第七十六話 新たな出会い

 七番区の上位ギルドは、三つの建物に分かれている。『攻略者』である一万人の探索者に対して一つの建物で対応することは難しいので、混雑を避けるための措置だった。


 俺たちが利用することになる建物は『緑の館』と呼ばれており、その名の通り屋根が緑に塗られている。三階建てで、それぞれの階層にギルドの担当官と探索者がミーティングを行う部屋があるのだが、俺たちは一階を利用できた。序列1001位からは二階で、2001位からは三階に上がらなくてはならないらしい――といっても、冒険者たちからの要望に応えて、各階に転移できるそうだが。


「一階で受け付けをしてもらえるなら、移動の手間が少なくて助かるわね」

「お兄ちゃんがいつも、一人で報告をしてくれてましたからね。少しでも早く帰ってきてくれたほうが、私たちも嬉しいですよね~」

「……ん? ミサキなら何か茶化すのかと思ったが、そうじゃないのは珍しいな」

「あー、何ですかもう、私がいつもいい加減なことばかり言ってると思ってますね?」

「おおむねそういうイメージを抱いてるけど、違うのか」

「そんなこと言ってー……あ、照れ隠しですか? 照れ隠しですね? お兄ちゃんったら、素直じゃないんですから」


 新しい区に来たからテンションが高いのか――しかしこれだけ無邪気になついてこられると、正直を言えば悪い気はしない。


「私がお休みさせてもらう間に、スズちゃんのことよろしくお願いしますね。それと、今のうちに構ってもらえると嬉しいかなって」

「パーティが九人以上で組めると良かったのにね。エリー、何か駄目な理由ってあるの?」

「『同じパーティの人』に効果のある技能は、最大で八人までしか効果がないのよ。ただ一緒に行動することはできても、九人目以降に対しては、アリヒトの技能は『パーティ外の相手』を指定して使えるものじゃないと、効果がないと思うわ」


 九人目以降に対して『アザーアシスト』を常に使うのは、魔力の消耗が激しすぎる。俺の支援がかからないメンバーがいると危険も大きくなるし、基本は八人までで迷宮に入るべきだろう。


「……しかし、そうか。複数のパーティで潜るっていうことも考えられるわけですね。ルイーザさんは、そういう例も今まで結構見ていますか?」


 俺はルイーザさんに意見を求める。彼女は新しい職場で緊張しているようだったが、声をかけると嬉しそうに微笑む。


「はい、『ジャガーノート』のように強力な魔物を倒すためでなく、平生へいぜいから複数パーティで協力している方々もいらっしゃいます。大規模なものは『同盟』であったり、『旅団』と呼ばれたりして、探索者の互助組織として存在しています」


 エリーティアも元は『白夜旅団』に所属していた。俺たちも今後、どこかの組織に入ることがあるのだろうかと考える。


 それとも、俺が自分で立ち上げるか――現在の仲間が俺を入れて9名で、場合によってはさらに増えるということも考えられる。


「七番区からは、探索のリスクを下げるために、共同で迷宮に向かうパーティもいらっしゃいます。常に一緒に行動するわけではありませんが、同じ迷宮に協力できるパーティがいるというだけで、全く状況が変わってきますから」

「格上のパーティは見返りを求めてくることもあるけど、同格のパーティなら、そういったことは無しで組むことができると思うわ。上の区に行くほど、どうしても利害が重視されるようになって、対等な関係で組むことは難しくなるけれど……」


 エリーティアが仲間を助けるために他のパーティの力を借りられなかったのは、そういうことなのだろう――所属する旅団のメンバーですら救助を出さない状況で、他のパーティが危険を承知で救助に向かってくれるということは考えにくい。


 協力できるパーティがいるというのは、確かに心強い。『北極星』が俺たちに追いついてこられるかはわからないが、他のパーティと知り合ったとして、友好な関係を築くことができたら、それは有り難い話だ。


(他のパーティから情報を得るってことが、これまではほとんどできてなかった。可能なら、話術に長けたメンバーが加わってくれると……)


 そう考えて、ふとルイーザさんを見る。『受付嬢』の彼女なら、話術には優れているのではないかと思い当たったからだ。


「あ、あの……ア、アトベ様、新しい職場も目の前ですし、真剣なお話でしたら、お仕事が終わってから改めて……」

「あ……い、いや、すみません。そんなに俺、真に迫った目をしてましたか」

「後部くん、ちょっと前からたまに目が鋭くなるのよね。何かの技能のせい?」

「『鷹の眼』って技能がありまして、それの影響はあるかもしれませんが……いや、普段からギラギラしてたら怖いですよね。気をつけます」


 白一点というのか分からないが、女性陣とパーティを組む上で何より心配すべきは、とにかく信頼を得ることだ。いくらルイーザさんの技能が気になるからといって、がっついてはいけない。


「……私はアトベ様方の専属受付嬢のようなものなので、もし何かお申し付けでしたら、ご遠慮なさることはありませんよ?」

「せ、専属……ああ、でもそうですね。八番区から一緒に上がってきてますからね」

「はい、今後もそうさせていただければと思っています。有望な新人パーティということで、ギルドからも優先許可が降りていますので」


 優先許可というと、俺たちの担当業務を第一にしてくれるということか。それはとてもありがたい――七番区のように人口が多いと、順番待ちの時間が辛そうだからだ。


「じゃあ、遠慮なく専属として頼らせてもらいます。まだ新人ですが、俺も探索者にとっての時間の大切さは分かっているつもりなので」

「はい、おまかせください。専属になると宿舎も同じところを利用できますので、私も一人用のお部屋が空いていれば、同じところに住めるんですよ」

「へえ、それはいいですね。場合によっては夜でもミーティングができるじゃないですか」

「は、はい……アトベ様はご多忙が続くと思いますので、いつでもお呼び出しいただければ。ライセンスにも、私の連絡先を追加いたしますね」


 ライセンスの機能の中で最も便利なものが、この連絡機能だろう。ただ誰でも使えるわけではなく、専用の技能が必要だ。


「私の職業である『受付嬢』には、『連絡』系の技能がいくつかあります。登録したパーティとしか連絡が取れないので、今までは特定のパーティを登録することはなかったのですが、専属になった今なら支障はありません」

「ありがとうございます。いや、連絡が取れるようになると安心感が違いますね」

「は、はい……私こそ……と……して……」


 ごにょごにょ、と小さな声でルイーザさんが何か言うが、よく聞き取れなかった。受付嬢と探索者として、今後ともよろしくということだろうか。


「……キョウカお姉さん、お兄ちゃんってたまに凶悪だなって思いませんか?」

「そ、そんなこと……まあ、私が同じようなことをされたら、それは結構……」

「結構……? キョウカ、何が結構なの?」

「け、結構は結構よ。英語で言うとベリー・ウェルね」

「私の国の言葉は英語じゃないけど……?」

「アリヒトさんと連絡……私も、アリアドネさんの力をお借りしたら……」


 前世では女性に連絡先を聞かれることなど無かった俺だが、今は需要があるらしい。同じパーティで何を言っているのだ、と思いはするが。


 ◆◇◆


 緑の館に入り、ルイーザさんが部屋を手配してくる間、俺たちはロビーで待つことにした。


「八番区と比べると、強そうな装備をしてる人が多いわね……ああいう槍って、どこかで買えたりするのかしら」

「店売りの装備は八番区よりは質がいいけど、宝箱に入っているものや、迷宮で手に入る材料で加工したものにはかなわないわ。もし壊れたときに買い替えるのは、いいと思うけど……あっ、でも、『シルバー』の装備が入荷しているなら買ってもいいと思うわ。硬度はそれほど高くないけど、霊体系の敵に対処できるから」


 経験者のエリーティアの話を、みんな真剣な顔で聞いている。素材の話が出たので、ふと気になることが出てきた。


「セイバーチケットは『クリスダイト』って金属でできてるそうだが、これは武具に使える金属なのか? いや、チケットをかしたりはしないけど」

「加工できる炉を持っている工房は限られているけど、私が装備している『ハイミスリル』より良い素材と言われてるわ。鉱石のかたまりの一部にだけ含まれていたりするけど、産出量が少ないからすごく貴重なの。武具に使うのはもったいないから、上の区ではもっと普及している材料が使われてるわね。『グロウゴールド』や、『ヘブンスチル』……これらはやっぱり貴重だけど」


 金より上の価値がある金属がいくつもある――そのうち俺も、ハイミスリル以上のスリングショットや防具なんかを装備してみたいものだ。


「後部くん、見て……あっちにいる大人数の人たち、どうやら『組織』を作ってる人たちみたい」

「どうやら、そうみたいですね……述べ24人、3パーティくらいですか」


 そのパーティの一人、グレーの髪をした若い男性が、ロビーの掲示板の前にいた女性たちに声をかける。


「カエデ、まだ他で仲間を探すなんて言っているのか? うちの同盟に入れば、順番に六番区に引き上げてもらえるって言ってるじゃないか」

「せやから言うてるやろ、うちらは組める相手なら自分で探すって。あんたらが大勢で、あの迷宮の一階を縄張りにしてるから困ってるんやないか」


(あの、背中に太刀を背負ってる女性……それと、もう二人が日本人だ。七番区に入ってからあまり見てなかったが……)


「ちょっと、やめなよカエデ。ごめんなさい、私たちは自分たちで組める人たちを募集すると決めたので……」

「俺たちの同盟に入って、あの迷宮の一階で湧き潰しをするのが一番効率良く貢献度を稼げる。あとは昇格試験さえ通れば、ロランドさんのパーティが上に行って序列が空く。その繰り返しで……」


 湧き潰しというと、魔物が湧くたびに袋叩きにするというイメージだろうか――確かに先手が打てれば安定はするだろうが、効率化に徹しすぎているという印象はある。


「そういうやり方もあるんでしょうけど、私たちはあなたたちに見返りを支払ったりすることはできませんから」


 三人目の女性は日焼けしていて、何と言っていいのか――ビキニアーマーを普通に装備しているが、防御力は大丈夫なのだろうか。見るからに、元競泳選手かビーチバレー選手という装いだ。


 四人目は日本人ではなく、青みがかった銀髪が印象的な少女だった。背中に革のケースを背負っている――特徴的な形状だが、棍棒の一種だろうか。


「うちのボスはそういう人だから、仕方がないだろ。別にいいじゃないか、たまに飲みに付き合うくらいで六番区に上がれるのなら」

「はっ……話にならへん。あんたらのリーダーが、どれだけ七番区の女の子を泣かせてるか、知らへんと思ってるんか?」

「ま、待って、カエデ。ここで喧嘩を売るのはやばいよ」

「イブキ……でも悔しいやんか、こんな。迷宮は誰かに占拠されていいもんやあらへんのに」

「あんたたちのパーティが強ければ、迷宮を選ぶ必要もないけどな。上位まで上がってきたばかりじゃ厳しいだろう……くくっ。まあいい、俺たち同盟は『落陽の浜辺』にあと二週間は潜り続ける。あそこで湧く魔物を『俺たちが偶然』独占したとしても、何の問題もないよな?」

「っ……!」


 なんとなく話はわかった――あのカエデという少女のパーティは、上位ギルドに上がってきたばかりで、難度が高い迷宮には潜れない。


 上位ギルドに所属する探索者が行ける迷宮の中で、最も効率良く貢献度などが稼げるところを、グレー髪の男が所属する『同盟』というやつが占拠している。


 同盟に入るための見返りは、同盟の飲み会に出席すること。しかし、カエデはそれを拒否している――わからなくはない話だ。


 否応なく酒を注がされるだけでも、抵抗のある女性は多いだろう。それどころではなく、『泣かされた女性が多い』というのは、ロランドという人物の女癖の悪さを示唆している。


「今度は、気が変わったらそっちから来てくれよ。俺の許可を取れたら、ロランドさんに紹介してやらなくもないぜ……はははははっ……!」


 初めから、今回カエデたちを勧誘できるとは思っていなかったのだろう。『同盟』とやらの組織力を借りて、あのグレー髪は彼女たちを思いのままにしようとしている。


「……許せない。あんな人たちの組織が、七番区のトップにいるなんて……」


 五十嵐さんは我がことのように怒っている――他の皆も。俺も勿論、気持ちは同じだ。


 最上位の連中を排除するなどとは考えていないが、そのやり方には大いに疑問がある。


 ならば、どうするか――まずは、俺たちがどの迷宮に行くかを決める必要がある。『同盟』と同じ迷宮でなくていいのなら、彼らのことは考えなくていいし、どうしても『同盟』とかち合うならば、どのように貢献度を稼ぎ、迷宮を攻略するか対策を練らなくてはならない。


 カエデたち四人が躓いているとして、俺たちが助けられる状況にあるのか。地盤を固めてからでなければ、有効な提案はできない。


「……カエデ、どうする?」

「あいつらに媚びるなんてごめんやで、うちは。そんなことするくらいなら、八番区に戻って時間がかかっても腕を磨くわ」

「でも……八番区の魔物だと、経験値は少ないし、下がる量も大きくなる。ずっとトントンじゃ、いつまでも強くなれないよ」

「イブキ、ほなら何か? あいつらの好きなようにされても我慢するんか? うちは絶対嫌や、認めてもない男に触られたら舌噛むわ。そうやろ、リョーコ姉さん」

「そうなると決まったわけじゃ……と言いたいけど。ロランドは七番区に居座っているうちに、かなり悪名が広がっているから……彼のところでお酒を飲まされたら、私みたいなおばさんは狙われないけど、あなたたちは……」

「リョーコはまだ28歳です。おばさんというには早くありませんか」


 最年長の日焼けした女性が二十八歳で、銀髪の少女は見たところ、まだ十代だ。カエデとイブキという子たちも、同じくらいの年代だろうか。ミサキ、スズナとそう離れていないように見える。


「アンナ、ありがとう。確かに探索者をしてると、魔力を使うせいか、お肌の張りとかは転生する前より良くなった気がするのよね……」

「はあ……リョーコ姉さん、お肌は大事やけど、とりあえずこれからどうするか決めへんと」

「そうだよねえ……うーん……あっ」


 イブキと呼ばれたショートヘアの少女が、同じロビーにいる俺たちの姿に気づく。


「……あの人ら、新人さんやろか?」

「う、うん。たぶん……まだ、このギルドに来たばかりみたいだね」

「これは……チャンスじゃない? 女の子が多いパーティだし……後ろにいる男の人は、おとなしそうだし」

「交渉、してみますか? 私はおおむね賛成です。グレイのような男性にお願いするのは嫌ですから」


 グレー髪のグレイ、そのままじゃないかと思いつつも、さっきの男の名前は判明した。いずれ一泡吹かせてやりたいと思いはするが、そのために探索するわけではない。


 掲示板の近くに行こうとすると、カエデたち四人がこちらに歩いてくる。先頭に立つカエデの真剣な眼差しは、これから始まる話が彼女たちにとってとても重要なものであると示していた――それは、俺たちにとっても同じになりそうだが。

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