが、大きく踏み出していた――包丁を振りかぶったまま、モグラに向かって一気に踏み込んでいく。


「今ならいける……『兜』を壊す……っ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『メリッサ』が『包丁捌き』を発動 → 部位破壊確率が上昇

 ・『メリッサ』が『兜割り』を発動 → 『グランドモールB』の部位破壊

 ・『グランドモールB』の弱点が露出

 ・『フォースシュート・スタン』による追撃 弱点攻撃

 ・『グランドモール』を1体討伐


「グォ……ォォォ……ッ」


 巨大な包丁が叩きつけられ、グランドモールの頭部を覆うヘルメット状の部分が砕ける――そこにすかさず、俺の支援攻撃が命中する。


 『解体屋』は戦闘において、魔物の特定の部位を狙うことに長けているということらしい。レベル3の彼女が持つものとしては、『肉斬り包丁ブッチャーズナイフ』という武器が相当強いということも、成功した理由の一つだろう。

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