第五十七話 黒き魔弾を放つもの

 セレスさんは俺の前にやってくると、テレジアと俺を交互に見て嬉しそうに微笑む――何とも人懐っこいが、顔立ちが整いすぎているので視線を受けると少し緊張させられてしまう。


「しかし面白い人間もいるものじゃな。亜人を傭兵として雇いはしても、連れ歩こうと思う者は少ない……それに、よく慕われておるようじゃ。わしが出てきてからずっと、アリヒトを守る位置に立っておるからの」

「…………」

「テレジア、セレスさんのことは警戒しなくても……いや、警戒はするべきか。動く鎧を使って鍛冶工房を営んでいるなんて、何か裏があると思うのが普通だ」

「まことその通りじゃな……と、何を言わせる。わしが怪しい者じゃったら、こんなにぺらぺらと手の内を明かすわけがあるまい。お主を気に入ったから腹を割って話したというのに、冷たいことを言うでないわ」


 細い三つ編みにした亜麻色の髪を触りつつ、少女にしか見えない工房主がぼやく。


『お客さま、親方さまが姿を見せるのはとても珍しいことなんですよ。怪しいと思うのは無理もありませんが、どうか信じていただけませんか。当方に任せてもらえれば、お代以上の仕事を約束しますよ』


 シュタイナーさんは甲冑を身に着けた騎士のように、胸に手を当てる――どうやら、敬礼の姿勢のようだ。


「いや、本気で疑っているわけじゃありません。ただそれだけ秘密を明かしてもらうと、本当にいいのかと思う部分もあって……初対面の俺を、そんなに信用してもらっていいんですか?」

「秘密というほどのことでもない。誤解を恐れず言えば、わしはお主が気に入ったのじゃよ。亜人と二人で町を歩くことを厭わず、互いに常に気遣っておる。それはお主が思うよりも、よく見られる光景ではないからの」

「俺はテレジアが亜人だからとか、そういうことは初めからあまり気にしてないんです。このままでいいとは思ってなくて、元の姿に戻したいとは思ってますが」

『……素晴らしいなんてものじゃない。ご主人様、この方は……』

「うむ。その道が容易ではないと知っていて、なお求めるのならば、わしもあらゆる協力を惜しむまい。さあお客様、この工房にどのような仕事をしてほしいのじゃ?」


 俺は持っている鉱石、魔石、ルーンを彼女たちに見せた。


「ふむ、『エルミナ鉄』が二つと『毒晶石』、『眼力石』二つ、『混乱石』……そして、このルーン。『マギア』のルーンじゃな」

「マギア……それは、着けるとどうなります?」

「武器攻撃を魔法攻撃に変換することができる。物理的な攻撃をすると手痛い反撃をしてくる魔物などに対して有効な手段になるが、他のルーンとの組み合わせでさらに可能性は広がる。スロットが二つ以上ある武器が必要になるがのう」


 ルーンでの武器強化は、貴重なルーンを複数使って組み合わせられるようになってからが真骨頂ということだろうか。しかし一応、魔のルーンは俺のスリングに付けてもらおう。五十嵐さんの武器防具にもスロットが一つずつあるので、ゆくゆくは穴を埋めていきたいが。


「この黒檀のスリングなんですが、ルーンを嵌めてもらってもいいですか?」

「うむ、良かろう。魔石は3つまで組み込めるが、全て入れておくか? 物理攻撃と魔法攻撃のどちらでも、相手に異常を付与させられるようになるぞ」

「ええ、よろしくお願いします。エルミナ鉄は何に使えます?」

「防具の補強じゃな。武器の強化にも使えるが、エルミナ鉄は軽くて丈夫というのが一番の利点なのでな」

「なるほど……しかし、仲間の防具は持ってきてないので、どうしますかね」

「運び屋を手配して持ってきてもらうしかあるまいな。パーティのリーダーならば、仲間の装備についてはライセンスで表示することができるじゃろう。加工するものを選べば、わしの方で手配しよう」

「ありがとうございます。この中で、強化した方がいいものってありますか?」

「そうさのう……この娘たちの装備なら、強化による防御力の上がり幅が大きくて良いのではないかの」


 五十嵐さん、テレジアの鎧は十分に強く、強化しても変化が分かりにくいが、ミサキとスズナの防具に関しては目に見えて性能が上がるようだ。


 スズナの胴装備には弓が撃ちやすくなるように胸を守るプロテクターを追加し、ミサキについても同様の加工を頼んだ。『+1』になり、防御性能が上がって軽量化がつくという。


『では、防具が到着するまでにアトベ様の武器を仕上げますよ』

「うむ、まずルーンスロットにルーンを定着させるぞ。外すときも無理に剥がすのではなく、専門の職人に任せるがいい。このようなものを手に入れるほどの腕じゃ、この区にとどまる期間も長くはあるまい」

「可能な限り、ここに持ち込みますよ。仲間に商人がいるので、遠隔地からでも加工の依頼はできると思いますし」

「嬉しいことを言ってくれるのう。そうじゃ、貴重なルーンが手に入ったら、その時はわしを呼ぶが良い。その方が安全じゃろうからな」


 セレスさんはそう言って笑っていたが、俺の武器を受け取り、ルーンスロットにルーンを嵌め込むと、真剣な表情に変わった。


「力ある文字よ、命なきものと一体となれ……『エンチャントルーン』!」


 ◆現在の状況◆


 ・セレスが『エンチャントルーン』を発動 →成功

 ・『黒檀のスリング』が『黒き魔弾を放つもの』に変化


「っ……魔石での加工と全然違う……」

「上手くいったようじゃの……ルーンを付与された武器は、存在自体の意味を変更されると言われておるからの。魔石を装着する場合とは根本的に違うのじゃ」

『次は魔石を柄の部分に埋め込むよ。三種類も状態異常攻撃ができると便利だね』


 シュタイナーさんは見た目によらぬ器用さで、『魔石装着』という技能を発動し、魔石をスリングに三つ嵌め込む。するとプラスがついて、『黒き魔弾を放つもの+3』になった。物凄く強くなったように見えるが、与える打撃自体はそう変わっていない。


 これで、『支援攻撃2』を使ってみんなの攻撃で状態異常が付加できるようになった。実際どれくらいの効果があるのかは、次の探索で検証してみたい。紫の魔石が毒、桃色が混乱、白黒が凝視――つまりスタン効果だと覚えておく。


「ルーンは強い武器が見つかったらそちらに移せばよい。『魔』のルーンは比較的多く見つかるが、八番区、七番区のあたりでは三ヶ月に一つ見つかるかどうかと言ったところじゃ。圧縮するだけの魔石を集めるにも、かなりの運と時間が必要じゃろう」

「はい、色々と教えていただいてありがとうございます。それと、あともう一つの眼力石なんですが……テレジア、スタンを防ぐのと、相手をスタンさせるのはどっちがいい?」

「…………」


 テレジアはショートソードを持ってみせる。そういうことなら、武器にスタン効果をつけてもらおう。


『良かったねテレジアさん、せっかくご主人様と一緒に来たのに、何もプレゼントがなかったら寂しいよね』

「っ……」


 テレジアはびくっと驚いて、ぶんぶん首を振る。物凄く遠慮しているようだ――彼女の慎み深さはよくわかっているが、こんなに反応するとは。


「…………っ」

「わ、分かってるよ。テレジアの装備を強化するだけで、プレゼントとは少し違うよな」

「…………」


 フォローしたつもりだったが、テレジアは逆にしゅんとしてしまった。プレゼントは欲しいのだが、恥ずかしいので慌ててしまったということのようだ。


「何を言うておる、どのような形でも贈り物は贈り物じゃ。素直に受け取るがよい」

「…………」


 またテレジアは赤くなっていくが、加工の終わった剣を受け取ると、柄につけられた魔石に触れ、指先でなぞる――まるで愛おしむように、というのは俺の贔屓目だろうか。


「大切にする、ということのようじゃな。アリヒト、やはりわしはお主らが気に入ったぞ。テレジアと心を通わせておるお主を見ていると、世の中が救いのないことだけではないのだと教えられる」

『ご主人様が人間の方を気に入られるなんて久しぶりですね。いつもは商談をするときも私に任せきりなのですが、これほど饒舌に話されているのは……』

「気分がいいときは、わしとて口数は増えるわい。さて、装備の加工が終わったらお主らの宿舎に届けておくからの。住所を……ほう、やはり最上位の宿舎か」


 オレルス夫人邸の場所を書くと、セレスさんは感嘆の声を上げる。その姿がやはりあどけなく見えて、俺はふと聞いてみたくなった――無礼になるかもしれないので、慎重に言葉を選ぶ。


「あの、セレスさんは今……」

「わしは今年で115じゃが、姿は15で止まっておるかの。もっと前じゃったかの……長く生きておると記憶が曖昧になってしまう」

「百……それってもう、不老不死みたいなものなんじゃないですか?」

「時は流れておるよ、どのような種族にも関係はない。生きることで魂と肉体の定着は少しずつ弱まり、最後には剥がれるようにして別の肉体へと生まれ変わる。わしらはその周期が他の種族より長いというだけじゃ」


 転生した時に、俺は前の肉体と姿は変わらないながら、生気が溢れているように感じた――それこそ、生まれ変わったかのように。それは魂が新しい肉体に移ったからだと考えられる。


 迷宮国では、『魂』の存在が証明されている。もし死んでしまったとしても、まだそれで終わりではなく、復活するチャンスはあるということだ。


「最上位の探索者の中には、この迷宮国の中でさらに『転生』を選ぶ者もおるそうじゃ。魂も摩耗するので、累積で千年ほど生きるのが限界と言われておるがな。そのため、わしらの種族だけが長く生きられるというわけではない。覚悟さえあれば、どの種族でも可能ではある」

「凄いですね……セレスさんは、数百年は生きられるんですか?」

「うーむ、どうじゃろうな。中には150で、若い姿のまま老衰で死ぬものもおるからの。できれば死ぬ前には血を継がねばならぬのじゃが……む?」


 テレジアが俺の前に立ち、両手を横に広げる――守ってくれているのだろうか。いや、セレスさんもそういう意味で言ったわけではないと思うのだが。


「ふふっ……心配するな、わしもいくら気に入ったからといって、一日でそのようなことは考えぬ。アリヒトも、こんな幼い見た目では女を感じぬじゃろうしな」

「え、えーと……すみません、何とコメントしていいのか……」

「なんじゃ、やはり子供じゃと思っておるのか。つまらぬ……と、若い男をからかうのは存外に愉しいのう」


 からからと笑いながらセレスさんは言う。口元をローブの袖で隠して笑う仕草は、少女のような見た目でも妖艶さを感じる――それは、生きた時間の長さからくるものなのだろう。


 そのときドアベルが鳴り、シュタイナーさんが対応する。どうやら、加工する防具が送られてきたらしい。スズナとミサキの胴防具が運び込まれてきた。


「……女性向けの防具ばかりじゃのう。アリヒト、欲望の赴くままに仲間を集めるのもよいが、探索者の命である腰を傷めぬよう自制するのじゃぞ」

「俺も自分で女性ばかりだなと思いはしますが、狙ってそうしてるわけじゃないんですよ……なあテレジア、そうだよな?」

「…………」

「ご主人様の女好きには困ったものじゃ、という顔じゃのう。もし鬱憤が溜まってしまったら、いっそ押し倒してしまえばよい。男は既成事実に弱いと聞くしのう」

「っ……」


 なんということを言うのか――テレジアは一気に真っ赤になって、外に出ていってしまった。そして、扉の陰からこちらをうかがっている。


『セレス様はこのように困ったところもある方ですが、どうか広い心でご贔屓にお願いしますよ。料金は勉強させていただきますから』


 シュタイナーさんは自らの胸甲を叩いて言う。テレジアとの間が致命的に気まずくなるということはないだろうが、しばらく彼女が恥ずかしがって挙動がぎこちなくなるであろうことは間違いなかった。

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