第七十話 エナジーシンク
スズナが『霊媒』でアリアドネを宿した状態で、『アシストチャージ』を行い、チャージした魔力を返してもらい、再度『アシストチャージ』を使う。
理論的にはそういうことなのだが、実際に魔力を返してもらうためのアリアドネの技能を使ってもらう段になって、俺は思いがけず緊張を強いられた。
アリアドネの『エナジーシンク』という技能は、シンク(同期)――つまり、技能の使用者と、対象者の魔力を等しい状態にすることができる。
『アシストチャージ』を使用すると俺の魔力は減るが、減少量より多くアリアドネは回復する。減った分を『エナジーシンク』で補填し、もう一度『アシストチャージ』を使う。こうすると、『エナジーシンク』によって俺の魔力は毎回同じ量まで回復するので、何度でも繰り返すことができる。
できるのだが――『エナジーシンク』を発動するには、身体のどこかが触れていないといけない。当たり障りのない場所に触れば問題ないとは思うものの、実際にやってみようとすると、どこを触っても差し障りがある気がしてくる。
「あ、あの……アリヒトさん、私はどこでも触っていただいて大丈夫ですので、お気になさらないでください」
「おおっ……ス、スズナ。『霊媒』してる間でも喋ろうと思えば喋れるのか?」
思わず大げさに驚いてしまう――先ほどまでアリアドネの淡々とした口調だったのに、いきなり素のスズナに戻ったからだ。
「アリヒトさんがすごく遠慮をされているので、アリアドネさんに代わってもらいました……すごく不思議な気分です」
『霊媒』中に、スズナが全く自分の意志で動けないということではない。しかし自分で身体を動かせるようになったばかりのときは、少し違和感があるようで、スズナは落ち着かなさそうにしていた。
「……『ガードアーム』……それを強くするには、アリヒトさんにいっぱい魔力を送ってもらわないといけないんですね」
「あ、ああ……アリアドネに対する信仰度を高めれば、防御力を高められるらしい」
「そうしたら、強い攻撃を受けても、防げる可能性が高くなりますね……今夜中に、できるだけ信仰を深めましょう」
「協力してもらえると、俺も助かる。いや、俺というよりパーティ全体の話になるな」
「はい、パーティのために……一人は皆のために、皆は一人のために。ですね」
スズナは珍しく、冗談めかせて言う。俺が皆を守ろうと思っているのと同じで、彼女もそう思ってくれているというのは、そのままパーティの結束の固さに直結する。
誰かと誰かの仲が悪いということは、幸いにして全くなく、俺たちは全員仲がいい。しかしそこに慢心して気遣いを忘れてはならないのが、人間関係というものだ。特に俺は男で、皆は女性なのだから、俺が一番気をつけなくてはいけない。
「……あ、あの。そろそろ『エナジーシンク』を使いますので、触れていただけますか?」
「あ、ああ……じゃあ、どこがいいかな。指示してもらえるとありがたいんだが」
スキンシップくらい変に意識せずこなすべきだと思うのだが、もしそこがスズナにとってくすぐったい場所だったりすると良くない。ここは石橋を叩いて渡るべきだろう。
「背中のどこでもいいので、触ってみてください」
「分かった……じゃあ、このあたりで」
肩甲骨の間のあたりに手を触れさせる。スズナは祈るように手を合わせる――『エナジーシンク』を発動しているのだ。
◆現在の状況◆
・『スズナ』が『秘神アリアドネ』の『エナジーシンク』を『代行』
・『アリヒト』と『スズナ』の魔力が均衡
「……あたたかい。私の魔力がアリヒトさんに移って、アリヒトさんの魔力が帰ってきて、均一になっていくのがわかります」
「この技能を複数人で使えると、特に消耗したパーティメンバーを補いつつ、全員一定の魔力にできるんじゃないかと思うんだけどな」
そんな俺の推論に対し、スズナはもう一度アリアドネに交代して答えてくれる。
「肯定する。今はリーダーであるアリヒトに対してしか使用できない。しかし、秘神の技能はパーティが成長するほどに強化される。パーティのレベルが合計で20を超えれば、私の技能は第二段階に変化する」
アリアドネが『曙の野原』の深層から出られるようになったら、パーティに参加してもらうこともできるのだろうか。そうしたら、彼女の持つ技能を自分自身で行使できる。
「パーツを集められれば、そのようなことも可能になる」
「な、なるほど……霊媒してても、俺の考えは伝わるんだな」
「肯定……否。それについては未確定とする。人間は、私的な時間を秘匿する傾向にある。私はアリヒトがどのような思考をしているか、他者に情報を提供してはならない」
「確かに、そうして貰えると助かるな……いや、考えが伝わってること自体はいいんだが、呆れられないかは少し心配だな」
「私は人間の感情について、理解したいと思っている。より理解を深めるには、やはり、男女の交渉を持つことが……」
「だ、だからその話はだな……」
スズナといつ入れ替わってもおかしくないし、彼女もこのやり取りを聞いている。俺にできることは、アリアドネに可能な限り、男女はみだりにそういうことをしないものだと説くことくらいだった。
◆◇◆
アリアドネの信仰度は、パーティの状況に応じて限度があるらしく、現時点では100まで上げることができた。
『アシストチャージ』を繰り返すたび、俺は何となく、後ろを伺うアリアドネの仕草が変わったように感じていた――触れることを、意識されているというのか。
「アリアドネ、大丈夫か?」
「……感情に、引きずられる。
「ど、どうした? 具合でも悪いのか」
「……否。そうではない。私も、巫女の体調も万全といえる。問題はない」
アリアドネは胸に手を当てて主張する。目に光がないので、やはり見つめられると吸い込まれそうというか、妙な気分にさせられる。
さんざん『人間を理解したい』と言われ続けたので、俺も気持ちが動いてしまっているのだろうか。それも健全な男性なら仕方のないこととして、大目に見てもらいたい。
「信仰度は高まった。これで、『ガードアーム』を使用して、貴方がたを守ることができる。本来なら、防御に長けた仲間がいるとなお安全となる」
「なるほど、そうか……『シルバーハウンド』のシオンが、今のところうちの防御担当なんだが、護衛獣との相性はどうだ?」
「私は獣の加護には特化していない。相性が良いのは『人型の戦士系』で、金属製の装備をしている者がよい」
そうなると、うちのパーティでは五十嵐さんかエリーティアということになるが――エリーティアは攻撃特化で、五十嵐さんは受けるより回避した方が安全だ。
(防御特化の、金属装備といえば……ギルドセイバーのセラフィナさんがそうだな。しかし彼女は、もう八番区から引き上げているか)
「分かった、色々とありがとう。アリアドネ、すぐに力を借りることになると思うが、そのときはよろしく頼む」
「承った。私も……貴方がたと対話することができて……回路の保全が……」
◆現在の状況◆
・『スズナ』の『霊媒』が解除
かくん、とアリアドネが急にうなだれてしまう。霊媒は、一定時間で切れてしまうものなのだろうか。
「スズナ、大丈夫か?」
声をかけてみると、スズナはゆっくり目を開け、目の前にいる俺を見て――小さく後ろに飛んで、両手で口を押さえた。
「ど、どうした? ごめん、急に目の前にいたから驚いたかな」
「……い、いえっ……私、アリアドネさんの中で見ていましたから……彼女は、一度眠りにつくと言っていて……」
スズナはしきりに耳を触ったり、ベッドを撫でたりして落ち着かなさそうにしている。
俺と二人部屋というのを、今さら意識しているということも無いと思うのだが。しばらくすると、スズナは俺が見ていることに気付いて、またその場でビクッとする。
「え、えーと……俺、水でも持ってくるよ。ずっと集中してたから一息入れよう」
「っ……い、いえ。私が行ってきます、アリヒトさんはそのまま楽になさっていてください……で、ではっ」
いつも落ち着いているスズナだが、今は珍しいほどに慌てている。
彼女も高校生なのだから、どんな状況でも常に沈着冷静というわけでもないのだろう。それは分かるのだが――今のスズナをミサキが見たら確実に勘違いするので、何とか朝までには落ち着いてもらいたいところだ。
◆◇◆
てっぺんを回ってから就寝し、朝食の三十分ほど前に目が覚めた。
今日の朝食は選択ができるというので、ワイルドボアという魔物の肉で作ったベーコンのサンドウィッチを選んでみた。猪系の魔物だというのだが、果実の絞り汁につけて臭みを抜いてあり、非常に柔らかい。作りたてなので、噛むとジュワッと肉汁が溢れ出てくる。
(しかし、豚肉っぽい味だ……豚といえば生姜焼きだよな。醤油がなければ絶対に出せないあの味……何とかもう一度味わえないものか)
「迷宮国でも新鮮なお魚が食べられるって、本当にありがたいわね」
「スズちゃんのお母さん、朝はよくお魚焼いてたよね。うちのママも……あれ? スズちゃん、どうしたのぼーっとして」
「……はい?」
生返事のスズナを見て、みんなが驚く。朝から微妙に様子がおかしいと思ってはいたが、やはり夜更かしをしたのが良くなかったのだろうか。
「……お兄ちゃん、スズちゃんにえっちなことした?」
「っ……す、するわけがないだろ。なんてことを言うんだ」
「でも、スズナがこんなに動揺しているなんて……何かあったと思うのが自然ね」
エリーティアの指摘に、新しく朝食の席に加わったマドカはあたふたとしており、メリッサはもくもくとチリビーンズを口に運んでいる。
「あ、あの……お姉さんたちは、アリヒトお兄さんと、そういったことは……」
「っ……な、無いわよ、そんな。後部くんは真面目だから、そういうことはちゃんと、将来のことまで考えた上で……」
「キョウカお姉さん、やっぱりお兄ちゃんのことには一番詳しいですね。あ、そうだ。お兄ちゃんに元カノがいたかどうかは聞いておかないと」
「……いない……と思うけど、どうかしら……休みの日はよく私と仕事をしてたし、仕事中に電話が来て抜けることも少なかったし……」
「そういうところも見てたのね……キョウカ、アリヒトのことばかり見てたんじゃない?」
「そ、そんなこと……」
五十嵐さんは困り果てている――助けてあげたいのだが、『そんなに見られてなかった』と言うのも何か間抜けな気がする。実際はパワハラ気味なほど、俺が離席すると彼女はかなり気にしていたわけで。
「……そ、それより。後部くん、スズナちゃんに何かあったの?」
「え、ええ……何かというか、昨日は少し夜遅くまで、スズナにも付き合ってもらいまして」
「つ、つきあう……それってお兄ちゃんもがっ」
「あなたはそろそろ自重しなさい、ミサキ。話が進まないじゃない」
エリーティアが実力行使でミサキを静かにさせる。俺も大事なことをみんなに相談したいと思っていたので、そろそろ切り出すことにした。
「みんなにも報告しようと思ってたんだが、ゆうべ、アリアドネから連絡があった。スズナの技能を使うと、アリアドネの精神を呼び寄せて、会話することができるんだ」
「そんなことがあったのね……それで、どんな話をしたの?」
「黒い箱を空けると、中から秘神のパーツが出てくることがあるそうです。それは、取得しようとしたものを攻撃してくる……つまり、箱屋で開けてもらったとき、戦闘になる可能性があります」
そう説明すると、みんなは真剣な面持ちに変わる。先ほどまで上の空だったスズナも、平常の様子に戻った。
「その攻撃を防ぐために、ゆうべスズナに協力してもらって、アリアドネの信仰度というものを上げたんです。でも、今の段階で箱を空けるより、レベルを上げてから開けた方が安全といえば安全です」
「……そうね。もし、そのパーツというのが凄く強かったりしたら……」
「でも、アリアドネさんのパーツなのよね。それなら、アリアドネさんの力で攻撃を防ぐことができる可能性は高いんじゃないかしら。彼女だって、とても危険なことなら提案しないと思うし」
エリーティアと五十嵐さんの意見、両方が俺の中でせめぎ合っている。
ここであえてリスクを犯さず、箱を開けずにとっておくか。それとも、黒い箱からパーツの他に、魔法の装備などが得られることを期待して開けるか。
(……やはり、リスクは冒せないか。ガードアームでダメージを防げるという保証も……)
「……私は、アリヒトさんについていきます。もう、そう決めていますから」
「そうね……少し重い判断になるのは、申し訳ないけど。私は、アリヒトがいるならそうそう負けることはないって思ってる。今までも、勝てそうにない魔物を倒せたのは、アリヒトがいてくれたからだもの」
「…………」
テレジアは無言で俺を見る。彼女はどんな時も、俺に従ってくれるのだろう。
慎重であることに越したことはない。しかしアリアドネのパーツが手に入る可能性が高いというのに、安全を期して後回しにするのは、何か違うという気がする。
「……俺は、黒い箱を開けたい。危険かもしれないが、得るものが大きいとわかってるから」
「ええ、分かったわ。七番区に上がると魔物も強くなるし、このタイミングで一つでも装備を更新できれば、将来的に安全になるから」
エリーティアは一も二もなく頷いてくれる。彼女は全く臆していない――いや、このパーティのことを信じてくれているのだ。
「後部くん、士気解放を使えるようにしておいた方がいいんじゃない? 準備に時間がかかるけど、その価値はあると思うわ」
「お兄ちゃんに頑張れ、って十回も言ってもらえるんですね。何か体育会系っぽくていいかもですねー」
「アリヒトさんの声を、そんなにいっぱい聞けるんですね……」
「あ、ああ……いつも通りだが。スズナ、大丈夫か?」
「はい……大丈夫です。私、今日は何だか、いつもより力が出せそうなので……」
スズナはいつもより妙に艶っぽい――というか、何か身体からオーラのようなものが出ている。
ライセンスを見ても、特に状態変化があるわけではない。しかし、ライセンスにその都度表示されない要素が幾つかあるのを、すでに俺は知っている。
(アシストチャージで信頼度が上がった……のか? だ、だとすると……わりとものすごい回数繰り返してしまったんだが……)
「やっぱりスズちゃんが、急に、さなぎが蝶になる感じになってないですか……?」
「そういうのは、お年頃の時はよくあることじゃないかしら……後部くんに責任があるとしたら、同室になったときに説明してもらいましょう」
「い、いや。スズナじゃないと、同じことは試せないので……変な意味じゃなくてですね」
魔力回復の無限ループができるのは、スズナがアリアドネを『霊媒』したときだけだ。
しかしそうでなくても、『支援回復』は一つ間違うと就寝中に信頼度を上げ過ぎてしまうことがあるわけで――寝返りを打たなくなる技能が、今の俺というか、このパーティに最も必要な気がしてしまうのだった。
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