第六十七話 戦乙女と剣士の悩み
ダーティマッシュ100体につき1体の頻度で見つかるという、強壮剤の材料。それがたった6体倒しただけで見つかったのも、ミサキのおかげかもしれない。
薬の材料を薬屋に納品すると、サンプルが貰えるという。マドカが町の薬屋に手配してくれたので、薬ができあがり次第強壮剤が届くわけだが、特に用途が思いつかない。
そのまま使うのでなく、調合の材料になったりしないだろうか。どのみち、使う時が来るまで倉庫で眠らせておくのが平和そうだ。
「まだ、魔物が生きていたなんて……後部くん、テレジアさん、無事で良かった」
「ヒヤリとしましたが、何とか切り抜けられました。すみません、心配かけて」
「警戒心が強いようだから、アリヒト一人でないと反応しなかったでしょうね。でも、テレジアは同室に居ても大丈夫だった……」
エリーティアは話を聞きながら、ソフィの病室で起きたことを想像しているようだった。
――『蔓草の傀儡師』はテレジアのことを、「魔物にもなりきれない」と言っていた。
亜人は迷宮で命を落とした人間が変化した姿だと、傭兵斡旋所のレイラさんが言っていた。亜人として蘇生したとき、探索者は魔物の特性を得るのだと考えられる。だからこそ、テレジアは俺と同室に居ても『蔓草の傀儡師』の警戒を受けることがなかった。
その特性のおかげで、俺は危ういところを救われた。亜人だったからこそ魔物の隙を突くことができたというよりは、蔓草を自分の手に刺してまで助けてくれたテレジアの勇気が大きいのだが。
彼女は席につかず、今日も部屋の端で俺のことを見ているが、呼ぶ前にやってきて、皆と同じようにテーブルに着いた。
「ミサキとスズナはどうしてる?」
「あの子たちなら、一緒にお風呂に入ってるわ。水気を含んだ土の上で戦ったから、かなり汚れてしまってたしね」
「三人ずつくらいなら一緒に入れるけど、後部くんたちが帰ってきた時に誰もいないっていうのも何だから、私たちは二人で話でもして待っていようと思って」
「……と言っても、アリヒトの話をしていたんだけど。いつもテレジアと一緒だけど、たまには連れていく人を変えたりしないのかしらって。私も用心棒ならできるわよ」
エリーティアは腕を組みつつ言う。五十嵐さんは話の内容をエリーティアが暴露すると思っていなかったのか、お茶を変なところに入れてむせていた。
「んっ、けほっ、けほっ……べ、別に留守番が嫌ってわけじゃなくてね。あまり気にしないでいいのよ、後部くんはテレジアさんと一緒が一番落ち着くと思うし……」
確かに――と言いたいところだが、それはそれで恥ずかしいというか、何というかだ。俺が照れるくらいなので、テレジアはすでに茹で上がったように赤くなっている。
「……、……」
「……順番でもいいっていうこと? そうじゃなくて……ああ、アリヒトが連れていく人を指名するっていうことね」
実際そう伝えたいのだと思うのだが、エリーティアの言葉に対して、テレジアは頷かない。
「そう思ったけど、やっぱり後部くんについていきたいっていうこと? 後部くん、テレジアさんにどれだけ慕われてるのよ……分かってるつもりだったけど」
「まあ……入浴のお世話までするくらいだから、相当なものよね。アリヒトが誘ったのでなければ、自発的にそうしたっていうことになるし」
「…………」
(なぜか風呂に関しては恥ずかしがらないんだよな……いや、微妙に赤くなってるか。赤くなりすぎると一緒に入れなくなるから、我慢してるのか?)
だとしたら、健気にもほどがある。しかしできるだけ一緒に入浴はしてはいけないというのが、俺の良心からの訴えだ。
「……え、えーと。今日の夕食は何ですかね」
「『
「戦うとお腹がすくから、沢山栄養を取らないとね。最近は食欲が出てきたし」
エリーティアは少し恥ずかしそうに言う。まだ成長期だと思うし、皆には常にうまいものを食べて、健康でいてもらいたいものだ。
「その前に……お風呂なんだけど……」
「次は五十嵐さんとエリーティアが一緒に入りますよね。じゃあ俺は、一番最後で」
「…………」
「っ……だ、駄目よ。いい、テレジアさん、男女が一緒に入浴するのは、基本的にはしちゃいけないのよ」
五十嵐さんの説得に、テレジアはどう応じるか――もしかしたら素直に聞いてくれるかも、という俺の期待はあっさり空振りし、テレジアは首を横に振る。
「ア、アリヒトとテレジアの関係は尊重したいけれど……それだけでは私たちも、待っていて落ち着かないという問題があるのよ。それは分かる?」
「…………」
テレジアは少し間を置いてから、小さく頷く。それを見て五十嵐さんとエリーティアは、揃って安心した様子だった。
「じゃあ、今日は私達と一緒に入って、後部くんとは別で……」
その提案に対する反応は早く、明確だった。テレジアは横に首を振り、五十嵐さんは困り果ててテーブルに突っ伏してしまう。
「あ、あの……五十嵐さん、俺とテレジアが一緒だとそんなに落ち着きませんか?」
「っ……あ、あのね。そういうことを面と向かって聞くのは、あんまりだと思わない?」
「ま、待って二人とも。分かったわ、テレジアの行動を強制することはできない。それなら交代で、様子を見させてもらいたいというか……私はアリヒトのことを信頼しているし、そんなことは無いと思うけど、この目で見て安心できたら、もうこの件については言わないわ」
「あ、ああ、それでエリーティアが納得できるから……って、あれ? 今なんて……」
なぜかエリーティアが席を立つ。そして、自分の部屋に戻っていこうとして、俺たちを振り返って言った。
「……もう、ミサキとスズナが上がってくるけど?」
「エ、エリー、確かにそういうことも考えたけど、本当にするとなると、心の準備が……っ」
「女性が三人で、アリヒトには恥ずかしい思いをさせるけど……これも、皆の心の安定を保つためだから。悪く思わないでね」
エリーティアが部屋に引っ込んでいき、慌てて五十嵐さんも追いかけていく。
「ふぁ~、さっぱりした。お兄ちゃん、いいお湯でしたよ~」
「……あの、皆さんで一緒に入られるんですか? アリヒトさん、すみません、エリーさんがどうしてか、すごくアリヒトさんとテレジアさんが一緒にお風呂に入ることを気にしていて……」
パーティメンバーのメンタルケアも重要だが、必ずしも一緒に風呂に入らずにおくこともできたはずなのだが――こうなってしまったら、腹を括るしかなさそうだ。
◆◇◆
迷宮国では、『湯浴み着』というものが普通に売っている。町の公衆浴場は男女問わず利用できるスパのようなものなのだが、そこでは裸というわけにいかないので、湯浴み着を着たままで湯に浸かるのだ。
それを服屋で見つけたとき、五十嵐さんは良くわからなかったが、利用する時が来るかもしれないと思って何となく買ったらしい。レベルの低い宿舎だと公衆浴場を使う必要があるので、本来なら迷宮国に来たばかりの探索者には必需品となるそうだ。
ロイヤルスイートの宿舎には、湯浴み着が2着置いてある。しかし四人で入浴することは想定外なのか、俺の分までは足りなかった。
「……俺もそれを買ってきて、着た方が良かった気がしますね」
「い、いいのよ……私たちが無理を言ってるんだし、あまり後部くんに面倒はかけられないわ」
「テレジア、早くアリヒトを洗ってあげましょう。いつもどうやって洗ってるの?」
「…………」
エリーティアとしては、俺を先にバスタブに入れてしまえば一安心であるとそういうことらしい。確かにそれは一理あるが、なぜ俺が自分で身体を洗うという選択肢は用意されていないのだろう。
「い、五十嵐さん。この状況はやっぱりおかしいですよ。いつもなら五十嵐さんが率先して、ダメだって言うところじゃないですか」
「し、仕方ないでしょう。テレジアさんが後部くんに感謝を伝えてるのに、私たちが何もしないなんて……お礼をしたいのは、私たちだって同じなんだから」
五十嵐さんとエリーティアが話していたのは、俺がテレジアに変なことをしないか心配だとか、そういうことなのだと思っていたが――どうやら全然違ったようだ。
「お、俺もみんなのお陰でここまで来られたわけで……どちらかにお礼をするとか、そういうのも違いますよ。こういう言い方も恥ずかしいですが、いつも支え合ってるものだと俺は思ってます」
腰にタオルを巻いただけの格好で、こんなことを言っても格好がつかない――と思ったのだが。五十嵐さんもエリーティアも、感銘を受けたような顔をしている。
「……アリヒトはそういうふうだから、みんなやきもきしてるのよ。その気持ちが、私にも少しずつ分かってきたわ」
「本当に……後部くんはずっと宿舎にいて、私が養うくらいでないと、恩返しできないのにね。どんどん助けられて、返せなくなっていっちゃう」
「…………」
ここまで言われて遠慮してばかりでは、逆に良くない――それくらいは俺にも分かる。
「……風呂でお礼っていうのは、びっくりしますけどね。本当は俺も嬉しいですよ」
そう言ってしまえば、今後の『お礼』に風呂で背中を流すことが含まれてしまうと分かっていたが――湯浴み着のおかげである程度落ち着いていられるので、絶対に駄目というわけでもなくなったと思う。
「じゃ、じゃあ……早速始めるわね」
「最初に一度、身体を流すわね。少し、迷宮の泥がついているから」
「…………」
テレジアが桶に汲んだ湯を適温に調節して、俺の肩からかけてくれる。静かにかけても水が跳ねて、俺の周りにいる三人にある程度かかってしまった。
――そして三人が身体を流してくれる段になって、俺は致命的な見落としに気がつく。
(……湯浴み着の下に何も着てないと、水で濡れるのはまずいんじゃ……?)
「後部くん、手を広げて……指の間まで、しっかり洗わないとね……」
「……アリヒト、どうしたの? 身体が何だかこわばってるけど」
「い、いや……そうでもないよ」
「ふふっ……そんなに緊張しなくてもいいのに。私たちは、ちゃんと服は着てるんだから」
三人が現状の自分たちの姿に気がつくことなく、この入浴時間を終わらせられるのだろうか。そのうち水着のようなものが入手できればより安全になるので、可能ならば入手したいものだ――と、今は思考を逃避させるしかなかった。
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