第七十二話 反転

 パーティメンバーが八名、戦霊を加えて十六名。この人数で総攻撃をかければ、固定ダメージだけが通るとしても、これまでで最大級の瞬間火力となるはずだ。


「……受け止める……!」


 敵意を上げる技能を使ったセラフィナさんの言葉に反応するように、刀が刃の面を彼女に向け、まるで車輪のように猛烈に回転し始める。


「セラフィナさん、今出現した戦霊を上手く使ってください! あなたの意志通りに動きます!」

「戦霊……これは、私の分身……それなら……!」


 ここで『支援連携』を習得していれば、さらに戦術の幅は広がっていただろうと直感する――だが、今はあるものを活かして、この戦いを切り抜ける。


 ◆現在の状況◆


 ・『セラフィナ』が『オーラシールド』を発動

 ・『セラフィナの戦霊』が『オーラシールド』を半減発動

 ・『オーラシールド』の効果が強化


 戦霊の技能は、本体の二分の一の性能となる。それでもセラフィナさんのライオットシールドを包む光は、並んで技能を発動した戦霊の盾と合わさって、大きく力強さを増していた。


 ◆現在の状況◆


 ・『?意志を持つ武器』が『車懸かり』を発動


「なっ……!」


 ただの武器ではない――『技能』を使う、意志を持つ武器。


 俺たちの使う技能が物理法則を無視することがあるように、その刀が繰り出す斬撃もまた、俺たちの常識を超えていた。


(全体――いや、複数攻撃……!)


 車輪のように回転する刀が、斬撃を飛び道具のように次々と撃ち出す。セラフィナさんだけでなく、後ろにいるエリーティアと五十嵐さんにまで、弧を描くような軌道で斬撃が襲いかかる――しかし。


「――通さないと言ったっ!」

「アリアドネ、頼むっ……!」


 ◆現在の状況◆


 ・『セラフィナ』が『ディフェンスフォース』を発動

 ・『セラフィナ』の防御範囲が拡張

 ・『アリヒト』が『機神アリアドネ』に一時支援要請 →対象:セラフィナ

 ・『機神アリアドネ』が『ガードアーム』を発動

 ・『アリヒト』の『支援防御1』が発動 →対象:セラフィナ

 ・『セラフィナ』に1段目が命中 →ダメージ0

 ・『セラフィナ』に2段目が命中 →ダメージ0

 ・『セラフィナ』に3段目が命中 →ダメージ0

 ・『セラフィナ』に4段目が命中 →ダメージ0


 まさに、不動の盾――何者も通さない壁。セラフィナさんの盾が瞬間的に面積を増し、刀が打ち出した斬撃を阻む。


 ガードアーム二つが、一つずつの斬撃を止める。そして、セラフィナさん自身の盾が二回の斬撃を受け止める――しかし。


「セラフィナ……ッ!」


 エリーティアが叫ぶ――敵の攻撃は四段では終わらなかった。最後の一撃を浴び、セラフィナさんの身体がぐらりと傾く。彼女はそれでも倒れず、髪を振り乱して声を上げた。


「倒れるわけには……っ、はぁぁっ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『セラフィナ』に5段目が命中

 ・『セラフィナ』が『ファナティック』を発動 →ステータス上昇

 ・『セラフィナ』が『シールドスラム』を発動 →『?意志を持つ武器』に命中 固定ダメージ11

 ・『?意志を持つ武器』がスタン

 ・『セラフィナ』の体力、魔力が回復 ドロップ奪取失敗


 渾身の盾による打撃が、刀の回転を止める――斬撃を放ったあとの一瞬の失速を、セラフィナさんは見逃さなかった。反撃した分だけ彼女の体力が回復し、その身体が淡く輝く。


 彼女の作り出してくれた隙。そこに俺たちは、攻撃がかち合わないようにタイミングをわずかにずらして、連撃を叩き込んでいく。まず切り込んでいったのは、『ソニックレイド』で加速したエリーティアと戦霊だった。その後に続けて、五十嵐さんが槍を構えて追従する。さらに次には、三列目にいたシオンも続いていた。


「――砕け散れっ!」

「はぁぁっ……!」

「ワォォンッ!」


 ◆現在の状況◆

 ・『エリーティア』が『ブロッサムブレード』を発動

 ・『?意志を持つ武器』に12段命中 戦霊の付加攻撃 支援ダメージ264 

 ・『キョウカ』が『ダブルアタック』を発動 

 ・『?意志を持つ武器』に2段命中 戦霊の付加攻撃 支援ダメージ44

 ・『シオン』が『クロスクロー』を発動

 ・『?意志を持つ武器』に2段命中 戦霊の付加攻撃 支援ダメージ44

 ・『エリーティア』の体力、魔力が回復 ドロップ奪取成功

 ・『キョウカ』の体力、魔力が回復 ドロップ非所持により奪取失敗

 ・『シオン』の体力、魔力が回復 ドロップ非所持により奪取失敗

 

 火花が散るほどの、怒涛の連撃――それを余すところなく叩き込まれても、刀はまだ健在だった。バリアのような光の膜を展開し、それを少しずつ削られながらも耐えしのいでいる。


 残る四人での総攻撃――その指示を出そうとして、俺の脳裏に何か、得体の知れない不安がよぎる。


「――スズナ、ミサキ!」

「はいっ……!」


 テレジアにも短刀を投げるように指示することができる。しかし彼女は、俺が指示しなくても自分から動くはずだった――あえて攻撃しないことに、俺は理屈を超えたものを感じ取っていた。


(俺たち三人で詰める……これで、押し切る!)


 ◆現在の状況◆


 ・『ミサキ』の攻撃が『?意志を持つ武器』に命中 支援ダメージ11

 ・『スズナ』が『皆中』を発動 →2本連続で必中

 ・『スズナ』の攻撃が『?意志を持つ武器』に2回命中 支援ダメージ22

 ・『ミサキ』の体力、魔力が回復 ドロップ非所持により奪取失敗

 ・『スズナ』の体力、魔力が回復 ドロップ非所持により奪取失敗


「当たったっ……で、でも、手応えがあんまりっ……」

「矢は届いてない……アリヒトさんの力しか、効かない……っ」


 『支援攻撃』は効いているはずだ――スリングを打ち込めば、さらに一手分のダメージを稼げる。


(だが……何なんだ、この嫌な感じは……まさか……!)


 ◆現在の状況◆


 ・『?意志を持つ武器』の緊急回避行動 →『?意志を持つ武器』の状態異常が回復

 ・『?意志を持つ武器』が『籠之鳥かごのとり』を発動


 ――攻撃を受けるばかりだった刀が、突如として幾つもの本数に分かれ、俺たち全員をぐるりと取り囲む。


「なっ……」

「――アリヒト、逃げてっ! この攻撃は……っ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』の『鷹の眼』が発動 →『?意志を持つ武器』の本体を看破


 最後方にいる俺の、さらに後ろから生じた、凄絶な殺気。


 『後衛』の弱点。一番後ろにいる俺を直接攻撃された時に脆い――その対策をとらねばならないと、分かっていたのに。


「後部くんっ……!」


 五十嵐さんの声がする。俺は、少しでも早く振り返ろうとする――敵の攻撃を防ぐまともな方法など持っていない、スリングを盾にして致命傷を避けることなど、可能なのか。セラフィナさんがあれだけ守備技能を重ね、アリアドネの力を借りて、ようやく耐えた攻撃だというのに。


(だが……後ろから刺されて死ぬよりは、まだいい。正面から受ける……!)


「――うぉぉぉぉぉぉっ……!」


 振り向き、後方にスリングを振り抜く。まともな防御になっていなくても、腕を切り飛ばされようが、死ぬことだけは避けてみせる。


「っ……!」


 テレジアはこの可能性を予見していた。


 彼女だけが、俺を守れる位置にいた。攻撃に加わらず、後ろに引いて――だが。


(――来るな、テレジア!)


 彼女を二度死なせるわけにはいかない。だから俺は彼女に近づかないようにと念じた。


 ◆現在の状況◆


 ・『?意志を持つ武器』が『流星突き』を発動


 刀がわずかに後ろに下がる――まるで、人が構えているかのように。その直後、突き出されるところを、俺は確かに見た。


 その動きが、『遅くなる』。


 俺の身体に迫る剣尖から身をひねって逃げる、それが可能になるほどに。


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』が『殿軍の将』を発動 →パーティの人数分ステータスが上昇


「くっ……!」


 胸板を薄く削って、刀の刃が通り抜ける――火のような痛み。しかし、心臓を貫かれることは避けられた。


「――っ!!」


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』が回避 ダメージ軽減

 ・『テレジア』が『ウィンドスラッシュ』を発動 戦霊の付加攻撃

 ・『?意志を持つ武器』に命中 ノックバック中 支援ダメージ22

 ・『テレジア』の体力、魔力が回復 ドロップ非所持により奪取失敗


 『アクセルダッシュ』で加速したテレジアが刀を押し返してくれる――そして風圧で刀が一瞬だけ下がった瞬間を見逃さず、俺は渾身の力を込めてスリングを放った。


「――うぉぉぉぉぉっ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』が『フォースシュート・スタン』を発動 戦霊の付加攻撃

 ・『?意志を持つ武器』に2回命中

 ・『アリヒト』の体力、魔力が回復 ドロップ非所持により奪取失敗

 ・『?意志を持つ武器』を1体討伐


 なぜこれほどの力が出るのか――スリングがきしむほどの力で引き、そして打ち出した金属弾は、刀の柄の部分に命中すると、銃弾でも命中したかのような音を立てた。


「はぁっ、はぁっ……い、痛ってえ……」

「……!!」


 テレジアが駆け寄ってくる――ハードレザーの鎧では、この刀を前にしては紙のようなもので、胸の装甲がすっぱりと切り裂かれ、その下に一文字の傷がついている。 


「後部くんっ……!」

「アリヒトっ……ここはポーションを使って。スズナ、何か手当てをするものを」

「はいっ……包帯なら、手作りのものを用意していますので……でも、すぐに医療所に行きましょう」


 かなり出血しているし、痛いのだが、みんなに心配されすぎて申し訳なくなる。


 戦闘が終わって、戦霊が消滅する――そして俺はライセンスの表示を見て、自分に何が起きていたのかを確認した。


 『殿軍の将』。この技能が発動したおかげで、背後に現れた敵の動きについていけた――そして、無傷とはいかないが、生き残ることができた。


(……テレジアが、この技能を取るように勧めてくれたおかげだ。この技能が無かったら、今頃俺は……)


 もし戦霊の数の分も、『殿軍の将』の説明に書いてある『人数が多いほど能力が上がる』という条件の中でカウントされるとしたら。俺は自分の戦霊も入れて、16名のパーティにおける『殿軍の将』となり、能力が向上したということになる。


 セラフィナさんも一撃を受けて、額の鉢金が割れ、鎧の胸甲に傷がついている。しかし『三奪』の効果で回復できたのか、出血は見られなかった。俺も同じだ――しかし回復したといっても、出血が即座に止まるわけではなく、傷口の再生が緩やかに始まり、痛みが和らぐ。


「凄まじい……後衛が、このような破壊力を叩き出すなどと。スリングショットというものについて、認識を変えられた気分だ」

「常にこんな威力は出せないですが、条件次第では……しかし、危なかった。セラフィナさんにも、危険な役回りをお願いしてすみません」


 セラフィナさんはふっと笑う。厄介事を押し付けられたなんて顔はしていなくて、その笑顔はどこまでも晴れやかだった。あまり笑わない印象があったので、とても新鮮に見える。


「このような貴重な経験ができたことに、こちらこそ感謝したい。黒い箱には、このような敵が潜んでいることがあるのか……」


 シオンが落ちている刀を警戒しつつ、見張ってくれている。俺は応急処置をしてもらったあと、刀に近づいた。


 ◆?意志を持つ武器◆


 ・『自己防衛機構』が休眠している。


 鑑定してみなくては、何も分からない――もしくは、アリアドネに見てもらうか。


(……休眠しているって、目覚めたらどうなるんだ……また襲ってくるなんていうのは、勘弁してもらいたいが)


 その刀は、『後衛』の俺でも装備できるのか、柄を握ると手に吸い付いてくるようだ。しかしスリングが主な武器なので、まずアリアドネに渡すべきだろう――これが彼女の『パーツ』であれば、おそらく、アリアドネは一部の力を取り戻すことができる。


 周囲に散乱している宝の山、そして勝利に安堵している仲間たちを見ると、ようやくやり遂げた実感が湧いてきた。

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