第七十三話 叢雲

 しかし、刀を普通に持ってしまったが、もし呪われた装備だったらと思うと軽率だった気もする――アリアドネの言うとおりこれが『アーマメント』なら、持つだけで危険なら事前に知らせてくれただろうし、実際に大丈夫だったので問題はないのだが。


「アトベ殿、ここに持ってこられたナップザックが光っているようだが……」

「ん……な、何だ?」


 戦闘中は手放していたナップザックが、見ると、青い光を放っている。


「お、お兄ちゃんっ、その刀まで光ってますよっ、危なくないですか?」

「いえ……危険な霊気は感じません。きっと、悪いことは起こらないと思います」

「…………」


 テレジアが凄く心配してくれているが、スズナの言うとおり、俺も凶兆というか、不吉な気配は不思議と感じなかった。


 よく見ると、刀の柄の部分に窪みがあり、そこが淡く青い光を放って、刀全体を包み込んでいる――まるで、脈動しているかのようだ。


(青というか、水色というか……アリアドネの髪の色にも似ている……これは、やはり秘神との関わりを示している)


 ナップザックの中で光っていたのは、『破軍晶』だった。アリアドネは『剣』に対応する『神器アーマメント操晶コントローラー』だと言っていたが、『刀』であっても呼応しているということは、迷宮国において二つは同じ括りの武器種として扱われていると考えられる。


「その宝石を、柄のところの穴に嵌め込むってことなのかしら……?」

「……アリヒト、気をつけて。私もスズナの直感を信じているけど、何が起きるか分からないわ」

「バウッ」


 五十嵐さん、エリーティア、シオンも見守っている。セラフィナさんもこれから何が起きるのかと緊張しているようで、ずっと目を見張っていた。


「……アトベ殿、私も、このような重要な場に立ち会っていいのだろうか」

「セラフィナさんにも一緒に戦ってもらって、戦闘の後まで立ち会ってもらえるなんて、むしろこちらが感謝しないといけないですよ」

「そ、そうか……そう言ってもらえるのなら。私も決して口外しない。今はこの部隊パーティの一員として、見せてもらおう」


 破軍晶を手に取った途端に、痛みは無いが、音もなく火花が散った。


「っ……いや、大丈夫だ。しかしこれは……予想以上に、とんでもないことになりそうだ……!」


 柄の窪みに破軍晶を嵌め込む。その瞬間、刀身全体に回路のように青い光が波及し、形状が変化する――日本刀のような見た目から、刃と鍔の部分などが展開していき、外見が大きく変化する。


 ◆現在の状況◆


 ・『?意志を持つ武器』の所有者を『アリヒト』に変更

 ・『?意志を持つ武器』の第一銘が『ムラクモ』と判明


 ――我が名はムラクモ。『アリヒト』をマスターとして認証し、これより秘神『アリアドネ』の管理下に入る。


「っ……!」


 頭の中に響いてきた声は、戦いに入る前と同じ無機質なものだった――だが、今はこちらを排除するという意志は感じない。


 俺は刀の柄を手放していた――刀はそのまま浮遊し、何もないところで止まると。


「……刀に宿る、霊体……さっきまで、生きているみたいに動いていたのは……」


 囁くようなスズナの声を聞いて、俺は一つの推論を立てる。


 刀が生きているように動いていたのではない。車輪のように回転する技だけは刀が独自に動いていたのだろうが――それ以外の、まるで熟練の剣士のような動きを可能にしていたのは、ムラクモに宿る霊体によるものだった。


 その霊体が急速に実体を結んで、俺たちの前に姿を現す。刀の柄を握り、こちらを無機質な瞳で見つめている、一人の少女。


 アリアドネを幼くしたような見た目で、明らかに異質な装いをしている。迷宮国で見られる文明とはかけ離れた、言うなればサイバネティックな、肌に張り付くポリマーのような素材のスーツを着ており、頭にはヘッドギアのようなものをつけている。


「君が……この刀に宿っている意志。今までは、姿が見えないようにしてたってことなのか?」


 ムラクモは口を動かさず、ただ頷きを返す。頭に響いてくる声はおそらく彼女のもので、アリアドネと同じような方法で語りかけてきているが、実際の声は発しないようだ。


「ふぁぁ……すっごーい。なんか、一人だけ宇宙にいけちゃいそうな、なんとかスーツみたいな感じじゃないですか? これって」

「本当ね……それにしてもこんなに可愛い女の子が、あんなに激しい攻撃をしてきてたなんて、嘘みたいね」


 ミサキも五十嵐さんも感心しきりだ。可愛いと言われても、少女――ムラクモは、全く表情を動かさない。


「質量のある映像っていうことかしら。さっきは、完全に見えなかったけど……」


 ムラクモは頷かない。映像というのは少し違って、姿が見えるようにするのも、隠すのも、霊体である彼女は意志次第で切り替えられるということだろう。


 俺は胸の内で、アリアドネに質問する――ここに彼女の声は届くだろうか。


『……貴方がたが無事で良かった。私の管理下に『星機剣』が加わったことは、先ほど確認することができた。私の力が少しでも役に立ったのなら、望外の喜びを覚える』


(そうか……そこまで言ってくれると、こっちも嬉しくなるな。俺たちが生き残れたのは、アリアドネの加護もあってのことだ)


『私の手で星機剣の一撃を阻んだとき、私も貴方と共に戦うことができているのだと感じた。私は、貴方のような契約者に巡り会えたことに感謝している』


 出会ったばかりの頃と比べると、アリアドネの言葉に熱を感じる――淡々としているのだが、今までとは確実に変わっている。


 それも信仰値を上げたことに関係しているのかとも思うが、どちらにせよ、信頼関係が順調に築けているのはいいことだ。


『……認識コードを受け取った。ムラクモは、私のパーツとしても能力を発揮するが、所有者として認めたアリヒトが装備しても良いし、誰かが使ってもよい。装備者は限られるが、おそらく七番区まで上がっても見ることのない強力な武器となる』


(そうか……アリアドネのパーツとして、届けに行かなくてもいいのか?)


『貴方が所有しているだけで、私の管理下に置かれている。私は、ムラクモを手元に召喚することができる。あと一つパーツを揃えれば、パーティ全体に転移の効果を広げることができる。しかし、転移時の装備の欠落などの欠点はある』


(それは、非常時には有り難いな……巻物の効果がないところでも使えたりするといいんだが)


『秘神の技能を使用すると、そういった人間の持つ技能を道具として使えるようにした場合とは、異なる理論で転移をする。原則として、使用できない環境はない』


 話せば話すほど、今回の収穫は大きいと感じる――やはり、箱開けに挑戦してみて良かった。


 アリアドネとのやりとりを終えると、ムラクモがこちらを見ていることに気づく――少し、その姿が薄れかかっている。


「可視化していられる時間は、ごく少ない。我がマスター、私を装備し、輸送するべき」

「っ……しゃ、喋ることはできるのか。分かった、俺が持って歩けばいいのか?」

「本当は言葉を発しないべき。武器は、武器であるべきだから」

「……か、可愛い……この子、実はちょー可愛くないですか?」

「ミサキ、あまり軽率に抱きついたりとかはしないようにな」

「わ、分かってますけど~……私ってこう見えて母性本能が豊かだったりして……」

「……こうしてお会いしてみると、とても可愛らしい方だったんですね」


 先ほどの激しい戦闘から打って変わって、ムラクモを囲んだ俺たちの空気は平和極まりない。もう味方になったのだから、皆が受け入れてくれるのはいいことだ。


 ムラクモは言葉通りに可視化を終えて、再び見えなくなる。変形していた刀も元の日本刀の姿に戻った――マドカに頼んで専用の鞘を手配してもらい、背中に背負うのが良さそうだろうか。


「バウ、バウッ」

「シオンちゃん……偉いわ、何も言ってないのに、お仕事してくれてるのね」


 シオンは散乱している大きめの装備を加えて、俺のところに持ってきてくれていた。特に魔法がかかっていなさそうなものも多いが、その中にはこれはと思うものも混じっている――何人かの装備を更新できそうだ。


 そして俺たちはそれから二時間ほどかけて、黒い箱の中身の宝を集め、整理した――金貨にして五千五百枚、銀貨、銅貨も含めればかなりの額で、見たことのない金属のコインも混じっていた。


 中には北極星のメンバーが落としたものだろう装備も含まれている。今まで手にしたことのない魔石がいくつかと、そしてルーンも二つ手に入った。


 ファルマさんにはとても世話になったので、通常の料金に加えて、成功報酬として金貨を百枚ほど渡した。それ以上渡そうと思ったのだが、彼女は受け取るとしてもそれが限度と決めているそうだった。


「お金は、どれだけあっても困るものではありませんよ。七番区に上がられても、必ず入り用になる場面があります。それに金貨百枚なんて、私達の家族にとっては、ありあまるほどの金額ですし……箱を開けただけで受け取るなんて、申し訳ないかぎりです」

「いえ、危険な箱開けをしてもらいましたから。ファルマさん、本当にありがとうございました」

「いえいえ……私こそ、アトベ様方と出会ってから、驚くことばかりで。私も皆さんのような冒険がしたかったといつも思います。でも、お話を聞くだけで、十分に嬉しいですから」


 そこまで言ってもらえて、皆も照れている――俺も同じ気持ちだ。


 そして充実していた八番区での日々は、今日で終わりとなる。


 ここで築いた人間関係は、七番区以降も続いていく。俺はファルマさんにもう一度挨拶し、仲間たちと共にギルドに向かった――一段落したら一緒に飲もうと言っていた、ルイーザさんを誘うために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る