第五十九話 スキル選定

 まずは、五十嵐さんのライセンスを見せてもらう。俺が席を立とうとすると、五十嵐さんが慌てて制して、自分から持ってきてくれた。


「後部くんはずっと動きっぱなしなんだから、そこまで気を使わなくていいのよ」

「そうですよ、何なら座ったまま微動だにしなくても、私たちがご飯とか食べさせてあげますし、お兄さんがご希望なら添い寝とかだってしますよ?」

「……それは、ミサキちゃんが個人的にしたいだけなんじゃない?」

「あはー」


 否定もしないし、ミサキの気の抜けた笑顔を見ていると、こっちも『北極星』の件での緊張がほぐされる。といっても、悠長にしてはいられない。


「まったく……最近の若い子は。どこまで本気なんだか」

「そんなこと言って、キョウカお姉さんも何かしたそうにしてるじゃないですかー。日頃の感謝をこめて、みたいな」

「こ、こら。五十嵐さんに怒られるのは俺なんだから、そういう煽ったりするようなことは……」

「……ま、まあ、確かにそれはね。私はゆっくり休ませてもらったし、感謝は……その、いつもしてるというか……」

「っ……」


 五十嵐さんが座っている俺の後ろに回る。それでも彼女が何をするのか予想していなかった俺は、ふわりと両肩に手を置かれ、ぐっと揉まれた時に、思わずうろたえてしまった。


「そ、そんなに驚くことないじゃない。肩、凝ってるかと思って……女の子ばかりだから、後部くんは気苦労が絶えないんじゃない?」

「い、いや……それはまあ、気苦労ってほどもないんですが……」


 上手い、というほどでもないのだが――かなり効くというか、五十嵐さんの触り方が優しく、否応なく妙な気分になってしまう。


「……思ったより柔らかいみたい。凝ってないときにマッサージすると、痛かったりしない?」

「い、いや……普通に効いてますよ」

「そう……良かった。次は軽くたたく感じにするわね。これでどう?」

「そうですね……ああ、こっちのほうが効きますね。ありがとうございます……」


 タントンと振動を与えられると、また別の心地よさがある。髪を切りに行ったとき、最後にマッサージされる店があるが、だんだんその感覚に近づいてきた。


 しかし、五十嵐さんが俺を労っていることが触れ方で伝わってくるので、ミサキとスズナに見られているとかなり照れがある。


「アリヒトさん、良かったですね。私も、何かアリヒトさんにできることを考えなきゃ……」

「スズちゃんも上手いですけどね。お祖父ちゃんお祖母ちゃんに、よく孝行してたみたいで……私もやってもらいましたけど、すごく気持ちいいですよ」

「そ、そうなのか……いや、俺も皆には世話になってるから、あまり甘やかさなくていいんだけどな……」

「……これって、甘やかしてるの? そう言われると、なんだか落ち着かないわね……一度始めたら、満足するまでやるけど」


(……何かまふっ、としたものが……わ、わりとぐいぐい当たってるんだが……こ、これは、いいのか……?)


 五十嵐さんは肘を肩に当てて振動を与えてくれている。するとどうなるか、手を使ってやっているときより、間合いが近くなる。


「……あ、あの……キョウカさん、その、何ていうか……」

「しー、スズちゃん、言わないでおこ。うわー、でもキョウカお姉さんの……って、ネックピローみたいにしたら気持ちよさそうですねー」

「ネックピロー? その前がよく聞こえなかったけど、懐かしいわね」


 ネックピローなら俺も愛用していたが、そんなレベルの柔らかさではない。ずっと当たっているので、ブラのレースの部分の凹凸が伝わってくる――五十嵐さんが至って冷静なので、多分気づいていないのだろうが。


「こっち側もやっておかないとね。片方だけだとバランスが悪いから」


 マッサージなので、当たっても構わないという考えなのだろうか。それだと意識している方がまずいので、心を無にしようとする。左から、右からと交互に柔らかな弾力を押し当てられているうちに、やはり俺は大きい方が好きなのだろうか、とぼーっとしてきた頭で考える。


「……大きいと、それだけで男の人って、幸せになっちゃうんですね」

「私とスズちゃんの二人だったら、お姉さんに対抗……できなーい! 何食べたらそんなになるんですか、もーほんとにー。モーだけにやっぱり牛乳ですか」


 牛乳で大きくなるというのは迷信らしく、豆乳も飲み過ぎると良くないらしいので、やはり自然に任せるのが一番ということだ。


「キョウカお姉さん、好きな飲み物って何かあります?」

「今は紅茶が飲みたいわね。果汁が入ってるさっぱりしたのがいいわ……でも、紅茶はないでしょう?」

「あはは……えっと、近いものが無いか聞いてきまーす。それまでに、スキルのお話をしておいてくださいね。いちゃいちゃしてたらダメですよ」

「ミ、ミサキちゃん……っ、すみません、私も一緒に行ってきますね」


 ミサキとスズナはいったん連れ立って席を外す。微妙な沈黙が訪れ、俺はとりあえず、ミサキの適当な発言をフォローしておくことにした。


「イチャイチャとか、そういうんじゃないですよね。まったくあいつは、いつも……」

「……肩、楽になった? それとも、もう少し続ける?」

「え……は、はい、だいぶ楽になりました。五十嵐さんも立ってるのも何だし、座ってください」

「え、ええ。じゃあ、これ……」


 隣の椅子を引くと、五十嵐さんは遠慮がちに座り、ライセンスの技能欄を開いて俺の前に差し出した。



 ◆習得した技能◆


 ダブルアタック サンダーボルト

 ブリンクステップ 囮人形 デコイ

 雪国の肌


 ◆取得可能な技能◆


 スキルレベル2

 ・群狼の構え:仲間に護衛獣がいるとき、その数が多いほど能力が向上する。

 ・スピニングスピア:攻撃時に槍を回転させた分だけ打撃が強化される。


 スキルレベル1

 ・エーテルアイス:氷属性のエーテルを設置する。

 ・戦乙女の艶舞1:敵が異性であるとき、低確率で攻撃をキャンセルする。

 ・貫通攻撃1:槍を装備したとき、打撃の一部が敵の防御を無視する。

 ・ブレイブミスト:味方の恐怖状態を解除する。

 ・フリーズソーン:敵の足を凍結させて動きを鈍らせる。

 ・弾除け1:敵の間接攻撃が少し当たりにくくなる。


 残りスキルポイント:3



「ヴァルキリーは役割が三通りくらい確立できるみたいですね」

「できることが多くて、どれにしていいのか決められないわね……新しい技能を実戦でちゃんと使えるように、練習もしないと」

「そうですね。一人でも、コンボというか、連携シナジーが生じる技能はあると思うので。スピニングスピアでダブルアタック……はできるんですかね」

「それも試してみたいけど、レベル2のスキルはポイントが2つ必要なのよね……」


 五十嵐さんが話しながらも熱い視線を注いでいるのは、犬好きの彼女らしく「群狼の構え」だった。


 こういう技能は、護衛獣を最大までパーティに加えた時に、ようやく目に見える効果が出そうなものだが――やはり、俺以外の技能は数値がマスクされているというか、大まかな表現であることが多い。


「じゃあ、『群狼の構え』と他の何か一つを取りましょうか」

「えっ……い、いいの? シオンちゃんだけだと、そんなに変わらなかったりしない?」

「少しでも、常に能力がプラスになるなら効果的だと思うので。それに、五十嵐さんに合ってると思いますしね」

「……あ、ありがとう。あとは、『エーテルアイス』? 他の人が持っていないような技能を取ったほうが、役に立ちそうよね」

「それは今のところは取らなくていいと思うわ。『エーテル◯◯』は属性の攻撃とかに反応する『エーテル』という、置き物みたいなものを呼び出す技能なのよ」


 休みに行ったかと思いきや、エリーティアがアドバイスをするために出てきてくれていた。ミサキとスズナも帰ってきて、持ってきたハーブティを俺たちに出してくれる。


「私だったら、確実に『戦乙女の艶舞1』を取りますね。女子力が上がりそうですし」

「そういうものなの……? 艶舞って、どういう踊りなのかしら。ヴァルキリーって踊るものなの?」

「五十嵐さんには『ブリンクステップ』があるので、不思議じゃないですけどね。ステップとダンスには通じるものがありますし」


 魔物に性別があるとして、強力な敵でも男だったらスキを作ることができるというのは面白い。


「キョウカお姉さん、ダンス部とかに入ってましたか?」

「ええ、高校一年の時に……二年からは他の部に移ったから、短い間だったけど」


 なぜ部を移ったのか、みんな納得した顔をしている――俺もそうだが、ダンス部の五十嵐さんも見てみたかった気はする。


「後部くん、どう思う? ポイントを残しておいたほうがいいのかしら。『貫通攻撃』もいつか取りたいと思っているんだけど」

「そうですね……1ポイントは残しておきますか」

「じゃあ、『群狼の構え』を取るわね……あっ。な、何だか力が湧いてくるみたい」


 今のレベルだと、護衛獣一体による上昇量でも大きく感じられるのかもしれない。それなら、群狼の構えを取ったのは正解だった。


「次は私ですねー。レベル2のときに技能を取ってないので、いっぱいポイントありますよー」

 

 ◆習得した技能◆


 ・ドロップ率上昇:敵がレアドロップを落とす確率が少し上がる。

 ・幸運の小人:戦闘後に『箱』を発見する確率が少し上がる。


 ◆取得可能な技能◆


 ・ラッキーセブン1:サイコロを二つ振り、合計が7の場合に良い効果がある。

 ・マジックナンバー1:パーティメンバーに無作為に番号を振り、当たりの番号に選ばれた者は、他の者に一度だけ強制命令できる。

 ・ダイストリック:指定したサイコロの目を出すことができる。

 ・ロシアンルーレット1:敵味方問わず、当たった相手の体力を半分にする。

 ・ポーカーフェイス:相手に感情を読み取られなくなる。

 ・幸運予測1:良いことが起こる方向を少し感じ取る。

 ・コイントス:コインの裏表を味方に当てさせ、当たると運気が上がる。

 ・バッドラック:敵の幸運値を少し下げる。


 残りスキルポイント:4


(げっ……ど、どう見ても危険なやつが混じってる……!)


「あはっ、何か面白そうなのがありますよ。このマジック……」

「ま、待ってくれ。このラッキーセブンとか良くないか? いつもミサキはダイス二つを投げてるし」

「そうですねー、ダイストリックと組み合わせたら常に7とかできそうですね」

「技能を使うと、特に『魔力を消費する』と書いてないものでも消耗することがあるし、再使用リキャストの時間もあるから、連続使用はできないかもしれないわよ」


 エリーティアはミサキのライセンスは見ていないが、話に合わせて忠告してくれる。


「後部くん、どうしたの? 何か様子が変だけど……」


 マジックナンバー、これは明らかに『王様ゲーム』を技能化したようなものだ。これをミサキが取ってしまったら、あらぬ事故が発生しかねない。


「じゃあ、上の三つと、バッドラックっていうのを取っちゃってもいいです? 私、少しでもみんなの役に立ちたいんですよー」

「……か、構わないが……この2つめの技能は、しかるべき時しか使うなよ」

「絶対役に立ちますよー。こんなに楽しい技もあるんですねー、私、ギャンブラーって書いて良かったなって」

「ミサキちゃん、すごく楽しそう……良い技能が取れてよかったね」

「うん、ありがとうスズちゃん。スズちゃんの役にも立てると思うから、楽しみにしててね」


(まあ、なんだかんだで根は良い子だし……悪用しなければ『マジックナンバー』も無害といえば無害か)


 ミサキが悪戯心を出さないように注意して見ておかなければ。王様ゲーム的な使い方ではなく、他にも利用法はあるので、問題しかない技能というわけでもない。


 最後はスズナで、俺の横にやってきてライセンスを見せてくれる。波乱の多いミサキと比べると、彼女の新しい技能は俺の心を大いに落ち着かせてくれるものだった。

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