第六十話 魔物牧場

 隣の席にスズナがやってきて、他の皆はずっと見ているのもどうかと思ったのか、探索の準備をするために一旦部屋に戻っていった。


 スズナのライセンスには、まさに巫女という技能が増えている。迷宮国における職業としては、やはり補助的な側面が強いようだ。



 ◆習得した技能◆


 皆中 お清め 盛り塩 霊媒 お祓い1

 霊能感知1


 ◆取得可能な技能◆


 ・曲撃ち:矢を上方に撃ち、放物線軌道で敵に命中させる。

 ・射法八節1:射法通りに弓を撃つことで、打撃が倍加する。

 ・破魔矢:弓を使用したとき、矢に神聖属性を付加する。

 ・禊ぎ:一緒に水に浸かった者に神聖属性を付加する。

 ・祈願:パーティ全体の行動成功率が少し上昇する。

 ・手水:手で汲んだ水が浄化される。

 ・水垢離:水を浴びて、付着した一部の状態異常を解除する。必要技能:お清め


 残りスキルポイント:2


手水ちょうずって、神社に入るときに手を洗う水のことだよな」

「はい、そうです。お水を汲むときれいな水になるなんて、凄いですね……魔法みたいです」

「本来の意味とは違うけど、飲み水を確保するときに使えそうだな。でも、曲撃ちも強そうだし……これは迷うな」


 とりあえず取ってしまうこともできるが、どれも有用なので、盛り塩と同じように適宜取るのがいいかもしれない。どんな技能が取れる状態かは把握できたので、現状では保留としよう。


 全てのスキルを取得できれば一番いいのだが、そのうちレベルに応じて増える技能の数が減るなどしなければ絶対に追いつかない。スキルポイントを得られる方法が存在するとしても、エリーティアですら知らないようだから、秘神の存在なみに表向きは知られていないと考えられる。


「後部くん、準備が終わったわよ」

「こっちも技能の確認は終わりました。じゃあ、着替えてきます」

「スズちゃん、見てみて。胸のところに補強がついたよ。これでキョウカお姉さんとエリーさんの防具にちょっと近づいたよね」

「ギャンブラーは軽装しかできないみたいだから、防具が強くなったからって、今後も無理しないようにね。私がカバーするにも限度はあるから」

「はーい、気をつけまーす」


 エリーティアは良かれと思って言っているのだろうが、当のミサキは危機感が足りない――ちょっと心配になってしまう。


「本当に大丈夫か……? ここまで来たのにリタイアするようなことは無しにしてくれよ」

「えへへ……お兄さんと一緒にいたいので、できるだけ頑張ります」


 どこまで本気なのかと言ったところだが、ミサキの言葉をみんな茶化したりせず、微妙に顔を赤らめている。


「…………」

「え……テレジアもそう思ってくれてるってことか?」

「私たちもね。控え要員として残ることも必要になると思うけど、やっぱり留守番よりは一緒に戦いたいから」


 戦乙女ヴァルキリーを選んだだけあって、五十嵐さんはこれまでの強敵との戦いを経ても、戦いに怯えてはいなかった。


 味方の恐怖を解除する『ブレイブミスト』を彼女が習得できる理由がわかる気がする。戦乙女は恐怖に耐性があるのではないだろうか――そんなふうに隠れた能力が存在していたら、それこそ迷宮国の職業一つひとつに、まだ多大な可能性が眠っていることになるが。


   ◆◇◆


 現在のパーティメンバーは七名で、護衛犬のシオンを探索班に加えた。メリッサ、マドカに関しては第二パーティに入ってもらい、街で待機していてもらう。

 

 リーダーが一人でも、管理できるパーティは最大16まで増やせるので、俺のライセンスには第二パーティのメンバーも表示することができる。今は星2つの冒険者ということで、2パーティが限度のようだ。


 メリッサが装備している包丁は『肉斬り包丁ブッチャーズナイフ』という強力な近接武器なので、どれくらいの威力か見てみたくはあるが、今回はお預けだ。


「アリヒトお兄さん、皆さん、ご武運をお祈りしています」

「……また機会があったら連れていって。たまには現地で解体したい」


 そう言いつつも、メリッサはマドカに付き合って残ると決めていた。俺たちが迷宮に行っている間は、ライカートン解体所で仕事をするようだ。


「珍しい魔物が狩れたら、すぐ持って帰ってきて」

「ああ、分かった。ライカートンさんにもよろしく頼む」


 二人に見送られ、俺たちは魔物牧場に向かう。魔物牧場に行くには、倉庫と同じで、転移扉を使って飛ぶ必要があった。


 俺達の宿舎から五分ほど歩いたところに『牧場案内所』の看板が出ていた。皆で店の中に入るには少々手狭な建物だったので、俺一人で入ることにして、皆には『呼び声の森』に行く手続きをしてきてもらい、後で落ち合うことにする。


「こんにちは、アトベと申しますが」


 店の扉をノックすると、少し間を置いて白髪ながら壮健そうな老人が出迎えてくれた。帽子を被って革のツナギのようなものを着ており、髭をたくわえている。


「いらっしゃいませ、アトベ様。第十七魔物牧場の管理者をしております、ウィリアム=クリステンセンと申します。さきほどお預かりしましたデミハーピィを、召喚登録にいらっしゃったのですか?」

「はい、できればすぐに登録したいんですが、時間はかかりますか?」

「デミハーピィは、すでにアトベ様に服従しておりますゆえに。召喚石に対応した装具をつけさせれば、いつでも召喚獣として呼び出せます。詳しくは、牧場にいるわしの孫娘が説明いたします。では、どうぞこちらへ」


 ウィリアム氏に案内され、地下への階段に通される――やはり突き当りに転移扉があるが、ここから飛べる先は一つしかないようだ。


「迷宮国の魔物牧場は、その性質上、預かった魔物の生活全般について監督し、保証する必要がございます。最初の一週間は無料となりますが、それからは実費で申し受けます」

「はい、分かりました。魔物によって預かってもらう費用も変わってくるわけですか」

「そうなります。巨大な魔物ですと、専用のスペースを確保する必要がございますし、餌も相応のものが必要になりますので。雄と雌が揃っていれば繁殖も可能ですが、相応に広いスペースの確保が必要になります。最も、八番区では魔物を服従させられる方が少ないので、常に私どもの牧場ではスペースは空いているのですが」

「それは良かったです。俺の預けた魔物で圧迫してるわけじゃないのなら」


 俺の答えを聞いて、ウィリアム氏がどこか嬉しそうに笑う。何故だろうと思っていると、わけを話してくれた。


「費用がかかるとなると、中にはやはり魔物を処分して欲しい、あるいは野に放って欲しいとおっしゃる方もいます。召喚したときに有益な能力を持つ魔物でなければ、飼っていても意味がないということでしょう。その時は極力、わしは『動物学者』として研究のために引き取らせてもらっています。可能なら、魔物が生きている姿を見て生態を学びたいという思いがある。認可を得て牧場を始めたのもそのためです」

「そうだったんですか……」

「最初の職選択で魔物と対話できる職や、まして『魔物使い』などに適性のある人物は本当に希少です。孫もその一人でして、昔は探索者としてパーティに参加し、魔物を連れて帰ってくることもあったのですが」

「お孫さんも探索者だったんですか。ウィリアムさんも……」

「ええ、恥ずかしながらそれほどの実績は残せませんでしたが、日夜迷宮に潜っておりました。といっても、魔物の生態を調べてばかりでしたが」


 ウィリアム氏は苦笑いしているが、その生態については俺も興味がある――だが、そろそろ話は終わりということか、転移扉に触れるようにと促してくれた。


「ああ、ウィリアムさん。もう決めてるんですが、デミハーピィは三体とも召喚石にさせてもらいます。一体だけだと、牧場で暮らすにも寂しいでしょうし」

「おお……それを知ったらあの子たちも喜ぶでしょう。これからどうなるのかと、少し不安そうにしておりましたから」


 その話しぶりだと、魔物と意志疎通ができるということになるが――それについては、『魔物使い』のお孫さんに改めて聞いてみるとしよう。


 扉を開き、通過する――それで転移は終わる。眼前には、のどかな牧場の風景が広がっていた。


 もう転移で景色が劇的に変わることには慣れたが、想像通りの牧場だとは――と考え、空を見上げて違和感に気がついた。青い空が広がっているように見えるが、あれはどうやら幻影らしい。『鷹の眼』の状況把握能力によって気づくことができた。


 どこまでも続いているように見える草原もやはり幻影で、行き止まりがある。というより、この空間は、倉庫と同じように広大な直方体の『部屋』なのだ。


(それはそうか……もしこれが、野外型の迷宮だったら、魔物が湧く。ここは野外に見せているだけで、迷宮国のどこかにある人工の地下空間なんだ)


 ウィリアム氏の私財を投じて作られたのか、もともと存在した施設を利用しているのか。

いずれにせよ、地面の土の感触は自然のものとしか思えず、吸い込んだ空気は町の中よりも澄んでいて、ここが人工の空間であることを感じさせない。


 柵の中で飼われている牛のような魔物――もしや、前に聞いたことのある『湿地の水牛』だろうか。その牛が、牛の角が生えたような帽子を被っている少女に餌をもらっている。


 ウィリアム氏と同じような革のツナギを着ているのだが、俺はどうしても、『その部分』に目を留めずにはいられなかった。


(牛の尻尾が生えてる……? 飾りか何かか?)


 そのうちに少女が俺に気づいてこちらにやってくる。そして、柵越しに頭を下げてくれた。俺もそれに応じると、彼女はいかにもおっとりとした、優しそうな笑顔に変わる。


「いらっしゃいませ、お客様。ボクは牧場の管理人をしている、ミリスと言います」

「こんにちは、アトベです。デミハーピィの召喚登録に来た……んですが……」

「あの子たちなら、向こうの林で遊んでますよ。少し待っていてください、この子たちにご飯をあげる時間なので」


 少女――ミリスを前に言葉に詰まったのは、少し動いただけで大きく上下動を起こす、圧倒的な大きさの胸に驚かされたからだった。


 牛娘が牛を飼っているなどと言ってはいけないが、まさにそうとしか言いようがない。そんな愚にもつかないことを考える自分を戒めようと、青空に視線を逃がす。


「お待たせしました、ちょうど最後の子にあげるところだったので。それでは行きましょう」


 ミリスは飼料の入っていたバケツを置いて、俺を案内してくれる。


 そしてすぐに気がつく――彼女の尻尾が、ぶんぶんと動いているのだ。


「あっ、すみません、当たっちゃいました?」

「い、いや……その、まるで尻尾が生えてるみたいだと思って」

「あ、おじいちゃんはまだ言ってなかったんですね。ボクのお父さんは人間なんですけど、お母さんはミノタウロスっていう魔物なんです」

「……えっ?」


 動く尻尾のアクセサリーというのも、魔道具があるのだから、普通に存在するかもしれない――そんな俺の予想など、完全に超えていた。


「お父さんは魔物使いで、ミノタウロスのお母さんを仲間にして、探索者をしていたんです。それで……その、いろいろあったみたいで、ボクが生まれたんです」

「そ、そうなんですか……いや、驚いたな」

「ボクも自分ですごいなって思います。でも、ミノタウロスの女の人って、男の人と違ってあんまり牛さんっぽくなかったりするんですよ。なので、ボクもあんまり魔物魔物してないというか……あっ、すみません、角のある人って苦手ですか?」


 角のついた帽子だと思っていたが、角は自前で、尻尾もそうらしい。しかしそれを除いては――胸もミノタウロスの形質を受け継いでいるかもしれないが、他は人間と変わらない。


「俺の仲間にもリザードマンがいるんです。だから、亜人もそうだけど、魔物と人間のハーフっていうのかな……そういう人に対しても、変に身構えたりはしないですよ」

「あ……ありがとうございます。そうなんですか、リザードマンの人が……」


 話しているうちに、林に辿りつく。ミリスが笛を鳴らすと、樹の幹の上に座っていたデミハーピィたちが、飛び立ってこちらにやってきた。


「……、……」


 ハーピィたちは俺を見て、何か怯えているように見える。シオンの母犬に威嚇された個体は、顔面蒼白になって震えていた――喰われる、という恐怖がまだ消えないようだ。


「あ……すみません、まだ戦ったときのことがあるので、怖がっちゃってるのかな」

「わりと無茶をしましたからね……やっぱり、あまり怖がらせて従わせるっていうのはダメみたいですね。参ったな」

「人型の魔物は捕まってしまうと、見世物にされたり、素材として使える部分だけを取られちゃったりすることがあるので、それが怖いんだと思います」


 召喚獣として使うために、調教をして手懐ける――などと考えていたが、それも考えてみれば、彼女たちを利用するだけが目的ということになる。


 可能なら、進んで力を貸してもらいたい。時間をかけて信頼を築くというほど悠長なことは言っていられないが、俺の考えは伝えられる。


 考えを整理して、俺はデミハーピィたちの前に立つ。彼女たちは怯えつつも、俺に恐る恐る視線を向けてきた。


「お前たちには苦戦させられたこともあったし、最初は倒すしかないと思った。でも、俺のエゴだとは思うが、人に近い姿をしている魔物は簡単に殺せないし、酷いこともしない。それは今後も約束する。もし召喚契約を解除しても、そのときは元いた場所に帰してやる」


 デミハーピィには、個体ごとに容姿の差がある。俺たちが最初に遭遇し、俺が屋根から一緒に落ちたデミハーピィは、三体を姉妹と例えるとしたら、真ん中に当たるような印象だった。


「……俺の言ってることがわかるか?」


 デミハーピィのうち、最も成熟していると見られる個体――例えるなら長女が、代表するようにこくりと頷いた。


 長女は何とも言えない色気があり、ブルネットの長い髪で片目が隠れていて、髪の片方だけが胸にかかっている。魔物なので裸なのは仕方ないが、片方の胸が見えていても本人も、ミリスも全く気にしていないというのが、何ともシュールだ。


 次女は肩にかかるくらいの髪の長さで、長女と比べると身体が少し小さく、顔立ちはあどけない。三女はさらに幼く、十歳そこそこの少女のような容姿をしている――体型については、いくら魔物でもじっと見てはいけないと思うので確認は自重する。


「他にも要望があったら、何でも言ってくれていい。その代わりと言ってはなんだが、俺たちに力を貸してくれ」


 次女は三女を翼で包み込むようにして震えつつも、話は聞いてくれている。長女が俺の前に出て、代表するように胸に手を当て、こくりと頷いた。


「よし……じゃあ、契約は成立だ。召喚したときは、主に『眠りの歌』を使ってもらう。ボイストレーニングは欠かさずにな」

「……」

「……!」


 長女がさらに頷く。次女と三女も何やら驚いたような表情になり、その後で三人揃って俺に頭を下げてくる。


 ――その姿を見ているうちに、ふと思う。


 言葉は発せられない、しかし意志の疎通は不可能ではない。そして『デミ半分』ハーピィという名前。


(まさか……この子たちも、亜人なのか?)


「良かったね、みんな。ボイストレーニングってわかる? 歌の練習だよ。ボクのことは眠らせないようにね……じゃあ、召喚石に対応するアクセサリーをつけるね。アトベさん、どれにしますか?」


 選択肢は首輪、ピアス、ネックレス、腕輪、アンクレット――逆に、三人に選んでもらうというのはどうだろう。アクセサリーというのは好みもあるし、好きなものを選んだ方がいいに決まっている。


 三人に選んでもらうと、長女はピアス、次女は腕輪、三女はアンクレットを選んだ。いずれも銀色の金属でできており、腕輪とアンクレットは肌に当たる部分が革になっている。


「召喚石はこちらになります。ピアスに対応するものがこれで、腕輪がこれで……」


 召喚石はさほど大きくなく、金具に取り付けられてペンダント型に加工されていたので、その場で身につけさせてもらう。アイテムの情報をライセンスに表示すると、このようになっていた。



 ◆召喚石のペンダント・三魔◆


 ・『デミハーピィⅠ』を召喚できる。

 ・『デミハーピィⅡ』を召喚できる。

 ・『デミハーピィⅢ』を召喚できる。

 ・『回避力』が少し向上する。

 ・契約した魔物の信頼度が上昇すると、追加効果が解放される。



(装備品としても効果があるのか。信頼度って、どうやって上げるんだろう)


「ミリスさん、一つ聞いてもいいですか」

「あ……え、えっと、ボクのことはミリスって呼んでください。『さん』って言われると、照れちゃうので。それと、かしこまった感じでなくて大丈夫ですよ」

「そ、そうか……ええと、ミリス。魔物の信頼度っていうのは、どうやって上げればいい?」

「贈り物をしたり、長い時間一緒に行動したり、色々方法はあります。魔物によって喜ぶことが違うので、そこは様子を見て見極めが必要です」


 そういうことなら、まず何よりも――彼女たちが気に入ってくれるかわからないが、俺から装備を贈りたい。


 ハーピィたちに服か胸を隠す装備を渡したいと相談すると、ミリスは翼があっても装備できる服をとりあえず着せておくと答えてくれたので、俺は服の料金を置いて牧場を後にした。


 これで召喚獣をいつでも呼び出すことができる。切り札を増やしておけば、必ず後で生きてくるはずだ――そう思いつつ、俺は仲間の元へと急いだ。

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