第六十六話 解体屋と商人

 治療師の女性を呼び、ソフィを魔物から解放したことを伝え、容態を見てもらう。


「昏睡から覚めてみないと確かなことは言えませんが……先ほどまでと比べて、状態が良くなっています。魔物の種子を取り除いたので、私の自己回復を促進する技能にも反応が見られます」

「良かった……取り出した種子は、俺が持ち帰らせてもらいます。それとも、何かの研究に使ったりしますか?」

「い、いえ……お恥ずかしいことですが、こちらの施設では、魔物の研究をするような設備はございませんので。アトベ様にお持ちいただけるのなら、それが一番私どもとしても安心ではあります」


 魔物牧場に持ち込んで契約を結べば、俺の言うことは聞くようになるだろう。そうすると、『蔓草の傀儡師』は新たに出現しなくなるかもしれない――また別の個体が出現する可能性もあるが、その時はその時と考えるべきだ。


「この種子を悪用したりはしないので、安心してください」

「はい。お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。ゲオルグさんは今眠っていますが、お会いになりますか?」

「いえ、起きたらよろしく伝えてください」


 さっきは取り乱していたが、安静にしていると言うなら無理に起こすことはない。少しでも早くソフィのことを伝えて、安心させてやりたいとは思うが。


「……ん……」

「っ……ソ、ソフィさん、お気づきになられましたか? 気分はいかがですか?」

「ごめん、騒がしかったかな。じゃあソフィさん、お大事に……」

「……待って……」


 テレジアと共に出ていこうとすると、ソフィに呼び止められる。彼女は横たわったまま、顔だけをこちらに向けている。


 ゲオルグともう一人が取り合うというのが、分からないでもない――元は快活な女性なのだろうと想像させる顔立ち。しかし今は俺を見るなり、目を潤ませ、細い声で言う。


「……夢を……悪い、夢を見てた……草に縛られて……でも、あなたが……」


 精神世界で拘束されながらも、彼女の意識はわずかに残っていた。それで、俺とテレジアに助けられたと理解しているのだろう。


「……早く、元気になるといいな。何もかも、まずはそれからだ」

「……はい……ありがとう。あなたの名前を、聞かせてもらってもいい……?」

「俺はアリヒト=アトベ。彼女はテレジアって言うんだ」


 蜥蜴のマスクを被ったテレジアを見て、ソフィは少なからず驚いている。精神世界では、テレジアはマスクを着けていなかったからだ。


「……亜人の、呪い……それが無ければ……あなたは、とても……」


 全て言い終える前に、ソフィは再び眠ってしまった。まだ衰弱していて、今は一時的に意識が浮上しただけのようだ。


 頬に伝う涙を拭っていた治療師の女性が、ソフィの様子を確認する。俺は彼女に後のことを改めて頼み、病室を後にした。


 医療所の廊下を歩きながら、俺はテレジアの横顔を見やった。


 ソフィが何を言おうとしたのか。俺が想像する通りなら――マスクのないテレジアの素顔を見たソフィが、感じたことを言おうとしたのだと思う。


「…………」

「あ、ああいや。さっき、助けに来てくれただろ。その時、マスクを着けてなかったなと思ってさ」

「……!?」


 今さら気がついたのか――それほど、蔓草の傀儡師を倒すために集中していたのか。


「…………」

「ソフィは見えたみたいで、俺は後ろに居たから惜しいことをしたなと思ってさ。いや、素顔が見たいって言われても、テレジアは困ると思うけど……好奇心半分と思われても、仕方ないよな」


 テレジアは首を振る。見られてもいいと思ってくれているなら、関心を持つことは悪いことではない。


 しかしマスクを取った彼女とでは、いくら彼女がそうしたいからといって、一緒に風呂に入ったりしたらまずいのではないだろうか。


「…………」

「うわっ……テ、テレジア、大丈夫だから。別に熱とかはないぞ」


 俺も顔に考えていることが出やすいようなので、気をつけなくてはならない。心配したテレジアに、額に触れられ、熱を測られてしまった。


「…………」


 自分と比べると熱い、とテレジアは主張してくる。冷んやりとした蜥蜴のマスクと比べれば、それは熱いのだろうが――あまりに心配性な彼女を見て、思わず笑ってしまった。


 と、気づくのが遅れたが、テレジアは手の甲に怪我をしている。俺を助けるために、蔓草を自分の手に刺した時の傷だろう。


「テレジア、少しの間だけ前を歩いてくれるか」

「…………」


 テレジアは俺の指示に従う。しばらくすると『支援回復』が発動し、テレジアの傷が癒える――確かめさせてもらうと、傷は完全に消えていた。


「良かった、綺麗になったな。もし痕が残ったら……」

「…………」


 無言で首を振るテレジア。それを見て、俺は彼女が何を伝えようとしてくれているのかを考える――そして。


「……俺は、自分で全部守れるっていう勘違いをしてた。誰かが前に居てくれて初めて、何かができる職だっていうのにな」

「…………」


 次は首を振りかけて、テレジアは途中でやめた。そして再び俺より前に歩いていき、振り返って片腕を曲げてみせる。


「俺が後ろにいると強くなるって?」

「…………」


 こくりと頷きが返ってくる。そして綺麗になった手を改めて見せてくれた。


 今でも、助けに来てくれた時の光景を頭の中で繰り返すほどには、テレジアに感謝している。裸で蹴りを繰り出す勇敢な姿に見とれたなんて、とても言えやしないが。


   ◆◇◆


 オレルス夫人邸の中庭にある簡易工房に入ると、メリッサがツナギを身に着けていた。


「……おかえり」

「ああ、ただいま。素材の輸送を手配したから、加工を頼めるかな」

「もう届いた。『フィアートレント』を解体するために、斧とのこぎりを持ってきた。『ダーティマッシュ』はナタだけで解体できる」


 メリッサの職業『解体屋』は、解体に使える武器なら全て装備できるということか。


 しかし相変わらず、ビスクドールのような美貌を持つ少女が刃物を手にして微笑む姿は、何とも言えず迫力がある。


「このフィアートレントから、何が作れる?」

「木製の装備なら一通り作れるし、木材にもなるからそのまま売ってもそれなりの値がつく。スリングの改造に使うと、『テラーボイス』の効果がある音が鳴るようにもできる」

「そ、そいつは不気味だな……確かに強そうだが」

「他にはヘッドギアの材料にすると、『防音1』の効果を持たせられる。音で攻撃してくる魔物は、音耐性も持っているから」

「ヘッドギアか。じゃあそいつを一つ頼めるかな」


 あとの材料については2、3個装備が作れるというので、仲間に後で作れる装備のリストを見せて、希望を聞いてみることにする。


 話していると、工房の奥にいたマドカがこちらに出てきた。彼女には一つ調べ物を頼んでいたが、その結果が出たようだ。


「アリヒトお兄さん、お疲れ様です。今回も、すごく大変だったって聞きました」

「無傷とはいかないが、『北極星』のメンバーは全員無事だ。何とか救助できて良かったよ」

「お兄さんたちは、いつも沢山の人を助けてます。それでどれだけの人が、勇気づけられているか……私も、勇気をもらってます。頑張らなきゃって」

「そう言われると照れるが……でも、俺たちが戦えてるのはマドカのおかげでもあるからな。今日も、留守中に仕事を任せてすまない」

「そ、そんなこと……遠慮せずに何でも言ってください、少しでもお兄さんたちの助けになれたらって、いつも思っているので」

「ありがとう、これからもよろしく頼むよ。それで、結果はどうだった?」


 俺がマドカに頼んでいたこと――それは、ジャガーノートを倒した時に手に入れたが、未だに用途が分からずにいた『破軍晶』についての調査だった。


 銀色に鈍く光る、半透明の水晶。中に、何か紋様が浮かんでいる――それだけ見るとルーンにも似ているのだが、似て非なるものだ。


「これは八番区で今まで発見されていない素材です。上位の区で似たものが見つかっていますが、同じものではありません」

「そんなに貴重なものなのか……一体、何に使うものなんだ?」

「それが……『未登録』になっています。加工をされた記録は一切残っていません。所持しているパーティが何かに使ったということも、商人ギルドでは把握していないです」


 しかし、ライセンスでは『破軍晶』を取得したという情報が出たのだから、何も情報が無いというのは違う。


(ギルドが把握している以上の情報を、ライセンスは表示することがある。そう理解するしかないが……じゃあライセンスって、一体誰が作ったんだ?)


 疑問が頭をよぎる。転生するときにライセンスを渡してくれた案内人は、普段は迷宮国で暮らしていると言っていたが――それが本当なら、会えた時にはライセンスを誰が作ったのかを聞いてみたい。簡単に教えてはくれなさそうだが。


「とにかく、名前だけしか分からないっていうことが分かったと。それだけでも、収穫といえば収穫かな」

「すみません、ご期待に添えなくて。私、やっぱりレベルが低いから……」

「いや、助かったよ。レベルが上がるとできることも増えるのかもしれないけど、現時点でも十分にありがたい」

「……アリヒトさん」


 マドカが思い詰めているので、彼女が被っている商人のターバンの上から手を置き、ぽんぽんと撫でる。彼女は驚いていたが、恥ずかしそうにはにかみ、ターバンを押さえた。


「……アトベはそんなに撫でるのが上手いの?」

「い、いや、普通だと思うけど」

「そう。マドカを見ていると、上手なのかと思って」


 メリッサは短く返事をするだけで、本当にただ聞いてみただけのようだった。マドカは耳まで真っ赤になり、言葉もない様子だ。


「そ、それで……『ダーティマッシュ』は何に加工できる?」

「白い軸は食べられる。傘の部分を割くと、中に魔石が入っていることがある……手足は使えないし、食べると中毒を起こすから切り取る。あと、芯の部分に模様がある個体がいて、その部分は薬の材料になる」


 ダーティマッシュ六体は、一体あたり十キロはあろうかという重さだ。その軸の部分が食用に適しているので、ある程度の値で売れるという。可食部が5キロで6体分だが、値段としてはそこまで高くなく、しめて30キロで金貨15枚にしかならない。


 しかしメリッサに傘が破れていないダーティマッシュをさばいてもらうと、四体目で魔石が見つかった。


「……混乱石。そのスリングにもついてるけど、十個集めて圧縮すればルーンになる」

「先は長いな……まあ、いつかは集まるか。それで、芯の部分に模様があると、何の薬に使えるんだ?」


 尋ねると、メリッサはちら、とマドカを見た。そして耳に両手を当てる。


「えっ、えっ……どうして聞かせてくれないんですか?」


 戸惑うマドカの耳をしっかり塞いで、メリッサは俺の方を見やると――ほんの少しだけ頬を赤らめて、聞き取るのがやっとという声で言った。


「……強壮剤。うちのお父さんが、男性には高く売れるって言ってた」

「な、なるほど……」


 体に良いとか、栄養剤的な用途ではなく、大人の用途に使うものということか。そういうものでも意外な用途で役に立つかもしれないので、手に入るものならキープしておきたい。


 俺はメリッサに誤解されないようにと祈りつつ、ダーティマッシュの芯に模様があるかどうか、一体ずつ確認してもらうことにした。

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