第七十七話 共闘作戦

 彼女たち四人のリーダーは一番年上のリョーコという人か、それとも目の前にまでやってきたカエデという少女なのか。考えているうちにルイーザさんも戻ってくるが、彼女は俺とカエデがまさに話を始めようとしているところだと察して、俺の後ろにいるエリーティアたちの方に歩いていった。


 彼女は背中に太刀のようなものを背負っているが、その柄の形が微妙に、いかにも古き良き日本刀というムラクモとは違う。この形状は見たことがある――そのスポーツ少女然とした、黒髪を後ろで一つにまとめた容姿も相まって、俺は彼女の職業について、ある一つの名前を思い浮かべる。


「あ、あの……え、ええっと……う、うちは、うちは……」

「あちゃー……カエデ、右手と右足が一緒に出てるからやばいと思ったら。めちゃ緊張してるじゃん」

「ここで交渉が上手く行かないと、かなり苦しいことになるものね。前だって、『カニ』や『魚』が湧くところを独占されて、陸地にいる『クモ』や『カマキリ』に襲われたし……」

「あの迷宮の構造が理不尽なだけです。なぜ『落陽の浜辺』なのに浜辺が狭く、それ以外の場所では一回り強い魔物が出るのですか」


 その『落陽の浜辺』という迷宮で魚介系の魔物が多いのであれば、そのうち食卓に上がるかもしれない。八番区でも魚介系にはハズレが無かったが、海の幸というわけではなかったので、また違う味が楽しめそうだ――と、まだそんなことを考えるには早い。


「初めまして、俺はアリヒト・アトベと言う者です。今日から七番区に上がってきました」

「えっ……きょ、今日から? うち……ちゃう、私たち、七番区に来てから半年くらい頑張って、やっと上位まで上がってきたんやけど……」

「それでも凄く早いって言われていたのに、上には上がいるんですね。あの、この子はカエデで、私はイブキって言います」

「な、なんや、うちが代表して話そうとしてんのに。別に緊張なんてしてへんで、真面目そうなお兄さんやなと思ってただけや」


 迷宮国で手に入る服を利用し、レザー防具の下はスーツのような服装にしているから、堅い印象を与えるのだろうか。


「すみません、お見苦しいところを見せてしまって。まだ来たばかりなのに、揉め事を見せてしまいましたね」

「い、いえ……探索者同士、常に競争はあるでしょうから」


 リョーコという女性が目の前に来る――ボアコートのような毛皮の外套を羽織っているのだが、やはりビキニアーマーだ。町中は寒くはないので平気なのだろうが、それが彼女の用いる装備なのだとしても、直視はしづらい。


「ごめんなさいね、いい年をしてこんな装備でうろうろして。でもこの装備、私の職業で使えるものだと意外に性能が高くて、手放せないのよ。水耐性はかなり高いし、水中での動きを加速させる効果とかもついていて……」

「そ、そうなんですか……」

「そういう装備をしなきゃいけない人もいるからって、じーっと見すぎよ」

「っ……五十嵐さん、それは誤解です。俺はむしろ、じーっと見ないようにですね……」


 さすがにビキニの女性だからといって、ドギマギとしすぎていたか。振り返ると皆の視線が痛い――やはり俺には先頭に立つより、後衛が合っている。


 四人は五十嵐さんの姿を見て、何か驚いたような顔をしている。そのうちに、アンナと呼ばれていた少女が口を開いた。


「とても綺麗で、強力そうな装備をされていますね。カエデもそろそろ鎧が欲しいと言っていましたが、こういった系統のものですか」

「せや。めっちゃかっこええわ……いいなぁ、うち、まだレザーとかの装備なんですよ。お姉さんみたいな鎧を着れば、さっきのチャラ男なんかに侮られへんのに」

「エリーの言うとおり、七番区でも通用する装備なのね。『ライトスティール・レディアーマー』っていうんだけど」

「ちゃんとした鎧っていう感じがしていいわね。私もそういうのが見つかれば、着替えられるんだけど……」


 実は、レディアーマーは『蔓草の傀儡師』の黒い箱から一個見つかっている。非常時のスペアにするつもりで保管しているので、今のところ提供はできないが。


「装備品の工房に、カニの素材とかをいっぱい持ち込めば作ってもらえるらしいんやけどな。そのカニが、わけあって全然取られへんのや」

「すみません、立ち聞きになってしまいますが、さっきの話は聞かせてもらいました。さっきの男性が所属してるグループが、狩り場を独占してるんですね」

「そ、そうなんです。それで、あたしたちも他の探索者さんたちとグループを作ろうと思ってて、それでその、みなさんもまだ上位ギルドに来たばかりなら、あたしたちと……っ」


 イブキが前のめり気味にまくしたてる。彼女も比較的軽装だが、手には肘までを覆う革のグローブをつけており、足には鉄の補強がされた装備を身に着けていた。脚甲というのだろうか――これで蹴りを放ったりするとしたら、彼女は格闘系の職業ということか。


「俺たちも、良い狩り場があるならまずそこを見てみたいと思ってます。他の迷宮は、七番区に来たばかりで行くには厳しそうですかね」

「『落陽の浜辺』に出る魔物も油断したら危ないことには違いないんですけど、動きが読みやすいので、他の迷宮の魔物と比べると安全なんです。素材に無駄がないので高く売れるっていう話で、ギルドの担当官の方にも推薦してもらったんですが……実際に迷宮に潜ってみたら、他の人たちが独り占めしていて、前の探索の時は外に出るしかなくて……」

「彼らも補給するために、外に出ることは必要だと思うんですが。もしかして、大人数のグループだから、補給係をしてるパーティもいるってことだったりしますか」


 そこまでするパーティを八番区では見なかったので、想像しづらいのだが――カエデたち四人の反応を見ると、俺の推論通りのようだ。


「カニはだいたい、一日に三回くらい『巣穴』って言われてるみたいなんやけど……そこを、ロランドって人のグループが調べ上げて見張ってるんや。カニは一匹金貨十枚分くらいになるんやけど、一日に湧く五十匹を独占されてて、貢献度も魔物にとどめを刺してるロランドのパーティにほとんど入ってて……」

「待った。それ以上は、俺たちと共闘することになってから聞かせてもらえますか。俺たちはまだ何もしていないのに、有用な情報ばかりもらうのは悪いですから」

「は、はい……ごめんなさい、うち、気持ちが焦ってしまって。アリヒトさんたちと組めたら突破口が開けるかなって、飛びついて……勝手ですよね、そんな」


 勝ち気に見えるカエデだが、ロランドたちに攻略を阻まれていることで、かなり気落ちしてしまっていたようだ。しゅん、と肩を落として縮こまってしまう。


「……よし、決めた。ロランドのグループと敵対するってわけじゃないですが、迷宮に入る分には自由でしょう。そのカニが出るところ以外に出る魔物と戦ってみます」

「えっ……あ、あかん、『クモ』は毒を吐いてくるし、動きもめっちゃ速くて予想が難しいんや。うちの刀も、皮膚が厚くて通らへんかったし……リョーコ姉さんの攻撃は属性があるから、通ったみたいやったけどな」

「カマキリはもう、大きすぎて……あんなに大きな鎌で斬りつけられたらと思うと、生きた心地がしないわ。私たちは追いかけられて、帰還の巻き物を使ったのよ。中位ギルドまで戦っていた魔物とは、比べ物にならない迫力だったわ」


 リョーコさんの顔色を見るに、かなりの強敵であるのは間違いない。


「でも、クモはアンナがずっと探していた素材を持っているみたいなんです。カニを倒してレベルを上げたら、何とかクモを一体だけ他の魔物から引き離して倒せないかなって」

「……弾力があって、剛性がある糸。私は、それを求めています。私の職業で用いる武器は特殊なのですが、材料さえあれば作れると工房で言われたので、何とかしたいのですが……『羊』の魔物でも同じ用途に使える材料が取れるのですが、そちらは出現率がとても低くて、何日も探しても会えていません」

「なるほど。下位ギルドの人達は迷宮の順番待ちが必要だって言いますが、中位ギルドはどうでした?」


 可能なら、中位ギルドでも行ける迷宮で小手調べをするというのもありだろう。何しろ俺たちは、まだ七番区に来たばかりだ。


「うちらは『羊』が二階から出るっていう、『牧羊神の寝床』に潜ってました。中位ギルドは順番待ちはあらへんけど、やっぱりみんな迷宮の奥まで潜るのは怖いから、一階にたまってます。うちらも二階の入り口で、危なくなったら引き返すことを繰り返してました」

「じゃあ、そこに協力して潜ってみますか。『落陽の浜辺』の占拠されてるところ以外では、かなり強い敵が出る。それより安全なところで、2パーティで潜る感覚を掴んでみたい。その後で、ロランドたちの独占にどう対抗するかを考えましょう」

「っ……そ、それって……」


 目を見開くカエデ。俺は隣にいる五十嵐さんと、他のみんなの意志を順に確認する。


「ルイーザ、飛び級をしたら難しい迷宮に潜らないといけないってことはないわよね?」

「はい、勿論です。『落陽の浜辺』は星三つの迷宮なので、エリーさんとカエデ様方は潜る資格を持っていますが、アトベ様方は星三つの迷宮に入る資格はまだ取得できていないので、七番区で貢献度を少しでもいいので加算していただく必要があります」


 確か、星三つの探索者になるための資格は七番区で貢献度が一万になることだとエリーティアが言っていた。累計貢献度は一万を超えているが、七番区で貢献度を稼ぐというのも条件の一つなのだろう。


「そういうことなら、やっぱり俺たちは『牧羊神の寝床』か、手頃そうな迷宮に一度潜る必要がありますね」

「……うちらと組んだら、さっきの人たちと敵対することになるかもしれません。それでも、組んでくれるんですか?」

「時間が経てば、彼らは順番に六番区に上がっていくとは思う。けど、俺たちもここで足踏みをしていたくはないんだ」


 五番区で迷宮に取り残されているエリーティアの友人を救助する――さらには、テレジアを亜人から元に戻すため、四番区の大神殿を目指す。


 ロランドたちの同盟に振り回されて、足止めを食らうことは避けたい。これだけ多数の探索者が争奪戦をしている『カニ』は昇格するための有効な稼ぎになるのだろうが、それだけに拘泥しなくても、他の迷宮を攻略することも視野に入れていく。


「ありがとうございます、アリヒトさん。うちら四人、ほとんど器用な技とかは持ってなくて、攻撃一辺倒です。それでも良かったら、協力させて欲しいんやけど……」

「こちらこそよろしく。迷宮に向かう前に、一度ミーティングをさせてもらってもいいかな」

「はい、もちろん。うちはカエデ=アキヤマです、あんじょうよろしゅう」


 カエデが握手を求めてくる。その手を握り返すと、彼女はとても嬉しそうに笑った。


 ◆◇◆


 ルイーザさんは赴任の挨拶を終えてから、俺たちをミーティング部屋に連れていってくれた。


 総勢十二名と一匹、シオンは水の入った皿を出してもらい、舐めるようにして飲んでいる。イブキとアンナは犬派だとのことで、その姿を見てほっこりとしていた。


「あの、カエデちゃんたちって私たちと同学年くらいだったりします?」

「うんうん、せやろなってイブキとも言ってたんや。うちが剣道部で、この子が空手部な。リョーコ姉さんが水泳のインストラクターで、アンナはテニス選手やねん」

「うふふ、何だか娘が沢山増えたみたいな気分ね」

「あ、あの……私も同じ年代なので、せめて娘じゃなくて、妹って言ってもらえると、安心できるというか……」

「そうなの? キョウカちゃんも、他の子たちと同じくらいだと思ってた。ふふ、それならお姉さん仲間ね」


 リョーコさんが二十八歳だが、それでも俺よりは一つ下なのである。それでこの圧倒的な色気は、人生経験の違いだろうか。


 今のところ、何の問題もなく和やかに交流できている。しかし亜人のテレジアは、慣れるまで時間がかかってしまわないだろうか――というのも杞憂だった。


「ミスター・アトベのパーティは、多彩なメンバーが揃っていますね。リザードマンの方と親しくなれるなんて、素晴らしいです。私たちが昔傭兵で雇った人とは、ほとんど意思が疎通できませんでしたから」

「命令は聞いてくれるんやけどな、申し訳なくなってしまって。テレジアさんはなんや、うちらが雇ってた人とは全然違うなあ。男の人やってんけど、たまに獲物を見るような目で見てきてたから、亜人の人は『隷属印』がなかったら、従わせてる人に怒ってるもんやと思ってたわ」

「そうなんですか……俺は、テレジアとの連携が最初から上手くいったので、パーティに加わってもらうことにしたんです。彼女はいい子ですよ」

「…………」


 もし亜人に身構える気持ちがあるならそれを和らげたいと思って言ったのだが、俺の隣に座っているテレジアが目に見えて赤くなっていく。その変化にみんなも気が付き、照れ笑いしていた。


「アリヒトさん、恥ずかしいこと真顔で言うからびっくりするなぁ。なかなかできることやないよ」

「恥ずかしいなんてことないよ、あたしは凄いことだと思う……あっ、そういえば、思ってたんですけど。あたしたち年下だし、これから協力するんですから、敬語じゃなくていいですよ。大人の男の人が敬語ってあたしはいいなと思うんですけど、かしこまっちゃいますから」

「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらうよ。カエデとイブキは特に仲がいいみたいだけど、転生する前から知り合いだったとか?」

「同じ時期に転生したので、最初の迷宮に入る時に、広場であたしが声をかけたんです。カエデはこう見えて人見知りなので、最初は大変でした」

「何言うてんねん、イブキの方がおどおどしてたやんか。すごいパンチ持ってるのに、子鹿みたいにおとなしいんやから」

「この子たちとは、『午睡の湿地』という迷宮で合流したんです。それまでは、私とアンナが一緒に行動していて……」

「リョーコには感謝しています。彼女がいなかったら、私はこうして生きてはいません」


 それぞれの探索者に、ここまでに至る背景がある――それは当然のことだが、こうして聞いていると感じるものがあるというか、自分たちのこれまでが自然に思い出されてくる。


「色々あったわよね、これまで。後部くんには感謝してもしきれないっていうか……」

「はいはい、二人の世界を作ろうとしちゃだめですよー。まだ会ったばかりの人たちの前でいちゃいちゃしたら、不信感がうなぎのぼりですよ。リア充爆発しろ! みたいな」

「うふふ、若いっていいわね。見ているだけで私も若い頃のことを思い出しちゃう」

「で、ですから……後部くんは、二十九歳ですから。リョーコさんより年上なんですよ」

「えっ……? や、やだ、そんな……まだ新卒くらいの年かと思ってた」


 どうやらリョーコさんの守備範囲は年上のようだ――と、そっちの分析をしている場合ではない。


「では、みなさんのお顔合わせの途中ですが、迷宮に入る手続きを始めさせていただきますね。『牧羊神の丘』に入ってからは、貢献度はパーティごとに計算されます。共闘することによる加算もありますが、そちらは帰還後に説明させていただきますね」


 このタイミングで話に入ってくるルイーザさんは、もしやリョーコさんを牽制しているのでは――と若干思うが、それは自意識が過剰だろうか。


 共闘するパーティは、ライセンスに表示される。俺はライセンスを所持していないテレジアに画面を見せつつ、カエデたちのレベルなどを確認させてもらった。


  ◆共闘中のパーティ1◆


 パーティ名:フォーシーズンズ

 1:カエデ レベル5 剣道家

 2:イブキ レベル5 空手家

 3:アンナ レベル4 テニス選手

 4:リョーコ レベル5 水泳インストラクター

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